92. 灰小玉鼠の襲来
なんとなく、リオの機嫌が良くなったような気がする。
大いに暴れたからな。それでスッキリした、ということなんだろうか?
……そう思ったんだが。
「前座はこんなもんかな。メインが楽しみだよね。ふふ……ふふふ」
リオの傍に近付いたとき、そんなつぶやきが聞こえてきた。
前言撤回するよ。
どうやらまだ暴れ足りないらしい。
そう簡単にリオの機嫌は直らないようだ。
オレは思わず、下を向きながら目をつぶり、首を横に振っていた。
迷宮の主とやらよ。
同情するよ。
お前は敵にしちゃいけない奴を敵にしてしまったんだ。
アニメやラノベなら、そういうセリフが続くところだろうな。
だけど、そんなちょっと中二病が罹ったようなセリフ、とても口には出来ないな。ははは。
そこへ、ラヴィが片手をあげてリオに話しかけてきた。
「ね、リオちゃん。倒した大砂蛇は全部リオちゃんの宝物庫の中?」
「そうだよ。残しておいても邪魔だからね。細かい破片とかは残っているかもしれないけど」
「じゃあ、黒い角も?」
「うん。もちろん。全部で七本あるから、これで無事目標は達成だね」
地上で一本、そして先程六匹討伐して六本手に入れたわけだ。
だが、当初のノルマは二本だったはずだ。
まさかとは思うけど、やり過ぎだ、とか言われたりしないだろうな?
ま、そうだとしても、今回は仕方なかったと思うが。
ともかく、これでこの場での用は済んだはずだ。
先へ進むための道を探さなければいけない。
そう思って辺りを見回し始めたとき、ファムに声を掛けられた。
「トーヤ。あそこ」
「ん?」
ファムの指差した先には、横穴があった。
オレは魔法陣による移動かと思っていたんだが、どうやら違ったようだ。
恐らくあれが、次に通じる道ということなんだろう。
「よし。じゃあ、先に進もうか」
オレの言葉に、三人とも頷いて応えてくれた。
大砂蛇がいた広い場所を後にし、入った横穴は直径五メートルくらいの半円状のトンネルようなものだった。
足元は多少デコボコしているが、ある程度均されているようで、歩きにくいという程ではない。
ただ、少し傾斜が付いて下り坂になっているようだ。
最初と同じように、先頭はオレと、オレの肩に乗ったリオ、そしてオレ達の後ろをファムとラヴィが続くという形で進み始めた。
だが、すぐにリオの索敵に何かが引っかかったようだ。
「前方に何か小動物がいるね。一匹だけみたいだけど」
やはり今までとは違うようだ。
今までは、このような道の途中で生き物には全く出会わなかった。
あの迷宮の主が意図的にそうしていたのだと思うし、だとしたら、今回のこの遭遇も意図的なものなんだろう。
オレ達は黙ってお互いに視線を交え、頷いてから静かにゆっくりと進んだ。
迷宮の主がこの道に用意したものは、一体何だ?
小動物ということなら、大砂蛇や野干ということではないだろう。
だが、あんなやつが主をしている迷宮にいる動物だ。
小動物とはいえ、油断なんかできるもんじゃない。
しばらく進むと、前方に何かわずかに動く物体を視認した。
リオが低い声でその正体をオレ達に教えてくれた。
「あれは、灰小玉鼠だね」
鼠?
そっと、もう一歩近付き、オレはその外見を確認した。
見た目は灰色のハツカネズミといった感じだ。
その大きさも十センチくらいだろうか。
危険な動物にはとても見えない。
むしろなんかちょっと可愛いくらいだ。
その愛らしい姿に、さっき小動物が相手でも油断できないと考えていたことをすっかり忘れて少し安心しかけてしまったオレは、リオからしっかりと釘を刺されてしまった。
「トーヤ、迂闊に近寄らないでよ。ああ見えて結構怖いから」
そ、そうなのか?
あんな可愛らしい小さな動物なのに?
「一匹しかいないのは幸いだね。さくっと片付けて……」
その時、何かギギギ……という、木を軋ませるような音が何処からともなく聞こえてきた。
なんだ? この音は何処からだ?
音が反響してしまっていて、音源が分からない。
「まずい。仲間を呼ばれたみたいだ」
リオの声にオレはハッとして前方の鼠を見た。
同時に、リオに支援魔法をかけられた感覚がした。
この音は、あの鼠が!?
そんな鳴き声なのか?
っていうか、支援魔法?
戦闘になるっていうのか?
そんな様々な思考と共に注視していたオレの目の前で、灰小玉鼠が身体を揺らしながらむくむくと膨らみ始めた。
――な、なんだ、あれ?
