episode 42 精霊使い
夜が明け、街で背中に四つの小さな瘤の付いた砂漠馬を三頭買い取り跨がると、晴れ渡る砂漠をカマルの案内の元で王家の谷と呼ばれる渓谷を目指している。
その谷を抜けた先に金字塔があると言うのだ。
「ねぇ、まだなの?」
「街を出たばかりじゃないのさ」
カマルに言った言葉をレディが咄嗟に拾ってくれた。
「だって、こんなに暑いのよ?
やってらんないわよ」
「その割には明け方は寒いとか言ってたじゃないのさ」
「いやいや、寒暖差!
昼間にこの暑さで夜が涼しいと寒くもなるわよ」
「だから、余分に着て寝たらいいって言ったじゃないのさ。
それをこのままでいいって言ったのは誰だい?」
「それは仕方ないでしょっ」
「お嬢様、やはり寝るときくらいはもう少し肌の露出を控えるべきかと」
「それって普段は露出してるってこと!?」
急に背中からミーニャに注意されたことに驚いたが、如何せん聞き捨てならなかった。
「そろそろ自覚して下さい。
太ももまで出して剣をぶら下げてる女子はいません」
「いやいや、ほれ、隣見てみなさいよ」
言ってはなんだが、レディも肌の露出に関してはあたしと同じくらいではある。
「レディさんは剣士ですから別です!」
「ミ、ミーニャ?
あたいも一応は女なんだが」
「えっ!?
いえ、そういった意味ではなかったんですが」
「だったらどんな意味だっての。
あたしだって剣士なんだから一緒よ」
たじろいでいるミーニャを二人で責めているとカマルが不意に振り返った。
「うるさい。
少しは黙ってられないのか」
「うるさいも何もあたし達しかいないのよ?
見渡す限り砂、砂!
こんなの黙っていたらすぐにでも気を失うわよ」
砂漠の苛酷さは暑さだけではなかったと初めて知ったのだが、カマルがあたしを無視する代わりにタグリードが振り返り同調してくれた。
「そうよね、そうよね!
いくら砂漠に住んでても長く黙っているのは中々のものだと思っていたの!
良かったぁ、同じ人がいて。
だから私は精霊とお話して過ごしてるのよ、カマル。
これで分かってもらえたんじゃない?
どう?」
「え?
タグリード、今誰と話してるって?」
しっかりと聞いていたつもりが、砂漠の緩やかな風に遮られ肝心なところを聞き間違えた気がした。
「精霊よ、精霊。
こんなこと言ったらまた友達無くすわね。
でも、友達じゃなく旅の仲間だから別に良いかと思って。
いや、これから友達になるかも知れないのよね?
だったら軽率過ぎたかしら。
困ったわ。
けど、隠しててもいずれ分かる話だものね、それなら今でも変わりはないか」
「……精霊って、何?」
「さすがはアテナ。
で、本当にいるんだね?
タグリード」
何を言ってるのか分からないあたしを横目にレディがさも知っているかのように問いただした。
「います、います。
ほら、このそよ風にも。
……こんにちは、風の精。
私達はまだまだ行かなければならないの。
砂嵐は起こさないでもらいたいわ。
……うん、うん。
ありがと。
うん、あなた達もね。
……ここ数日は砂嵐はないそうよ。
それと、『気をつけて旅をしてね』ですって」
「え?
何と話してたの?
何もいないわよ?」
「本当にいたんだね、精霊は。
半信半疑だったが目の前で遭遇できるとは運が良かったよ」
「ねぇレディってば!
精霊って何よ!
どこにいるのよ」
「あぁ、そうだったね。
あたいよりタグリードの方が詳しいだろうが簡単に説明すると、自然のものには全て精霊と呼ばれる存在が関わっているのさ。
風を運ぶ精に火を滾らせる精、大地を潤す精や水を澄ませる精とかね。
この四つが原初の精霊と呼ばれているのさ。
これらがあって他にも精霊が生まれていったとされているんだと」
「で?
姿は見えないの?」
「普段は見えないらしいが、精霊使いが呼び出した際は姿を現すらしいよ。
ま、その精霊使いが今じゃ伝説と化しているから実際のところはね」
と、あたし達が一斉にタグリードに視線を向けると照れたような微笑を見せた。
「そう。
レディさんの仰る通りで、その精霊使いっていうのも私のことです。
はぁ、これでまた友達が出来なくなるわ。
そして、半信半疑の目を向けられたまま旅を続けていかなきゃならないのね。
やっぱり話すんじゃなかったわ。
でも、隠して旅をしてても心苦しくなるかも知れないのよね、うんうん。
仕方ないといえば仕方ないからこれで良かったと思っておくわ」
目に見えないものをいると言ったことへの後悔とそれを割り切るように一通り言うと自分で納得したようだった。




