三試合目 (下)
三試合目 第十六会場
(と、躊躇すると思ったか!? スキルを連発した直後の今がチャンスなんだよッ!)
雷撃を振り払った直剣を構え直すや否や、剣士は細剣を再び体に引きつける。HPゲージが少し削れた。システムがモーションを検知し、レイピアが再び白銀の光を纏う。
二試合目にハバトが使った冷却魔法のように、一部のスキルは剣や指輪といった形にすることができる。スキル発動にはHPゲージの消費を伴うが、スキル実行枠を必要としないためクールタイムのつなぎとして有効だ。ただし概して高価なわりに効果は本家の劣化版である。
「な、何ですとー!? 《ハリシュ》選手、あのクールタイムの長い【リーパー】を連続発動!?」
この会場のアナウンスはそれを知らないようだった。
呆れながらも顔は無表情のままでレイピアを魔女に突き出す。半ばシステムに引っ張られるようにして剣士は魔女に突進する。【リーパー】の突進力なら水に浸かることなく水たまりを抜けられるはずだ。
左斜め下に視線をやった魔女の顔に少し焦りの色が滲んだ。
それを捉えた剣士は勝利を確信する。
左斜め下を言えばスキルのクールタイムを表示するインジゲーターがオーバーレイ表示されているのだ。それを見て焦るということは、まだクールタイムを抜けきっていないのだろう。
(行ける)
剣士は一種の安心感とともに水たまりの縁で勢いよく踏み切った。その瞬間の魔女の笑みを剣士ハリシュは忘れない。獰猛な笑み。人を食ったような笑み。
ハメられた、と剣士が気付いたときにはフォグ、という魔法スキルの初動モーション、詠唱が終わっている。辺り一面に濃い霧が広がっていた。そして紫電が濃霧を駆け巡る。すぐに筋肉が強張って動かなくなる不快な感覚が身体を襲う。麻痺状態。HPゲージの下に黄色い電撃を丸で囲んだ麻痺マーカーが点灯する。さらにキュッという奇妙な音と共に爆発が起こった。
(この爆発音。水素の燃焼。あの魔女、水を電気分解してやがったのか?)
麻痺マーカーの隣に火傷マーカーが一瞬だけ点灯する。剣士は【リーパー】と爆発の勢いで霧から転がり出た。転がりながら思う。
(しかし、あの霧の中であれこれぶっ放したら魔女自身もくらうんじゃねぇのか!?)
そして、案の定、地面に倒れ込む影が薄れた霧の奧に見えた。演技であることも疑ったが、魔女のHPゲージの下には確かに麻痺マーカーが点灯している。アバターの周りに時折、雷のエフェクトが光っている。それを見とめると、剣士は唯一動く頭部を動かしてHPゲージの下のマーカーの睨みつける。
「早く回復しろ、早く・・・!」
こうなってしまったらどちらが先に麻痺から回復するかが勝負を分ける。そしてそれは基礎ステータスの高い剣士の方が圧倒的に有利であり・・・
ふっ、と剣士のHPゲージの下から麻痺マーカーが消える。魔女の方はまだ点灯したままだ。麻痺の間にスキルのクールタイムは完全に消化し終わっている。
(勝ったッ!)
と剣士は地面に剣を突き刺し、勢いよく起ち上がる。が、それはすぐに中断することになる。
「【稲妻】」
詠唱が聞こえ、眩しいほどに黄色い雷撃が飛んできたからだ。
なるほど、【剣技】のように初動モーションを必要とせず、口でスキル名を言うだけでいい【魔法】は麻痺状態でも使えるということか。それを失念していた剣士は少し驚いたが、すぐに余裕の笑みを以て身を屈めた。
「それはもう対策済みって言ってるだろうが!」
三試合目の初撃と同じように剣を避雷針代わりにして雷撃を受けた。電撃がバチバチとスパークを散らして剣を通過していった。
にもかかわらず、地面に這いつくばった魔女の顔には笑みが貼りついていた。悪魔的な、笑み。
そして次に剣士が見たのは砂の地面だった。すぐに立ち上がろうと思ったが、体が動かない。麻痺の感覚。
「な、なんで!?」
剣士は状況をすぐに理解することができなかった。彼の横に90度傾いた視界の中で魔女が立ち上がる。
そして、やはり口角をつり上げたまま、彼女は言った。
「側撃雷って知ってる?」
ソクゲキライ。剣士はその音に対応する漢字を頭の中で見つけることができなかった。聞いたことのない言葉だった。
魔女は剣士の無知を彼の表情から読み取ると、もう一度雷撃を剣士に撃った。HPゲージが削れ、剣士の体が海老のように跳ね上がった。彼の麻痺マーカーが一際強く点滅したのを確認すると、魔女は解説する。
「雷は樹木に落ちた後、付近に人や物に再放電する場合がある。こういう雷のことを側撃雷という。詳しい原理はグーグル先生にでも聞いて」
