二試合目 (中)
「Ladies and gentlemen!!! Boys and girls !!! さぁて、VRMMORPG『ガトラトランド』最大級バトルイベント『コロシアム』第三回。トーナメント戦は順調に一試合目が終わり、二試合目が始まります!!!! ルールは一試合目と同様、 先にHPが五割切った選手が負けとなります」
勝利の条件ではなく負けの条件を言うのがこのゲームらしい。このゲームでは走ったり剣を振ったりスキルを使ったりするとHPを消費するからだ。
「なお、今回も同じ時間に複数の試合が行われますが、イベント特設ルームにて記録映像がご覧になれますのでご安心下ッさい!!」
客席直上に設置されているモニターに『READY』の文字が炎を背景に表示された。
円形のバトルリングに青と赤の長方形、転移門が向かい合って出現する。
「では!!! 南ブロック第二十九会場にて行われます第二試合目の対戦カードを紹介しまッしょう!!!! まずは青コーナー、剣豪、《クランズ》選手!!!」
わぁぁ!!! 観客からの声援を浴びながら大柄の男性プレイヤー《クランズ》がバトルリングへ入場する。その骨張った厳つい顔に薄っすらと余裕の笑みを浮かんでいた。最も目を引くのは背中に背負ったバスターソードと呼ばれる大剣。長さも幅もあり、扱うのには相当な筋力パラメータが要求されそうだ。
ところで、彼が厳ついバスターソードを背負っている割に、胸当て以外の防具を着けていないのは、コロシアムの『持ち込み制限』に引っかかるからだ。
剣、防具、魔法の指輪などの装備品にはそれぞれコストという数値が割り振られている。『コロシアム』では試合ごとに持ち込めるコストの上限が定められており、プレイヤーは合計してその上限を越えないコスト分の装備しかバトルリングに持ち込めない。ちなみにポーションなどの回復薬の類いの持ち込みは原則不可である。
(だが、防具を持ち込めなくても問題はない)
クランズは背中に自分の愛剣の存在を感じながら呟く。
「全てこの剣で防ぐのみだ」
一方、ハバトは控え室で困惑していた。
(剣豪!? 剣豪ってあれか? スキル使わない縛りプレイ好きのプレイヤーのことか?)
このゲーム内において、戦士職のプレイヤーは二種類に大別される。一つはグランドクエスト「無限回廊(下)」などのダンジョンの攻略に勤しむプレイヤー。ポーロやライシスがこれに当たる。もう一つはプレイヤー同士での戦いを楽しむプレイヤー。その中でもスキルを使わず、己の剣技のみで戦うプレイヤーは『剣豪』と呼ばれる。
(ということは何でミレナさんは俺に【リーパー】を避ける訓練をさせたんだ?)
「続いて赤コーナー、撲殺鍛治師、《ハバト》選手!!!」
転移門からのアナウンスを聞いて、ハバトは控え室のベンチから立ち上がった。
(いったい、どういうことだ?)
ミレナの意図を考えながらハバトは赤の転移門をくぐり、バトルリングに足を踏み入れる。
うぉぉおおおお!!! クランズの時よりも大きな歓声が上がり、スタンドの一角で赤色の旗が揚がった。炎と金槌と金床のマークが描かれ、その下には『Regnard Smith's Guild』と刺繍されている。
「おお!? これは《ハバト》選手の所属する鍛冶ギルドでしょうか。応援に気合いが入っています。《ハバト》選手、これは負けられませんよー!!」
(・・・恥じぃ)
ハバトは気を紛らわすように手のひらで金槌を回した。鍛冶スキルを全て習得し、最上位鍛冶師となった時に手に入れたボーナスレアアイテム。赤橙緑の宝石が埋め込んである金色の金槌は見た目こそ成金だが、おそらくこのゲームの中で一二を争う異常な衝撃耐性、腐食耐性を持つ。絶対に壊れない金槌と言っても過言では無い。
「お前の戦闘記録、見させてもらった」
不意に前から声がかかり、ハバトはハッと顔を上げる。目の前には大男、クランズが立っていた。
(いつの間に?)
