87. 最初の関門
「もうすぐ、ちょっと広い場所に出るよ」
リオがオレの肩に乗りながら、そう教えてくれた。
今オレ達は、横穴を進んでいる。
横穴と言っても、天井はかなり高く、横幅も結構広い。
三人並んで歩いても、余裕の広さがある。
だけど、広いからといって、三人横並びで進む気にはとてもなれない。
なにしろ、ここは未知の迷宮なんだから。
何があるか分からないんだ。
先頭はオレと、オレの肩に乗ったリオ。
オレの数歩後ろを、ファムとラヴィが後方を警戒しつつ付いてくるという隊形をとっている。
もちろんリオには、常に索敵魔法を使ってもらっている。
生命反応はもちろん、およその地形や、落とし穴などのある程度のトラップはこれで事前に察知できるハズだ。
最初のプレートのあった場所から進み始めて十数分といったところだろうか。
リオの言う通り、オレ達は少し広い場所に出た。
結局ここまで、何も特別なことは無かった。
この世界の迷宮って、もしくはリアルの迷宮って、こういうものか?
逆に、何も無さ過ぎて不気味な気がしてくるのはオレだけだろうか?
「リオ。生命反応は無い……でいいのか?」
「うん、全然。むしろ不自然なくらい、全く何もいないねぇ。アリとか羽虫とか、小さな虫くらいは、いてもいいと思うんだけど」
リオも、何か不気味さを感じているのかもしれないな。
「トラップなんかはどうだ?」
「ボクに分かる範囲にはなさそうだね」
「……そうか」
どういうことなんだろう。
ゲームの迷宮なんかだと、それこそ最初から何らかの仕掛けのオンパレードなんだが……
そう思っていた時、前方を指差しながらラヴィが口を開いた。
「……あれは何でしょう?」
ラヴィが指差しているのは、オレ達が通って来た横穴と反対側、対面の岩壁だ。
その上方に、再び岩のプレートがあり、何やら文字らしきものが書かれていた。
「これは……」
そう言ってラヴィが目を見開いている。
なんだ? 何が書いてあるんだ?
オレがそう尋ねようとしたとき、ラヴィはおもむろにその場にしゃがみ込み、小石を拾って何かをし始めた。
なんだ?
小石で、何かを書いている?
なんなんだ、一体。
オレには全く理解ができず首を傾げていると、ファムがラヴィに近寄ってきた。
「大丈夫、ラヴィ? ワタシがやろうか?」
「何言ってるの。こういうのは、ファムよりアタシの方が得意じゃない」
「はぁあ? ラヴィこそ何言ってるの。どっちかと言えば、ワタシのほうがよくできてたでしょう?」
「えぇええ、嘘だよ。アタシだよ」
「いいえ、ワタシよ!」
……よく分からないうちに、二人が何か張り合いだした?
「じゃあ、ファム。競争する? どっちが早く、正確な答えを出せるか」
「いいわ。やってあげる。見てなさい」
そう言うと、ファムまでその場にしゃがみ込み、そしてラヴィと同じように小石を拾って何かを書き始めた。
「ふふん。アタシが勝つに決まってるけどね」
「ワタシがラヴィに負けるなんてありえない」
えっと……
全然ついていけてない。
っていうか、全然わけ分からない。
なんなんだよ、ホント。
オレは再び、何か文字らしきものが書かれているプレートを見上げた。
「なあ、リオ。なんて書いてあるんだ?」
「このまま二人にやらせてあげても、いいんじゃない?」
「だとしても、何が書いてあるのかくらい教えてくれ」
じゃないと、この状況がさっぱり分からん。
「じゃあ、読み上げるよ。雄のヤギが三十七頭、雌のヤギが二十六頭。合計でヤギは何頭?」
…………はい?
なんだそれは。
何かのクイズ? それとも、単純な算数の問題?
単純に考えれば、三十七、足す二十六で、答えは六十三だが……
「単純な足し算の問題のようだね。で、そこの二つの横穴には数字が書いてある。右が五十三で、左が六十三だね。答えの方に進めってことじゃないかな」
そうリオが付け加えた。
……ちょっと待ってください、リオ先生。
何それ。
何だよそれ。
オレ達が今いるのは、未知の迷宮じゃなかったか?
人が死んでしまう事も珍しくないような、危険な場所じゃなかったか?
なのに、何なんだそれは!
ロクな障害も仕掛けも無いと思ってたら、初めての関門が、こともあろうに算数の問題?
なんか今オレ、無性に「バカヤロー」って大声で叫びたい気分なんですけど?
ってか、むしろ叫んでいいですか?
「できた!」
「分かったわ!」
二人がほぼ同時に声を上げて立ち上がった。
……微妙にラヴィのほうが早かったか?
