77. 血呪の首紐
「声が小さーい! もう一度!」
太陽が西に傾き始めた街道で、ラヴィの声が高らかに響き渡っている。
「「「申し訳ございませんでした」」」
ラヴィの目の前で正座、いや土下座をさせられている盗賊達九人も声を合わせ、ラヴィに負けじと声を張り上げる。
「まだまだ! もう一度!」
ラヴィが左手を腰に当て、右手で持ったヴァルグニールの柄を地面に叩きながら再び叫ぶ。
それに従い、盗賊達も手を地面に付け、頭を下げながら大声で謝罪の言葉を繰り返す。
「「「申し訳ございませんでした」」」
一体、もうこれで何回目だろう。
いいかげん、もういいんじゃないかと思うんだけどね。
実際、盗賊達の中には声がかすれてしまっている奴さえいる。
そして涙目のヤツも……
正座を始めてからもう半刻は過ぎている。
当初言っていた一刻には、確かにまだ達してはいない。
ラヴィに最初、姿勢を崩したら股間を潰すと悪魔の予告宣言をされていたからか、全員姿勢を崩すまいと必死に耐えていたんだけど、プルプルと必死な様相に加え、うぉーだとか、がぁーだとか、うるさくなってきたので、どうせ大声を出すならと、土下座に切り替えて、大声で謝罪をさせ始めたんだ。
でも、それさえもオレとしてはうるさいと思うんだよね。
正直、もう放っておいて先に進みたい気分ではある。
だけど、ラヴィはまだまだ止めようとはしないみたいだ。
「もっと腹から声出せ! もう一度!」
まさかこのまま、日が暮れるまで、いや日が暮れてもなお、一晩中叫ばせている気じゃないだろうな。そんなの近所迷惑……いや、近所は無いからいいのか?
「「「申し訳ございませんでした」」」
一向に終わる気配を見せない盗賊達の土下座を横目で見ながら、オレはファムにちょっと尋ねてみた。
「なあ、ファム。ラヴィのヤツ、これ、いつまで続ける気だと思う?」
「さあ? ラヴィの気が済むまでじゃない?」
ラヴィさまのお気の向くまま、ですか。そうですか。
そういえば、昔の文庫にそんな感じの題名の小説があったなと、ふいに思い出した。
そうそう、アレって、未完なんだよな……
確か、パラレルワールドから侵入してくる化け物に唯一対抗できる女神さまに、依り代にされてしまった女子高生の非日常の話だったか。
なつかしいなぁ、などと思い出にしばらく浸っていると、ラヴィがオレ達の方に駆け寄ってきた。
お、ようやく飽きたのか……あ、いや、気が済んだのか?
「ねえ、ファム。細い紐、持っている?」
紐? なんだ? 何に使うんだ?
っていうか、これ以上、まだ何かするつもりなのか?
ファムは首を横に振りながらラヴィに応えた。
「いいえ、ワタシは持ってないわ。
でも、リオなら持ってるんじゃない?」
「うん。あるけど……」
リオはそう言うと宝物庫から細く赤いタコ紐のようなものを取り出し、ラヴィに渡していた。
「あ、これならちょうどいいね。色もピッタリ。ちょっと貰うね」
そう言ってラヴィはその紐を持って、再び盗賊達の元へ走って行った。
「……やっぱり持ってたのね、リオ」
「うん。まあ……ね。
でも、そこまで真似するんだ……」
「みたいね」
は、話が見えん。
ファムとリオは、ラヴィが何をするのか分かっている雰囲気だ。
けど、オレにはさっぱり分からない。
何なんだ一体。
「ファム、あの紐は一体……」
オレはそうファムに尋ねてみたが、ファムはラヴィ達の方を顎でしゃくって、でも明確な答えはくれなかった。
「見ていればすぐに分かると思うわ」
オレは仕方なく、ファムに言われた通り、遠目からラヴィのやることを見ていることにした。
ラヴィは盗賊一人ひとりに対し、首に紐を掛けていっているようだ。別にきつく締め付けているわけではなく、むしろちょっとした首飾りのようにゆったりとした感じだ。
……何をしているんだ、あれは?