「お前の金槌はなかなか骨がありそうだ」
その意味をハバトは咄嗟に理解できなかった。
「打ち合わせるのを楽しみにしている」
そして言うだけ言って、彼は開始位置に踵を返した。
よく分からないが何か言わなければ。そう思って口から出たのが、
「そのバスターソード、めっちゃいい剣だな」
という小学生みたいな感想だった。恥ずかしい。
だがクランズは立ち止まると、こちらを振り向き、ありがとうと言った。
「かなり丁寧に整備されてるし、なるべく少ない力で重い斬撃を繰り出せるように、素材の密度が調整してある」
「そんなことまで分かるのか」
「まあな。しかし、最上位鍛冶師の俺でも同じ物が作れるかどうか怪しいぐらいの一級品だぜ、それ。もうホント……にはもったいないくらいだよ」
お前にはもったいないくらい。
クランズにはそう聞こえた。
スキルよりも剣技を重視する剣豪たちは多大な時間を掛けて剣技を鍛える。そのため己の剣を自身の半身のように思う者が多い。クランズもその例に漏れず、故にハバトの言葉を看過できなかった。
クランズはハバトを睨みつける。
「その侮辱の報い、必ず受けさせてやる」
「さぁて、今回の見所を紹介していきまッしょう!!!」
だが、クランズの言葉はアナウンスにかき消され、ハバトには届かなかった。
二試合目になると見所なんか言われるのか、とクランズの敵意なんて毛ほども感知せず、ハバトはぼんやりそんなことを思った。
「バスターソードに金槌。両選手のメインアームはともに重級。攻撃判定は五分五分です。一試合目の勝利の要だった判定の優位はもうありません!!! 《ハバト》選手はどうやってこの試合を乗り切るのか。《クランズ》選手は再び鉄壁の防御で無傷の勝利を収めることができるのか!!!?」
クランズが試合開始位置に戻ったのを見計らってアナウンサーが叫ぶ。
「さぁて、お待たせしました。第二試合のカウントダウン、スタートですッッッ!!!」
客席の真上に設定されたモニターに『3』と表示される。カウントダウンが始まった。周囲の歓声はもはや無視できるくらいまでミュートされている。
クランズは背中から己の愛剣を下ろした。
ハバトは観察に徹する。
『2』
クランズは右足を引き、体の右後ろに剣を構える。さながら剣道の脇構え。一試合目の記録映像で見たとおりだ。
ということは、これは重いのが来るな、とハバトは予想し、踏ん張れるように姿勢をやや前傾させ、左足の踵を浮かせて『鍛造』の初動モーションの構えを取る。金槌を持つ反対の手には青い指輪が光っていた。
『1』
「READYィィイイ!!!!」
アナウンサーが叫ぶ。
勝てる。そうクランズは確信して、柄を強く握りしめた。
『0』
ドウゥッッ!!!
開始直後、クランズは地面を蹴り、砲弾のように飛び出した。
一方、ハバトの金槌はオレンジ色のライトエフェクトを帯びる。
低い風鳴りのような音とともにクランズの大剣は空気を切り裂き、
『FIGHT!!!』
と表示されると同時に、二人の武器が交錯する。
甲高い衝突音が闘技場に響きわたり、凄まじい衝撃が砂塵を舞い上げる。
バスターソードはその大きさ故にどうしても動きが大振りになりがちだ。しかしその大振りによって生じる遠心力がブレードの重さに加算される事で、凄まじい破壊力を生み出す。特にクランズの剣は遠心力をより大きく受けるような密度調整が施されており、そこに先程の速さが加わると、ちょっと掠るだけでもごっそりHPを持っていかれる。しかし、
「無傷です! あれほどインパクトのある攻撃にもかかわらず、双方の被ダメージゼロです!!!」
HPゲージは体力とスキルの消費分しか減っていない。
切り上げようとしていた大剣の側面をハバトの金槌が押さえていた。
(やはり攻撃の重さは)
(互角というところか)
クランズは笑みを、ハバトは苦渋をにじませ、一旦距離を取ると、武器を構え直す。
(構えを、変えてきたな)
クランズは先程と異なり、右手だけで柄を握り、剣先をハバトに向けて構えている。一試合目のポーロの構え方に似ているが、クランズは刀身が地面と垂直になるように、意識的に剣を構えている。左手は刀身に添えるだけ。
(さっきみたいに叩いて防がれないように、バスターソードの広い側面が上を向かない工夫をしている。確かに記録映像を見ただけはあるな。しかし、これは)
ハバトの脳裏に先日の訓練がよぎる。
(【リーパー】の構え・・・! ミレナさんの意図は依然として分からないが、そっちの警戒もしないとダメだな)
相手を評価しているのはハバトだけではない。
(記録映像だけではよく分からなかったが、あの金槌、あれほどの重さだったとはな。一試合目のように防御に徹しても何処かのタイミングで破られるだろう。故に・・・)
両者のにらみ合いが続く。
タンブルウィードが転がるのにぴったりな雰囲気だが、生憎闘技場には砂が広がるばかりだ。風も吹かない。何も合図となるような物はない。
しかし、数秒後、二人は示し合わせていたかのように同時に動き出した。
数メートルしかなかった彼我の距離はあっという間に縮まり、バスターソードの間合いに入る。
(攻撃あるのみ!)
