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71. ある晴れた日のこと

「ああ、いい天気だ」


 気温は暑過ぎず寒過ぎず、やわらかな日差しと爽やかな風がとても気持ちいい。


 隣にいるリオが、そんなオレのセリフに同意するように頷いた。


「日本と比べると、これからの季節、この国の湿度は低めだからね。

 とっても過ごしやすいよ。

 ボクとしては、避暑地にはぜひこの世界のこの国をお勧めしたいね」

「いいね。向こうに帰ったらオレ達で旅行会社でも立ち上げるか?

 避暑地に最適な場所へご案内いたしますってさ。

 あ、そうだ。いいこと思いついた。

 オプションで、剣と魔法の冒険プランもご用意できます、なんてどうよ?」

「それはナイスアイデアかもよ、トーヤ。

 あ、でもちょっと注意書きがいるね」

「ん? なんて?」


 オレは大きく欠伸をしながらリオに尋ねてみた。

 穏やかな気候は、ホント眠気を誘うよね。


「決まってるじゃない。

 日本に帰ってこれる保証はできません。

 命の保証もできませんってさ」


 ――おい!


 なんか、一発で眠気がぶっ飛ぶような物騒なことを言われた気がする。


 そこへ、アダンが会話にまざってきた。


「お、おい、リオ。それなら逆はどうなんだ?」

「逆って?」

「こちらから、あっちの世界に旅するってのは?

 できるのか? なあ、どうなんだ?」


 なんか、えらく喰い付いてくるな。

 アダンはそんなにあちらの世界に興味があるのか?


 ……まあ、そうかもな。見たことない世界だろうし。


「……少なくとも、アダンは絶対ダメ」

「なんでだ!」


 リオの完全拒絶にアダンが抗議の声を上げた。


「そんなことしたら、ボクがトーヤに怒られちゃうよ」


 ――ん? なんで、それでオレが怒るんだ?


 少しくらいあちらの世界を見せてやるのもいいんじゃないか?

 どういう反応をするのか、むしろちょっと興味があるな。


 それに、どうも忘れがちだけど、このおっさんアダンはこれでも一応王族だからな。その立場を考えれば、文字通り異なる世界を見て、見分を広げるってのも大事な事なんじゃないか。


「リオ。別にいいんじゃないのか? そういうもの……」

「だって、アダンがあちらの世界に行ったら、絶対にマイコにまとわりつくことになるよ? それでもいい?」


 あっ……


 忘れてた。このおっさんは母さんを狙っているんだった。

 ダメだ。そんなこと絶対させられない。


 っていうか、あちらの世界に行きたがったのは、王族としての立場から来るものじゃなく、たんに母さん目当てかよ!


 それって、王族としてどうなのよ。


「前言撤回。断固拒否する」

「ト、トーヤ……」


 情けない声出すんじゃないよ。いい歳したおっさんがさ。

 ってか、さっさと諦めて、適当にいい人でも見付けろよな。


「はぁ……。

 ユオン、酒をくれ、酒だ」


 アダンがこれ見よがしに大きなため息を付いて、後ろに控えていたユオンに向かって声を掛けた。


「残念ながら、本日お酒は用意してございません。

 最近飲み過ぎであると、クロ様より固く禁じられましたので」

「ちっ、クロめ、余計なことを」

「ラーの果汁ならございますが?」

「甘い飲み物なんぞいらん」


 そう言って、アダンは半ばふてくされて、ゴロンと寝転がってしまった。


 ユオンはそれを横目で見て、それからオレのほうに視線を寄越した。


「では、トーヤ様はいかがでしょう?

 すっきりとした甘さのある果汁の飲み物でございます」


 へぇ、甘い飲み物か。

 ラーというのがどんな果物か分からないが、ちょっと興味があるな。


「少し貰おうかな」

「かしこまりました」


 ユオンが木製のカップに赤い液体を注いで、オレのほうに持ってきてくれた。


「ありがとう」


 そう言ってカップを受け取ろうとした、まさにその時。

 ユオンがカップを手放し、ふわっと浮いて、後ろに跳んだ。


 ――おっと!


