003 殺戮の町を作ろう!
ゴブリン殲滅パーティが投宿した日、おれたち日勤組は動けずじまいだった。
殲滅パーティの転移者の中には、《時間停止》と《空間操作》のチート能力を持つ者たちがいる。
【天災】ランクが2人もいるのだから、無理ゲーこの上なし。
「これはもう、ベルリアさん頼みだな」
ただし、この作戦にも問題はあるのだ。
ベルリアさんは最強の気分屋。殺しが趣味だからこそ、気が向かなければやってくれない。
おれ達も給料をもらっている以上、いつやる気になるか分からないボスに任せきり、というわけにもいかんのだ。
そこで、ベルリアさん抜きの作戦を練ることにした。
「よし、閃いた。明日、殺戮の町へと、ゴブリン殲滅パーティを案内しよう」
おれがそう話したのは、〔エンディミオン〕内の会議室。
一緒にいたのは、アンジェリカさんとミールだ。
日勤組は32名いる。
ただし、ゴブリン殲滅パーティと戦えるのは、おれ達だけ。
魔道具を扱うには『素質』が必要で、日勤組で『素質』有りなのが、おれ、アンジェリカさん、ミールだけなためだ。
ミールが挙手して、淡々と聞いた。
「『殺戮の町』とは、初耳」
「だろうな。いま閃いたので、まだおれの構想の中にしかない。しかし、凄いぞ。『殺戮の町』に一歩入り込めば、死のトラップが連続発動する。殲滅パーティどもを、血祭りに上げることができる」
今度は、アンジェリカさんが挙手した。
「これから、あたし達で建設するということなの? だけど、どうやって殲滅パーティを、その『殺戮の町』に誘き寄せようというの?」
おれは答えた。
「殲滅パーティが、最も求めているものを餌にするんだよ。つまり、ゴブリンさ。『殺戮の町』にゴブリンの群れが潜んでいる、という噂を流す。すると殲滅パーティが飛びつくだろうから、あとは殺戮タイムだ」
「問題が1つあるわよね。一晩で『殺戮の町』を作るということは──」
「難しいのは分かるが、やるしかない」
「いえ、可能とか不可能とかの問題ではなくて──」
アンジェリカさんは、実に言いにくそうに続けた。
「夜中のうちに、『殺戮の町』を建造するということは──あたし達、時間外労働をするのよね」
「あっ」
〔エンディミオン〕では、時間外手当は出ない。
すなわち、サービス残業となるのだ。
「……やっぱ、やめようか」
「……そこはアレク君。大義のため、サービス残業を喜んでやるところじゃない?」
「アンジェリカさん。なんか、〔エンディミオン〕に洗脳されていないか? 大丈夫?」
こちらもサービス残業に抵抗のないミールが言う。
「ゴブリンが潜んでいると噂を流すのは、良い案。しかし、誰が流す? 従業員から宿泊客にそんなことを話すと、疑われる恐れがある」
甘いな、ミール。
すでに、おれは考慮済みだ。
「その件は、任せておいてくれ」
※※※
ホテルのバーを探すと、エキストラ宿泊客のマキャンを、すぐに見つけた。
「やぁ、マキャンの旦那。一杯、おごらせてくれよ」
マキャンは、疑わしそうに見てくる。
「何を企んでやがる?」
「ある噂を流して欲しいんだ、マキャンさんには」
「噂だぁ?」
おれが作戦内容を話すと、マキャンは逃げ腰。
「オ、オレには無理だ! そ、そんなことは──」
「ただ噂を流してくれるだけでいいんだって」
「ゴブリン殲滅パーティ相手に流せというんだろ! そんなのは、死んでもお断りだ!」
おれは溜息をついた。脅したくはなかったが、止むを得まい。
「勤務評定に響くよ、マキャンさん。あまりに従業員に非協力的だと」
勤務評定。
社畜にとって、上司の次に恐ろしいものである。
当然ながら、エキストラ宿泊客にも勤務評定はある。
また、おれたち従業員は、エキストラ宿泊客の勤務評定に影響を与えることができるのだ。
そして、マキャンも社畜である。
「お、おい、アレク。勤務評定を持ち出すなんて、卑怯じゃねぇか」
「寝首をかけと言っているわけじゃないんだ。ちょっとした噂を流すだけなんだ。これくらい、やってもらわないと困るね」
マキャンは折れた。
「……分かった。それで、どんな噂を流せというんだ──?」
「『ゴブリンの群れが、ある町に潜伏している』という噂だ。この〔エンディミオン〕から、南南西に10キロ行った地点の町に」
その地点に、町を作るのに適した平地がある。
ちなみに、〔エンディミオン〕から半径20キロ内は、ベルリアさんの領地だ。
もとは王領だったが、国王から頂戴したらしい。
「そんなところに町なんかあったか?」
疑わしそうに言うマキャン。
彼らエキストラ宿泊客は、ピーポという町で暮らしている者が、ほとんどだ。
つまり地元民なので、おれが言った地点に町がないことは、さすがに知っている。
「翌朝までには出来るんだよ、町が」
「なんて名前の町だ?」
ゴブリン殲滅パーティを狩るための『殺戮の町』だ。
が、さすがに『殺戮の町』と言うわけにはいかない。
名称が必要か。
「ポー……」
「ポー町か?」
「……ロンとか…」
「ポーロン町か?」
「じゃあ、それで。噂を流すのは、日没後で頼むよ」
ゴブリン殲滅パーティがせっかちだと、今日中に出発しかねない。
さすがに日が暮れてからなら、移動しないだろう。
もちろん、殲滅パーティが夜襲を仕掛けようとする可能性もある。
だが、それはさほど高くはない。
夜襲とは、攻める側にもリスクがあるので。
マキャンに話を付けてから、おれはフロント・デスクに戻った。
するとアンジェリカさんが、困り顔でやってくる。
「アレク君。殺戮の町のことだけど」
「ポーロン町です」
「そのポーロン町のことだけれど、町というのだから、町民は必要よね? エキストラを雇ったほうがいいわよね?」
「いえ、エキストラはやめましょう」
理由は、二つある。
一つは、ポーロン町には死のトラップを仕掛けまくるので、エキストラ町民が巻き添えを食らってしまうから。
もう一つは、エキストラを雇うのも、当然ながら、タダではないから。
時間外労働は即サービス残業なので、経費で落ちるはずもない。
自腹を切るのは、痛すぎる。
「思うんだが、アンジェリカさん。おれ達が用意するのは、エキストラではなく、死体だ」
アンジェリカさんは不思議そうに言う。
「死体なら安く済むけれど──どういうこと?」
「殲滅パーティにとって、ゴブリンは悪の塊みたいな種族だからね。その妄想に乗っかろうというわけ。死体を4、5体ほど用意しておけば、あとは殲滅パーティが、勝手にこう考える。ゴブリンどもによって、町民が食われでもしたのだ、と」
アンジェリカさんも納得した様子。
その夜──おれ、ミール、アンジェリカさんの3人は、南南西10キロへと出発した。
殺戮の町ことポーロン町を建造するために。
もちろん、不眠不休で働くことになるだろう。
社畜の鑑だなぁ。