76. 盗賊達への罰
結論から言おう。
盗賊はやはり雑魚だった。
雑魚は九人集まっても雑魚だよ、と言ったのはリオだ。
決してオレじゃないよ?
手応えが無さすぎてつまらなかったです、と言ったのはラヴィだ。
ヴァルグニールを両手で肩に担ぐような恰好をして、唇を尖らせて、小石を軽く蹴飛ばす様子はひどく不満げだ。
ファムは、蹲っている連中を見下ろして、ふんっ、と一言だけだった。
ただし最後に、一人だけ股間に思いっきり蹴りを入れていたことを、オレは見逃さなかったよ。
悶絶しているあの男は、確かラヴィの方が胸が大きいとか何とか言っていた奴じゃないかな?
いや、深くは追及すまい。
戦闘自体に特筆すべきことはあまり無かったかな。
ファムとラヴィは全くの無傷だし、盗賊達も気を失っている奴と、足や手に強打を受けて骨折した奴もいるみたいだけど、死んだ奴はいない。
二人とも、ちゃんとその辺は手加減ができるみたいだな。安心したよ。
あ、そうそう。
ラヴィの《爆砕》だけど、今回初めて実戦で使われた。
もちろん人に向けてではない。それは禁止していたし、ラヴィもちゃんとそこは守ってくれた。
使った対象は盾だ。ラヴィは戦闘開始でいきなり前方の二つの盾を《爆砕》で破壊し、反転して後方の盾をも同じく《爆砕》で破壊した。もうこの時点で戦闘の結果は決まったと言っても過言じゃないかもしれない。
だって、盗賊達は三つの盾がいきなり破壊されたことに驚いて、だいぶ混乱してしまっていたようだからな。後はその混乱に乗じて二人が個別に潰していっただけだ。
戦闘開始から終了まで、十五分もかかっていないんじゃないかな。
ストップウォッチなんか無いからな。オレの感覚的な話だけど。
馬担当で見学だけのオレとしては、終始安心して見ていられたかな。
「で? こいつらを生け捕りにしてどうするの?
まさか、折り返して王都まで連行するつもりじゃないでしょう?」
馬上にいるオレを見上げながら、そう聞いてきたのはファムだ。
その疑問は当然だろうな。
こいつらを王都まで連行するなんて面倒な事この上無い。
なにせ、せっかくここまで来た時間が無駄になってしまうのだから。
さて、どうしようか。
実はあまり深く考えてなかったんだよね。
オレは馬を降り、三頭分の手綱をファムに渡して、周りに散らばっている盗賊達の武器を拾い始めた。
「あ、武器没収ですか?」
そう言いながらラヴィも近くに落ちていた剣や槍などを拾い始めてくれた。
「んー。没収っていうか、破壊しちゃおうと思って。
レアな武器も無さそうだし」
「破壊……ですか?」
「そう。あ、その武器、こっちに持ってきて。
こんなふうに、この辺に突き刺しちゃってくれ」
オレは集めた武器を一つ一つ地面に突き刺して、ラヴィにも同じようにするように頼んだ。ラヴィも特に異論なく、集めた武器をオレの近くに突き刺してくれた。
そしてオレは腰の剣を抜いた。
その瞬間、身体強化の魔法がかけられたことを感じた。
ただ突き刺しているだけの剣や槍に対する武器破壊くらいなら、身体強化がなくてもできるかな、とも思ったんだが、そこはリオが気を利かせてくれたのだろう。
さすがオレの相棒だ。助かるよ。
オレの前には十数本の剣や槍。一人で複数の剣を持っていた奴もいたからな。ちゃんと数えてはいないけど全部で十本以上なのは間違いない。
そしてオレは、その全てを破壊した。高周波振動を有効にして、ただ自分の剣を横に振っただけだけど。
「おぉ、流石トーヤさん」
そう言って誉めてくれたのはラヴィだ。
誉めてくれるのは嬉しいが、オレの技量というより、やはりすごいのはこの高周波振動のチート武器だろうな。もちろんリオがかけてくれた身体強化の魔法のおかげでもあると思う。
「さて、あとはこいつらをどうするかだな」
オレのそのセリフに即答したのはファムだった。
「その剣で、ついでに全員の首を刎ねちゃうのが一番簡単よ」
ファムのそのセリフに、盗賊達が青ざめているようだ。
皆の視線が、まだ抜き身でいるオレの剣に注がれているのが分かる。
いやいや。しないからそんなこと。
オレは首を横に振りながら剣を鞘に収めた。
「トーヤさんは、こいつらを殺す気は無いんですよね?」
「ん? ああ、そうだ」
オレのそのセリフを聞いて、盗賊達が安堵の表情を浮かべた。
それをちらっと見ながらラヴィは続けて口を開いた。
「でも、このまま解放するのは良くないでしょう?
