80. 砂漠の入口
「だいたいこの辺りから砂漠地帯の始まりだね」
リオがそう説明してくれたとき、オレは周囲を見渡してみた。
辺りは一面の荒野。
そう表現するしかないような場所だ。
見渡す限りあるのは岩と砂ばかり。
いくら極端に雨が降らない砂漠地帯でも、あちらの世界なら、もう少しくらい植物が生えているんじゃなかったかな。
詳しくは知らないけど、サボテンとか?
でも、今見える範囲には植物らしきものは全く無かった。
そして、やはりと言うべきか、とんでもなく暑い!
いや、暑いというか、日差しが痛いと言った方が正確かもしれない。
なので、オレ達は今、フード付きの薄いマントを羽織っている。
王都を出立する前に購入して、リオの宝物庫に入れておいたものだ。
日差しを遮るだけでも、ホントにかなり違うもんなんだな。
それに、王都もここも同じ太陽だというのに、場所によってこうも違うものだということもちょっと不思議な感じだ。
目の前に広がる砂漠地帯の環境について、オレがそんなことを考えている間にも、リオの話は続いていた。
「大砂蛇を狙うなら、ここから南西の方向だね。ちょうど今の太陽のある方向かな。そっちが砂漠の中心地点なんだけど、そこへ向かうのがいいだろうね」
リオがラヴィの肩に止まりながらそう言った。
でもオレは、まだ見ぬ大砂蛇のことより、今のこの暑さのほうに思考が傾いてしまうようだ。
リオは、暑くないのかな?
オレ達のように何かをかぶっているというわけではない。
にもかかわらず、暑さを全く意に介していないように見える。
魔法疑似生命体というのは、暑さに強いのか?
それとも、そもそも暑さを感じない、とか?
そんなことを考えながら、オレは水筒を取り出した。
「で、これからの進行について、方針の確認なんだけど……」
リオの言葉が続く中、オレは水筒の水を飲んだ。
暑さのせいで、ホントに喉がよく乾く。
水がいくらあっても足りないんじゃないだろうか。
そう言えば、水の補給ってどうなんだろう?
オレの水を出す魔法は周囲の水蒸気を集めて液体化するものだ。
こんな場所じゃ、水蒸気なんて全く無いんじゃないだろうか?
いわゆる湿度って、どれくらいなんだろう?
オレがそんなことを考えて少しボーとしていたら、なんかリオがオレの方をチラッと見ながら言った。
「殲滅戦で行く? それともボス直で行く?」
――ッ!
オレは飲んでいた水を思わず吹き出しそうになってしまった。
何を言い出してんだ、おい!
見れば、ファムもラヴィも「ボス直?」と首を傾げている。
そりゃそうだろう。
ボス直っていうのは、ほとんどゲーム用語だ。
まさかリアルでそんな言葉が出てくるとは思わなかったよ。
「リオ……」
「ん? 何、トーヤ」
「…………いや、何でもない」
リオはきっと、オレがゲームをやっているところを見て、ボス直という言葉を覚えたんだろうな。
「それも、トーヤさんの世界での言葉ですか?」
「えっと……」
ラヴィが聞いてきたので、仕方なくオレは二人に向かって説明することにした。
「ボスっていうのは、今回の場合、大砂蛇のことだな。そしてボス直っていうのは、ボス以外の獣や敵なんかはほとんど無視して、ボスのところまで直行するって意味だよ」
「あ、じゃあ、殲滅戦というのは、やはり……」
「そう。ボス直とは逆に、ボスのところまで行く間に出逢ったボス以外の獣や敵も、全て戦って倒しながら進むことだな」
ラヴィがなんかわくわくした雰囲気を醸し始めている。
あ、これはダメだ。危ないやつだ。
「じゃあ、殲滅……」
「ボス直で行こう!」
オレはラヴィの言葉を遮るようにきっぱり断言した。
その途端、ラヴィから「えぇえええー」と非難の声が上がる。
「えー、じゃなくてだな。キリがないだろう、殲滅戦なんかしたら。それに必要も無いのに生き物の命を無暗に奪っちゃダメだ。余計な戦闘は、回避できるなら極力回避しながら進もう。ファムもそれでいいよな?」
「ワタシはどちらでも」
そう言って貰えると、助かるよ、ホントに。
ラヴィの方は口を尖らせて、心底御不満そうだ。
いいじゃないか。
どうせ大砂蛇に会ったら、いっぱい暴れられるだろうしさ。
ん? あ、いや。
リオは、固定かけて一方的にボコれるって言っていたか。
じゃあ、もしかしてあまり暴れられないのかな?
