86. 初めての迷宮探索
ダンジョン、ラビリンス、迷宮、もしくは地下迷宮などなど。
いくつか言い方があると思う。
もしかしたら、厳密にはそれぞれ微妙に意味が異なるのかもしれない。
だけど、ゲームやアニメ、それにラノベなどでは総じて同じような意味で使われている気がする。
すなわち、財宝などが隠されていて、それを守るようにトラップや怪物が存在する、とても危険な場所。
日本にいた頃、オンラインゲームで迷宮攻略のパーティに何度か参加したこともある。仲間たちと連携しながら、何度も何度もトライアンドエラーを繰り返して攻略していくのは非常に楽しかった。
苦労してトラップを解除、または回避し、雑魚を蹴散らし、ラスボスを倒し、レアな装備などを手に入れた時は、本当に嬉しかった。その後は、攻略に参加したパーティメンバーと一晩中、ホントに朝までチャットで盛り上がっていたのは今でもよく覚えている。
だが、あれはゲームだったから楽しめたんだと思う。
……リアルで、本物の迷宮?
それはきっと、トライアンドエラーなんてできない。
ダメ元でいろいろ試してみようなんて、きっとできない。
ぶっつけ本番の一発勝負だ。
もし攻略に失敗したら?
恐らく待っているのは「死」だろう。
少なくともオレが想像する迷宮とは、そういう場所だ。
オレは、読めない文字で書かれたプレートから、視線をラヴィに移した。
ラヴィは、まるで目をキラキラさせてオレを見ていた。
なんか、ウサ耳も楽しそうに揺れている……ような気がする。
危険な場所だとか、生きて帰れないかもしれないとか、そういう恐れを抱いているようには全く見えない。
むしろワクワクした様子で、早く行こう、と言わんばかりだ。
ファムに視線を移してみたが、こっちも怖がっている様子は感じられない。
まあ、流石にラヴィのようにワクワクしている感じではなさそうだが。
極めて普通だ。
行っても行かなくてもどちらでも構わないといったところかもしれない。
オレは、一度大きく息を吐き出した。
うーん……
これは、迷宮に対するオレの認識が間違っている?
それとも、この世界では違う意味で使われる言葉なのか?
なんか、ちょっと自信が無くなってきた……
「リオ?」
「ん?」
だから、オレは迷宮について確認してみることにした。
「迷宮って、この世界ではよくあるものなのか?」
「よくあるものか? と聞かれるとどう答えていいのか分からないけど、他にもいくつかあるのは確かだよ。一番有名なのは、クイアット島のマルーナ迷宮かな」
「あ、アタシも知ってます、それ」
会話に交ざってきたのはラヴィだ。
「伝説の女盗賊マルーナの財宝が眠っていた迷宮ですよね。アタシも一度は行ってみたいと思っているんです」
マルーナ? 女盗賊? しかも、伝説の?
ラヴィの言葉を引き継いで、説明してくれたのはファムだった。
「かなり昔の、有名な女盗賊よ。いくつもの国でかなり大暴れしていたとか。最後は捕まって処刑されたんだけど、その時、『私の財宝は全て迷宮にある。欲しければ取りに行けばいい』って言葉を残したとか」
「その財宝を残したという迷宮が、マルーナ迷宮か」
「そういうこと」
なんか、どこぞの海賊王みたいなことを言うなぁ。
ちょっとカッコイイとは思うけど。
「かなり凝ったトラップが多いことでも有名だね。おかげで、そこで命を落とした人も相当な数だとか。もっとも、今となってはそのトラップもほぼ全て解明されていて、隠されていた財宝も全て回収されてしまったらしいけど」
あ、そうか。そうだよな。
ゲームじゃないんだ。リアルなんだから。
迷宮から誰かが財宝を回収してしまえば、新たな財宝が勝手に補充されるわけじゃないんだよな。
いつかは、迷宮から全ての財宝が回収されることになるんだ。
「でもリオちゃん。シブターニア王国のレガリアの宝剣だけは、いまだ見付かってないらしいよ?」
「あ、そうなんだ。そこはまだ変わらないんだね。じゃあ、マルーナ迷宮に潜る人も、まだそれなりにいるのかな?」
「そうらしいわ。数は多くないそうだけど、ハンターなんかがよく挑戦しているそうよ」
そんなリオ達の会話を耳にしながら、オレは、やはり、と思っていた。
まだ見つかっていない宝剣の話もちょっと気にはなったけど、それよりももっと気になったのは、命を落とした人が多い、という点だ。
命を落とす人が多い、やはりそういう危険な場所なんだ、迷宮ってやつは。
オレは、再び上方の読めない文字が書いてあるプレートに目を向けた。
