74. もったいない?
クロからの依頼を引き受けたオレ達は、その翌日、目的地であるガンボーズ地方へ向けて出発した。王都の南西の門をくぐり、街道に沿って南南西の方角へ。
馬は三頭、オレとファムとラヴィがそれぞれ乗り、リオはいつも通りオレの肩の上だ。
馬に積んでいる荷物は毛布と水筒くらい。
その他、食料や衣類など雑多な荷物は全てリオの宝物庫に入れてある。
もちろん毛布だってリオの宝物庫に入れられるのだが、馬に全く荷物を積んでいない状態というのも不自然過ぎるからな。
毛布なら比較的軽いし、かさばって見えるから、ちゃんと旅行者に見えてくれるだろう。
何度か休憩を取ったり、馬と一緒に歩くことも交えながら進み、今オレ達は林道にさしかかっていた。
太陽が南中からほんの少し西に傾き始めており、時刻はそろそろ昼の四刻といったところだろうか。マルク亭は昼の忙しい時間がようやく過ぎ、ひと段落した頃じゃないかと思う。
「ナッシュ達は大丈夫でしょうか」
オレの前にいるラヴィが、馬上で後ろを振り返りながらそうつぶやいた声が聞こえた。
ナッシュは二代目獣耳娘メイド隊の一人で、ラヴィと同じウサ耳娘だ。同じ種族だからだろうか、ラヴィにかなり懐いていて、ラヴィもずいぶん可愛がっているみたいだ。
「五人とも、もうずいぶん慣れてきたみたいだし、ユオンも付いているから大丈夫だろう」
ラヴィを少しでも安心させようとユオンの名を出したのだが、それはちょっと失敗だったかもしれない。
「……ユオンにいじめられてなければいいのですが」
おいおい。それはいくらなんでも冗談だよね?
「ラヴィ、冗談でも言い過ぎよ。
ユオンがそんなことするハズないでしょ」
「うっ……」
隣にいるファムが軽く窘めると、ラヴィはバツが悪そうに横を向いてしまった。「分かってるよ……そんなの」という小さなつぶやきが、風に乗って微かに聞こえてきた。
「そもそも何故そんなにユオンを目の敵にするの?」
「別にアタシは……」
「嘘。ワタシには、ラヴィが突っかかっているようにしか見えないわよ?」
いやぁ、むしろユオンがラヴィをからかっているようにオレには見えるけどな。
ファムはそれに気付いていないのか?
「…………だってさ」
「だって? 何?」
「だって、ああ見えて、ユオンてアタシより、でかいんだよ?」
――はい?
一瞬「何が?」と思ってしまったが、ラヴィの左手が自分の胸に置かれていることからすぐに察しがついた。むしろ反射的に尋ねてしまわなくて、ホントよかったよ。
「ちょっ、ラヴィ、何をいきなり……」
ファムが慌てながらも、ちらっとオレの方を見た。
オレはそれに気付き、ファムからの視線を外して、そっぽを向いた。
聞いていません。
聞いていませんよ?
ええ、何も聞こえませんとも!
でも、そっぽを向くってことは、むしろ耳を二人の方に向けるという事なんだと後から気付いた。
いや、そんなの狙ってないから。
別にもっと聞こうとしたわけじゃないから。ホントだよ?
「ファム、分かってる?
アタシよりでかいってことは、ファムよりでかいってことだからね?」
「……ほっといて!」
へぇー、そういう順位……って、いやいやいやいや。
聞こえない。聞こえない。聞こえない。
な~んにも、聞こえません。
オレのポーカーフェイススキルは、今日も完璧、絶好調で稼働中だ。
もしこれが無かったらどうなっていたか。
恐らく顔を赤くしてしまうか、鼻の下伸ばしてにやけてしまうか……
この二人の前で?
そんなの、考えただけでゾッとするね。
でも、このまま聞き耳を立て……ゴ、ゴホン、漏れてくる会話を図らずも聞いてしまうのは、色々とマズい気がしなくもない。
当然会話に加わるなど以ての外だろう。
だからオレは、なにやらまだ会話を続けている二人とは別に、自分の左肩に載っているリオに話しかけることにした。
「あー、えっと、リオ?」
「何? どうしたの、トーヤ」
「ちょっと色々と教えてくれないか?
ガンボーズ地方のこととか、討伐対象の大砂蛇のこととかをさ」
何故かリオが不思議そうに首を傾げている。
あれ? なんか変なこと言ったか?
「……今?」
「そう、今」
むしろ今しかないでしょ!