そこへ、リオがオレの顔を覗き込んで質問してきた。
「ね、トーヤ。念のため一つ確認しておきたいんだけど……」
「ん?」
「もし、もしもだよ?
ボス直で行こうとしても、敵に囲まれてしまったとか、逃げても追いつかれてしまったとかで、戦わざるをえなくなったら?」
「そりゃあ、その時は戦うよ。仕方ないからな」
ゲームでも似たようなことはよくあった。
ボス直している時に、回避不可能な突発的イベントが発生してしまうことが。
オンラインゲームでパーティ組んでいた時なんかは、みんなで文句言いながらも、そのイベントをこなしたもんだ。ちょっと懐かしいな。
「だそうだよ、ラヴィ」
「了解です。じゃあ、早速!」
――へ?
なんか、ラヴィが嬉々としてヴァルグニールを構えだした。
何? どういうこと?
「どうやら、やかんの群れのようだね」
……ヤカン? 何ソレ?
「トーヤ。今、お湯を沸かすヤカンを思い浮かべたでしょ?」
「えっ?」
……いや、だって、ヤカンと言われたら……ねぇ?
っていうか、時々思うよ。
リオって、ホントは人の思考も読めるんじゃないかって。
……まさかね?
「野干だよ。トーヤの世界での、ジャッカルに近いかな」
ジャッカル……
その名前はもちろん知っている。
でも、どんな動物なのか詳しくは知らないな。
外見は犬や狼に近いんじゃなかったか?
「ただし、群れで行動していて、かなり獰猛で危険な相手だよ。砂地であってもかなり素早いから気を付けて」
オレはリオからの説明を受けながら、ラヴィの視線の先に目を向けた。
そこにいたのは二頭の獣。
背中の部分だけが白く、それ以外は黒に近い濃い茶色の毛に覆われた、
四本足の犬のような動物が砂丘の上に立っていた。
あれが、野干か。
砂地でも素早く動けるというのなら、戦いを避けるために今から逃げるというのは無理なのだろう。ならば戦うしかない。
余程強い相手だったら、リオは何か言って来るだろうし、
そうでないなら、二匹だけならなんとかなると思う。
そう思いながら、オレは腰の剣に手を添えた。
「どうやら背白野干のようだね。全部で十七頭。ちょっと多いね」
え? 十七? いや、二匹……じゃ……
まるでリオのセリフにタイミングを合わせたかのように、二頭の後ろから新たに五頭の野干が姿を現した。
それだけではなく、続けて少し左の方からも五頭。
更に右の方からも五頭がゆっくりとした動作でその姿を出した。
「上等!」
そう言って、ラヴィが舌なめずりをして、野干に向かって駆け出した。
「あ、おい! ラヴィ!」
「こっちは大丈夫だから。トーヤも気を付けて」
そう言い残し、ファムもラヴィを追って駆け出した。
野干のほうも、左側の五頭がラヴィのほうに向かい始めている。
さらに中央にいた五頭もそれに合流しようと移動を開始したようだ。
中央には最初に姿を見せていた二頭を残し、右側の五頭もゆっくりとオレのほうに近づいてくる。
これって……まさか五頭一組?
人でいうところのファイブマンセルってやつか?
そう思った時、ドーンと大きな音を立てて大量の砂が舞い上がった。
どうやらラヴィが砂地に向かって《爆砕》を使ったようだ。
まるでそれを合図とするかのように、オレに向かって来ていた五頭の野干が駆け出した。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
いかがでしたでしょう?
楽しんでいただけたなら嬉しいです。
次話「81. 野干との戦闘」
どうぞお楽しみに!