そのせいか、なんかラヴィはちょっと誇らしげだ。
逆にファムは、今一瞬左目がぴくっとしてたな。
そしてオレは、もうホント、脱力しそうだよ……
「二人ともお疲れ様。じゃあ、どっちの横穴にするか、二人とも、せいので同時に指差してみようか」
リオのセリフに、ラヴィとファムがお互いに見合わせて頷いた。
「「せえの!」」
二人が指差したのは……別々の横穴だった。
ラヴィが右、五十三のほう。
ファムが左、六十三のほう。
お互いに顔を見合わせる二人。
そして、やはりというか何というか、自分のほうが合っている正しいんだと言い合いを始めてしまった。
それを見てふと思ったよ。
もしかしてこれって、こうやって仲違いさせるためのトラップだったとか?
……いやいや、まさかね。
「もう、ファムのわからずや!」
「それはラヴィのことでしょ?」
「そんなことない! よし、こうなったらトーヤさんに決めて貰おう。どっちが正しいのか」
「望むところよ!」
えっと……
そりゃ、正解は六十三だから、ファムのほうなんだけど。
ラヴィがじぃっとオレを見つめている。
すっごく期待を込めた目で。
そんな目で見られたら、ちょっと言えないよな。
お前が間違っているんだよ、なんて……
ど、どうしよう。
オレは視線を逸らして横穴の方を見た。
あ、そうだ!
「リオ?」
「ん? どうしたの? もしかしてトーヤには難しい?」
……その羽むしるぞ、このやろう!
と一瞬思ったけど、何とか自分を抑えて、それはスルーした。
「この横穴、先のほうがどうなっているか、分からないか?」
「どういう意味? 正解のほうを進めばいいんじゃない?」
「確かにそうなんだろうけど、ちょっと確認してみたいんだ。もし、間違ったらどういうことになるのか。それによって、この迷宮の危険度がどれくらいか、参考にならないか?」
もし間違った方を選択した場合に、回避しようもなく死に至るような結果となるなら、この迷宮はかなり危険だということだ。
今回の問題はかなり難易度が低かったが、この先もそうとは限らない。
もう一度気をしっかりを引き締める必要があると思う。
「なるほどね。分かった。やってみる」
そう言うと、リオの頭の上にピンポン玉くらいの淡く光る球体が現れた。
「これは?」
「索敵用のセンサーのようなものだよ」
そう言って、リオを目を閉じた。
「どっちから行く?」
「右。五十三のほうから」
「了解」
ふわふわと浮かんでいた球体が、スゥと右側の横穴に入っていった。
「入口近くには特に異変は無いね。このまま先に進めるよ」
「ああ、頼む」
なんかラヴィが両手を胸の前で組み、祈るような恰好をし始めた。
そしてウサ耳がピンっと立っている。
うーん。
残念ながら、こっちはハズレのハズなんだよなぁ……
リオが少しずつ道の様子を伝えてきてくれる。
「少し下方に傾斜しているかな」
「大きく右にカーブしているね」
「ちょっと道幅が狭くなってきたかな」
うーん。ハズレのハズなんだが……
それらしき様子は全く無いのだろうか。
「何かトラップのようなモノは?」
「特に反応無し。ここまでの横穴に比べると少し天井が低いけど、普通の通路って感じだね」
まさかと思うけど、実はこっちで正解だったなんてことは……
思わずもう一度頭の中で計算してみる。
うん。間違いなく六十三だよね?
そう思った時、リオが声を上げた。
「……あれ?」
「どうした?」
やはり、あるのか?
間違えたことによる、何かペナルティのようなものが。
オレは思わず息を呑んでリオの言葉を待った。
「……行き止まりだ」
……え?
「行き止まり? え? それ……だけ?」
「うん。普通に歩くと半刻程度の距離かな。それ以上は進めないね」
ラヴィが「そんなぁ」とつぶやいた。
ああ、そうか。
これで右の道はハズレってことで、つまり、ラヴィの答えが間違いだったということが確認されたことになる。
ちらっとファムのほうを見ると、何か少し誇らしげだ。
リオが目を開いた。
「左の道も、やってみる?」
「ああ、頼む」
左の道は正解だと分かっているのだから必要無いかもしれないが、念には念を入れておこう。もしかしたら、途中に何らかのトラップがあるかもしれないし。
再び淡く光る球体が現れ、リオは目を閉じた。
そして球体が左の道を進み始める。
それを見ながら、オレは考えていた。
この迷宮の危険度について。
ハズレの道を進んでも、特に危ないことは無い?
それって、特にペナルティが無いってことか?
いや、約一時間も歩いて行き止まりなんだ。
それ自体がペナルティなんだと言えなくもない。
でも、その程度なのか?
「ちょっと広い場所に出たよ。ここが次の場所かな」
「よしっ!」
ファムが珍しくガッツポーズをしてた。
そして、ラヴィはその場に崩れていた。
オレはそれを横目で見ながら、一応確認をしてみた。
「リオ。危険なものは無いのか?」
「うん。何も」
ここが、自然にできた迷宮でないことは確かだ。
オレには読めないが文字が書いてあって、簡単とはいえ問題まで用意されていたんだから。
誰かが作った迷宮だ。
だけど、こんな危険が一切無いような迷宮。
どんなやつが、一体どんな目的で作ったのだろう。
っていうか、これって迷宮? ホントに?
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
次話「88. 第二の関門」
どうぞお楽しみに!