85. 洞窟
気が付けば、オレ達は薄暗い洞窟のような場所に立っていた。
足元で白い光を放っている魔法陣が、徐々にその光を弱めていく。
消えていく魔法陣よりも、オレは周りの様子に視線を向けた。
水の中だとか、溶岩の中だとか、毒ガスの中だとかでは無さそうだ。
それが一番心配していたことだったんだ。
もしそうだったら?
少なくともオレにはどうすることもできなかっただろう。
リオのカバーが間に合うどうか。
それだけがきっと、唯一オレ達が助かる手段だったはずだ。
それがダメだったら……
オレ達は全滅するしかなかったと思う。
だが、胸をなで下ろすにはまだ早い。
耳を澄ましながら辺りを見回す。
周囲は大小様々な岩だらけで、少なくともオレが見える範囲に動くモノは無い。
特にオレ達を襲って来るような敵もいないようだ。
足元に目を向けてみる。
平たい大きな岩の上に、今オレ達は立っている。
どうやら、いきなり崩れるとか、足を踏み外して落下してしまうような場所でも無さそうだ。
上を見てみる。
やはりここは洞窟の中のようだ。
岩盤に覆われているようだが、天井は高い。
なんか、所々に淡く光っている岩石があるようだ。
そのせいか、真っ暗というわけではなく、全体的に薄暗いといった感じだ。
それはともかく、いきなり上から何かが落ちて来るとか、襲われるということも無さそうだ。
「……ふう」
オレはようやく一安心し、大きく息を吐き出した。
どんな過酷な場所に転送させられるのかと心配していたが、どうやら単なる洞窟の中だったようだ。
良かった。
これなら、ラヴィももちろん無事だろう。
本当に良かった。
そう言えば、リオが言っていた「対となる場所」というのは、この足元の岩のことだったのかも知れないな。
そう考えていた時、ふいに声を掛けられた。
「……そろそろ、降ろしてもらっていい?」
「……え?」
ファムのその言葉で、オレは今更ながら気が付いた。
まだ、ファムをお姫様抱っこで抱きかかえていたことに。
オレは、腕の中で大人しくしているファムに視線を向けた。
ファムはオレの方ではなく、周囲を見ているようだ。
油断せずに注意深く周囲を警戒している……ようにも見えるが、頬が、いや頬だけでなく、首まで赤くなっているように見えるのは、オレの気のせいだろうか?
もしかして、これって、オレに抱きかかえられて、照れている?
恥ずかしがっている?
こんな時になんだけど……
これって、なんか、すごく、かわ……
「……トーヤ?」
「あ、ああ。すまない」
名を呼ばれて、オレは慌てて、でもそっとファムをその場に降ろした。
ファムは岩の上に腰を下ろし、前方を見ていて、オレと視線を合わせない。
まだ照れているのか?
そんなに照れられると、なんかこっちまで照れくさくなってくるかも……
そ、そうだよなぁ。
咄嗟だったとはいえ、オレはうむを言わさず、ファムをお姫様抱っこしちゃったんだよな。
なんて大胆なことをしてしまったんだろう。
あ、やばい。
なんか顔が火照ってきた気がする。
えっと……えっと……
な、何か話さないと……
いや、でも、なんかうまく言葉が出て来ないよ。
うう……
がんばれ、オレのポーカーフェイススキル!
今こそ、その真価を見せてくれっ!
ファムがオレに背を向けたまま、すっと立ち上がった。
「……ラヴィには、黙ってて」
「……え?」
何をだ? 何のことだ?
ファムが少しだけオレの方に顔を向けた。
だがその視線は下の方を向いている。
それでも一瞬だけオレと視線を合わせ、そして再び視線を下に向けて呟いた。
「ワタシを、その……だ、抱きかかえていたことを、よ」
「あ、ああ」
オレは、それだけ言うのが精いっぱいだったよ。
ファムの赤くなった顔を見ていると、それ以上何をどう言えばいいのか……
なんか、いつもと違うファムに、調子が狂っちゃうな。
その時、オレでもファムでもない声が、オレの左肩から聞こえてきた。
「……じゃあ、そろそろいいかな?」
――えっ!?
急に掛けられた声に、正直オレはビックリした。
ファムもビクッと体が震えたのが視界の隅に映った。
リ、リオ! お前、いつの間に!
って、違う!
いつの間にもなにも、リオは最初からいたんだった。
ファムの様子に気を取られちゃって、完全にその存在を忘れていたよ。
ってか、むしろワザと気配を殺していたんじゃないだろうな?