何かしらの罰を与えておきたい。そうですよね?」
「ああ、そうだな」
罰と聞いて、何人かの顔が少し曇ったように見える。
だが、命を取られることではないという安心感があるようだ。
「では、アタシに任せてもらえませんか?
こういう場合に向いている、とっておきの罰があるんですよ」
「ほお?」
なんだろう?
この世界特有の懲らしめ方でもあるのかな?
スプラッター系の拷問じみたものは勘弁してくれよ?
そう思いつつ、鞭を持ったラヴィを少し想像してしまったことは秘密にしておこうかな。ちなみに、オレにはそっち系の趣味はないよ? これはマジだからね?
「あっ!? ラヴィ、もしかして、アレをやる気?」
「ふふん。そうだよ。今のこの状況ってさ、ギムドートの言っていた状況とかなり似ていると思わない?」
「……確かに」
ギムドート? 誰だ?
人の名前らしいけど、聞いた覚えはないな。たぶん。
よく分からんが、とりあえず任せてみるか。
だが、ラヴィはオレがそう言う前に、盗賊達に向かって声を張り上げていた。
「さあ、アンタ達、立ちなさい!」
ラヴィの号令に合わせて盗賊達がのろのろと立ち上がり始めた。
「のろのろしない!」
ラヴィがヴァルグニールを逆手に持ち、刃を地面に突き刺すと同時にドンという低い音と共に土が爆ぜた。
見ると直径二十センチくらいの穴というか、窪みができている。
盗賊達は先の戦いで盾をあっという間に破壊されたことを思い出したのか、恐怖の表情を浮かべ、素早く立ち上がった。
オレとしては、《爆砕》を小範囲で行うような微妙なコントロールができるようになったのかと感心していたよ。
「街道の端に全員並びなさい!」
再びラヴィの命令が下り、盗賊達は言われた通りに街道の橋に並んだ。
それを見届けて、さらにラヴィが声を張り上げた。
「これからアンタ達には、ここで一刻程座ってもらう!」
ん? 座る? それが罰なのか?
盗賊達を見ると、彼らも何か戸惑っている様子だ。
うん。そうだよね。
何かしらとんでもない罰を受けるのかと思っていたら、一刻ほど座っていろと言う。
そりゃ、戸惑いもするだろう。
なんでそれが罰になるのか、オレにもよく分からない。
まさかとは思うが、エア椅子に座って、とか言い出さないだろうな?
オレはなんとなくファムと、ファムの肩に止まっているリオに視線も向けた。
ファムは特に興味が無いのか、ほぼ無表情といった感じでラヴィ達の様子を見ている。それに対してリオは、何か少し驚いているような? 気のせいか?
リオはオレの視線に気が付いて、そして何故かオレから視線を外した。
ん? なんだ?
その間にもラヴィの指示は続いていた。
こんな感じで。
「まず、その場に跪きなさい!」
「足首を曲げずに伸ばしなさい!」
「お尻を踵の上に乗せるように座りなさい!」
「膝の間は少し開けてもいいから、背筋を伸ばして手は腿の上に置く!」
……おいおいおい!
それって、正座じゃんか!
そう言えば、以前ラヴィは土下座をしてみせたことがあったっけ。
そう、ヴァルグニールを渡したときだ。
あの時にも思ったが、こっちの世界にまさか正座があったとはねぇ。
「はい。それじゃ、そのまま一刻ね。
ちゃんと座っていられたら、今日のところは許してあげる。
だけど、その姿勢を崩したら――」
そこでラヴィはヴァルグニールを肩に担いで見せた。
「これでアンタ達の大事な股間、潰すよ?」
……ラヴィ、お前、鬼だろう? それとも悪魔か?
日本人だって、よほど慣れた人なら二時間正座できるかもしれないけど、大抵は無理だよ。しかも道端でなんて。
オレ? 絶対無理。
十分ももたない自信があるね。
正座なんて、いつ以来していないだろう?
前回したのはいつだったのかも思い出せないよ。
しかも、ラヴィ?
姿勢を崩したら、ナニを潰すって?
怖ぇよ、怖すぎだよ。
もはや、盗賊達に同情したくなってきたくらいだよ。
オレは首を横に振りながら、ラヴィ達に背を向けて、ファム達のほうに向かった。馬に載せていた荷物から水筒を取り出して一口飲んだところで、ファムがオレに声を掛けてきた。
「ただ一刻座っているだけなんて、簡単すぎる罰だと思う?