先に攻撃を仕掛けたのはクランズ。突き。縦に構えたバスターソードを細剣か槍のように突き出す。
ハバトは金槌の打突部を剣の側面に掠めるようにして剣先を、
(当然、逸らすか)
クランズは逸らされた剣を再び引き、再び突き出す。
クランズの剣を止めるのは簡単だ。一回目の交錯と同じように剣の側面を叩けば良い。しかし、今はその側面が地面と垂直になっている。そこを叩くとなるとハバトは金槌を横に大きく振らなければならない。するとハバトの懐ががら空きになってしまう。
(どうすれば? 最悪、真剣白刃取りでもして相手の剣を止められれば俺の勝ちなんだが…)
クランズは真一文字に結ばれていた唇にうっすらと笑みを滲ませ、剣速を少しずつ上げてゆく。剣撃の間隔が狭まり、一つに連なった音に近づく。
「速い速い速いッ!!! 《クランズ》選手の突きがドンドン加速しゆくッッ!!!!」
時折風鳴りのような音を立てつつ、様々な角度からハバトを攻める。
剣と槌が打ち合う度に火花が散り、打撃音が架空の青い空へ突き抜けていく。
(これじゃあ逸らすのが精一杯だ。【リーパー】の警戒もしないといけないし、真剣白刃取りなんてやってる隙すらないッ!)
突き、逸らす、突き、逸らす、突き、突き、逸らす、突き、突き、突き……
クランズの突きの連撃は【鍛造】を発動させる余裕も与えない。双方のHPゲージの減りは主に『行動による体力消耗』。しかし、その減りは【速歩】を使ってスピードの底上げをしているハバトの方が速い。このままこの状態が続けばハバトは確実に—————負ける。
(哀れな)
クランズは無駄とも言えるハバトの足掻きを見て、試合開始に火のつけられた怒りが急に静まり、頭が冷静になってゆくのを感じた。
(俺は何、安い挑発に乗っていたんだ。俺がこのイベントに参加した理由は"成長"のためだったはずだ)
擦過ダメージにより、ガキンッ!! と「ダメージによる減少」を表す火花を散らしながら、ハバトのHPゲージが削られる。
(ならば、こんな"成長"の糧になりそうにない試合に悠長に付き合う義理はない)
そう結論付けたクランズは、突きを放つ手を途中で止めた。フェイント。
「なッ!?」
突然のリズム崩しにハバトは剣の来ない虚空に金槌を差し出して、無駄な防御を行なってしまう。逸らすことに集中しすぎていたことが仇になった。
(たわいない)
クランズは隙だらけになったハバトの心臓部に、容赦なく突きを放つ。
「っそがッ!!」
ハバトは下体にしか効果を及ぼさない【速歩】で強引に体のバランスを崩し、咄嗟に致命傷を避けるも、
「ああああッッッ!!!! 《ハバト》選手、試合序盤にして左腕を失ったッッッ!!!!!」
ゲージが一気に一割も消し飛んだ。視界の端で赤色のガラス片が弾け飛んだ。倒したモンスターや破損武器の成れの果て。
(消滅エフェクト! くそッ! あれをもっと早めに使っておけば・・・!)
