99. 神力
迷宮の主の気配が消えた後、オレ達はその場に穴を掘り、剣歯白虎の亡骸を埋めてやった。迷宮の主の勝手に振り回されてしまった命だ。それをそのままそこに放置するのは、さすがにちょっと可哀想な気がしたんだ。
その後で、オレはみんなに声をかけた。
「みんな、出発する前にちょっといいか?」
「ん? どうしたんです、トーヤさん?」
「ヤツと対決する前に、ちょっと確認しておきたいことがあるんだ」
ラヴィの問いに、オレはそう答えた。
迷宮の主の言葉を信じれば、ここを出て、通路を進めばいよいよこの迷宮のラストステージだ。そこに何があるのか分からないが、少なくとも迷宮の主との戦闘になることは間違いないと思っている。
だから、その前に色々と確認しておきたい。
オレはみんなを見回した。
ファムはもちろん、ラヴィも戦う気満々だろう。
リオは言わずもがな、だな。
だが、戦うには相手の正体が不明過ぎると思うんだ。
敵を知り己を知れば百戦危うからず、という言葉がある。
でもオレ達は、少なくともオレは、あまりにも相手を知らない。
このまま何も知らずに戦うのはすごく危険な気がするんだ。
だから確認したい。
何か知っていることは無いか、分かっていることは無いか。
確証は無いにしても、何らかの推測でもいい。
リオなら、何か気付いたことでもあるんじゃないだろうか。
そう思って、オレは聞いてみた。
「リオ、ヤツのこと、どう思っている?」
「どうって……。もちろん、たっぷりお返しをしてあげたいと思っているよ。沢山の利子やオマケもつけて、ね」
ラヴィの肩に乗ったリオが、なんか誇らしげにそんなことをのたまった。
えっと……?
いやいや、オレが聞きたいのはそういうことじゃなくってだな。
「……聞き方が悪かったな。ヤツが何者なのかについてだよ。最初リオは、ヤツを生命体じゃないって言っていたよな。でも、ヤツは言葉も通じていたし、オレ達との会話もちゃんと成立していた。なのに、生命体じゃないと言うなら一体何だと言うんだ? それに、絶滅したハズの剣歯白虎を蘇らせるとか、とんでもないことをやってのけていたり……。そういうのが色々と気になるんだよ。その辺、リオはどう思っているのか、教えてくれないか?」
それを聞いて、リオが少し俯いた。
何か、あるんだろうか?
見ると、ファムやラヴィもオレと同様、リオの答えを待っているようだ。
二人だって、やはり気になるんだろう。
しばらくして、リオはぽつりと言葉を漏らした。
「確証は無い。でも……」
リオは少し言いよどんでいるようだ。
得られている情報は少ないだろうからな。
確証が無いのは仕方がない。
それでも、何かあるなら聞かせて欲しい。
オレはそう思ってリオの言葉の続きを待った。
そして、リオは顔を上げて口を開いた。
「迷宮の主の正体は、たぶん、《空人》じゃないかと思う」
「「……えっ!?」」
リオのその言葉にファムとラヴィが驚いたような声を上げた。
でも、オレには何のことだかさっぱり分からない。
《空人》って、何だ?
そんなオレの疑問を余所に、ファムがリオに向かって口を開いた。
「ちょっ、ちょっと待ってリオ。《空人》って、いくらなんでもそれはありえないんじゃない? そりゃあ、《空人》が実在していたってことはワタシも知っているけど、でもそれってとんでもなく昔の話でしょ? 《空島》が落ちて、もうどれくらい経ったと思ってるの。いくらエルフ族とはいえ、さすがに誰も生きているハズないわ」
……エルフ族?
ファムのセリフには、色々と気になることがあるが、その中でも一番気になったのはエルフ族という単語だ。もちろんこの世界にはエルフ族がいるってことは知っている。こちらの世界に来る前に、母さんがそんなことを言っていたからな。
そのエルフ族が関係していると言うのか?
そもそも《空人》とか《空島》って、一体何なんだ?
だが、オレが疑問を口にするよりも早く、ラヴィがリオに問いかけていた。
「どうしてリオちゃんは、迷宮の主が《空人》だと思うの?」
「それは……」
「それは?」
一拍置いて、リオは小さな声でつぶやくようにそのセリフを口にした。
「迷宮の主が神力を使うからだよ」
神力……?
