89. 悪意の問題
オレ達は第二関門の場所を野営地にして、そこで一晩過ごした。
ここは洞窟の中なので、今が昼なのか夜なのかよく分からない。
だけど考えてみれば、大砂蛇と戦った時点で日は沈んでいたわけだし、なによりもオレの腹時計が、晩飯の時間をとうに過ぎていることを率直な音で知らせてくれたんだ。
……正直、アレはちょっと恥ずかしかったよ。
次の日の朝、オレ達は朝食を済ませた後、早速真ん中の道を進み、次の場所に向かった。
今度の場所は、今までに比べると少しこぢんまりとしているような気がする。
だけど、地面は均されているようで、今までの岩だらけの場所とは違うようだ。
さらにそこには、直径五メートルくらいの大きな魔法陣が描かれていた。
「……転送の魔法陣だね」
リオが地面に描かれている魔法陣を見ながら、そう教えてくれた。
周りをぐるりと見回しても、確かに今オレ達が通って来た通路以外、他に道は無いみたいだ。
円形の魔法陣の外周には、等間隔に並べられた十二個の岩のような突起物。
それには何か簡単な文字だか記号だかが書かれている。
そして魔法陣の中心には岩のプレートがあり、そこにも文字らしきものが書いてある。おそらく、あれが次の問題なんだと思う。
「どうやら、この先は転送で進むらしいね。正解の岩に触れれば魔法陣が作動するみたい」
えっ?
それって、つまりさ。
もし間違えても、正解するまで別の岩に触れればいいってことじゃないか?
なんとなく、今まで以上に優しくなってしまった気がするぞ?
「とりあえず、問題を見てみようか」
リオはそう言うと、オレの肩から飛び立ち、既に問題の書かれたプレートのところにいる二人に向かっていった。オレももちろんその後を追った。
そう言えば、二人がまだ計算を始めていないな。
どうしたんだろう?
もしかして、今度の問題は計算じゃないとか?
オレはちょっと不思議に思いながら声を掛けてみた。
「どうしたんだ? 計算しないのか?」
「あ、トーヤさん。それが……」
プレートの文字を見てみるけど、やっぱオレには読めないんだよね。
なので、ラヴィに教えてもらった。
第三の問題は、こんなやつだった。
金貨と銀貨が併せて四十四枚。
その総額は銭貨百二十三万二千枚と同じ。
金貨は何枚?
これって……もしかして連立方程式じゃないか?
ファムが首を振りながらその場に座ってしまった。
ラヴィもどう計算をすればいいのか分からないそうだ。
「トーヤはどう?」
「……たぶん、金貨の枚数と銀貨の枚数を、xやyの変数にして、式を立てればできるんじゃないかと思うけど……」
なんか、いきなり問題の難易度が上がったような気がする。
そのせいか、ラヴィとファムはもう諦めムードって感じだ。
二問目まではあんなに楽しそうだったと言うのに。
もしこの迷宮が計算の勉強を目的としているのなら、これは失敗じゃないかな?
もう少し、徐々に難易度を上げていくようにすべきじゃないのか?
あ、もしかしたら、問題の難易度が上がったから、間違えてもすぐに再挑戦できるように、逆にペナルティが優しいものになったのか?
