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幼女クエスト  作者: 進撃のマシュマロ
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01話

「二五ルク……か」


 手持ちの巾着袋を覗きこみ、青年は呟く。

 青年はサザンベリア帝国領の南端にある、ここアルサフォルドより更に南にある小国家連合国レスタにて傭兵をして生計を立てていた。

 長身だが鍛えられた体躯に違わず、腕の方も申し分なかったが、それらに不釣り合いな優男風の容貌がどうにも頼りなさそうな印象を与えてしまい、このひと月の間何の仕事の依頼も来ないという状況に陥っていた。

 流石にこのままではまずいと、徒歩で三日かけて人の多いこのアルサフォルドまで出てきた訳だが、何とか今日中に仕事にありつけないと、宿どころか明日の食い扶持分のお金すらない。


「とにかく傭兵ギルドを探すか……」


 アルサフォルドには街全体を十字に走る大通りが通っている。うち北、東、南門は街外へと通じているが、西側だけは居住区へと通じており、街外へ出ることはできない。

 その大通りを南門からゆっくり北上しながら、青年はそれらしい建物を探した。



 幸いにも最初に尋ねた果物屋の厳ついおっさんが、見た目によらず懇切丁寧に場所を教えてくれたため、程なくして傭兵ギルドは見つかった。というか見た目だけならそのおっさんの方がよほど強そうだった気がしないでもない。

 ウェスタンドアを通って、まっすぐ受付らしきカウンターへと向かう。左右には木製の簡素なテーブルが五台と、それぞれに椅子が三、四脚。中には座って酒をあおっている者もおり、傭兵ギルドというよりは酒場にしか見えない。

 しかしそれもある意味当然なのかもしれない。

 実際のところ、依頼の多くは早い者勝ちである。こうしてギルドに入り浸っていれば、おいしい依頼が来たときにいち早く受けられるという訳だ。依頼人が昼間から酒を飲んでいる傭兵に依頼したいと思うかどうかは疑問だが、逆に考えるとそれだけ依頼の数も多いということなのかもしれない。


「すいません、傭兵ギルドに登録したいんですが……」


 カウンターの正面に居座る、太った中年女性に声をかけた。


「あいよ。新人さんかい?」

「いえ、一応地元でも傭兵をやってました」

「そうかい、じゃあその時のライセンスを見せな」

「はい」


 傭兵ライセンス。傭兵にとって命ともいえる大事なライセンス。誰しも最初はEランクから始まり、多くの依頼や難しい依頼をこなすごとにDからAへと上がっていくシステムになっている。ランクが上がれば危険だがその分高額な依頼が受けられるようになるという訳だ。


「あ~……、ダメだねこりゃ」


 青年が提出したライセンスを一目見るなり、受付の女性は顔をしかめて一言、そう切って捨てた。


「えっ、どういうことですか!?」

「これはプラハ公国が発行してるライセンスだろ。プラハが所属するレスタ連合なら使えたんだろうけど、ここは帝国領。悪いけどここでそのライセンスは使えないよ。依頼を受けたいなら新規にライセンスを発行しないとね」

「なん……だと……?」


 そう、何を隠そう青年は、これまで帝国領で傭兵として働いた経験はなかった。

 それでも傭兵として知識くらいは持っておくべきだったのかもしれないが、もはや後の祭りである。


「ち、ちなみに新規にライセンスを発行したらいくらくらいかかります?」


 一抹の望みをかけた質問だったが……。


「四〇〇ルクだね」


 その望みは実に呆気なく粉砕する。


「………………」


 思わず天を仰いだ。

 今の青年の手持ちは二五ルク。全然足りない。

 お金がなければライセンスを貰えず、ライセンスがなければ仕事も受けられない。そして仕事が受けられないからお金も入らないという堂々巡り。

 しばらく頭を抱えていた青年だったが、現状どうする事も出来ないのは目に見えていた。


「……仕方ない、近場で住み込みで働けるところがないか探してみるか」


 この街は青年の住んでいた町とは違う。人が多くて発展しており、傭兵に限定しなければ仕事そのものは十分あると思われた。

 そう切り替えて(きびす)を返したときである。青年が出て行くより早く、この傭兵ギルドに入ってくる人影があった。

 頭から足元までくすんだボロ布ですっぽりと覆った、とても小柄な人物である。

 顔は逆光でよく見えないが、体格から察するに女性だろうか。見るとボロ布の上から、身の丈よりも更に頭二つ分ほど長い杖――これも布でぐるぐる巻きにしていて確証は持てないが――を背負っていた。

 青年が道を譲るも、ボロ布の人物は一瞥(いちべつ)もくれず、まっすぐに受付へと向かう。


(依頼人か? それとも傭兵?)