トーヤは知らないかもしれないけど、あの座り方はね、実はすごく辛いのよ。
賭けてもいいわ。彼らには一刻もあの姿勢で座り続けるなんて無理でしょうね」
それって、つまり、彼らのナニが潰されることが、もう既に確定事項ってことですか?
いや、聞くまい。
っていうか、聞くのが怖い。怖くて聞けない。
だから、そこはスルーしておこう。うん。そうしよう。
オレは盗賊達をちらっと見ながらファムに応えた。
「知ってるよ」
「……えっ?」
ファムがちょっと驚いた顔をオレに向けてきた。
「オレの世界にもあるんだ、あの座り方。正座と呼ばれているんだけどな。
そう言えば以前、ラヴィが正座というか、土下座をしたことがあったな。
むしろこちらの世界に正座や土下座があったことのほうが、オレとしては驚きだよ」
正座というのは、室内は靴を脱いで、そして畳のようなものがあって、そこに直接座るような文化の国特有の座り方だと思っていた。
こちらの世界は、基本的に室内で靴は脱がないし、畳も見たこと無い。絨毯はあるみたいだけど、そこに直接座るようなことも無い。だから、正座も土下座もあるとは思わなかった。
でも考えてみれば、正座が辛い座り方だという認識があるのならば、今ラヴィがさせているように、拷問や罰を受けさせるための座り方として存在しているのかもしれない。
日本でだって、正座って、確かにかしこまった座り方ではあるけれど、昔は石抱なんかの拷問にも使われていたくらいだからな。
オレの答えに、ファムは更に驚いたようだ。
「……ちょっと待って。
トーヤの世界では、一般的な座り方なの?」
「ん? まあ、オレが暮らしていた国では、知らない奴はいないくらいには一般的かな。日常的にそんな座り方をしている奴は最近は滅多にいないとは思うけど」
それを聞いて、ファムがなんか考え込んでしまった。
それどころか、何かブツブツと言い出した。
何を言っているのかは、ここからではちょっと聞き取れないな。
でも、それより気になるのがリオだ。
何故か先程から、オレと目を合わせないようにしているように見えるんだが?
少し考え込んでいたファムが俯いていた顔を上げて、リオに声を掛けた。
「……ねぇ、リオ?」
「うん? どうしたの、ファム?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
ファムの声のトーンが下がったような……
その様子に何かを感じたのか、リオが少し戸惑いを見せ始めた。
どうしたんだろう?
「……何かな?」
「ちょっと確認したいんだけど。
ギムドートという名前に心当たりは無い?」
ん? それはさっきも出てきた名前だな。
有名人なのか?
「さあ、知らないなぁ」
「……ホントに?」
「嘘言ってどうするのさ。ホントに知らないよ?」
どうもファムの話の内容が見えない。
そのギムドートという人は、正座や土下座に何か関連する人なんだろうか。
「質問を変えるわ。
以前、トーヤの母であるマイコと旅していた時、
今と同じような状況にならなかった?」
「……今と同じ、とは?」
「襲って来た盗賊を返り討ちにして、正座や土下座をさせたことは?」
「……………………ある、かな」
……はい?
「やっぱり」
なんか、ファムが妙に納得したように頷いている。
いや、ちょっと待て。どういうこと?
「つまり、その返り討ちに合った盗賊の中にギムドートがいたのね。
彼から以前聞いたのよ。盗賊時代、一人旅をしていた若い人族の女を襲ったら、返り討ちにあって、長時間の正座と、最後に土下座をさせられたって」
つまり、その若い女ってのが、母さん……なのか。
「それを機会にギムドートは盗賊をやめて、しばらくして《黒蜂》に入って、後にワタシ達は彼から正座や土下座を教わったの。
リオ、その盗賊の中に、大きな戦斧を持った右頬に傷のある背の高い男がいたでしょ。それがギムドートよ」
「ゴメン。ホントに覚えていないんだ。
だって、マイコが正座させた盗賊達は、かなりの数になるから……」
「……え?」
「ちゃんと数えてないんだけど、少なくとも十回以上はやってるんだよね。
盗賊を返り討ちにして正座と土下座させるって。
だから、のべ百人は軽く超えるんじゃないかなぁ」
母さん。アンタって人は……
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
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応援して頂けるととっても嬉しいです。
さて、ようやく書けましたね。この正座の話。
第四十八話でラヴィが土下座をしてからもう三十話近くたって、ようやくです。
「異世界と座談会」を読まれた人は御存じ、マイコにも言われていたんで、
どこかで……とは思っていたんですが、ようやくできました。
でもこの話。まだ少し続きがあるんですよ。それは次話で。
次話「77. 血呪の首紐」
どうぞお楽しみに!