82. 砂漠での水魔法
「ふう……
だいぶ日差しは和らぎましたけど、まだまだ暑いですね」
ラヴィがそう言って、歩きながら自分の水筒を取り出して水を飲み始めた。
野干に襲われた地点から、もうかれこれ一刻以上は歩いている。
景色は相変わらず砂だらけ。
多少の起伏があるだけで、もう辺り一面、砂、砂、砂……
うんざりする程、砂しかない。
空を見上げると、こちらも相変わらず雲一つ無いが、太陽はそろそろ地平線に差し掛かろうとしていて、昼間のような凶悪なまでの日差しの痛さは感じられなくなってきている。
西の空が綺麗なオレンジ色に変わり始めていて、そこからブルーへのグラデーションはなかなか見事な景色だと思う。
できれば写真に撮っておきたいくらいだけど、逆光だしな。
オレのデジカメじゃ、まともに撮れないだろうな、きっと。
まあ、それでもまだまだ暑いのは確かなんだけどな。
そう言えば砂漠って、太陽が沈むと逆に寒くなるとか聞いたことがあるな。
ここもやっぱりそうなんだろうか?
そんなことを考えていたら、ラヴィが振り向きながらオレに話しかけてきた。
「トーヤさん。水の補給をお願いできますか?」
「ああ、水筒を貸してくれ」
そう言えばオレの水筒も、もうほとんど空になっている。
ラヴィの後で、自分のもやらないとな。
きっとファムもそうだろう。
ラヴィから水筒を受け取り、魔法で水を出そうと思った時、ふと昼間気になったことを思い出した。
「なあ、リオ」
「ん? 何?」
「こんな砂漠のど真ん中で、水なんて出せると思う?」
ラヴィの肩に止まっているリオが、首を傾げながらそれに応えてくれた。
「特に問題無いと思うけど、どうして?」
問題ないのかよ……
そりゃ、リオはチート鳥だからな。
なんとかしてしまうのだろう。
でも、オレはそうはいかないんじゃないか?
「いや、だってオレの水を出す魔法って、周囲の水蒸気を集めるモノだろう? じゃあ、ここは砂漠で、乾燥しちゃってるんだから、水蒸気なんて無いんじゃないか? だから、もしかしたら、オレの魔法じゃ、水を補給できないんじゃないのか?」
それを聞いて、ラヴィが「えー」と、ちょっと大げさに驚いている。
「ちょっと、それってマズいんじゃないの?
ワタシだって、もう残りの水は僅かしかないわよ?」
ラヴィの隣を歩いているファムもちょっと慌てたように言葉を挟んできた。
どうやら予想通り、ファムもそろそろ補給が必要だったらしい。
でも実のところ、オレはそれほど心配はしていない。
なにせリオがいるんだ。
その気になれば、どこかから水を転送してくるくらいできると思っている。
もしくは水素と酸素から水を生成するとか。
確か以前、そんなことを言っていた気がする。
今さっきだって、問題ないとも言っていたしな。
もしかしたら、それを含めての発言だったんじゃないか?
リオが少し上の方に視線を向けて、辺りを見渡している。
……何をしているんだろう?
「……うん。やっぱり大丈夫だよ。いつものように水を出せると思うよ」
え?
そうなの?
繰り返すけど、こんな砂漠のど真ん中で?
っていうか、さっきの動作は何?
まさかとは思うけど、水蒸気を目で探してみたとか言わないよね?
「いくらこの辺りが砂漠地帯と言っても、空気中の水蒸気量が完全にゼロになることは稀だよ。飽和水蒸気量に対する割合、いわゆる相対湿度で言えば、平均すると二十パーセントくらいはあるんだよ」
「へ、へぇ……」
なんか途中、良く分からない単語が出てきた気もするが、とりあえず水蒸気はあるということでいいんだな?
だが、リオの説明はまだまだ終わらない様だった。
「そもそも飽和水蒸気量というのは、飽和水蒸気密度とも言って、これは温度に依存して単位立方……」
「分かった!
じゃあ、大丈夫なんだな。ありがとう。まずはやってみるよ」
オレは、リオがうんちくを傾け始める気配を敏感に察して、その機先を制した。
だって、聞いたってたぶんよく分からないだろうし、ファムやラヴィも、その辺は興味無さそうにしてたからさ。
でも、なんかリオがジトっとした目でオレを見ている気がする。
うん。いつもの通り、気のせいだ。きっとそうだ。
そう思いながらオレはラヴィの水筒の上に手をかざした。
「……どうぞ」
何かを諦めたのか、リオがため息交じりにそう口にしたのを聞きながら、オレはいつものように水を出すよう、魔法素粒子に命じた。
その途端にオレの手から水が沸きだしたかのように流れ始め、ラヴィの水筒の中に納められていく。
おお、確かにできるじゃん!