そう言えば、再び地面に倒れ込む前にバチバチッ、という音を聞いたかもしれない。と剣士は思った。
「枝分れした雷のことも側撃雷というけれど、まぁこっちは今、関係ないね。なんで最初っから側撃雷を使わなかったかって? そりゃ、手札は順に切る。それが私のセオリーだからな」
そう言って魔女は雷撃を放つ。
「【稲妻】・・・【稲妻】・・・【稲妻】・・・」
クールタイムの短い雷撃の魔法を撃ちまくる。容赦なく連発する。
剣士は陸に上がった魚のように地面を跳ね回り、そして、手も足も出ないまま、HPゲージを五割まで減らした。
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三試合目 第十五会場
鬼ごっこはそれほど長く続かなかった。
「そろそろ、か?」
ハバトはバトルリングを半周もしないうちに一八〇度方向を転換した。
そして後ろから追ってくるバムンに突撃する。
「鬼ごっこはもう終わりかァ!? 返り討ちにしてやンよ!」
禿頭の巨漢は紫色に輝く大斧を振り上げる。
「バムンよぉ。お前、試合前に全力って言ってたが・・・」
ハバトは拳を引き絞る。
「全力を出すのはいいが、出しどころは考えた方が良いぜッ!」
振り下ろされる大斧にハバトはナックルダスターをぶつけ、なかった。直前で手を引いたのだ。全力で空振りしたバムンの大斧は地面に叩きつけられ嘘のようにあっさりと壊れる。
「おおお!!! 《ハバト》選手、またまた武器破壊! 今回は一体どういう理屈だぁ!?」
ただの鉄片となった斧は地面に落ちる前に耐久限界を超え、赤いガラス片をまき散らして消滅する。
「何をしやがったッ!?」
バムンは黄ばんだ乱杭歯をむき出しにして、空になった両手を握りしめる。
「俺は何もしてないぜ。お前の全力が自分の斧を壊したんだ」
「な、俺様が!?」
「ああ、そうだ。全力は確かに強力だが時に自分の身を破壊することもある・・・・・というのは嘘だ」
「はァ!?」
「お前の斧が壊れた要因は結晶構造の変化だ」
ハバトは続ける。
「鋼は温度によってオーステナイト、マルテンサイト、パーライト、色んな構造を取る」
鍛冶スキルをコンプリートする過程で学んだ物だ。初めは面倒臭いと思っていたが、まさかこんなところに活かせるとは。
「温度の下げ方次第では日本刀のように硬い構造へと変化するが、今回のようにゆっくりと冷やした場合、鉄の結晶構造の隙間に入り込んでいた炭素が滲み出て、鉄と炭素の層状の構造に変化する。こいつは割れやすく、破断しやすい。大学入試レベルだぜ?」
「そ、そういうことか」
バムンは外国人と話す日本人が浮かべるような笑みで、そう言った。
まあ、それはいい。
「それで、どうするんだ」
とハバトは武器を失った巨漢に問う。
「クランズみたいに投降するか?」
「・・・いいや」
ゴキリ・・・
バムンは首を鳴らした。ギョロリと突出した眼球に狂気の光が灯る。ギアが入る。
「まだまだこれからだぜ、生産職」
ドンッ! と重い音を立ててバムンが地面を蹴った。突き出たビール腹には似合わないスピード。
(速い! さっきの鬼ごっこのスピードは大斧の重量による移動ペナルティだったのか!?)
ハバトもナックルダスターを構え、繰り出されるバムンの拳にぶち当てる。速度と体重の差に押し負け、ハバトは二メートルほど後方にスライド。僅かながらHPが削れる。だが、ダメージは生身の拳を鉄塊にぶつけたバムンの方が深刻だ。彼の拳には負傷を表す赤いメッシュのマーク。HPはハバトより削れている。
にもかかわらず、
「ニヒィ・・・」
凶悪な笑みを浮かべてバムンは距離を詰め、ハバトに拳を振るう。ハバトもそれに合わせてナックルダスターを繰り出す。拳と拳がぶつかり合い、両者の間から大太鼓のような重い殴打音が響く。同時に双方のHPが削れてゆく。
このまま生身と鉄がぶつかり続ければバムンのHPの方が先に底をつくだろう。そんなことはバムンにも分かっている。だから、バムンはナックルダスターとぶつかる直前で手を開いた。その大きな手の平で鉄のグローブを受け止める。そして引っ張る。
「それは知ってる!」
大斧を加熱したときの戦法だ。何度も引っかかるハバトではない。すぐにナックルダスターから右手を離し、距離をとる。
しかし、
「ぐはッ・・・!!」
同じようなダメージを腹部に喰らってしまう。蹴りではない。奪ったナックルダスターがヒットしたのだ。腹で受け止めた鉄塊から黄緑色のライトエフェクトが消える。
「投擲・・・スキルか」
鉄塊はがらんと空虚な音を立てて地面に転げ落ちる。腹には赤いメッシュの負傷マークが丸く色濃く残っている。
