83. 大砂蛇
大量に舞い上がった砂の中から姿を現したのは、二匹の大きな蛇だった。
――これが、大砂蛇か!
オレは思わず目を大きく開いて見上げていた。
全体的に濃いめで灰色の鱗に覆われていて、所々に白い楕円形の斑紋がある。頭部が大きく、三角形を成していて、その鼻先には月明りで黒光りする硬そうな角のようなものが付いている。
だが、一番の特徴は、やはりその大きさじゃないだろうか。
以前リオは言っていたハズだ。
一般的な体長は五メートルくらいだと。
稀に十メートルを超えるような個体がいると。
そしてその稀な存在が、今、目の前にいる。
二匹の内、一匹はおそらく十メートルを少し超えていると思う。
そしてもう一匹は、十メートルを遥かに超えているだろう。
更に言えば、大きい方の胴体の太さなんて、人間を丸飲みどころか、二、三人まとめて飲み込めてしまうんじゃないかと思えるほど太い。
――なんだよ、この大きさは! どこぞのB級怪獣映画か!
思わずそう突っ込みたくなった。
だが、そんな余裕なぞ与えてくれるわけもなく、大きいほうの大砂蛇が、オレ達の目の前でいきなり砂地の上に立ち上がった。
足も無い生物に「立ち上がった」などという表現がおかしいことは十分に分かっている。だが、そう言い表したくなるほど高く体を上に伸ばし、そしてそのままオレ達に向かって倒れ込んできた。
リオの支援魔法が掛けられたことを感じながら、オレは叫んでいた。
「来るぞ! 避けろ!」
オレの言葉が早いか、ファムとラヴィはそれぞれ左右に跳び、オレもまた右後方に跳んだ。
まるで巨木が倒れ込んでくるかのように、大砂蛇が砂地にその巨躯を叩きつけ、そして大きな音が響く。同時に大量の砂が飛び散り、その砂粒がオレの体に打ち当たる。
――これだけでかいと、ただ倒れ込んだだけでこれか!
オレは左腕で砂から目を守りながら、目の前に横たわった大砂蛇を凝視した。
間近で見ると、そのとんでもないでかさが良く分かる。
この世界に来て、今までにも大きいと思った獣はいた。
大足兎だって、兎にしては大きいと思った。
紅鎧も、人よりかなり大きいと思った。
昼間の野干だって、犬くらいかと思っていたら実は大きかった。
だが、こいつは別格だ。
この大きさだけで、十分に化け物レベルだ。
大砂蛇だって?
ここまで来たら、むしろ砂大蛇じゃないのか?
そう思った時、大砂蛇の体が急速にオレに迫ってきた。
オレは反射的に砂地を強く踏みしめ、高く宙に跳んだ。
身体強化のおかげで、数メートルの高さまで跳びながら、オレは大砂蛇を見下ろした。
上から見るとよく分かる。
この大砂蛇は今、オレに向かって大きく尻尾を振ったんだ。
もし少しでも気付くのに遅れていたら?
もしもう一瞬でも跳ぶのが遅れていたら?
オレはあの巨大な尻尾に吹き飛ばされていただろう。
背中にヒヤリとしたものを感じた。
――コイツは、危険だ。とんでもなく危険なヤツだ!
そう思い、オレはリオの名を呼んだ。
「リオ!」
「分かってる。任せて!」
リオがそう返事をした途端、大砂蛇の尻尾の動きがピタッと止まった。
「OKだよ、トーヤ。コイツの尻尾は固定で捕まえた。これでもうコイツはここから動けないよ」
――よしっ!
「助かる。二人が心配だから、合流して小さい方を先に片付ける!」
「了解」
オレはリオの答えを耳にしながら、砂の上に着地したと同時に踵を返し、ファム達のほうに向かって駆け出した。
二人は少し離れたところで、月明りの下、もう一匹の大砂蛇と戦っていた。
頭の方にラヴィ、そして尻尾の方にファムがいる。
とにかくも無事な姿を確認できてホッとしつつ、オレは彼女たちの所へ向かって走った。
その間にも彼女たちの戦いは続いている。
大砂蛇の尻尾が高く上がり、ファム目掛けて勢い良く振り下ろされる。
ファムはそれを大きく後方へ飛んで避けた。
ラヴィがヴァルグニールを大砂蛇の顔めがけて突き出す。
大砂蛇は頭を引いてそれをかわすと、口を大きく開けてラヴィに襲い掛かる。
ラヴィが横に跳んでそれを躱した。
ファムが尻尾に沿って走りながら、右腕を水平に振り抜いてナイフを投げる。
既に何本ものナイフが大砂蛇の体に突き刺さっているのが見える。
だが、体が大きい分当てやすいのかもしれないが、正直、あまり効いてはいないように見える。
大砂蛇が尻尾を大きく横に振り、それを避けるためにファムが高く飛んだ。
尻尾を振った勢いからか、大砂蛇が体の中心を軸にして大きく回転する。
ラヴィも後ろに跳んで、大砂蛇と距離をとった。
大砂蛇の回転が止まったとき、先ほどとは違い、今度はファムのほうに頭、尻尾はラヴィの方を向いていた。
ファムのナイフが大砂蛇の顔をめがけて放たれ、それと同時にラヴィはヴァルグニールを尻尾に向けて突き出した。途端、ドンと大きな音がして、大砂蛇の尻尾の先が爆ぜた。
オレが大砂蛇の近くにまで駆け寄った時には、尻尾の先だけでなく、身体の何ヶ所かに、まるでえぐられたような傷痕が見えた。おそらくそれもヴァルグニールの《爆砕》の痕なのだろう。
「リオ!」
「了解! いくよっ!」
オレの呼びかけにリオが応えた時、大きく口を開けてファムに噛みつこうとしていた大砂蛇の頭の動きがピタッと止まった。
「もう一つ!」
さらにリオが叫び、ラヴィを薙ぎ払おうとしていた尻尾の動きも止まったのが見えた。
――よしっ!