小さく舌打ちし、【速歩】でむちゃくちゃな体勢で地面を蹴り地面を転がりながらクランズと急いで距離を取る。行き先は左腕が消えた場所だ。
(あれは絶対、回収しなければ・・・)
クランズがすぐに追撃する様子はない。
「今のは良い反応だった。【速歩】で距離を取る判断も良い」
そんな評価を下しながらクランズはゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「それはどうもッ・・・!」
ハバトは指輪を手に取り、右手をついて、立ち上がる。
左の肩には何もぶら下がっておらず、傷を意味する赤いメッシュの断面があるだけ。左腕は回復できない。持ち込み制限のせいでポーションやクリスタルなどの回復アイテムは手元にない。
(左手を失ったのはかなりの痛手だ。真剣白刃取りの選択肢が消えたせいで、もうこっちの意思でアイツの剣を止めることはできない)
ハバトは脇に金槌を挟み、指輪を口に咥えて右手の人差し指にはめる。
「青色の魔鉱石、水属性のマジックスキルか。まぁ、二試合目の持ち込み制限ではたいした威力のスキルは持ち込めまい。どうせ練度の低い凍結スキルか製水スキルでも詰まっているのだろう」
たわいない。そう呟き、クランズは剣を構えた。右手だけで柄を握り、剣先をハバトに向ける構え。【リーパー】の構えだ。
(どうしたらしての剣を止められる・・・)
現在、ハバト :HP 85.2%
クランズ:HP 97.4%
ハバトも緊張した面持ちで金槌を構えた。重心が変わり、非常に構えづらい。
「おおおお!!!」
先に動いたのはクランズだ。ダッシュのスピードは巨体には似合わない速さを持っていた。
「ぬん!!」
重い気合いと共に、幅広のバスターソードの突きが繰り出される。
(ここで勝たねば!)
ハバトはより強く指先の神経を張ってバスターソードの剣先を逸らしてゆく。
衝突の度に火花が飛び散り、金槌を剣の軌道に割り込ませる度にハバトの神経にスパークが走る。
しかし、どれだけ注意しても防ぎきれない擦過ダメージがハバトのHPを減らし続ける。
だが。
その減りが徐々に、確実に少なくなっているのにクランズは気づく。
(こいつ、俺のスピードに適応してるのか!?)
クランズは容赦なく剣速を上げるも、ハバトはそれに食らいついてくる。
片腕を失ってもなお、目をカッ開いて高速の剣先を追い、【速歩】で適切な間合いをとり、歯を食いしばって必死の形相で剣を逸らし続ける。
(いったい何が・・・)
クランズは無意識に尋ねていた。
「何がおまえにそこまでさせる? 何がお前を成長させている?」
「はァ!? 何当たり前のこと訊いてんだ!?」
こンのクッソ忙しいときにッ! と思いながらもハバトは続ける。
「俺は戦って、勝ちたいだけだ! それに俺は生産職!」
剣と金槌がぶつかり、手元で火花が散った。集中が削がれたせいか、わずかに負傷を表す赤いメッシュのマークが痛みと共に人差し指に走る。ハバトは|痛覚制御で痛みは完全にカットしていない。
「一回でも負ければ粋がった雑魚扱い!」
クランズの腕の動きを見て、次の狙いを読む。
「特にこの試合で負けたらただのまぐれ勝ちになってしまう! だから!」
剣の軌道を予測し、その上に金槌を割り込ませる。
「今!」
金槌の柄と頭の接合部に手をズラし、T字型になっている打突部の一方を包み込むように握る。
「俺は!」
システムが初動モーションを検知し、金槌がエメラルドグリーンに輝く。
細工用の【鍛造】。
大きな振りかぶりを要する武器製造の【鍛造】には難しいアクセサリーなどの小さな金属製品に用いる【鍛造】。
「全力だ!!」
ギィンッッッ!!! 剣と槌がぶつかり、剣が、弾かれる。
同時に、クランズはハバトから放たれた熱風に、僅かに後退りしてしまう。
熱風、というのはクランズが勝手に抱いた幻覚だったのかもしれない。しかし、確かに覇気とでもいうべき「圧」がハバトの中から放たれたようにクランズは感じた。
その隙をハバトは逃さない。
「おおおおおらぁああ!!!」
ハバトは金槌を振り上げ、クランズの懐に飛び込む。
クランズの眼に振り下ろされてゆく金槌がスローモーションに映る。
(全力…全力か)
