07話
「ハズキ、ちょっと来るです」
ライエがそう声をかけてきたのは、ハズキがベッドに仰向けになって一〇分程経過してからの事だ。
先ほどからライエは契約書を書いていた。つまり今呼んだのはそれに関することだろうか。
ハズキはベッドから立ち上がると、ライエの腰掛ける机の元へ歩いた。するとたった今書き上げたのだろう、ライエは契約書と思しき紙をハズキに差し出した。
「ハズキもきちんと目を通すです。そして不明な点があれば指摘するです」
「ああ、分かってる」
こういった事務的な仕事にも慣れているのだろう。書類には年齢にそぐわない達筆な字で、路地裏で交わした契約内容が、更に詳細に記載されていた。
ハズキがとりわけ注目したのは、契約期間中に任務が続行不可能となった場合の記述である。
ライエがどれほど優秀な魔法師だったとしても相手はドラゴン。勝てる可能性は低い。またドラゴンに関りなくとも何らかの理由で旅を続けられなくなる可能性もある。
そのため特に気をつけて読んでいたのだが、そこでとある記述が目に留まった。
「あのさライエ、ここに〝依頼人が死亡した場合は、速やかに最寄りの帝国軍駐屯地にてその報告を行い、本契約書を提出すること〟ってあるけど、これは?」
ハズキは問題の記述を指差して確認する。
「竜退治はあくまで帝国の命令でやっていることです。ですから妾が死亡した場合でも帝国にこの契約書を提出すれば、契約内容に則ってキチンと報酬が出るです」
「ほほぅ……」
至れり尽くせりである。
「先刻話したように、六〇日を超過したら超過した分だけ報酬が上乗せされるですが、例えばこの記述がなかった場合、妾が死んでもそれを報告せずに一年くらい放置して、その後この契約書を提出したらどうなると思うですか?」
「…………超過日数が三〇〇日として、一日一万ルクだから、本来の五〇〇万ルクと合わせて八〇〇万ルクも貰えることになるな」
「そういう事です。妾の死亡報告とセットにすることで、架空超過の可能性を潰しているのです。妾の死亡日時や状況もキチンと調べられる筈ですから、セコイ事を考えても無駄なのです」
「なるほどな……」
こういう事に慣れている人物ならまだしも、この年端もいかぬ少女がよくもまあそんな事にまで気付くものだ。
「それ以外は……うん、特に気になるような所はないし、これでいいと思うぞ」
「そうですか、それなら最後に署名と封蝋をするので返すです」
ライエは受け取った契約書に、羽ペンでつらつらと署名をする。そしてすぐにそれを丸めて紐を巻き、更に上から蝋を垂らして封蝋を押した。
「はい、大切に持っておくです。妾が生きていればこれがなくても報酬は出るですが、妾が死んだ場合、これがなければ報酬も出ないと思っておくです」
そりゃそうだ。むしろ紛失しても払ってもらえる可能性があるだけ良心的である。
契約書を受け取ったハズキは、それをどこにしまうか考えたあげく、今はすっからかんとなっている巾着袋に押し込むのだった。