プロローグ 異世界転移者を殺すだけのお仕事です
おれはノコギリを装備して、ホテルの通路を歩いていた。
ノコギリといっても、ただのノコギリではない。
魔改造を施し、人体切断に特化した優れもの。すなわち、魔道具。
その名も、〈スプラッター〉。
これまで、おれは12人の異世界転移者を葬って来た。まずまずの数字だとは思うが、もちろん上には上がいる。
先輩のアンジェリカさんなんか、100人は血祭りに上げているはず。
いや、それでも『あの人』に比べたら、たいしたことはない。
ベルリアさん。
おれが働いているホテル〔エンディミオン〕の支配人であり、オーナー。殺した異世界転移者の数は、なんと3256人。
なぜそんなに殺しているかといえば、殺すのが好きだからだろうね。
で、異世界転移者というのは──
『異世界の日本より転移して来た連中』のことだ。
この転移者たちは、勇者となるために、やって来る。
そう、かつては必要な人材だった。
魔神がいたころは、魔神を討つための勇者が必要だったのだから。
しかし、魔神は消えた。
もう勇者も必要なくなった。
だというのに、いまも毎日のように、異世界から転移して来やがる。
おれ達の世界、つまりエルトア世界の人からしてみれば、傍迷惑な話だ。
毎日のように、不法入国者が送り付けられてくるわけだからな。
厳密には、不法入『界』者か。
とにかく、転移者たちには、即刻、お帰り願いたい。
ところが、だ。いったん転移してくると、元の世界にはもう戻れないという。
ならば、仕方ないだろ。
死んでもらうしかあるまい。
だいたい転移者というのは、自己中が多すぎる。ついでにコミュ障も多すぎる。
奴らは、人さまの世界に来ては、勝手にハーレムを作ったり、国家を作ったりする。マジでやめて欲しい。
挙句、転移者はチート能力を授かっている。
魔神がいたころは、このチート能力で、戦ってもらっていた。
しかし、魔神がいない今となっては、チート能力を持った転移者など、勘弁してもらいたい存在。
ハッキリ言って、魔神よりも有害だ。
だから、排除する。
しかし、どうやって?
そのための施設が、このホテル〔エンディミオン〕だ。
〔エンディミオン〕は、特異点の近くに建っている。
特異点とは、異世界(日本)から転移して来た者が、最初に出現する場所のことだ。
そして、来たばかりの転移者たちは、〔エンディミオン〕を見つける。
〔エンディミオン〕の表には、『異世界転移者・大歓迎』の看板を掲げてある。
転移者サービスとして、宿泊料などすべて無料だ。これだけでも、よほど変人の転移者でない限り、まず宿泊すること必至。
しかも、トドメとばかりに〈転移者誘因剤〉がある。
この〈転移者誘因剤〉は、常に〔エンディミオン〕から散布されている。
これを嗅いだ転移者は、どうしても〔エンディミオン〕に宿泊したくなるのだ。
そして宿泊した転移者には、豪華な夕食でも食べさせ、性的サービスも提供してやる。
転移者が幸せに寝静まったころ、おれ達の出番。
おれの名は、アレク。
〔エンディミオン〕のフロント係。
同時に、〔エンディミオン〕の殺し屋でもある。
宿泊中の転移者を殺すのが、おれの最大の仕事だ。
そして、今。
おれは304号室の前で、足を止めた。
本日の標的は、この部屋に泊まっている。
おれはノコギリ型魔道具〈スプラッター〉を構えた。
マスター・キーで、ドアの鍵を開ける。
刹那、室内から爆炎が噴き出して来た。
おれは〈スプラッター〉で防御しつつ、後退。
「うげっ。狙っていることが、バレていたか」
標的の名は、宿泊者名簿によると、佐藤智輝。
また検知器で測定したところ、稀に見るチート能力2つ持ちだ。
1つは、【兵士】ランクの《爆炎噴射》。いまの爆炎もコレ。
厄介ではあるが、これはオマケみたいな能力だな。
佐藤智輝のもう1つの能力、これが真の意味でのチート能力だ。
使われてしまったら、おれでは太刀打ちできまい。
