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三試合目 (上)




 南ブロック第十()会場。

 何段にも積み重なる客席の中央に直径一〇〇メートルの円型のバトルリングがある。リングの床は運動場のような砂地の地面となっており、高さ二メートルほどの石壁が客席とそこを仕切っている。そしてその壁の直上にはモニターが設置されており、今、その画面には『READY』の文字が炎を背景に映し出されていた。


「続いて赤コーナー、鍛冶師兼壊し屋の《ハバト》選手ッッッ!!!」


 転移門を通してアナウンスが不名誉な二つ名を呼ぶの聞き、ハバトは控え室のベンチから立ち上がった。今までずっと腰にあった相棒の重みが無いことに少し気持ちが沈むが、頬を叩き、気合いを入れ直す。そして足下に置いてある鉄塊を両手に持って、ハバトは赤い転移門をくぐり抜けた。

 ハバトがリングに登場するや、客席から、うおおお!! と雄叫びかと思うような歓声が上がる。そして客席の一画に赤色の旗が揚がった。炎と金槌と金床のマークが描かれた、レグナード(Regnard)鍛冶(Smith's)ギルド(Guild)の旗だ。それに今回は他にも懇意にしている被服系のギルドや商人ギルドの旗も揚がっている。なによりも驚いたのは、全生産ギルドを束ね、このゲーム内の供給を司る生産ギルド同盟の旗が揚がっていたことだ。


生産ギルド同盟(あいつら)が応援に来てくれてるとか・・・)


 ハバトは乾いてもいない唇を無意識に舐めた。


「やぁー、《ハバト》選手。前回よりも応援の旗が増してますよ。もうプレッシャーがどんどん大きくなりますねー」


 そんなことをアナウンスが言うと、


「プレッシャーかけてんのはテメェだろうがッ!!!」

「さっさと試合始めろォ!!!」

「こンのクソアナウンスがァ!!!」


 と客席、主に旗が掲げられている辺りからガラの悪い声が飛ぶ。

 ちょ、やめろよ。と思いつつもハバトはふっと笑ってしまう。けれども、自然と体から無駄な力が抜けているのには気付いていなかった。彼の注意は三〇メートル前に立つ相手プレイヤーに向けられていた。


(スクリーンショットに見たときにも思ったが、実際に見るとすげぇな・・・アレ)


 第三試合の相手は禿頭の巨漢バムン。腹は何が詰まってんだと思うほどに大きく突き出たビール腹。目もギョロリと突き出ていて、閉まりきっていない口からは黄ばんだ乱杭歯が覗いている。大きな手に握りしめた大斧(バトルアックス)が彼の無法者感を助長させている。

 一般的にゲームのアバターは己の理想を注ぎ込み、かなりの美男美女に作り上げる人の方が多いのだが、彼はその逆を行っていた。「ああいうプレイを楽しむ人もいるのね・・・」と、試合前にミレナがしみじみ漏らした感想をハバトは思い出した。


「ゴホン。さて、両選手が入場しましたので試合を始めたいと思うのですが、その前に皆さんが気になっている、《ハバト》選手が手に持っているアレ(・・)についてコメントしておきたいと思います」


 客席直上のモニターにハバトの手が映し出された。正確にはハバトが握っている金属の塊。


「見た所、ボクシンググローブの鉄版のようですが・・・あ、持ち込みアイテムリストにもただの鉄のグローブとありますね。名前はナックルダスター。拳闘用の武器ですね。・・・・・魔法も剣術も無理だけど体術で圧倒ーーなんてクソ(・・)展開にならなければいいのですが」


 最後の一文は絶対さっきの野次の仕返しだ、とハバトは思った。

 もちろんそれに気付いたのはハバトだけであるはずもなく、旗の下から怒号が・・・


「はいはい、カウントダウン開始しまーす!!」


 ・・・飛ぶ前にアナウンスがカウントダウンを始めてしまう。旗の下でいきり立った野郎どもが行き場のない怒りを拳に握りしめて、上げた腰を座席に落とすのが見えた。アナウンスの方が一枚上手だったようだ。