 何となくその人物の事が気にかかり、青年はその場で立ち止まった。

 女性の中でも更に小柄なその体躯は、とても戦う人間のそれには見えない。杖らしき物を持っている事もあり、可能性があるなら魔法師だが、魔法師なんて存在自体がエリートみたいなものである。故に全くいないわけではないが、傭兵のように軍にも教団にも所属していない魔法師は非常に少ないのだという。

 それ故に気になり、つい目でボロ布の人物を追いかけていた。

 何やら受付と揉めているようだ。……いや、受付がまともに取り合っていないというべきか。

 しばらくそんなやり取りを続けていた二人だったが、やがて諦めたらしいボロ布の人物が一度大きく脱力したかと思うと、受付に背を向けて歩きだした。……まあ当たり前というか、何だか怒っているようだ。

 まっすぐにウエスタンドアの入口へと向かって歩き、青年の前を横切り、そしてその時になってようやく、青年の存在に気付いたとばかりにボロ布の隙間から青年を見上げた。


「お前は……、ここの傭兵なのですか?」


 青年とボロ布の人物がお互いの顔を認識したのは、それが初めての事であった。

 その外見から、勝手に浮浪者か何かだと思っていた。だがその時青年が見たものは、予想外に若く、綺麗な肌と整った容貌だった。


「お前は耳が聞こえないのですか? 質問に応えるのです」


 そのギャップに戸惑っている間に、ボロ布の少女は質問を重ねた。


「あ、ああ悪い。傭兵には違いないが、ここのではないというか……」

「何ですか煮え切らないですね。説明するのです」


 シカトの次は優柔不断ですかとでも言いたげな態度である。

 しかし不思議と不快感がないのは、彼女の纏う雰囲気のせいだろうか。


「俺はここから国境を越えた先にある、レスタ連合ってところで傭兵をしていたんだ。ただ最近仕事も減ってきて、仕事を探してさっきこの街に着いたところだ」

「なるほど、仕事を探してギルドに来たはいいけれど、ライセンスが貰えなくて困っていたといったところですか」

(す、鋭い……)


 実は見た目よりずっと年上なのか、或いはこういう事に慣れているのか……。いずれにしても見た目で判断していい相手ではなさそうだ。


「そういう事情なら都合がいいのです。お前、今日一日妾に付いて街を案内するのです」

「……おい、人の話を聞いてたか? 俺もこの街には着いたばかりで、ついでに今から適当な仕事を探す必要がある。悪いが他を当たってくれ」


 はたしてこの子は一人なのだろうか? 人通りが多い所は得てして治安も悪い。若い女の子が一人ともなれば尚更である。

 故にこんな状況でもなければ付き合ってあげたくはあるのだが……。


「だからそう言っているのです。今日一日付き合ってくれたら一〇〇〇ルク。それでいいですか?」

「……えっ?」


 一〇〇〇ルク。それだけあればこの場でライセンス登録して、その後に飯付きの宿に一泊して、それでもお釣りがくる。しかもその依頼内容は街の案内と来ている。何か裏があるのかと疑ってしまう程度には破格の依頼であった。


「ええと、二点確認したい事があるんだが、一〇〇〇ルクというのは君のような若い子がポンと出せるような金額じゃないぞ? ちゃんと払えるのか?」

「お前の尺度で妾を計るななのです。それくらい普通に払えるのですよ。第一、仮に妾が払わなかったところで、お前にとっては半日が潰れた程度のリスクくらいしかないのです」

「む……確かに」


 加えてこの頭の回転の速さ。察するにこの子は、富豪か貴族の令嬢なのだろう。それなら一〇〇〇ルクくらいポンと出せても別に不思議ではない。


「じゃあ次だ。どうして俺なんだ? 少し奥に行けば、正規のライセンスを持った傭兵が何人かいるが」

「さっき受付で依頼を出そうとしたら門前払いを喰らったのです。本当に腹立たしいのです。だからあてつけに非正規のお前を雇うのです」

「あ、そう」


 しかし受付の判断も分からないでもない。

 こんなに若い子が街の案内だけで一〇〇〇ルクなんて依頼を出しても信じられなかったのだろう。かくいう青年も未だに半信半疑である。


「それでどうなのです? 受けるですか?」


 半信半疑ではあるが、少女の語っている事が真実である可能性は高いように思う。付き合ってみる価値はある。

 逡巡の末にそう結論を出すと、


「分かった、付き合うよ」


 そう言って肯定の意を示した。

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