その答えを聞いて、ファムとラヴィの二人が息を呑んだ。
それって、確か以前にファムとラヴィが言っていた、神の力、神の御業ってやつのことか?
迷宮の主が?
使っていたと言うのか?
あっ!?
もしかしたら、あの絶滅したハズの剣歯白虎を蘇らせたというやつか?
確かにそれは神の力と言われれば、納得できることのようにも思える。
でも、あの時迷宮の主は、遺伝子情報から蘇らせたと言っていた。
それは、少なくともオレには神の力というよりも、何らかの科学的な技術力のように思えてしまう。
だが、ファムはオレとはまた違うことを連想したようだ。
「……もしかして、あの空中にワタシの絵を出したやつ?」
「そうだね。あれも神力の一つだと思う」
――えっ? あれが、神力?
オレはてっきり、ただの魔法だと思っていた。
「それだけじゃない。剣歯白虎を遺伝子情報から蘇らせたことも、最初ボク達の前に現れた時、端末に意識を乗せていたことも。さらに言えば、もしかしたら大砂蛇をあれだけ巨大に成長させていたのも、全て神力によることなのかもしれない」
やはり剣歯白虎のことは神力なのか。
だけど、それ以外のものも全て神力だったというのか?
あれらは魔法じゃなかったのか。
そんなにも神の力が使えるというのなら、もしかして……
そんなこととても信じたくはないし認めたくもない。
だがもしかして、迷宮の主は神と呼ばれる存在なのか?
……いや、それはそれで違和感がある。
もしホントに神なんだとしたら、あいつはそれを絶対に口にすると思う。
オレ様は神なんだぞ! って。
なんとなくだが、そう思う。
でもアイツは、それは言わなかった。
自らを神と名乗るようなことは一度もしなかった。
じゃあ、やっぱり神ではない?
だとすると、何故そんなにも神の力というやつを使うことができるんだ?
そもそも神力って一体何なんだ?
神の力ってだけではあまりにも漠然とし過ぎている。
魔法とは、何か根本的に異なるものなのか?
そんな様々な疑問がオレの中で渦巻いていく。
だがそれはオレの頭の中だけで答えが出るようなものではない。
だから、オレはその疑問をそのままリオに投げかけた。
「リオ。そもそも神力っていうのは何なんだ? 以前聞いた話だと文字通り神の力ということだったけど。それは、魔法とは全く違うものなのか? そして何でヤツはそれを使える? ヤツは神の一種だとでもいうのか? それとも《空人》っていうのは神のことなのか?」
その問いにリオはすぐには答えず、黙ってオレ、ファム、そしてラヴィと順番に視線を巡らせた。
ファムとラヴィも何も言わずリオを見ている。
彼女たちにとっても気になることなんだと思う。
だから、リオの答えを待っているんだろう。
「……少し長くなるかもしれないから、座って話そうか。大丈夫。今周囲には何もいないし、索敵は展開しているから」
リオのその言葉を聞いてオレが二人に視線を向けると、ファムもラヴィも頷いてくれた。オレも頷き返してその場に座り、二人もオレに続いてその場に座った。
そして、リオはオレ達の真ん中に降り立ち、話始めた。
「魔法と神力を厳密に分類することは無理だと思うし、無意味だと思う。だけど、それでもあえてするならば、定義の問題になる……のかな」
……意味がよく分からない。
ファムとラヴィも首を傾げているようだ。
それを見て、リオがより詳しく説明を始めてくれた。
「以前トーヤには説明したことがあると思うけど、この世界における四大元素、すなわち火、水、風、土。それに光と闇を合わせた六つの基本要素。これに基づいて現象に作用させるものを魔法。そしてその範囲を逸脱したもの、特にこの世界における一般的な科学力を凌駕したものは神力。そういう分類になるのかな」
オレとラヴィとファムはお互いに顔を見合わせた。
オレも含め、三人とも今一ぴんと来ないみたいだ。
そしてリオの話は続く。
「例えば、枯れ木を燃やすとしようか。火の魔法を使える人ならば、普通に燃やすことはできる。だけどトーヤなら、その火の威力を何倍にも高めてしまうことができるよね?」
――へ?
