88. 第二の関門
ガンボーズ迷宮での第二問は、また算数の問題だった。
そして、やはりオレには読めないので、内容はリオに教えてもらった。
成功報酬は金貨二枚と銀貨七枚。
参加したハンター七人で均等に分けた場合、余りは銭貨何枚?
だそうだ。今度は割り算の入った問題らしい。
この問題を見たラヴィとファムの目が、キラリと光ったように見えたのは、気のせいだろうか?
二人とも、前回同様、近くに落ちていた小石を拾い、しゃがんで計算を始めてしまった。
きっともう、競争することは暗黙の了解なんだろうね。
別にいいけどね。
それより問題は、答えの道のほうだ。
今度の選択肢は三つある。
リオに聞いたところ、右からそれぞれ一、三、五となっているそうだ。
それを聞いて、オレはリオに再び索敵をお願いすることにした。
「リオ。二人が計算をしている間に、この三つの道を探ってみてくれないか? 前回同様、間違った場合のペナルティを確認しておきたいんだ」
「いいけど、それって何か、カンニングしているような気がしない?」
確かに……
ちゃんと計算して答えを出す前に、正解はどれか探り当ててしまうようなものだからな。
いやいや。別にズルすることが目的じゃないんだ。
あくまでこの迷宮の危険度を確認するために、ペナルティの程度を知りたいだけなんだって。
ホントだよ?
「じゃあ、索敵はボクのほうでやっておくからさ、トーヤもこの問題をやってみたら?」
「え?」
「じゃあ、そういうことで」
そう言いながら、リオは先程と同じような光玉を出し、目を閉じると同時にそれがスッと右の道に入っていった。
ま、いいか。
どうせ結果が出るまで暇だしな。
えっと問題は……
金貨一枚で銭貨十万枚、銀貨一枚で銭貨……四千枚、かな?
だから報酬は銭貨に直すと……
め、面倒くさっ!
単純な計算問題だけど、なんか地味に面倒くさいぞ、これ。
あ、そうだ! 良いこと思いついた。
こういうときのための、文明の利器じゃんか!
「リオ、索敵中に悪いんだけど、オレのバックを出せるか?」
「うん」
リオが頷くのと同時に、オレのバッグが目の前に現れた。
バッグの口紐をほどき、中に手を入れる。
えっと、スマホはっと。
スマホに入っている電卓を使えばいいんだよ。
そうすればこんな問題、簡単に解くことができるじゃん。
ナイスアイデアだね!
そう思ったんだけど……
「……ねぇ、トーヤ。まさか電卓を使おうとか、考えてないよね?」
「……え?」
オレの手はピタッとその動きを止めた。
え? あれ? もしかして、ダメなのか?
「二人を見てごらんよ」
リオに言われて二人の方に視線を向ける。
そこにいるのは、小石で地面に何かを書きながら、一生懸命計算をしている二人の獣耳娘。
特にさっき間違えてしまったラヴィは、「こんどこそ!」と、見るからに気合をたっぷり入れて問題を解こうと頑張っている。
「この二人がこんなに頑張っているのに、まさか自分だけ、チートな道具使おうとか、思ってないよね?」
リオは目を閉じている。
だからオレを見てはいない。
だけどなんか、まるでジトっとした目で見られているような気がする。
えっと……
オレはバッグから水筒を取り出した。
「まさか! そんなわけないじゃん。ちょっと水が飲みたかっただけだよ」
「……だよねぇ。ごめんごめん。ボクの思い過ごしだね。ふふふ」
「そ、そうだよ。はは、あははは……」
はぁ……
心の中で大きくため息を付いてしまった。
結局、オレにも筆算をしろ、と。
さすがにこんな問題を暗算は無理だもんな。少なくともオレには。
水筒の水を一口飲んでから、仕方なくオレは二人と同様、小石を拾って地面に数字を書いて計算を始めたよ。
えっと、金貨二枚で銭貨は二十万枚。銀貨七枚で銭貨二万八千枚。
合計で報酬は銭貨二十二万と八千枚っと。
それを七で割ると……
ううう、面倒くさい。
割り算の筆算なんて、すごいひさしぶりだよ。
大学入ってからやった覚えないな。
高校時代は? やったっけ?
ぶつぶつ言いながらも、小学校で教わったやり方で計算を進める。
そして一の位まで答えを出した。
えー、割り算の答えは三万と、二千五百七十一っと。
んで、余りは三だな。
問題は、銭貨の余りだから、答えは三だ。
一応検算もしておくか。
三万二千五百七十一、かける七、足すことの三で……
うん。二十二万八千だから合ってるな。
よしっ! できた!
オレは顔を上げて立ち上がった。
そして両手を上げて大きく伸びをする。
『どう? できた?』
リオが念話で話ながらオレの肩まで飛んできた。
念話を使うのは、二人の邪魔をしないためだろう。
そう思って、オレも念話で返した。
『ああ、ちゃんとできたよ』
『じゃあ、答えは?』
『三。真ん中の道だな』
オレは答えながら、真ん中の三の道を小さく指差した。
『流石じゃん。大学合格はまぐれじゃなかったみたいだね』
コ、コイツ……
ホントにその羽むしってやろうか?