(ここで隠し球を出してきたか。くそ、ショックが大きい)
バムンは悶絶しているハバトに近づくと右腕でその顔を掴み、外壁に向かって投げ、
「【凍結】」
いつの間にかナックルダスターを外したハバトの左手がバムンの右肩に当てられていた。【凍結】は二試合目で使った”冷やす”面の強い【冷却】とは違い、”凍らす”ことを目的としたマジックスキルだ。パキパキと音を立てて絶対零度の氷がバムンの右肩に張りついてゆく。それと同時にバムンから右肩の感覚が失われてゆく。
ハバトは苦悶の表情に笑みを重ねる。
「油断したなバムン。少しでも動けばお前の右腕が落ちるぜ。まずは俺の頭からそのデカい手を退けな」
それはバムンにも分かっていた。しかし、何をどうしたところでどうせ後で落とされるのだ。
(なら少しでも向こうにダメージを与える)
瞬時にそう判断し、バムンはハバトの脇腹に蹴りを見舞う。ハバトは数メートルほど地面を転がる。
パキリ、と氷が割れるような音を立てて右腕が折れた。消滅。HPが大幅に減る。正直、心もとない。
「首を狙わなかったのは失敗だったな、生産職」
バムンは数メートル先の地面に転がるハバトから目を離さないようにして、足下に転がる鉄塊を拾い上げた。
(ヤツは一つ勘違いをしている。俺の投擲はスキルじゃなくてアビリティだ。だからHPの減りを心配する必要はない。それに遠くから攻撃すれば自分がダメージを喰らう可能性はほとんどない。今の状況にうってつけのアビリティだぜ)
鉄塊を握りしめて振りかぶる。システムが初動モーションを検知し、鉄塊が黄緑色に輝く。アビリティ【ピッチ】。投げる。
ズバンッ!!
と空気を切り裂いて飛来する鉄塊を、ハバトは【速歩】で避けた。【リーパー】に匹敵するも、やはり少し遅い。
「避ける、か。だが、それはいつまで続くかな?」
バムンは足下の鉄塊を拾い、投げる。投擲を、ハバトは【速歩】で右に避ける。しかし鉄塊はまるでハバトを追うように軌道を曲げた。
「何ッ!?」
【リーパー】対策に一回しか避ける訓練をしていないハバトは、急な事態に対処できず、咄嗟にガードにまわした腕にダメージを喰らってしまう。投擲スキルの中にはカーブやフォークなど色んな変化球が用意されているが、技術さえあれば基本スキル一本でどうにかなるのだろう。器用な奴だ。
「すごい! 《バムン》選手、カーブボールですよ!!」
なにやら興奮している様子がスピーカーから流れ出る声にうかがえる。このアナウンスは野球好きなのだろうか。いや、そんなことを考えている暇はない。
ハバトは足下に転がったナックルダスターを拾うと、視界にバムンを捉える。バムンはもう一つの鉄塊を拾い上げていた。彼の手元でそれは黄緑色に輝く。
ボッ! と電車がトンネルに入る時のような音とともに鉄塊が放たれる。今度はそれを避けない。手に持っていた方のナックルダスターをそこらに手放し、【速歩】で後退する。後退して鉄塊に速度を合わせ、掴む。そしてそのまま数メートル後方にスライドし、停止する。ダメージはない。
「考えたな」
バムンは笑う。黄ばんだ歯がむき出しになる。
相対速度を一致させてから掴めば運動量の和は変化しない。つまりアバターと鉄塊の衝突における力積ゼロ。ダメージはゼロになるというわけだ。
「面白くなりそうだぜ」
バムンはハバトが手放したもう一つの鉄塊を拾い上げた。
鬼ごっこの次はキャッチボールが開始された。ただし、一方通行のキャッチボール。次々に飛んでくる鉄塊をハバトは受けては受ける。投げ返す暇はない。体力消耗でバムンのHPは減少し、スキル使用でハバトのHPは減少する。その減り方は明らかにスキルを使うハバトの方が大きいのだが。
三十八球目。
ハバトはナックルダスターをキャッチし、その隙にバムンは足下に転がる鉄塊に手を伸ばす。そしてむんずと掴んだ。
ジュッ
その音は掴んだ鉄塊の方から聞こえた。次いで肉の焼ける匂いが鼻孔を貫く。火傷マーカー点灯し、バムンのHPが火花を散らして減少する。
「ぐるああああああ!!!」
バムンはあわてて両手をナックルダスターから離し、鳥が羽ばたくようにばたばたと振った。
「油断したな、バムン」
ここで、HPの減りが逆転する。
ハゲた大男がビール腹を揺らしながら鳥真似をする姿は醜悪以外の何ものでもなかったが、ハバトはまだ赤いメッシュの残る脇腹を押さえながら地面を蹴る。
千度以上に【加熱】された鉄塊を握りしめたせいで、バムンのHPは五割まであと残り数ドット。
そして、
「終わりだッ!!!」
ハバトは最後の一撃をバムンに放った。