 モニターに『3』の数字が表示される。

 前回のクランズとは違ってバムンは話しかけてこないんだな、というハバトの思念を読み取ったのか、


「おい、生産職」


とバムンが声をかけた。痰が絡んでいるようなガラガラした声だった。


「三試合目まで来れたからって粋がってんじゃねぇぞ」


『2』

 ゴキリ・・・とバムンは指を鳴らす。目がギョロリと動いてハバトを見据えた。


「てめぇは俺様が全力で潰してやる」


『1』

「おう。全力で以て相手してやるぜ」


 ハバトもゴキリと首を鳴らしてギアを入れる。

 指を鳴らしながら威嚇する奴は大抵ザコキャラだという事をハバトは経験則で知っていた。鳴らすなら首だ。

 そして。


『0』

 になるや否や、ハバトはナックルダスターを地面に落とし、バムンに向かって駆け出した。今回も左手に青い指輪が光っている。


「あ、あれ!? 《ハバト》選手、いきなり武器を捨てて走り出した!!」

「武器なんかなくても勝てるってかァ!? これは舐められたモンだなぁ! おい!」


 バムンはその醜悪な顔に残忍な笑みを重ねる。振り上げた右手の大斧が黄色に輝く。戦斧スキル。そこへハバトは勢いを殺さず突っ込んでゆく。


(【鑑定】開始。種類:斧 素材:鋼鉄、炭素含有率:・・・なるほど、俺が作ったときと変わらないのか)


 そして、大斧の間合いに踏み込むと同時に、


「ぅおらッ!!」


 轟音を立てて鈍重な鉄塊が全力で振ってくる。


(久しぶり、俺の作品(息子)


 【リーパー】より遅いそれを、ハバトは【速歩】で右、バムンに利き手でない方へ避ける。叩きつけられた斧に地面が揺れ、砂が濛々と舞い上がる。


(くそッ、さっさとエモノを掴みたかったが・・・)


 視界が塞がれ、ハバトは一旦距離を取る。

 砂煙の奧でジャリッと斧を地面から引き抜く音が聞こえた。


「ちょこまか避けてんじゃねぇぞッ!」


 砂のカーテンを突き抜け、すぐに大斧が横薙ぎに飛んでくる。斧も怖いが、その後ろにいるバムンのアバターも怖い。主に顔。ハバトは地面を舐めるような低姿勢で大斧を躱す。凶悪な鉄塊が空気を震撼させて頭上を通り抜ける。バスターソードの大振りと同じく、かするだけでも大分HPを削り取られそうだ。

 今回、ハバトは片腕を失ったため、二試合目で不発となった策を使うつもりでいた。つまり、真剣白刃取りで相手のエモノを押さえてからの【加熱(Heat)】・・・という流れ。故にハバトは掴みやすい攻撃(チャンス)が来るまでひたすら斬撃を避け続ける。


「てめぇには避けるしか能がねぇのかァ!」


 などと煽られても反応しない。ザコは挑発に乗って死ぬ。世界の鉄則である。


「なら」


 とバムンは大斧を紫色に輝かせた。【剣技(ソードスキル)】。


「止めてやるよォ!!!」


 流石にこれには反応する。


(【速歩】ッ!)


 ハバトは急いでバムンからできるだけ距離を取る。

 スキルは紫の扇を描いて虚空を切り裂く。斧は地面にぶつかり、またしても砂煙を舞い上げる。

 ハバトはソードスキルを全て手知り尽くしているわけではない。しかし、その紫色は試合前に忠告を受けていた色だった。

 スキル【クェイク】。

 斧による斬撃。斧版の【スラッシュ】というのが一番近いイメージだ。それに加え、このスキルには別の効果がある。このスキルを地面に当てた場合、その名前からも分かるように地面が揺れ(quake)


「おっと」


 ハバトはその場で飛び上がった。直後、地面を紫のライトエフェクトが走った。麻痺は怖いぞぉ、と両手を突き出しお化けの真似をして言ったミレナを思い出す。

 そう、スキル発生地点から同心円状に広がるこのライトエフェクトに触れてしまうと麻痺(stumble)してしまうのだ。ちなみに、その時間は震源———斧と地面の接点からの距離に反比例する。


「ちッ、知ってやがったか」


 バムンは地面に突き刺さった斧を引き抜く。


「そりゃ、麻痺は怖いしな」


 そしてハバトは再びバムンに、バムンの持つ大斧に向かって地面を蹴って走り出す。

 色とりどりに光る数多の攻撃を幾度も回避した末に、丁度良い角度の理想的な一撃がハバトの脳天に振り下ろされる。


バンッ!!!