そう言えば、以前シロがリオに対してそんなことを言っていたな。
よし! もし彼女が本気だったら、一度くらい協力してやろう。うん。
オレが密かな決意を胸にした時、リオがさらに尋ねてきた。
『ところで、どう計算したの?』
『どうって? 銭貨に換算して二十二万八千を七で割っただけだが?』
それ以外にどう計算しろと?
『銀貨七枚を先に分けてしまえば、残るは金貨二枚分。銭貨二十万枚を七で割るほうが簡単じゃない?』
…………あ。
い、いやいや。たいして計算の手間は変わらんよ。……たぶん。
答えも合っていたんだし、べ、別にいいよね? ね?
そう思いながらも、なんとなくバツが悪い気がして、オレは話題を変えることにした。
『と、ところで、索敵はもう済んだのか? 結果はどうだった?』
『うん。確認したよ。ちゃんと真ん中の三の道が、次の場所に通じているね。今まで通り、特にトラップなども無し。他の道なんだけど、こちらも前回同様、特に危険は無いみたい。しばらく進んだら行き止まりってだけだよ。あえて言えば、その距離がちょっと長くなっているくらいかな』
『そうか……』
やはりこの迷宮は、危険度がかなり低いものだと思っていいんだろうか。
もちろん今後、問題の難易度がどれくらい上がって来るか分からない。
行き止まりまでの距離が少し長くなったように、問題の難易度によってペナルティも多少は上がるかもしれないが、そう危険なものにはならないのかもしれない。
なんか、気を張っていたのが少し馬鹿らしくなってきたかも。
いや、もちろん油断はせず、十分注意しながら進もうとは思うが。
必要以上に警戒することは無いのかもしれないな。
「できたわ」
ファムがそう言って立ち上がった。
先程と異なり、今度はファムの方が早かったみたいだ。
すごく自信有りげな顔をしている。
前回も正解しているからな。
多少時間はかかったが、今回もちゃんとできたということなんだろう。
「ア、アタシも……できた……と思う」
ファムの声に反応したかのように、ラヴィもそう言って立ち上がった。
だがこちらは、ちょっと自信無さげに見えるな。
「で? 二人の計算結果は? どの道だ?」
オレの問いに応えて二人が揃って指差したのは……右の道だった。
……えっと、つまり、二人の答えは一ということですかね?
「やった!」
ラヴィが両手を上げて喜んでいる。
ファムも満足そうに頷いている。
二人とも同じ答えだったからか?
いや、でも、残念ながら二人とも不正解なんだが……
どうしよう?
「トーヤさんも計算してましたよね? 同じですか?」
一瞬迷ったが、ここで嘘ついても仕方がない。
オレは正直に言う事にした。
「あ、いや。オレが出した答えは三だ。真ん中の道だよ」
「あ、そうなんですか。……残念でしたね」
――おい! こらこら! ちょっと待て!
計算の答えは、多数決で決まるもんじゃないからな?
かといって、二人の笑顔を見てしまうと、そんなこと言い出し難い。
それくらい、二人の嬉しそうな笑顔が眩しかったよ。
……ここは、リオに頑張ってもらおうかな? いいよね?
オレはリオに視線を向けた。
「リオが前回と同じように、それぞれの道を既に探索してある。だから、どれが正解か、リオは分かっているんだよな?」
リオがちょっと驚いたように目を大きくさせてオレを見上げてきた。
そしてオレは、なんとなくリオから視線を外した。
「……トーヤ。それってなんか、ズルくない?」
いえいえ。そんなことありませんって。
第一、この話の流れでは、オレの方がいくら正しいって言っても、絶対信じないと思うんだよね。
だからここは、リオ先生に一肌脱いでいただかないと。
がんばってください!
応援してますから!
オレはそう思いを込めて、再びリオに視線を戻し、微笑んで見せた。
リオはジトっとした目でオレを見た後、二人に説明し始めた。
三つの道を索敵した結果を。
そしてどの道が正解なのかを。
その様子を見ながら、オレは思い出していた。
以前ラヴィが言っていたことを。
二人は学校のようなものには通っておらず、孤児院で大人たちに計算などを教わったと言っていた。
この様子だと、あまり真剣に学んでいなかったんじゃないかな?
今度機会を見付けて、計算の特訓をしてみようか。
簡単な四則演算くらいはちゃんとできるように。
じゃないと、生活に困ることだってあるんじゃないかな?
そこでふと思った。
もしかしたらこの迷宮は、こういう計算の特訓をするために作られたものなんじゃないかって。
いつ頃作られた迷宮なのか知らないが、例えば昔の教育熱心な人が、そういう目的を持って作ったということもありえるんじゃないか?
だったら、ペナルティがほとんど無く、危険度がかなり低いということにも納得できる。
そんなことを考えながら、リオの説明にちょっと不服そうにしている二人を、オレは笑って見ていた。
……だけど、後にオレは痛感することになる。
そんなことを思ってしまったオレは、やっぱり甘かったんだと。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
次話「89. 悪意の問題」
どうぞお楽しみに!