「このガンボーズ迷宮っていうのは? 知られている迷宮なのか?」
せめてよく知られていて、何があるのか事前に情報があるならまだいい。
少なくともその情報をもとに検討することができる。
だが、オレはなんとなく予想していた。
この迷宮は、そんな迷宮では無いんじゃないか、と。
「いや、少なくともボクは聞いたことが無いね」
「アタシも無いです」
「ワタシも」
知っている者は無し。
やっぱり……
オレ達がここへ来たのは、ほとんど偶然だ。
あんなところに転送の仕掛けがあって、それに引っかかってここに来た。
もしこの迷宮が知られていたのなら、あの転送の仕掛けだって知られていたハズなんだ。
さらに言えば、クロが大砂蛇討伐の依頼を口にして、ガンボーズ地方の名前が出た時点で、この迷宮が知られているのであれば話題に上がっただろう。
だがそれは無かった。
つまりは、ほとんど誰も知らない迷宮なんだ。
このガンボーズ迷宮とやらにどんな財宝が眠っているのか分からない。
そしてどんなトラップが、さらにはどんな怪物が潜んでいるのかも分からない。
今一瞬、背中に何かヒヤリとしたものを感じた。
リスクが高すぎないか?
そんな危険なところにわざわざ飛び込む必要なんて無いんじゃないか?
そもそもオレ達の目的は大砂蛇の討伐だ。
こんな迷宮に行かなきゃいけない理由なんて無いんじゃないか?
「トーヤさん? どうかしました?」
「あ、いや、何でも……」
ラヴィにそう答えながらも、オレは色々と考えてしまう。
母さんならどうしただろう?
って考えるまでも無いよな。
むしろ率先して皆を率いて突入していただろうな。
分かっている。
オレはまた、いろいろと理由を付けて、危険なことに怖じ気付いているんだ。
迷宮探索なんていう、まさに異世界物を地で行く展開にしり込みしてしまっているんだ。
そんなことを考えて黙り込んでしまったオレに、ファムが問いかけてきた。
「さっきのいきおいは、どうしたの、トーヤ?」
「……さっき?」
なんのことだ?
ファムがオレの事をじぃっと見つめている。
だが、とっさには何のことを言っているのか、オレには分からなかった。
「さっき、ラヴィを追いかけて転送に飛び込んだ時のことよ。ラヴィを必ず連れ戻すんだって、転送先はどうなっているのか全然分からないというのに、どんな危険があるのかも分からないというのに、全く躊躇なく飛び込んだじゃない」
あ、あれは……
突然の事だったし、ラヴィが心配だったし、ファムも動揺してたし。
だから、無我夢中だったというか……
いや、本人たちを目の前にして、そんなこと言えるか!
「トーヤさんが……アタシのために……」
ラヴィが感激したかのように、両手で口を押え、ウサ耳をピンっと伸ばし、目を大きく見開いてそう呟いた。
オレは少し照れ臭くなって、ラヴィから視線を外した。
その直後、リオがいらぬ爆弾を投入していた。
「そうそう。だから咄嗟にファムをお姫様抱っこして、一緒に転送に飛び込んだんだよね」
「「――えっ!?」」
ファムとラヴィの声が見事にハモった。
「ちょっ!? リオ! ラヴィには黙っててと言ったじゃない」
「あれ? そうだっけ?」
ファムの抗議に、しれっとリオはそう返していた。
「……ファム? どういうことかな?」
「え、いえ、あの……ち、違うの、ラヴィ。そうじゃなくって」
「アタシに秘密にしとくの? なんでかな?」
ラヴィとファムがお互いに向き合って、何か言い合いを始めてしまった。
それを横目で見ながら、リオが念話でオレに話しかけてきた。
『これは、トーヤだけに送っている念話だよ』
そう前置きして。
『もしかして、迷宮にしり込みしちゃった?』
『…………ああ』
今更リオに隠していても仕方がない。
オレは正直に返答した。
いや、リオだけじゃないかもしれない。
ファムもあんなことを言ってきたんだ。
もしかしたら、オレの心情はバレているのかもしれない。
『迷宮なんて危ない場所に、わざわざ行く必要なんてないだろう、って?』
『……ああ』
まったく。
どこまでお見通しなんだよ、このチート鳥は。
『確かにこの迷宮の奥にはどんな財宝が眠っているのか分からない。最悪、そんな財宝は無いってことだってありえるよね』
そうだ。その通りだ。
骨折り損のくたびれ儲けっていう結果もありえるんだ。
『でもさ、トーヤ。もしかしたら、君だけの財宝が、この先にあるかもしれないよ?』
……オレだけの財宝?