 オレが慌ててカップを掴んだ時、風切り音と共に一本の槍が上から降ってきた。


 ――なっ!?


 槍はオレの目の前、先程までユオンがいた場所に突き刺さった。


 これって、ヴァルグニールじゃんか!


「ちっ。外した」


 オレが振り返ると、ラヴィが心底残念そうな顔をしながら走り寄って来る姿が見えた。


「ラ、ラヴィ?」

「あ、すみません、トーヤさん。

 ちょっと手が滑っちゃって」


 ――嘘つけ!


 今しっかり、外したって、自分で言ってたじゃんか!

 しかも舌打ち付きで!


「あ、それ。飲み物ですか?

 アタシが頂きますね」

「え? あ、お、おい……」


 そう言ってラヴィはオレの返事を待たず、オレからカップを奪い取って一気に飲み干した。


「ふう。うん。大丈夫みたいですね」

「……何が大丈夫なんだ?」

「気を付けてください、トーヤさん。

 何を入れられるか、分からないですよ」


 いや、何をって、ラーの果汁とかいう甘い飲み物なんだろう?


 ラヴィってば、何か昨日から、えらくユオンを目の敵にしてないか?

 アニソンライブの前までは、あれ程仲良さそうだったというのに。


「ご心配なく。トーヤ様に対して毒なんて入れませんから」


 ユオンは左手で口元を抑えながらそう言った。

 まるで、笑いをこらえているようだ。


 っていうか、毒って何だよ。いきなり物騒なことを言い出したな。

 そんなことされる覚えは無いぞ。


「もし入れるならば、惚れ薬などにしておきますから」


 ――はい?


 それを聞いて、ラヴィが仁王立ちしながら笑い出した。


「あっはっはっは」


 いや、ラヴィ? 目が笑ってないよ?


「うふふふ」


 ユオンまで……

 二人とも、何か怖いって。


 なんていうか、二人の後ろに竜と虎が見えるような気がするのは、オレの気のせいだよね? ね?


 ユオンは、微笑みながらオレに向かってウインクしてきた。


 それを見て、オレは妙な確信を得てしまったよ。


 ああ、やっぱり。

 これって、あきらかにオレをダシにしてラヴィをからかってるだろう?


「トーヤさん。この人は危険です。十分にご注意を!」


 ラヴィはオレに耳打ちするような仕草で、でもあきらかにユオンに聞こえるくらいの声でそう言ってきた。


 いや、分かってないのか?

 ラヴィ、お前、からかわれているんだって。


 それに、オレの心配より、自分の心配をしたほうがいいと思うぞ。

 だって、今お前の後ろに……


「ボクを無視してよそ見とは、ずいぶん余裕じゃない?」

「――ひっ!?」


 ラヴィの後ろに白銀の髪の狼人族の美少女、シロが立っていた。

 それに気付いてラヴィが悲鳴にも似た声を上げた。


「ボクとの手合わせは君から言い出したことだったよね?

 それともボクとの勝負なんて、よそ見しながらでも十分だという事かな?

 ボクもずいぶんと舐めらちゃったなぁ。

 ちょっと手加減しすぎちゃったかなぁ。

 うふふふ。

 これは、すこーし、本気出しちゃっても、いいってことかなぁ?

 ねえ? ラヴィちゃん・・・?」


 ラヴィが、まるで油の切れたブリキロボットのようにギギギギと、ゆっくりと振り返った。


「あ、いや、あの、その、ですね……」


 そう言って後退りしそうなラヴィを逃がすまいと、シロがラヴィの両耳を無造作に掴んだ。


「さ、行こうか、ラヴィちゃん・・・

 続きの手合わせは楽しみにしてね。十分にご期待にこたえてあげちゃうよ?

