02話
「そう言えば、これからお前の事は何と呼べばいいですか?」
少女が青年にそう話しかけてきたのは、二人が傭兵ギルドを出てすぐの事である。
「俺の名前はハズキだが……、まあ好きに呼んでくれて構わない。こう見えても俺は依頼人には忠実なんだ」
「なるほど、ではハズキ、妾の事はライエと呼ぶのです」
「了解」
依頼人の中には、傭兵に対して様付け呼びを強制する者もいる。呼び方で何が変わる訳でもなかろうに、そういう者もいるのだ。
ハズキは当初、ライエの偉そうな態度から、彼女もそういう類の人間なのではないかと疑っていた。しかし実際には様付けどころか呼び捨てである。
つまりこれが何を意味するかというと……。
(ライエの偉そうな態度は故意ではなく無自覚なものだ。という事はやはり、彼女は普段から部下だとか使用人に囲まれて生活をしている可能性が高い訳か)
そうなると彼女が富豪か貴族の令嬢ではないかとする推理もぐっと信憑性が増してくるわけだが、だからこそ一つ疑問点が挙がる。それは……、
(だったら何故護衛を連れてない? いやその護衛の替わりが俺なんだろうが、現地で雇うより初めから連れて来ていた方が確実だろうに)
ライエにはまだ何か秘密があるのかもしれない。
「ハズキ、質問があるのです。この街に来てから、片手のない人を時々見かけるですが、あれはどういう人なのですか?」
見ると先程までライエが見ていたであろう方向、その先に、右手首から先がない青年男性がいた。
一人や二人ならともかく、何人も見かけたので疑問に思ったのだろう。
「あれは元奴隷だ。奴隷ってのは買い手が決まった時に手の甲に隷属の刻印を打たれる。主人に逆らったり逃げ出そうとしたら、その刻印が反応して激しく痛むんだと。そして逆らい続ける限りその痛みはずっと続く。逆にいえば、刻印ごと手を切り落としてしまえば、そいつを縛るものは何もなくなる。奴隷が元奴隷になるって訳だ」
「えぇ……」
自由のために自分で自分の手を切り落とす。平たく言うとそういう事なのだが、育ちのいいライエには少々刺激が強かったのか、口を閉じることも忘れて絶句している。
「で、でもそういう事ならどうしてわざわざ手に刻印を打つのですか? 初めから首筋だとか切り落とせない場所に打てば逃げられる事もないのに?」
その疑問は合理性という観点からなのか、あるいは切り落とすという行為のアンチテーゼから来ているのか……。
「むしろあえてそうしてるんだよ」
「えっ? どういう事です?」
ここら辺のさじ加減は、まだ幼いライエには分かりにくいのかもしれない。
「考えてもみろ、自分の手を自分で切り落とすなんて、生半可な覚悟で出来ることじゃない。でもあえてそうするってことは、それだけ悲惨な状況にあるって事なんじゃないのか? 主人になったやつがとんでもない外道だったとかな。奴隷市場に関わってる人たちだって、別に好き好んで奴隷たちを苦しめたいわけじゃない、ただ仕事でやっているだけだ。だからあえてそういう逃げ道を用意しておく。そうやって奴隷から脱した人は、他にどんな証拠や証言があっても奴隷扱いされることはない。要は奴隷にそんな決断をさせてしまう主人がアホなのさ」
「なるほど、もし刻印が切り落とせない場所にあったら、奴隷さんはもう自殺するしかなくなる訳です。でも奴隷商人さんたちもそんなことは望んでないと……」
「そういう事。一線を越えさせない適度なバランスが重要って訳だ」
「勉強になったのです」
根が真面目なのか、しきりに感心するライエ。
(ライエが本当にいいところのお嬢様なら、きっと将来は大勢の人の上に立つ仕事に就くんだろうな)
でも実際この娘ならいい上司になれるのではないかと、そう思うのだった。
「時にハズキ、お前、銃は使えるですか?」
通りの先にある銃の看板を見たのだろう。
「一応な。これでも傭兵なんで基本的な武器は一通り扱える」
「それはよかったのです。今から買うから付き合うのです」
「えっ?」
(何だそれは。買うのはいい、ライエは雇い主だし、金を出すのもライエだ。しかし今の話の流れから察するに、まるでその銃を俺に使わせる為に買うみたいじゃないか)
依頼内容は街の案内である。依頼人であるライエが何者かに襲われてやむなく応戦したというのならまだしも、銃を持ってこちらから仕掛けていくというのは依頼内容には含まれてない。
「な、何に使うつもりなんだ?」
「今のお前は知らなくてもいいことなのです」
使えるかどうか聞いておいてその言い草はなかなか酷い。
そんなハズキの疑問をよそに、ライエは足早に店内を目指すのだった。