 ハバトはそれを真剣白刃取りで掴んだ。練習は二試合目の時からしていた。そして、


「【加熱(Heat)】!!!」


 間髪入れずにアビリティを発動。バムンの大斧が赤色のライトエフェクトに包まれる。


「出た! 【加熱】ッ!! 《ハバト》選手、今回も『冷熱衝撃』を使うつもりなのか!?」


 大斧の柄には断熱素材が使われている。灼熱する大斧から、バムンは手を離さない。離さないどころか、腕を引いて斧を引き寄せた。がっちり刃をホールドしていたハバトも、釣られてバムンの近くに寄せられ、


「させねぇよ!」


 空いたハバトの腹部にバムンの鋭い蹴りが突き刺さる。


「ぐはッ!!」


 斧から手が離れ、ハバトの体は五メートルほど宙を吹っ飛ぶ。


「おおっとぉ!!! 《バムン》選手の蹴りが綺麗に決まったあああ!!!」


 数回バウンドし、地面を転がって止まる。腹に赤いメッシュのマーク。ハバトのHPゲージが火花を散らして削れた。それを横目に、


「ペッ!」


 ハバトは口の中に入った砂を吐き出した。禿頭(とくとう)の巨漢、バムンを睨みつけながら立ち上がる。

 そして、ハバトは———バムンに背を向けて脱兎のごとく走り出した。


「あァ!?」

「《ハバト》選手、敵前逃亡かッ!!!?」


 驚くバムンやアナウンスを背に、ハバトはナックルダスターに向かって一直線に走る。


「あ、どうも武器を取りに行っただけのようですね」


 だが、ハバトは地面に落とした鉄のグローブを拾って装着すると、今度はバトルリングの壁に向かって走りだした。両者の距離はどんどん離れてゆく。


「あ、あれ? マジで敵前逃亡!? 《ハバト》選手が《バムン》選手から離れていきます」

「ゴォラアアア!!! 待ちやがれ!!!!」


 バムンは黄ばんだ歯を剥き出しにして叫び、バトルアックスを担いでハバトを追いかけ始める。

 ハバトは後ろを振り返る事なく壁に沿って走り続ける。




 南ブロック第十五会場第三試合。

 ここに鬼ごっこが開始された。





**





 同刻、第十()会場

 客席直上のモニターに『0』の文字が表示された直後、


「【稲妻(Lighting)】」


 つばの広い尖り帽、紺色のオバーサイズのローブ、右手に杖。と典型的な魔女の格好をしたプレイヤーの手元からまばゆい光———高速の電撃が放たれた。


「出ましたっ! 雷撃の魔女マージ選手の【稲妻】。今までこれ一つで勝ち登ってきました! 今回もこれで決まるのでしょーかっ!?」


 しかし、対する相手の剣士は余裕の笑みを以て、その手の直剣を地面に突き立て身を屈めるだけだ。


(あの雷撃魔法は攻撃対象のプレイヤーに向かって飛ぶ。つまりこうして体の前に障害物を置けば・・・)


 大気中を蛇行しながら通り抜けた電撃は、その剣にぶち当たるとそのまま砂の地面に吸い込まれていった。

 魔女は杖を持たない左手を口元に持って行き、ふむ、と頷く。


「なるほどねー。避雷針か」


 剣士はニヤリと笑みを深め、地面から剣を、そして背中の鞘からもう一振りの剣を引き抜いた。こちらは先をものよりも長い、細剣(レイピア)


