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78. 怒らせたくない人

 初日は九人の盗賊達が現れたが、その後の道中は極めて順調だった。

 おかげで、ファムはともかく、ラヴィは退屈で仕方がなかったみたいだ。


 ラヴィは、暇ですよね、と言ってはオレにあちらの世界の話をせがんできたり、リオにも母さんとの冒険の話をせがんできたりしていた。


 オレとしても、母さんの冒険の話はちょっと興味が沸いてきたところだ。

 以前にも、要塞を破壊して戦女神などと呼ばれることになった逸話とか聞いていたし、今回盗賊達に土下座させたり首に紐をつけさせたりという話まで聞いてしまうと、他にも何をしたんだろうと好奇心が疼いてきてしまうのは仕方ないよね?


 だけど、リオの口はとてもとても堅かった。


 マイコに怒られちゃうからダメ、と言ってほとんど明かしてくれなかった。

 リオ曰く、マイコは怒るとホント怖いんだ、だそうだ。

 あの・・リオがそんなことを言うなんてね。


 オレの母さんは一体どんだけなんだよ……


 それでも食い下がり気味のラヴィに向かって、ファムの肩に止まっていたリオが振り向きながら言った。


「ラヴィにもいないかな、絶対に怒らせたくない相手って。

 ボクにとってはマイコがそうなの」

「それは……確かにいますけど……」


 そう言ってラヴィはちらっとオレの方を見た。


 ん? まさかオレなのか?

 いやいや。オレはそんな怖くないだろう?


「アタシは、マキナさんかな、絶対に怒らせたくない相手は。

 ファムもそうじゃない?」


 なんだ、やっぱオレじゃないじゃん。

 じゃあ、なんでさっきオレを見たんだろう?


「……そうね」


 ん? ファムが今一瞬身震いしたような……

 もしかして、昔そのマキナさんって人を怒らせてしまったことを思い出しちゃったとか?


 でも、この二人がそんなに怖いと思う人に、ちょっと興味あるな。


 そう思って、オレは二人に尋ねてみた。


「マキナさんというのは?」

「……虎人族の女性で、以前孤児院の職員だった人」


 オレの質問に、ファムが簡潔に答えてくれた。

 そしてそれをラヴィが引き継いだ形で言葉を続けた。


「小さい頃は、もうしょっちゅう怒られてましたね。

 あの人の拳骨げんこつは、とても痛かったですよ」

「それは、二人が怒られるようなことを沢山してたんでしょ?」


 リオがからかうように言うと、二人は顔を見合わせた。

 そしてラヴィがちょっと口を尖らせ、でもそっぽを向きながら言った。


「…………そんな大したことじゃないですよ」


 その間は一体何だろうねぇ。

 ここはやはり、少し突っ込んでみるべきだよね?


「ほお、例えば?」

「えっと……

 例えば、近所のガキ大将とその子分たちをファムと二人でやっつけたとか、

 別の孤児院の子達と揉めて大喧嘩しちゃったとか、

 あとは……ウチの孤児院を目の敵にしてた近所のおばさんを肥溜めに突き落としたとか……」


 ……おいおい。やってるじゃん、大したことをさ。


 特に最後の。肥溜めって、やっぱこっちの世界にはあるんだな。

 日本にも、もちろん昔はあったと聞いている。でも今はどうなんだろう。

 あるのかもしれないけど、少なくともオレは見た覚えがないや。


 そんなところへ突き落されるなんて、想像もしたくないよ……


 そこへ、ファムが一つ追加した。


「あと、アウラトムの花を取りに行った時とか」

「……うん、そうだね」


 ラヴィが頷いた。


 後から聞いた話だが、アウラトムというのはユリのような植物だそうだ。

 日本でのヤマユリに近いらしい。


 リオが花の名前を聞いて、首を傾げながら疑問を口にした。


「アウラトム? あれ? フルフの近くに咲いてるの?」


 その質問に答えたのはファムだった。


「いいえ、咲いてないわ。

 だから、寄り合い馬車とか色々使って、かなり北のほうにまで行ったのよ、ラヴィと二人で。

 結局往復に五日くらいかかったわね」

「それ、何歳の頃の話?」

「……十歳くらい」


 はい? 十歳?


 オレは目を丸くしたよ。

 十歳の子供が二人だけで五日間もかけて、遠出をして花を取りに行くって、どういうこと?