いきなり話を振られて、オレはすぐには返答ができなかった。
火の威力を高めることができる?
オレなら?
ど、どういう意味だ?
オレが使う魔法は他の人と何か違うのか?
代わりに答えたのはラヴィだった。
「そりゃあ、トーヤさんは魔法が得意だから……」
「違うよ、ラヴィ。そういう問題じゃないんだ」
魔法の得意、不得意という意味じゃない?
そりゃあ、オレはまだ魔法が得意というわけでもないしな。
でも、じゃあどういう意味なんだ?
なんか、オレを見るリオの目が半眼のジト目になった気がする……?
「トーヤ……。物が燃える、つまり『燃焼』というのは、ぶっちゃけて言うと酸化反応のことだよ。知ってるよね?」
「………………ああ、もちろん」
確か、学校の授業でそんなことを習ったような……気がする。
「今の間は何かな? ホントに大丈夫? ちょっと、怪しい気がしてきちゃったんだけど?」
や、やだな。
気のせいですよ、リオ先生。
オレは苦笑いでもってそれに応えた。
あまり突っ込んでくれるなよ、頼むから。
「じゃあ、その酸化反応に必要なモノが何か、分かるよね?」
「えっと……さ、酸素?」
恐る恐るそう答えてみる。
だって酸化反応なんだから、酸素が必要だろう?
いいよね? 合っているよね? ね? ね?
「良かったね、トーヤ。ギリギリセーフだよ」
ギリギリって何だよ、ギリギリって!
「酸素? なんですか、それ?」
ラヴィが首を傾げながら聞いてきた。
何と言われても、オレにはどう説明していいのか分からない。
思わずリオに視線を向けてしまった。
「ラヴィやファムが知らないのは当然なんだ。それは、まだこちらの世界では一般的じゃない科学的な知識なんだから。そういう目に見えない小さな粒のようなものが空気中には沢山あるんだよ」
「へぇー」
ラヴィとファムがなんか周りを見回し始めた。
いや、だから、目には見えないんだって。
気持ちは分からないでもないけど。
「話を元に戻すけど、トーヤならば酸素を十分に供給することで、他の人より枯れ木を何倍も激しく高温で燃やすことができるわけだ。トーヤの持つ科学的な知識をもってすれば、こちらの世界の人にはとてもできないことをあっさりとやってのけてしまう。それを目にしたこちらの人たちは考える。これは魔法の範疇を遥かに超えている。神の力なのではないか、と」
魔法の範疇を逸脱したもの……
そうか、そういう意味か。
やっと、おぼろげながらもリオの言った意味が分かってきた気がする。
あれ? でも、だとすると……
「ちょっ、ちょっと待て。じゃあ、以前リオが使った重力魔法とか、オレの《放電》も、魔法というよりは、神力になるんじゃ……」
オレの《放電》は電気の魔法だ。以前リオは、こちらの世界では電気はまだほとんど理解されていないって言っていた。せいぜい雷と静電気くらいだって。じゃあ、これはこちらの世界ではオーバーテクノロジーということになる。つまり、それを利用する魔法というのは、こちらの人から見たら神力になる……のか?
「うん。その分類に従うと、そうなるね」
あっさりと頷かれてしまった。
マジか?
そう言えばあの時、二人に《放電》は神力かと聞かれて、オレは魔法だと答えてしまったのだが、オレの方が間違っていたということなんだな。
「ちなみに、さっき空中に映し出されたファムの映像は、魔法で空気をプラズマ発光させていたものだったね。理論的には既にトーヤの世界にもある科学技術だよ。でも、その知識が無いと実現できない魔法だ。そしてもちろんこちらの世界には無いハズの科学技術なんだ」
一拍置いて、リオは言葉を続けた。
「剣歯白虎を蘇らせたことに関しても、言うまでも無いよね」
ようやく分かった。
そういうことか。
だから、リオは迷宮の主が神力を使っていたと言ったのか。
だとすると、やはり気になるのは迷宮の主の正体だ。
何故こちらの世界には無いハズの科学技術を知っているのか?
その鍵は……《空人》か。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
いよいよ次が第100話になります。
なんか感慨深いものがありますねぇ。
そしてそれが今年最後の更新となる予定です。
次話「100. 空人」
どうぞお楽しみに!