「もう二回も見てんだ。対策しない方がおかしいだろッ!」


 言い終わるが先か、剣士は地面を蹴って駆けだした。


「でも」


 と魔女。


「地面に剣を突き立てとかなきゃ、それは使えないんじゃない? 【稲妻】」


 魔女は歩いて後退しながら再び雷撃を放つ。

 空中を走る稲妻を剣士は余裕の笑みでレイピアを突き出し、受ける。そしてすぐにレイピアを後方に振った。

 魔女はHPゲージを見る。相手の剣士にダメージはない。


「無傷!?」


 しかし、驚くのは一瞬だけだ。起こった事実を疑っていても仕方がない。魔女はすぐに杖を振った。


「【(thunder)(bolt)】」


 目が冴えるような黄色の魔法陣が三つ杖の周りに展開され、それらが消失すると同時に三本の雷撃が轟音を立てて剣士に殺到する。

 だが、その尽くが剣士に防がれてしまう。

 だが、それでいい。

 剣士が細剣を後方へ振った時、地面を(かす)った剣先とその地面との間に火花が散ったのを彼女は見逃さなかった。


「なーる。アースね。それに柄には絶縁素材を使ってると見た」

「ご名答」


 加えて、細剣の長いリーチも雷撃がアバターに届くのを防ぐ一因となっている。


「おおっ! 《ハリシュ》選手、二刀流スキルの使い手だったのでしょーか? 剣を巧みに操って雷撃を防ぎ、《マージ》選手に肉薄しますっ!!」


 ハリシュは二刀流の使い手ではない。だが、そんなスキルがなくても二本の剣は操れる。魔法だけの間合いに剣の間合いが重なる。右手の直剣のみが水色に輝いた。スキル【スラッシュ】。


「おらッ!」

「【空気障壁(AeroShield)】ッ!」


 魔女は圧縮空気の盾でその一閃を防ぐ。プラスチックの板を弾いたような音が響いた。

 威力を相殺しきった盾はすぐに四散。そこへ左の細剣が間髪入れず、横薙ぎに振り下ろされる。

 しかし、


「【突風(BlastWind)】」


 魔女は新たにスキルを発動した。二人の間に突如として強風が生じ、互いに後方へ吹き飛ばされる。

 レイピアは虚空を切った。


「ダブルスキル、か」


 剣士はこめかみの辺りに流れた汗を拭った。

 魔法職と戦士職では使えるスキルシステムが違う。スキルの実行枠の数が違うのだ。戦士職は一つ、魔法職は二つ。故に魔法職のプレイヤーはスキルを使用した直後にもう一つのスキルを使うことができる。魔法職のみに与えられた特権である。

 だが臆することはない。スキルにクールタイムが存在するところは戦士職と変わらないのだ。


(それに、魔法職は概して基礎ステータスが低い。さっきみたいに接近戦、肉弾戦に持ち込めればこっちの旗色が良くなる)


 剣士は二本の剣を構え、再び魔女に向かって足を踏み出す。

 当然、魔女の方も対策を講じる。帽子のつばの切れ目から剣士を見つめ、右手に持った杖を突き出した。


「【洪水(Flood)】」


 一瞬にして魔女の目の前に魔法陣が広がる。濃青色の長方形。色が濃いのは上位スキルの証。


「ッ!!」


 それを目にした瞬間、水に濡れ、感電し、麻痺状態になったところにトドメを刺されるという流れを予想し、剣士は左手に持ったレイピアを体に引きつけた。システムが初動モーションを検知し、スキル【リーパー】が起ち上がる。

 魔法陣が消えたのは、剣士がレイピアを突き出したのと同時だった。莫大な量の水が空中からあふれ出し、コンマ零秒前まで剣士が立っていた空間を押し流す。

 刺突突進技の【リーパー】で山場を切り抜けたところを、まるで逃げ先を知っていた(・・・・・)かのように魔女の雷撃が襲う。剣士はすでに(・・・)構えていた直剣で雷撃を受け止め、地面に逃がす。

 感電麻痺を予想し、【リーパー】で逃げる行き先を予想し、脱出直後を狙う雷撃を予想し・・・。戦いは読み合いだ。相手の攻撃を読んで、それを防ぐように次の手を打つ。先の先を読んで有利な手を打つ? それは凡人に要求することではない。

 凡人の魔女は自分の生み出した水たまりの中に立っていた。ブーツの分厚い靴底が彼女を水面の上に浮かしている。


(いい手だ)


 剣士は思った。


(感電を恐れる俺は水たまりの中に入れない。水たまりの中に入らなければ剣の間合いに入れない)

(近接タイプのアイツは攻撃することができず、遠隔攻撃ができる私しか攻撃ができない)


 魔女は足の位置を変え、水面を揺らした。微かに水面に電撃が走る。


(さて、どう攻めてくる?)

(さて、そう攻める?)


 二人は互いにエモノを構えたまま睨み合う。





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