クランズは剣豪を目指した頃を思い出した。初めは今程の剣技や反応速度がなく、常に全力で戦った。全力で駆け、全力で剣を振るい、全力で勝ち、そして、全力で負けた。
けれど、今はどうだ。ある程度力がついてからというもの、自分の実力を隠すようになり、全力を出す機会は無に等しい。
(【剣技】だけのPvP、『剣聖杯』で王座を取ってから、自分の技量に成長が感じられなかった)
クランズは停滞した己の剣技を成長させるため、ソードスキル以外も使える『コロシアム』に参加した。
だが、今、クランズは悟る。
全力で戦いながら、さらに成長してゆくハバトを見て、気づく。
(常に全力を出し、自分の限界を、天井を押し続ける事で そうして少しずつ少しずつ上限は広がってゆく。成長してゆく)
低いハードルばかり飛んでいては力がつかない。自分の限界に挑戦し続けなければ、いつまで経っても力はつかない。
(俺は全力をいつから出さなくなったのだろう)
そんな細かいことは覚えていない。
分かっているのはただ一つ。
「ならば俺も全力で行こうではないかッ!!」
直後、クランズの剣が唸った。そして金属がぶち当たる甲高い音が会場にこだまする。
完全に外側に弾かれていたバスターソードがクランズとハバトの間に差し込まれていた。
「何ぃッ!? 何が起こった!!? 《クランズ》選手は何をしたんだ!? 速すぎてまるで見えなかったッッッ!!!」
ハバトは先の一瞬で起こったことを把握していた。《クランズ》選手の剣が急激に加速したのだ。
クランズのHPゲージを見る。減っていない。つまり、
(アビリティ! これか! ミレナさんが俺に【リーパー】回避の訓練をさせた理由は!)
「行くぞ、少年!」
クランズは勢いよく剣を弾き上げた。
金槌を押され、ハバトは後方へよろめく。
そこへクランズの重い一閃が迫る。
だが幸運にもクランズの剣は地面と平行していた。
「【鍛造】ッ!!」
システムが初動モーションを検知し、ハバトの金槌がオレンジ色のライトエフェクトに輝く。そしてポーロ戦同様、相手の剣がアバターを切り裂く寸前に金槌を振り下ろし、攻撃を潰す。金属同士が強くぶつかり合い、鉄琴のような心地よい音が会場に響く。叩いた反動を利用して姿勢を整える。
クランズは下げられた剣を切り上げ、ハバトはこれを金槌で弾く。
(「対策」は放棄したのか?)
金槌は剣の側面にヒットし、大きく外に弾かれた。ハバトは間髪入れず空いた懐に打撃を打ち込む。クランズは幅広の刀身を盾とし、巧みな剣捌きでこれを阻む。
例の「剣を縦に構え、突きで攻撃する」という戦術をクランズが止めたため、ハバトの打撃が入るようになり、攻防が次々に入れ替わる。剣と槌が打ち合う度に火花が散り、打撃音がリングの地面に抜けていく。双方の攻撃のインパクトは等しく、戦いは純粋な技術の練度の勝負に近づく。
「これだ。これを求めていたんだ1」
クランズは訳の分からないことを叫びながら、清々しい笑みで大剣を巧みに振り回す。
双方のHPゲージは剣を槌を振るう度に少しずつ削れていく。その減り具合はスキル【速歩】で敏捷性を補っているハバトの方が大きい。
ハバト :HP 61.9%
クランズ:HP 87.3%
重さもスピードも技術も互角となると、残る体格が勝負の決め手となる。これは当然、片腕のないハバトが不利で、
「おおっと、《ハバト》選手、押されています!!! 流石に片腕だけでは厳しいか!?」
ハバトはクランズの剣を捌きながら、徐々にバトルリングの端へ後退してゆく。
(何処かで、何処かで反撃を・・・!)
HPが一ドットずつ減ってゆき、50%台に近づいてゆく。左腕が切り落とされたことによる「身体欠損ダメージ」での二割減が大きな傷になっていた。戦士職ならその高い基礎ステータスによって欠損のダメージが減少するのだが、生産職のハバトはそんな高ステータスを持っていない。
(ポーロの時と同じように体に【鍛造】ぶち当てて、体勢崩してその勢いでボコるか)
しかし、剣豪クランズにはポーロのように大技を放つ素ぶりは無い。例え、一瞬攻めを崩せても、その後続けて金槌撲殺ルートに持ち込むことは出来ないだろう。
(でも、クランズが例の高速剣術を使った後なら?)
