04話
「なあいいだろ? いい加減何をするつもりなのか教えろよ」
仕事とはいえ何の説明もないまま連れ回されるのは流石にモヤモヤする。
ライエに一蹴されてしまえばそれまでなのだが、これまでのライエの反応から察するに、どうやら教える気はある、そんな印象を受ける。
「……まあ頃合いですかね。少し人気のない所に移動するです」
すると意外とあっさりライエは要求に応えた。
そんなにあっさり教えてくれるのであれば、ここまで引っ張る意味はあったのか。ハズキの考えをよそに、ライエは脇道に入ると、どんどん人気のない方に歩いていく。
道は暗く狭く入り組んでいく。人の多い中央通りとは勝手が違う。今ここで何者かに襲われでもしたら助けも呼べない。
それを分かっているのかいないのか、ライエはさらに奥へと進む。
ハズキがライエの背中を追っていた時である。ハズキはふとあることを思いつく。
(今ライエは俺に対して背中を向けたまま歩いている。さっき買った銃も弾も俺が持っている。そして何よりこのあたりには俺とライエしかいない)
さして性能の変わらない銃を並べられて、迷わず高い方を買うような娘だ。きっと銃の値段など比較にならないほど持っているのだろう。そして何より、今ハズキがライエに付いて回っているのは、ギルドを介さない、つまりは私的な仕事である。端的に言ってハズキとライエを結びつける物的証拠は何もないことになる。
ハズキはそんな事を考えて……、
(何を考えてるんだ俺は)
すぐにその考えを否定した。
「なあまだ行くのか? 建物がある以上、中に人がいる可能性はゼロじゃないし、これ以上進んでも状況は変わらないぞ」
自身の考えを払拭するように、そう声をかけた。
するとライエはその言葉に反応するようにはたと立ち止まり、
「そうですね、ハズキが信用できるやつだという事が分かったのです。本題に入るです」
振り返ってそう応えた。
(つまり何だ、試されていた訳か。抜け目のないことで……)
試されていた事についていい気はしないが、一瞬でもそんなことを考えてしまった以上、ハズキに怒る権利はない。
「ハズキ、お前との契約は今日いっぱいですが、お前さえよければ明日以降も妾の旅に同行する気はないですか? もちろん報酬も出すです」
報酬は高そうだし年齢に似合わず頭もいい。一見悪い話でもないような気はするが、そこで安請け合いをするようなハズキではない。
「悪い話じゃなさそうだが、まずは条件を教えるのが先だな。旅の目的、報酬額、契約期間。それを全部教えて貰わないことには何とも言えん」
「ふむ……」
先の条件の中に、何か拙いものでも含まれていたのか。ライエは思案するように目を泳がせる。
しかしそれも一瞬。すぐにハズキに視線を合わせた。
「本当は部外者に旅の目的を教えるのは禁止されているのですが……、まあハズキなら口外はしないと思うので教えるのです」
(禁止……一体誰に禁止されているんだ? ライエのバックには誰が……いや、何が付いているんだ?)
思えばリッチな旅である。比べてみなければ違いが分からないような銃に、三倍以上ものお金を気前良く払っている。そして今、ライエは自身の判断で傭兵を雇おうとしている。
だというのに現状は一人旅である。
今まで彼女の実家や背景ばかり気にしていたが、実はライエ自身も只者ではないのかもしれない。
「あ、ああ……」
それほど重要な任務なのだろうか?
予想外に重そうな内容に少々気圧されながら、ハズキは応えた。
「では話すですが、妾の任務はここから五〇〇キロほど離れた場所に出没しているという赤い竜、その討伐なのです」
「…………は?」
赤い竜、つまりドラゴン。太古の昔より大陸中に生息し、数を減らした今でも食物連鎖の頂点に君臨し続ける最強の生物。
巨大な体躯に猛獣のような爪と牙、とてつもなく長い寿命、加えてほぼ全ての個体が生まれた瞬間から魔法を使いこなすと言われており、極めつけはあらゆる攻撃が通用しないと言われる強靭な肉体を持つ究極の生物である。
人間にとって幸いなことに、生殖能力の低さが人間にとって代わられる原因になったとか。
「何それ冗談?」
「冗談ではないです」
つまり本当らしい。
「俺には無理だ。他を当たってくれ」
そういうハズキのリアクションが普通なのである。しかし他の誰なら可能という訳でもない。
「誰がお前に倒せだなんて言ったですか。竜と戦うのはあくまで妾。お前にはそのサポートをしてもらうです」
「えぇ……」
ライエが、この少女がドラゴンを倒す。普通にドラゴンを倒すよりも無茶苦茶である。
(何を言っているんだろうこの娘は。無茶苦茶すぎて現実感がない。とても本気とは思えない)
呆気に取られるハズキを見てライエは、
「話は最後まで聞くです。竜が無敵と言われているのは常に魔力で全身を守っているからです。これは防護結界と呼ばれていて、破壊されるか魔力切れを起こさない限り術者を守り続けるです。竜に限らず高位の魔法師なら使う事が出来るです。これがある限り文字通り竜は無敵と言っても過言ではないです。逆にいえば、この防護結界さえどうにかしてしまえば勝機はあるです」
「……それで、具体的には?」
「防護結界を破壊または無効化する手段は三つあるです。一つは防護結界のキャパシティを大きく超えた一撃を叩き込むこと。もう一つは同じく防護結界で相殺する方法です。ですがこの二つはあまり現実的ではないので忘れていいです。妾たちが使うのはこれ、防護結界を破壊するための専用の武器。魔道徹甲弾と呼ばれているですが、これを使うです」
そう言ってライエが取り出したのは、何やらケースに収められた三発の弾丸。デザインが異なる以外は普通の弾丸に見える。
「そんな物があるのか」
「……まあ防護結界そのものがあまり周知されていないですからね。先刻の高位の魔法師にとっても致命的な弱点になるですから、製造、流通両面で厳しく規制されているです」
「なるほど話が見えてきたぞ。その徹甲弾はあるけどそれを撃てる銃がなく、更に銃があってもライエには使えない。だから俺にやらせるつもりで俺を雇った」
ようやく合点がいったとばかりに、ハズキは顔をあげた。
「そういう事です。それと先刻言ったように、徹甲弾は厳しく規制されているです。盗み出して売ろうものならすぐに足がついて一生塀の中ですからね」
「そんなことはしないよ!」
力強く否定する一方、ちょっとだけ考えてしまったのは本人だけの秘密である。