これでもう大砂蛇は二匹とも動けない。
チェックメイトだ!
「二人とも、大丈夫だな? 怪我とかは無いな?」
「全然! 余裕ですよ」
ラヴィがそう答え、ファムも頷いている。
見た限りでは二人とも、かなり砂をかぶって全身砂だらけとなっているようだが、怪我などは特に無いようだ。
もっとも、砂だらけという意味ではオレも同様だな。
そう思いながらオレは一安心し、あらためて大砂蛇を見上げた。
そこには、リオによって頭と尻尾の二か所を固定され、腹部だけがバタンバタンと動く巨大な蛇という、何と言うか、非常に非現実的な光景があった。
「すごいですねぇ。これが固定ですか」
ラヴィは素直に感心しているが、ファムは少し違った感想を持ったみたいだ。
「何か、ちょっとズルをしている気分ね……」
その気持ちはよく分かる。
オレもこの魔法は、かなりチートな気がするから。
だがそれでも、皆が無事で、そして依頼を達成できるのは正直ありがたい。
さて、その依頼のためにしなきゃいけないことがまだある。
「確か、鼻先にあるあの黒い角の回収が達成条件だったな」
「うん、そうだよ。結構硬いんだけど、トーヤの剣なら問題なく斬れるハズだよ」
オレは剣を抜き、そして高周波振動を有効にして根元から角を斬った。
リオの言う通り、楽に斬り落とすことができた。
その直後には、ファムが頭部にナイフを突き刺し、止めを刺していた。
ちなみに、大砂蛇は食べられないそうだ。その肉は毒を持っていて、全身が痺れ、人によっては死に至ってしまうらしい。事前にリオからそう聞いていた。
むしろ毒薬の材料としての需要はあるらしい。闇ルートだそうだが。
そんなものに関わる気は全くないので、大砂蛇の死骸はそのまま、周辺の獣たちに任せることにした。
「なんか、あまりにも簡単で、ちょっとつまらないですねぇ」
ラヴィがそうつぶやいた。
楽ならいいじゃないか。
頼むから、変なフラグが立ちそうなこと言うのは止めてくれよな。
そう言ってやりたかったが、フラグの説明が難しそうだったのでやめた。
その代わりのようにリオがラヴィに向かって口を開いた。
「じゃあ、もう一匹の方、固定解いて普通に戦ってみる?」
おいおい。
だから勘弁してくれって。
もう一匹の方がでかいんだから。
あのでかさはヤバいって。
危険すぎるって。
ファムもまた、苦笑している顔が見えた。
だがその時、リオが突然驚いた声を上げた。
「あっ!?」
反射的にリオの視線を辿り、そして何にリオが驚いたのかすぐに察した。
その視線の先にあったのは、尻尾を拘束されて動けないはずの巨大な大砂蛇が、一度高らかにその体を上方に伸ばし、そして砂地に頭から潜り込んでいく様子だった。
その間、わずか数秒だったと思う。
「な、何故? あの蛇、自力で固定を解除でもしたのか?」
そんなことができるのか?
今まで、師匠がその鋭い勘で避けたことはあった。
だが、固定されてから逃げた奴は初めてた。
「違う! アイツ、固定から逃れるために、自分で自分の尻尾を喰いちぎったんだ!」
――なっ!
先程まで巨大大砂蛇を固定していた場所には、ちぎれた尻尾の先だけが宙に浮いている姿があった。
なんてヤツだ。
確かにそれしか逃れる術は無かったかもしれないが。
それを実行してしまうのが、弱肉強食で生きてきた獣ゆえなのか。
「リオ、奴の居場所は分かるか?」
オレ達を襲って来るのか、それとも逃げるのか。
どっちだ?
「地中を西に向かっているよ。逃げるみたいだね」
そうか。
じゃあ、とりあえず危険は無いか。
だが、そう安心したのはオレだけだったみたいだ。
「追いましょう!」
そう言ってラヴィが走り出した。
――えっ!?
戸惑ったのもオレだけ。
ファムもリオも、それがさも当然とばかりにラヴィの後に続いた。
「何やっているのさ、トーヤ。依頼達成条件は大砂蛇の黒い角二本でしょ? せっかく見つけたターゲットを逃す手は無いでしょ?」
そうだけどさ。
何も危険度の高そうな奴をわざわざ相手しなくても……
できれば、もうちょっと楽で安全そうな、普通の奴をさ……
そう思いながらも、オレはみんなの後を追って走り出した。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
最近ブクマも伸びてきて、400を超えました。
ありがとうございます!
これからも頑張ります!
次話「84. 転送」
どうぞお楽しみに!