でも、だとしてもだ。
二人がこれでは、オレも問題を解くことに、あまり面白味は感じなくなってきちゃったかな。
もし二人がこの先も問題に興味を示さなければ、前回は釘を刺されてしまったけど、この先はスマホの電卓を使ってさくっと解いて進めてしまおうか。
それとも……
オレはリオに視線を向けた。
「リオは? これ、すぐに解けるのか?」
「うん。これくらいならね」
「へぇ。で? 答えは?」
「……いいの?」
リオがオレを見上げて聞いてきた。
オレ達三人は計算をしなくていいのかという確認だろう。
オレはちらっと二人を見て、そして肩をすくめながら答えた。
「ああ」
「……そう。金貨は十一枚だね」
リオってば、ホントにさらっと答えを言ってきたよ。
一応検算してみるか。
えっと、金貨十一枚なら、銀貨は三十三枚か。
総額は銭貨……百二十三万二千枚。
うん。合ってそうだな。
オレはリオに頷いて見せた。
さすがチート鳥だよね。
魔法だけでなく、やっぱり計算も得意なんだな。
だったら、今後はもう、計算はリオに任せて、さくさく進めてしまおうか。
検算くらいなら、オレもするからさ。ははは。
リオが軽く羽ばたき、そして魔法陣の外周に立ててある岩の突起物の一つに降り立った。きっとあれが、十一の岩なんだろう。
そしてすぐに足元の魔法陣が白い光を放ち始め、オレ達は次の場所に向かって転送された。
まぶしい光に閉じていた目を再び開いたとき、オレ達は先程と同じような場所に立っていた。
正確には少し違う。
少なくとも通路のような横穴は一つも無い。
そしておそらく、魔法陣の中心にあるプレートに書かれた内容も違うのだろう。
それ以外には、あまり違いは分からない。
魔法陣の周りにある突起物が十二本であることも同じようだ。
「ここが、第四関門の場所?」
「そうみたいだね」
オレの独り言に近いつぶやきに、リオが返事をしてくれた。
「早速問題を見てみましょうか」
ラヴィはそう言って、そそくさとプレートの傍に駆けていった。
そして、今度は声に出して問題を読んでくれた。
きっと、読めないオレへの配慮かな。助かるよ。
内容はこういうものだった。
旋亀が五メートルの鎖に捕らわれている。
周囲何平方メートルの水草を食べることができるか?
どうやら今度は面積の問題らしいな。
でも、メートル?
あちらの世界と長さの単位が同じ?
あ、いや。ラヴィが読み上げてくれたからか。
だから指輪が自動翻訳してくれたんだな。
それはともかく、今度は円周率を使う問題のようだ。
二人を見ると、残念ながら二人とも首を横に振っていた。
「……じゃあ、リオ。また任せるよ」
「あれ? トーヤはできるでしょ? 円の面積を求めるの」
「円周率を使うんだから、さすがにリオみたいに暗算は無理だよ。それに、どの突起物がどの値になっているか、オレには分からないしな」
「そっか」
そう言って、リオはオレの肩から飛び立った。
残されたオレは、ちょっとした好奇心から二人に尋ねてみた。
「ところで、旋亀っていうのはどういう動物なんだ?」
「南の方の沼地に住んでいる、大きな亀ですよ。すっごい顎の力が強くて、一度噛みついたら絶対に放さないとか」
「そうそう。近くを通る牛なんかに噛みついて、沼に引きずり込むらしいわ」
「へぇー。牛を……」
あれ? 牛? なんで牛?
「牛を引きずり込んで……どうするんだ?」
「そりゃあ、食べるんでしょ」
「……誰が?」
「旋亀が。結構獰猛な肉食の亀なのよ」
……肉食? 旋亀が? 雑食じゃなくて?
なんだ、このひどくもやもやする違和感は。
なにかおかしい。
なんなんだ一体。
オレはふと、問題の書いてあるというプレートに目を向けた。
そうだ。
問題は……何だった?
「ファム、ラヴィ。もう一度聞く。旋亀は雑食でなく、肉食なのか?」
オレの声は微かに震えていたかもしれない。
それに気付いたのか、ファムが訝しげに眉をひそめながらも、真剣な面持ちで答えてくれた。
「他の亀と違って、旋亀は間違いなく肉食よ。昔調べたことがあるのよ。商会での取引に必要だからって、捕獲したこともあるわ」
胸の奥がざわざわする。
これは、今までとは違う。
この問題は、今までとは全く違う。
うっすらと悪意すら感じるような、引っかけ問題。
すごく嫌な予感がする。
これは絶対マズいやつだ。
ダメだ。
ダメだ。ダメだ。ダメだ!
オレは振り返ってリオに向かって叫んだ。
「リオ! 待て! ダメだ!」
だが、遅かった。
リオは突起物の一つに、まさに今降り立ったところだった。
「え?」
リオが疑問の声を上げながらオレの方を見る。
そして次の瞬間、リオを取り巻くように、轟音と共に火柱が立ち上がった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
なんか最近ブクマの伸びが良いようで、500件が見えてきた気もします。
すっっっーーーーーーごく嬉しいです!
読んでくれている人がいるって、ホントにすごく凄く嬉しいです。
こうした皆さんの応援がパワーとなってます。
本当にありがとうございます!!
これからもどうぞよろしくお願いします。
次話「90. 迷宮の主」
どうぞお楽しみに!