アビリティにもクールタイムは存在する。一度クランズが高速剣術を使えば、少なくともその後数秒間は使えないはずだ。
(【鍛造】が通るかもしれない。体に打てなくても、剣さえ弾き飛ばせれば、勝機が出てくる!)
絶え間ない攻防の中、クランズが動きを加速させ、バスターソードでこちらの金槌を防ぐ。そしてすぐさま次の攻撃のため、剣を引く。そのワンテンポ早く、ハバトは金槌を肩の辺りまで振り上げた。スキル【鍛造】が立ち上がり、金槌がオレンジ色の光に包まれる。
「出たぁあ!!! 《ハバト》選手の撲殺スキル!!! ここから逆転なるか!!?」
クランズの顔に焦りの色が滲む。
重い剣では間に合わない。
(行けるッ!)
ハバトはクランズの胸当てに向けて金槌を振り下ろす。
しかし、ここでクランズが予想外の行動に出た。
剣を捨て、素手で金槌を受けたのだ。
にもかかわらず、クランズのHPゲージは減らない。
「はあああ!!? これは一体どういう事だ!!!? 《クランズ》選手のHPゲージが減っていません!!!! 撲殺スキルを自ら受けにいったにもかかわらず、ダメージを受けていない!!!!」
ハバトの顔に苦虫を噛み潰したような表情が浮かんだ。
「お前、知ってたのか」
一試合目でも解説したが、ここでもう一度同じ解説を載せよう。
生産系スキル【鍛造】。
槌を振るうというモーション限定で筋力パラメータが上昇する。本来なら、熱しても柔らかくならない素材を成形する際などに使われるものだ。
そう。
【鍛造】は素材を成形する際に使うスキル。プレイヤー相手には効果がなく、HPゲージを一ドットたりとも削れないのだ。ハバトが胸当てを狙ったのもこれが理由だ。
「言っただろう。お前の戦闘記録を見た、と。胸当てが破壊されてから、ポーロがダメージを食らったのは体がバウンドして地面とぶつかった時だけだった事も解析済みだ」
「くそっ、あれはそういう意味だったのか」
クランズは余裕の笑みで金槌を押し返す。
「そんな余裕かましてていいのか?」
と押し返され、数歩後退するハバトは虚勢を張ったが、すぐに背筋に冷たい物が走る。比喩表現では無い。実際に、ハバトの背中に冷たい物が当たったのだ。
ハバトはハッと辺りを見渡し、その事に気づく。
「《ハバト》選手!!! 《クランズ》選手に押され、ついにバトルリングの端まで追い詰められてしまったああ!!!!」
(ヤバい)
剣を拾ったクランズが一歩一歩近づいてくる。
後、何が出来る。
判定の優位は無い。
【鍛造】は攻略されてしまっている。
すぐ後ろに壁があるせいで金槌を大きく振りかぶれない。
小さいモーションでも発動できる細工用【鍛造】ではインパクトが足りない。擦過ダメージ覚悟で、剣の峰をがっちり掴んでやがる。
【速歩】で逃げ出しても後ろから斬られて終わりだ。
左手は序盤で失ったから真剣白刃取りは不可能。
「はっはっはっ・・・!」
緊張で荒くなった呼吸がやけに大きく聞こえる。速くなった血流に血管が波うち、心臓が肋骨の下で暴れているのを感じる。呼吸も血管も心臓も、アバターには存在しないけれど。
(全てをかなぐり捨てて突っ込むか?)
ハバトはHPゲージに目をやる。
ハバト :HP 57.1%
クランズ:HP 82.6%
(無茶だ。犠牲にできるHPが少なすぎる)
クランズはその厳つい顔に微笑を貼り付けたまま、バスターソードを、例の如く剣先をこちらに向けて構えた。システムが初動モーションを検知し、刀身が真っ白なライトエフェクトに包まれる。
(ここで、来たか!)
スキル【リーパー】。
それも至近距離から。