佐藤智輝が勝ち誇ってみせる。
「異世界の低能ども、貴様らの考えはお見通しだ! この智輝さまに、頭脳プレイで勝てると思ったか!」
それから右手を上げて、またも爆炎を放って来た。
おれは〈スプラッター〉での防御に努める。
「おい、勘弁しろ。壁紙が焦げたら、修理代、おれの給料から差し引かれるだろうが」
智輝は高笑いしながら部屋から出、通路を駆けて行った。
室内を見やると、ヤリ捨てられた褐色の娘がいた。智輝が連れ込んでいた奴隷娘だな。
転移者はどうして、奴隷娘が好みなんだろうな。別にいいけど。
おれは通路に視線を戻して、焼け焦げた壁紙を発見した。
なんてこった。
それから、智輝の追跡に入る。
ホテルの外に逃げられたら面倒だ。
ところが智輝の奴は、1階のエントランス・ホールで待ち構えていた。
「異世界の低能ども。僕は選ばれた男だ。今までの非礼を詫び、土下座するなら許してやらないでもないぞ。僕は心が広いからな」
いるんだよなぁ、こういう勘違い野郎が。
転移のとき、チートな能力をゲットできただけで、天下を取った気でいるのが。
世の中──というか異世界は、そんなに甘くないよ。
日本とかいう世界で、能天気に生きていた輩が、弱肉強食の異世界で長生きできるわけがないだろうが。
刹那、エントランス・ホールに美女が降り立った。
煉獄の焔のような髪。
ゾッとするほど美麗な顔立ち。
狂気の微笑み。
そして巨乳。
こちらが、おれのボス、〔エンディミオン〕の支配人でありオーナー。
ベルリアさん。
付け足すことがあるなら、頭のネジが5本は抜けている。
ベルリアさんは舐めるように言った。
「あら、あら。お客さま、お帰りですかぁぁ?」
智輝は、ベルリアさんの美しさに舌なめずりしているようだ。
無知は気の毒だ。
ベルリアさんのドレスは、背中が開いている。
その剥き出しの肌から、無数の有刺鉄線が飛び出し、伸びだす。
それぞれの有刺鉄線の速度は凄まじく、あっという間に智輝を捕まえていた。
智輝の皮膚が裂けて、血が噴き出る。
「うぐぁあぁぁ!」
ベルリアさんの有刺鉄線に捕まっては、逃げようがない。
ただし、智輝には切り札がある。
「ぼ、僕の力は、爆炎を出すだけではないぞ! すべてをやり直す、僕の能力を食らうがいい! そして、お前を犯してやるからな!」
智輝のもう一つのチート能力 《ロード》。
セーブした所から、やり直すことのできる能力だ。
ランクは【勇者】。
智輝の狙いを予測してみる。
たとえば、ベルリアさんが降り立つ直前から再開し、先手必勝の爆炎を放つとか。
並みの相手なら、それで上手くいくのだがな。
「な、なぜなんだぁぁ!」
智輝が叫ぶ。
《ロード》が発動せず、セーブ・ポイントからやり直せずにいるのだ。
実は、ベルリアさんにも、チート能力がある。
通常、チート能力とは、転移者だけが持つものだ。
一方、ベルリアさんはエルトア人。なぜ、そんなベルリアさんがチート能力を有しているのかは、謎の中の謎。
で、ベルリアさんの能力とは、【神】ランク。
その名は、《鬼畜無双》。
どのような敵だろうとも、どのような能力だろうとも、ベルリアさんの鬼畜な無双を妨げることはできない。
智輝の《ロード》が発動されたら、ベルリアさんの無双が妨げられてしまう。
よって、《ロード》は発動されない。
さすがにズルすぎるだろう。
だが、そこがいい。
ベルリアさんは愉悦に浸って言った。
「お客さまぁ。お帰りになられる前に、どうか臓物をぶちまけてくださいませぇぇぇ」
智輝が鼻水を垂らして泣き叫ぶ。
「や、やべでぇぇぇぇぇえぇえぇぇぇ!」
有刺鉄線がその身体を引き裂き、内臓をまき散らした。
全てが終わったあと、ベルリアさんがやって来た。
おれの肩に腕を回してくる。
この密着によって、彼女の豊かな胸が、押し付けられる。
感服、感服。
「アレク坊や。壁紙の修理代は、ちゃーんと、キミのお給料から差し引いておくからねぇ」
「……了解です」
なんてこった。