九人全員の首に紐を付け終わったラヴィは、再び中央に仁王立ちをし、胸を張りながら声を大にして言った。
「さて。アンタ達に付けたその赤い紐は《血呪の首紐》。
聞いたことがある奴もいるんじゃない?」
――はい?
なんだ、そのとんでもなく呪われていそうな名前の紐は!
見ると、盗賊九人の中でも比較的年配らしい三人の顔が青ざめているようだ。
あ、この三人はその名前に心当たりがあるんだ。
でも、他の六人はどうやら知らないみたいだな。
……オレも知らないけど。
「どうやら知っている奴もいるみたいね。
そう。それがあの《血呪の首紐》。
これより後、アンタ達は人を殺したり、大怪我を負わせると、その紐がアンタたちの首を絞め、斬り落とすよ。そういう魔法がかけられている紐だから。
もちろん無理矢理外そうとしたり、紐を切ろうとしても同様。
一瞬でアンタたちの首が、文字通り飛ぶことになる。
嘘だと思うなら、今すぐ試してごらん?」
残りの六人もラヴィを凝視して青ざめている。
試せと言われて、そんなこと試せるはずがない。
だって、もしその話が本当なら、自分の命が消し飛ぶことになるのだから。
あれ? 左端に正座している男の地面がなんか濡れている……
あ、そうか。長時間拘束されてしまったから我慢ができなかったのか、それとも今の話を聞いて思わず漏らしてしまったのか、それとも両方か。
どちらにしろ、可哀想に……
って、相手は盗賊だろう? なのになんでオレは同情なんてしてんだろうね。
自分でもその辺、もう良く分からないや。
「でも安心しなさい。人に害を与えない限り、そう心配しなくてもいいから。
そして、アンタ達が改心して、真っ当になったら、その紐は自然にほどけるようにもなっているからね。
これに懲りたら、自分たちのしてきたことを反省し、これからは真っ当に生きなさい。
いいね?
何か質問は?」
ラヴィは一通り九人の様子を見渡して、そして左端の男を見た時、その動きが止まった。
あ、気付いたな。
でも、オレからはラヴィの後ろ姿しか見えないので、その表情はうかがえない。
「ゴ、ゴホン。
えっと、質問は無いね。
じゃあ、もういい。行きなさい」
あ、スルーしたな。
盗賊達はのろのろと立ち上が……ろうとして、なかなか立てないようだ。
無理もない。一刻には満たないが、ずいぶん長く正座させられていたのだから。行きなさいと言われても、すぐには歩くどころか立ち上がることさえ厳しいだろうな。
それでも、仲間同士で支え合いながら、ゆっくりとではあるが、九人は林の中に消えていった。
それを見届けた後、とりあえずオレはリオに話しかけた。
どうしても一つだけ、いや二つか、確認しておきたいことがあったからな。
「リオ?」
「うん。分かっていると思うけど、ラヴィのアレって、嘘だから。
あの紐は道具屋でも売っている、極々一般的なただの紐だよ」
やっぱり……まあ、そうだよね。
そしてもう一つ。
「これを、母さんはやっていたと。しかも十回以上も?」
「…………うん」
その間は何!?
でもオレは、なんとなく察したよ。
母さんの冒険について、きっとまだまだ色々と、オレに話していないことがあるんだろうなぁって。
「えっ!? えぇぇぇえええ!」
ファムと話をしていたラヴィが驚いたような声を上げた。
どうやらファムから聞いたらしい。
ギムドートに正座をさせた張本人が、実はオレの母親だったらしいと。
「……なんか、びっくりしましたけど、すごく納得もしちゃいました。
流石、トーヤさんのお母様ですね」
ラヴィがそう言いながら、腕を組んで何度もうんうんと頷いている。
何をどう納得したのか、何がどう流石なのか、ちょっと聞かせて欲しい気もするんだけど、その反面、聞くのが怖い気もするんで止めとこうかな。うん。
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次話「78. 怒らせたくない人」
どうぞお楽しみに!