どういう意味だ?
『ねぇ。あの夜の事、覚えている? 夜の泉で、ボク達だけで話をしたときの事。あのときトーヤは言ってたよね。ヘタレを治して、カッコいいやつになりたいって』
……もちろん覚えている。
オレが、初めて人を殺し、そして逃げた先でリオと話をした時のことだ。
あの時、自分でそう言ったことも覚えている。
『もちろん今この迷宮に挑戦したからって、なりたい自分になれるとは限らない。そんな保証はどこにも無い。そんな簡単なことでも、単純なことでもないよね』
でもね、とリオは続けて念話で語り掛けて来る。
『頑張ったって望みが叶うとは限らない。だけど、何もしなければ確実に叶わない。そうでしょ?』
リオの言いたいことは、分かる……気がする。
ここで引き返すのは、オレがなりたいと思っている自分とは違う。
母さんみたいに、皆を率いて積極的に挑戦できるやつになりたいと思う。
でも、もし失敗したら?
オレだけでなく、みんなも危険な目に合わせてしまうかもしれないんだ。
そう考えると、どうしても……
『大丈夫だよ、トーヤ。今までも戦ってこれたじゃない。あのミリアとも本気で戦って生き延びたんだよ? ファムとラヴィを含めた《黒蜂》からもセイラを守り抜いたんだよ? 紅鎧だって、野干だって、ちゃんと撃退したじゃない』
今までの事を思い出す。
確かにオレは、この世界に来て、戦って、生き延びて、守ってもきた。
『大丈夫だよ。ラヴィもファムも、とても強くて頼りになる仲間だ。ボクだって付いている。なのに、何を心配する必要があるのさ。そうでしょ?』
オレは、リオに視線を向けた。
リオもオレを見て、そして笑っているようだ。
オレは視線を動かして、まだ何か言い合っているファムとラヴィを見た。
「どうする、トーヤ。ボクはトーヤの判断に従うよ?」
リオが念話を使わず、声に出してオレに問いかけてきた。
それに気付いた二人が、言い合うのを止めて、オレの方に向き直した。
「トーヤさん。アタシ達を見てください」
そう言いながら、ラヴィが一歩オレに近付いた。
「ファムがいて、アタシがいて、リオちゃんがいて、トーヤさんがいる。これって最強じゃないですか! 絶対無敵じゃないですか! 何も怖いものなんて無いですよ。心配なんていらないですよ!」
ラヴィが両手を大きく開いて、さっきリオが言っていたことと同じようなことを口にした。
やっぱり、ラヴィにもバレていたらしい。
「むしろ、ラヴィが一番心配なんだけどね」
「――えっ!? ちょっ! ファム! 今いいところなんだから! へんなこと言わないでよ!」
オレはゆっくりと、大きく息を吐き出した。
オレはなんだかんだと言っても、結局いまだヘタレのままだ。
分かってる。
だけどさ。
リオにここまで言われて、
ラヴィにここまで言わせてしまって、
皆に背中を押してもらって。
それでも引き返しちゃったら、男じゃないよな。
さらにもう一度、大きく息を吐き出す。
大丈夫だ。
オレはできる。
いや……
オレ達は、できる!
だから……
「そうだな。挑戦してみるか」
「やったぁ!」
「ただし、これ以上は無理だと思ったら、迷わず撤退するからな。いいな?」
「はい! 了解です!」
ラヴィが元気よく笑顔でそう答え、そしてファムとリオも頷いた。
こうしてオレは、この世界で初めて、そしてリアルで初めて、迷宮というものに挑戦することになった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
次話「87. 最初の関門」
どうぞお楽しみに!