っていうか、何でそんなこと聞くんだ?
「……トーヤの世界では、そういうもったいない事する人の枕元には、お化けが出てくるんじゃなかった?」
ホント良く知っているな……って、違う!
もったいないとか思ってないから。
そういうんじゃないから。
変なこと言うの、やめていただけませんか、リオ先生。
「ま、トーヤがいいならいいけどね」
そう言って、リオは説明してくれたよ。
ガンボーズ地方は王都の南南西に位置しており、ほとんど開拓もされずに荒野となっている地域らしい。そのほとんどが乾いた固い土と大小様々な岩石に覆われた荒涼たる風景であるが、その中心部分は砂地が広がる砂漠のようになっているそうだ。
じゃあ人は全く住んでいないのかというと、近くに鉱山があり、そこで働く人たちが暮らす村が一つあるとのことだ。
オレ達がまず目指すのはその村で、四日後に到着する予定だそうだ。そこからもう一日かけて徒歩で中心部の砂漠地帯へ行くことになる。
ちなみに、この日程は荷物の少ないオレ達だからこそであり、普通ならもう数日はかかるはずなんだそうだ。
この地域は荒野や砂漠から想像できる通り、その一帯には大きな川や湖などといったものは無く、地形のせいか年間を通して雨量が極端に少ないそうだ。またそのせいで植物はほとんど育たないが、それでもいくつかの野生動物が住み着いている。
そして、リオ曰く、その地域での食物連鎖の頂点に立つ存在が大砂蛇だそうだ。
大砂蛇はガンボーズ地方の砂漠地帯に生息している大型の蛇で、成長した個体の一般的な体長は約五メートル程度だが、稀に十メートルを超える個体が現れることもあるらしい。
性格はとにかく獰猛で食欲旺盛。当然ながら肉食であり、周辺の野生動物を主なエサとしているが、十メートルを超すような個体は、野生動物だけでなく、人をも丸飲みしてしまうことさえあるそうだ。
攻撃は、尻尾を振り回しての薙ぎ払いに、胴体を巻き付けてきての締め付け、突進しての頭突きなどが主だそうだが、その他に牙での噛みつきや、その際の毒には注意する必要があるそうだ。その毒は即死するようなものではなく、しばらく麻痺する程度らしい。
また、生息場所の関係から、戦う場所はどうしても砂地になるのだが、こいつは砂に潜り、その中をかなりのスピードで動き回るのが非常にやっかいで、さらに言えば、砂地での足場の悪さにも注意がいるとのことだ。
話を聞いていると、なかなかやっかいそうな敵だとは思う。思うが……
最後にリオがこう付け加えた。
「もっとも、固定しちゃえば、一方的にボコれるからさ。
特に心配はいらないよ」
……だそうだ。
何て言うか、あいかわらずチートだよなぁ。
ちなみに、今回の討伐はファムとラヴィがハンター資格を得るための依頼だが、二人だけでやらなきゃいけないといった条件は無い。オレとリオが一緒でも構わないそうなので、遠慮なく参戦させてもらうつもりだ。
リオの説明が終わる頃、ちょうど林道を抜けたが、二人のちょっとアレな話はまだ続いていたみたいだ。だが、こちらの話が終わったことに気付いたファムが、そっちの話も強制的に打ち切ったみたいだ。
何度もくどいかもしれないが、別にもったいないとか、全然思ってないからね?
しばらくは牧歌的というか、のどかな風景を楽しもうかと思ったが、ラヴィはどうもそういうのは好みではないらしい。
「暇ですね。危なそうな猛獣とか、なんなら盗賊とか現れてくれないですかね」
「おいおい、現れたら困るだろうが」
やめてくれよな、そういう変なフラグを立てるようなセリフは。
「だって、アタシとファムの、最近の修行の成果をお見せできる絶好の機会じゃないですか」
それは、大砂蛇を相手にするときにでも見せてもらうからさ。
そう言おうと思ったが、オレより早くリオが、何故か喜々とした声でオレ達に向かってこう言ったんだ。
「だったらラヴィ、君に朗報だよ」
「え? 何ですか?」
「どうやら、お待ちかねの盗賊みたいだ」
ほら……フラグ回収が来たじゃん……
リオのセリフに、ラヴィは本気で喜んだようにオレには見えた。
いやいやいや、オレはそんなの待ってないからね?
全然お待ちかねじゃないからね?
もしこの世界に神様がいるとしたら、そういうサービスはいらないからと、ぜひ一言苦言を言わせてもらいたいね。
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次話「75. 九人の盗賊達」
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