このチート鳥なら、それくらい苦も無くやりかねないし、むしろ苦労してでもやりそうだ。
「……どうしたのさ、二人とも」
リオの顔が、なんか妙に、にやにやしているように見えるのは、オレの気のせいだろうか?
……きっと、気のせいじゃないだろうな。
「いや、何でもないよ。それよりリオ、ラヴィはどうだ? 何処にいるか、分かるか?」
「うん。前方百メートルほどの所にいるね」
それを聞いた途端、ファムが駆け出した。
オレもその後を追いながら、左肩に止まっているリオに問いかけた。
「無事なんだな?」
「うん。もちろん。バイタルサインは既に確認している。体温、脈拍、呼吸、血圧、意識、全て問題無し」
そんなことまで分かるのか……
いや、今更驚くようなことじゃないか。
なんせこいつは、チート鳥なんだからな。
「ラヴィ!」
ファムが走りながら叫ぶ。
その視線の向こうにいるのはウサ耳娘。
間違いなくラヴィだ。
良かった。
本当に無事なようだ。
ファムの声に気付いたのか、ラヴィが振り返りながら、オレ達に笑顔で応えた。
「あ、ファム。思ってたより早かっ……うぷっ」
そのセリフの途中で、ファムがラヴィに飛びついていた。
「ラヴィ、ラヴィ。このバカ! ワタシ達が、どれだけ心配したか!」
「あははは。ゴメンね、ファム。アタシもまさかこんなことになるとは……。トーヤさんもリオちゃんも、心配かけてゴメンなさい」
追いついたオレに対しても、ラヴィは頭をかきながら素直に謝ってきた。
そう言えば、一度説教してやる、と思っていたハズなんだが……
ラヴィの無事な姿を見たら、オレとしてはもう、そんなのはどうでもよくなってしまったな。
とにかく、本当に無事でよかった。
でも……
ファムはまだ、気が収まらない御様子だ。
「……今日という今日は、絶対許さないから。覚悟は、できているよね?」
そう言うファムの声のトーンは、あきらかに落ちていると思う。
少しだけ、背中になんか冷たいものを感じた気もしたかもしれない。
そしてファムは、今の今までラヴィを抱きしめていた手を放し、仁王立ちし始めた。
それを見て、ラヴィの目が泳ぎだしていた。
「え? えっと、いや、あの……ちょっ、ちょっと待ってよ、ファム。あ、あれは、アタシのせいじゃ……」
「……ラ、ヴ、ィ?」
「や、やだな。ファム。目がすごく怖いよ? ほ、ほらっ! トーヤさんも見ていることだしさ。ね?」
「何が『ね?』よ。安心しなさい。今日はトーヤと一緒に、あなたにじっくりと説教してあげるから」
「……う、そ」
いや、ラヴィ。
そんな縋るような目でオレを見られてもだな……
オレに縋っても無駄だと悟ったのか、ラヴィはファムに視線を戻した。
そして、その瞬間、一歩右足が後退っていた。
オレからは、ファムの後ろ姿しか見えない。
だから、ファムが今どんな顔をしているのか分からない。
だが、想像はつくな。
きっと今、ファムはすごく怖い顔をしているんだろうな。
それは、見てみたいような、見ない方がいいような……
「ちょっ、ちょっと待って、ファム。分かった。分かったから。説教は後で甘んじて受ける。だから、ちょっと待って」
「往生際が悪いわよ、ラヴィ。あなたはそもそも……」
「そ、そうじゃなくって。ほ、ほら! ほら、あれ! あれを見てよ。なんか面白そうなのがあるんだよ、ここ!」
そう言って、ラヴィは右手で自分の頭の上の方を指さした。
オレはその動作に釣られて、上の方に視線を向けた。
そこには大きなプレートのような岩に、何か規則性を思わせる記号のようなものが描かれていた。
これって、この世界の文字か?
オレはこの世界の文字はもちろん読めない。
翻訳の指輪も、書かれている文字は翻訳してくれない。
「……何、これ」
ファムも、オレと同様、ラヴィが指差すそのプレートを見ながらそう呟いた。
「リオ? これって、文字か? 何て書いてあるんだ?」
リオも見上げながら、オレの問いに答えてくれた。
「……『ガンボーズ迷宮』って書いてあるね」
……え? 迷宮?
まさかそれって、ゲームやラノベに登場する、あの迷宮?
いわゆる、ダンジョン……なのか!
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
次話「86. 初めての迷宮探索」
どうぞお楽しみに!