episode 35 人間愛
すっきりとしないまま部屋を出た後は、神秘術で階層を飛ばし螺旋階段を降りて行く。
「ねぇ、ライズ。
ファルはさ、人間同士のことは手を貸さないけど魔人が絡んだら手を貸すとは言ったのに、どうして謎かけみたいなこと言ったのかしら。
それに、何故こんなところで傍観者でいるのかしら」
「ん?
まぁそうだな、矛盾してるようには聞こえるよな。
昔な、オレに語ったことがあって。
ファルは己の欲求と身近な者を守る為に強大な力を身に付け、膨大な知識を手に入れた。
だが、それを狙い国々が懐柔しようとしたり危険視したりするようになったのだと。
そんな中で身近な者だけではなく、世界中の人々を守れるのではないかと考えるようになっていったらしいのさ。
しかしな、ファルの力を知る国々が野放しにする筈がなく、一時的にでも身を隠す必要を感じたファルと赤髪の女王により塔を建て、結界を講じることにしたのがこの塔の始まりさ。
そして、身動きが取れなくなったファルだが、人々を守りたい想いは消えることなく力を貸せないのなら知識を貸そうとしたわけだ。
それは人間を愛しているからだと」
「人間を?
愛してる?
誰かとかじゃなくて?」
「そうさ。
誰か一人ではない、人間を愛していると。
世界に目を向けている内に人間は愛すべき存分だと感じ始めたと言っていたな」
人間を愛している、それは誰かを愛していると違うことなのかあたしには分からなかった。
「だったら場所をはっきり教えてくれても良さそうなもんだけど」
「彼なりの愛し方なのさ。
愛があるからこそ簡単には教えない、己で答えを探しだせとな」
「ふぅん。
難しいわね、愛し方……か」
「オレが思うに人間が成長するのが喜ばしいのだろうさ。
あの年齢であれば世界の父としての目線を持っていても不思議じゃあないからな」
「親の気持ち、か……。
それも愛ってことなのね。
あたしには分からないわ」
愛とは誰かを好きでいる気持ちがただただ大きくなったものだと思っていたが、話を聞くにどうやらそれ一辺倒ではないらしい。
ならば、尚更あたしがアリシアお姉様を好きな気持ちが愛なのか確かめる必要があると感じた。
そんなことを考えている間にいくつもの階層を降りたらしく、休ませてもらっていた部屋の目の前に立っていた。
「ありがとうね、ライズ。
あなたのおかげで手掛かりが見つかったわ、意味が分からない手掛かりがね」
「そいつは皮肉だな。
だが、何も無いよりはマシだっただろう。
どうするんだ、これから。
直ぐに行きたい気持ちは分かるが、行く宛が定かじゃないならば動けないだろ?」
「そぅぅぅぅなのよねぇぇぇぇ。
どの辺りに行けば良いかも分からないんじゃ動けないわ」
「なぁ、ライズ。
あんたも旅をしていたんだろ?
あたいに思い当たる節があるんだが、ちょっと意見を聞かせてくれないかい?」
「レディがそういうのなら聞かせてもらおうか」
レディは部屋に入るなり小さなテーブルに地図を広げた。
それはあたし達がドゥブルニア王国に入って直ぐに買った物で、そこを中心に広く描かれた地図だった。
「この王国の南西、地図には載っていないが海を越えた先に大陸があるのは知っているかい?」
「えぇっと?
ああ、砂漠の続く大陸だな。
知ってはいるが大して滞在はしなかったな」
「そうだ、砂漠の地だ。
あたいが思い浮かぶ『渇いた地が果てしなく続く』ってのはこの砂漠の大陸なのではと」
「なるほどな、そいつは一理あるな。
行ったことのない者だと想像し難いが、まさに言葉通りではある」
「ライズも思うか。
ならば、その大陸から『聖なる王が還る先』に心当たりはあるかい?」
「いや、どうだろうな。
僅か数日で大陸からは離れちまったから心当たりはないな」
「ねぇ、ライズ。
なんですぐに大陸から離れたの?」
旅をしている者が僅か数日で大陸を離れるというのは、よほどのことがない限りすることではないと思った。
「ん?
知らないなら教えるがな、あの大陸はとにかく暑い。
そして、なんと言っても女性はみんな身持ちが堅いんだ。
オレにとっては窮屈な大陸だったのさ……」
「……あっそ」
聞いたあたしが馬鹿だった。
「聖なる王か……。
砂漠の大陸から王が行く先を突き止めなきゃこいつは解けなさそうだね。
他に宛もないなら行ってみるか、砂漠の地へ」
「そうね、ここで考えても答えは出なさそうだし。
行くしかないわね」
「えぇ?
行くのかよ、あんなとこに……。
分かった分かった、行くさ」
否定的な声を挙げた瞬間、あたしは無言で睨み付けていたのが功を奏したようだ。
「ならば明朝、この塔を出て船に戻る。
それまでは休んでいいのだろ?」
「ああ、ファルには伝えておくよ。
ゆっくりしていってくれ。
オレは弟達と遊んで来る」
部屋を出るライズを見送り、あたしはベッドへと体を転がすと終わりの見えない旅に思いを馳せた。
そうしている内に瞼が重くなりあたしは睡魔に心を委ねた。