 オレは疑問をそのまま口にしていた。


「なんでまた、そんなこと……」


 ファムはそれに応えず、黙り込んでしまった。


 なんだろう。あまり言いたくないことなんだろうか。


 代わりにラヴィが答えてくれた。


「マキナさんの好きな花だったんですよ。

 彼女、理由は知りませんけど、故郷に帰ることになって。

 確かに怖い人でしたけど、色々と世話にもなりましたし、最後にちょっとお礼がしたくなって。

 でも、まさかあんな遠くまで行かないと手に入らない花だと思わなくって。

 アタシ達が孤児院へ帰って来た時、マキナさん、ホントはその前日には出発する予定だったのに、アタシ達が心配で残っててくれちゃってて……」

「あの時は、いつもの拳骨じゃなく、往復ビンタだったわね」

「うん。あれは格別に痛かったね……」

「ええ……」


 そう言って二人は一旦言葉を区切った。


 今二人は、そのマキナさんのことを思い出しているのだろうか。


 オレは何となく口を出しにくくて黙っていたが、少ししてラヴィが再び口を開いた。


「今はどうしているか分かりませんけど、

 アタシ達にとって、ホントに怖くて、でもすごく優しくて、とっても素敵な、お母さんのような人なんですよ」

「そっか」


 二人は以前、本当の親の顔を知らないと言っていた。

 だから孤児院の大人たちが親代わりであり、その中でマキナさんという人が母親代わりであり、二人は怖いなどと言いつつも、慕っていたんだということがよく分かる。


 少しして、ラヴィがオレの方に振り返ってきた。


「トーヤさんにとって怒らせたくない人って、やはりお母さまですか?」

「……え?」


 オレにとって怒らせたくない人、か。


 うーん。母さんももちろんだけど、師匠ミリアもそうだし、それにファムやラヴィも怒らせたくないな。そう考えると結構沢山いるかもな。


 でも、ここで二人の名前を出すのはさすがに止めておこうかな。


「まあ、そうだな」


 オレは無難な返答に留めておいた。

 しかし、リオがオレの方に振り向いてご丁寧にツッコミを入れてくれた。


「そういう割には、トーヤはよく怒られてたじゃない」

「うっ……」


 事実なんで、反論ができん。

 で、でも、子が親に怒られるなんて、そんなの普通だよね? ね?


「怒られているトーヤさんって想像できないんですけど……」


 そうか?

 リオの言う通り、しょっちゅう怒られていたけどな。


「ちなみに、一番ひどく怒られたことは何?」


 そうファムに言われた時、真っ先に頭に浮かんだ思い出がある。

 一番ひどく怒られたかは分からないが、一番強く記憶に残っているものだ。


 小学六年生の時だから、十二歳の時の年末、オレは家族で父方の実家に遊びに行っていた。そこで、初日の出を見に、父さんと母さんとオレの三人で近くの山に行ったことがある。


 夜中に家族と出掛けるなんて、そう滅多に無いことだからか、オレはかなりはしゃいでいたんだと思う。同じく初日の出を見に家族で来ていた同年代くらいの男の子たちと追いかけっこなどで走り回っていた。


 父さんと母さんの「危ないぞ」とか「離れないでよ」という言葉を聞き流して。


 そしていつの間にか、オレは迷子になっていた。


 気が付いた時には、オレは一人森の中。

 周りは真っ暗だし、厚着はしていたが非常に寒かったしで、かなり心細かった覚えがある。


 父さんと母さんがオレを一生懸命探してくれて、空が明るくなってきた頃、オレはようやく両親と無事合流することができた。


 もちろんその後、かなりこってりと絞られたし、一緒に探してくれた大人たちに、家族三人で謝って回ったりもした。


「二人が花を取りに行った時と同じだな。

 あの時は、かなり両親に心配かけてしまったと反省しているよ」

「あまり心配かけちゃだめよ」


 ファムは振り返りながらそう言ったが、すぐに俯いてしまった。

 そして、小さなつぶやきがかすかにオレの耳にまで届いた。


「……まあ、ワタシ達も人のこと言えないかもしれないけど」


 その横でラヴィが首を傾げている姿が見えた。


「どうした、ラヴィ?」

「……あの、初日の出って何ですか?」


 ――へ?


 それはオレにとっては当たり前の単語だったので、何故聞いてきたのか一瞬分からず反応が遅れた。その間にリオが口を開いた。


「そっか、こっちには無い風習だもんね」


 そう言ってから、リオは続けてラヴィ達に説明をしてくれた。


「初日の出というのは、年の一番初めの日の出のことだよ。

 トーヤの国では、皆というわけではないみたいだけど、初日の出を見るというイベントのようなものに参加する人が結構いるんだ」


 ラヴィが「へぇ」とつぶやきながら、ゆっくりと大きく頷いている。

 それを見ながら、オレは少し説明を追加した。


「なんでもそうだけど、初物っていうのは、ありがたいモノというか、おめでたいモノというか、そういう考えがあるんだと思う。もちろん、年に一回のイベントが楽しいとか面白いというのもあるんだろうけど。

 あ、日の出自体もなかなかいいものだぞ。

 機会があったら一度じっくり見てみるといいかもな」


 今年の初日の出は高校のクラスメート達と見に行った。

 夜中に待ち合わせをし、年末・年始の特別ダイヤで運行されていた電車に乗って出かけ、合格祈願のお参りを兼ねて初詣をしてから海岸まで歩き、水平線から上がって来る初日の出を皆で拝んできた。


 ちなみに、その御利益か、オレを含め、一緒に行ったクラスメートは全員大学に無事合格したよ。


「じゃあさ、みんなで見に行ってみようか」


 リオがオレ達を見渡しながら口を開いた。


「……何を?」


 我ながらバカなことを聞いてしまったと思う。

 この話の流れなら、何を指しているのか分かりきったことだったろうに。


「もちろん日の出をさ。初日の出ではないけど、

 この辺から東の方向なら、結構いい絵が見れるんじゃないかな」

「いいね。オレはもちろん賛成だよ。二人はどうだ?」

「アタシも行ってみたいです」

「いいんじゃない。少し興味あるし」


 決まりだな。


いつも読んでいただき、ありがとうございます!


楽しんで頂けていますでしょうか?

ぜひ感想など、お聞かせください。

ブクマ登録やレヴューなども作者の励みになっています。

応援して頂けると嬉しいです。


次話「79. 夜明けの景色」

どうぞお楽しみに!

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