08話
「では契約完了ということで、今後の予定について話すです。明日の朝に市場で食料を買って、すぐにこの街を出るです。順調なら一二日程でクラーセルという町に着けるはずです。ここで再度補給をして更に八日程で目的地であるガリア渓谷に着きます。移動に四日程余裕を見て二五日、更に十日内で探索と討伐を行い、同じく二五日かけてこの街に戻ってくるスケジュールになっているです。ここまではいいですか?」
「……ふむ」
いいですか? と聞かれてハズキはふと考える。
(クラーセルまでの道は割と整備されていて移動に特に問題はない。一日の移動距離も、ライエは二五㎞ほどで考えているようだが、俺一人なら三五は固い。これも特に問題はない。クラーセルまで行ったことないからその先は分からないが……)
「……地図は持っているか? あるなら見せてほしいんだが」
「あ、ごめんなさいです。すぐに用意するです」
ハズキはライエの性格上用意していない訳がないとは思ったが、当たりだったようだ。
そう言ってあたふたと荷物から地図を取り出す姿は、いつものライエのイメージとは違っていてどこか可愛らしくあった。
そして広げれれる地図。事前に書き込んだのだろう。目的地までのルートと思しき場所に線が引かれている。
「予想はしていたが、クラーセルを超えたらずっと森か……」
当たり前だがある程度舗装された道とそうでない道とでは歩き易さが違う。同じペースという訳にはいかないだろう。だがそれらとライエの歩調を考慮しても、一日平均二五㎞というのは妥当な数字かと思われた。
目的地までおよそ五〇〇㎞というのも、直線距離ではなく移動ルートで計算されている。
「スケジュールについては問題なさそうだな」
次にハズキが気にしたのは……。
「なあライエ、君は随分とお金に余裕があるようだが、予算はいくらくらいあるんだ? まさか俺に払うという五〇〇万ルクを常に持ち歩いてる訳じゃないだろ?」
五〇〇万ルクはとんでもない大金。紙幣に換算したとしても結構な重量になる。旅には向かない。
となると宝石等の換金道具として持ち歩いてる可能性が高いが……。
「そうですね、今の所持金は一万ルク程度です。でもアルサフォルドくらい大きな街ならいくらでも引き出せるので、これで十分なのです」
「いくらでも? どういう事だ?」
不意に飛び出した不穏な単語。今までライエの事を普通の金持だと思っていたが、更にその上をいく金持ちだったりするのだろうか。
「大金を持ち歩くと盗まれる可能性も出てくるので、必要最低限のお金しか持ち歩かないようにしているです。でもお金が足りなくなったら、帝国軍の駐屯地に行って、名前と判子と金額を書いた紙を渡すだけで現金と交換してくれるのです。便利なのですよ」
「……は?」
ハズキには、ライエの言う事が分からなかった。
(何だそれは、そんなのありか? それが事実ならもはや立派な錬金術じゃないか)
しかしまあ、庶民であるハズキがそれを知らないのも無理からぬことだった。
「待て、どうしてそれでお金と交換してもらえるんだ? おかしいだろ」
「別におかしくはないのです。妾が書いた紙、小切手と呼ぶですが、それは妾の社会的地位を担保にお金を借り受けているだけで、後でちゃんと妾の兄宛に請求がいくのです。別に何もないところからお金が湧いてきている訳ではないのです」
「り、理屈は分かった。よく分からないけど分かった。だがライエくらいの年頃の子だと、その小切手に無茶苦茶な金額を書いたりしないのか?」
もっというと、それを許されているライエとは一体何者なのか。
しかしライエは得意気に鼻を高くして、
「ふふん、妾は優秀だから信頼されているのです。だからこういう事が許されているのですよ」
そう応えた。恐らくそれは間違いではないのだろう。
ライエが優秀なのは今日一日接してきて実感した。しかしそれがすべてという訳でもあるまい。生まれた立場的な所も大きいはずだ。
(軍に顔が利くってことは爵位持ちなのか……? それもかなり上の方……)
もう一々考えるより直接聞いた方が早いような気がしなくもないが、それをするとライエとの知恵比べに負けたような気がして言い出せないハズキなのであった。