ついさっきまで可愛いハツカネズミのように思っていた存在が、今ではぷっくりと丸々太ったぼて猫のような存在へと変わっていた。
――か、可愛くねぇ!
「来るよ!」
リオが叫んだ時、太った猫、いや膨らんだ灰小玉鼠がオレの顔を目掛けてすごい勢いで跳んできた。
――なっ!
オレは慌てて顔をずらして鼠の体当たりを避けた。
振り向くと、まるでゴムボールのように壁を跳ねながら、灰小玉鼠はオレ達の後ろに消えていった。
逃げた、のか?
そう思ったのだが、それは甘かったらしい。
「リ、リオちゃん。これって」
「……うん。まずいかな」
ラヴィのウサ耳がなんかピクピクしている。
なんだ?
あの鼠は逃げたんじゃないのか?
まだ、終わってないのか?
「……三十……五十……八十、いや、更にどんどん増えてくるよ」
リオが後方、オレ達が進んできた方向を見ながらそう言った。
八十以上?
そう言えばさっき、仲間を呼ばれたとか言っていたな。
まさか……それって鼠の数……なのか?
「に、逃げた方が……」
「うん。これは、ボクもそう思うかな」
リオにしては珍しい弱気な発言だが、無理もないことだと思う。
だって、オレもそう思うから。
暗闇からぞろぞろと現れる膨らんだ灰小玉鼠達。
その瞳が、なんか赤く光っているような気がする。
背筋にヒヤリとしたものを感じた。
これは……この数はヤバい。
こんなのに一斉に襲われたら、とても捌き切れるとは思えない。
なら、一気に殲滅するような魔法をリオに頼むか?
いや、強い衝撃がするような攻撃だと、崩落して自分たちが生き埋めなんてこともあり得る。
ダメだ。
迷宮の主のやつ、なんてものを用意してくれたんだ。
「トーヤ、ボクが殿を務める。できるだけガードするけど、すり抜けた奴はお願い」
オレはリオの言葉に頷き、二人に向かって叫んだ。
「ファム、ラヴィ、先に行け!」
「え、でも……」
「この先がまだどうなっているか分からないんだ。先頭はできるだけ敵を早く察知できるやつがいい。リオが殿なんだ。二人に頼む。オレはリオが漏らした鼠を捌きながらすぐ後に続く。行け!」
ファムとラヴィは顔を見合わせ、一度頷くと走り出した。
リオがオレ達の後方で、五つの白く光る円形の魔法陣のようなものを出した。
それに何匹もの鼠がぶつかる。
どうやらそこから先へは進めないようだ。
あの白いのは、シールドのようなものなのか?
リオがその五つのシールドを巧みに動かし、鼠の進行を妨害する。
「トーヤも行って!」
オレは頷いてから、先行した二人に続いて駆け出した。
「トーヤ! 一匹抜けた。右!」
オレは自分に近付く鼠の気配を頼りに剣を振る。
手応えはあった。
絶命とまではいかなくても、傷を付けることはできたはずだ。
ちゃんと確認する余裕なんか無い。
追って来れなくなれば、それでいい。
そう思って、二人の後を追って走る。
「二匹抜けた。上と右!」
オレはその場に立ち止まり、振り向きざま、リオのシールドを抜けてきた二匹の鼠に視線を向ける。
上から飛び掛かって来る鼠を上段の構えから斬り落とし、続けて横をすり抜けて行こうとした鼠に対して剣を横に滑らせた。
よし!
この調子ならなんとかなるかもしれない。
だが、どこまで逃げればいいんだ?
いつまでも鬼ごっこはできないぞ。
リオの向こう側には、まだまだ赤く光る目がたくさんある。
次に広い場所に出たところで、リオに魔法で殲滅して貰うのが妥当か?
もちろんできるだけ崩落しないように力加減をして貰っての話だ。
そう考えていた時、進行方向であるオレの後ろから、二人の悲鳴が聞こえた。
「きゃあ」
「ファム、わあ!」
――なんだ!
とっさに振り向いたとき、既にファムの姿は無かった。
そしてラヴィが落ちていくように消えていく姿が目に入った。
「ファム! ラヴィ!」
オレは二人の名を呼びながら、近寄ろうとして足を滑らせた。
――なっ!
あわてて地に手を付けるが、走ってきた勢いからか、身体が滑る。
なんだ、これは!
まるでスケートのアイスリンクのようだ。
冷たくは無いが、すごくつるつるしている。
二人もこれで足を滑らしたのか!
対応を考える間もなくそのまま、より傾斜のついた下り坂をオレの体が滑り降り始めた。
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次話「93. ファム、絶叫」
どうぞお楽しみに!