こんなに暑くて乾いた砂漠地帯に水蒸気があるなんて言われても、実際のところ今一ピンと来なかったのだが、こうして水が出てくるところを見ると、なんか実感できるな。ちょっと不思議な感じだ。
水筒が満杯になったところで水を止め、ラヴィに手渡した。
「次はファムのだな」
そう言ってファムから水筒を受け取ると、同様に魔法で水を入れた。
ただ、先ほどのラヴィの時より、水流が弱まった気がする。
これって、やはり周囲の水蒸気が少ないせい?
「……もう少し広範囲から水蒸気を集めるイメージをしたほうがいいかもね。風が吹いて、いい具合に大気が混ぜられているならばいいんだけど、今はほとんど無風状態だからさ」
ふむ。なるほどね。
それでもなんとか満たされた水筒をファムに手渡し、オレは自分のバッグから水筒を取り出した。
水筒の上に手をかざし、目を閉じる。
いつもより遠くからも水蒸気を集めて液体化するイメージをしてみる。
いつもは範囲なんて全然考えていなかった。
ただ漠然と自分の周囲から集めるイメージをしていた。
今回は集める範囲をもう少し明確にする。
自分を中心に、半径十メートル? 二十メートル?
いや、この際五十メートルくらいにしてみるか。
それぐらいの範囲から水蒸気を集め、液体化するんだ。
いくぞ! やれ! 魔法素粒子!
そして直後、オレは自分の間違いに気付かされた。
何度もやっていたことだから、慣れていたから、逆に油断してしまった。
いつもと違って、範囲を考えていたから、量に注意することを忘れていた。
確か一番最初にこの魔法を使った時、ちゃんとリオにも注意されていたのに。
「うわぁ! ちょっ、ちょっとタンマ!
待て! 待て待て待て! 止まれぇ!」
そう口で言っても、勢いよく流れだした水はすぐには止まらなかった。
水筒をあっという間に満たし、それでもまだ止まらずに流れて来る。
結局、おそらく数リットル分はこぼしてしまったと思う。
それは全て乾いた砂に吸い込まれていってしまった。
「あぁー、やっちゃったね」
「うわぁ、勿体ない」
「もう、何やっているの」
リオ、ラヴィ、ファムがちょっと呆れ顔でそう言った。
「ははは。失敗、失敗。まあ、服はすぐに乾くと思うし、だいたい分かったと思うから、次は気を付けるよ」
オレはそう言いながら、水筒の蓋を閉めてバッグに戻した。
「さて、じゃあ、行こうか」
「あ、待って、トーヤ」
「ん? どうした?」
「もう日が暮れるわ。今日はこの辺で野宿にしない?」
ファムがそう提案してきた。
西の空を見ると、太陽が地平線の向こうに沈み始めていた。
「そうだな。そうするか」
オレがそう答えたのとほぼ同時に、リオが何かに驚いたような声を上げた。
「え? うそ……これって……しかも……え? なんで……」
「ん? リオ?」
どうしたというのだろう?
何かリオがキョロキョロとし始めている。
「どうしたんだ? 一体……」
「しっ!」
リオに尋ねようとしたが、そのセリフをラヴィが遮った。
そしてリオと同様に、辺りを見回し始めた。
ラヴィのウサ耳がピンと立っている姿を見て、オレもようやく察した。
何かが、迫ってきているのか?
もしかして、新たな獣か?
オレ達の匂いに気付いて、近くにいた獣たちが近付いてきているとか?
日も半分沈みかけている時間だ。夜行性の獣が目を覚まし、近くにいたオレ達を丁度いいエサだと思って寄ってきているとか?
オレも周りを見てみるが、少なくともオレの視界には動くものは無い。
だが、そこでリオが、一段と大きな声を上げた。
「……分かった。さっきトーヤがこぼした水だ。アレを求めて……」
水? さっきオレがこぼした?
そう思った時、ズズズズズ……と重い荷物を引きずるような音が砂地の下から聞こえてきた。
それに気付き、オレはゆっくりと視線を下に動かした。
下!? 砂の中を潜って移動しているのか?
それに、この音……
なんとなくだけど、もしかしたらだけど、かなり、でかいんじゃ……
「来るよ! 気を付けて!」
リオの叫ぶような声と同時に、ドーンというような轟音を立てて砂が爆ぜた。
まるで大量の砂が、柱のごとく吹き上がったようにオレには見えた。
そしてその場所は、間違いなくオレがさっき水をこぼした場所だった。
「もしかして、これって……」
オレのつぶやきに、リオが応えてくれた。
「そう、大砂蛇だ!」
オレは、自然と腰の剣に手を伸ばしていた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
次話「83. 大砂蛇」
どうぞお楽しみに!