 大丈夫。ボクは手加減のできる女だからね」


 シロの笑顔も十分怖いよ。うん。


 っていうか、なんかオレの周りには怖い女性ばかりがいる気がする。

 気のせい? 気のせいだよね? ……気のせいであってほしいな。


「あ、忘れものですよ?」


 そう言いながら、ユオンが地面に突き刺さったヴァルグニールを引き抜き、二人のほうに投げた。


 その動作はゆったりとしていて、オレにはとても力が籠っているように見えなかったのだが、それに反して真紅の柄を持つ槍は風を切って、すごいスピードでシロのすぐ横を通り過ぎようとする。


 だがその刹那、シロは振り返ることも無く、こともなげにそれを掴み、ひらひらとオレ達に振って見せた。


 ミリアの時にも思ったが、狼人族もまた、後ろに目でもついているのだろうか?


 ラヴィには、半分自業自得とは思いながらも、がんばれよと心の中で合掌し、オレは視線を左の方に移した。


 そこではクロとファムが手合わせを続けていた。手合わせというか、ほとんどクロによるファムの戦闘訓練と言った方が正確かもしれない。


 クロは細身の少し短めの剣を右手に、その半分くらいの長さの短剣を左手に構え、ファムから繰り出されるトレンチナイフの攻撃を全て危なげなく捌いている。


 それどころか、微かに届く声から察するに、踏み込みがどうとか、視線をうまく使えとか、動きが単調になってきているぞとか、結構細かく指導をしているように思える。


「ボクから見ても、ファムは結構上達してきているよ。

 この調子なら、支援魔法を付与したトーヤを相手にして勝ち越してしまう日も近いかもね」


 同じくファムのほうに視線を巡らせたリオがそんなことを言ってきた。


「それはいいんだけどさ」


 いや、ホントはちょっと良くないかも。

 ただでさえ支援の無い場合のオレでは一切太刀打ちできないだろうに、支援魔法を付与された状態でも敵わなくなるというのは、男としてどうなのよ?


 オレのプライドが……


 支援魔法を掛けられている時点で、もうプライド云々の話じゃないだろうというツッコミがどこからともなく聞こえてきそうな気もしないでもないけど。


 うーむ……


 ま、それはとりあえず置いといて。


「ファムはだいぶクロに慣れた……って言い方は変な気もするけど、かなり自然に接することができるようになったんじゃないか?」

「うん。ボクもそう思うよ。

 あの、アダンに初めて会った食事会の後の特訓から始まって、昨日も一昨日も、早朝からラヴィと一緒にクロとシロに特訓を受けていたからね。戦闘面だけでなく、そっち・・・の面に関してもかなり向上したように見えるね」

「そっか。すごいな、二人とも」


 オレは素直に感心したよ。

 ほんの数日前まで、あれほど狼人族を恐れていたというのに。


「トーヤがいたからだと思うよ」

「オレは、何にもしてないよ」


 そうだ。


 ファムと一緒にリンゴの酒を飲んだあの夜だって、オレは力になると言ったけれど、そんな偉そうなことを言ったけれど、結局その後オレができたこと、してあげたことなんか何もない。


 ファムもラヴィも、自分たちで克服しようと頑張ったんだ。


「そんなことないよ。

 確かに彼女たち自身の努力の成果だとは思うよ。でもね。

 もう一度言うけど、トーヤがいたからこそ、そのきっかけができて、

 そしてトーヤがいたからこそ、二人は努力もして、山を一つ乗り越えたんだよ」


 そう……なのか?


 リオの言うように、オレは、少しでも二人の役に立ったのだろうか?


 ははは。実感が全然ないな。

 そうだといいな、とは思うけどさ。


「あ、あの、トーヤ様。

 その、お肉が少し焼けたのですが、いかがでしょうか?

 ちょっと味見をしていただくよう、ユオンさんに言われたのですが」


 そう言ってオレに焼けた肉を載せた木皿を持ってきたのは狐人族のエルだった。


「ん? ああ、ありがとう。いただくよ。美味しそうな匂いだね」

「は、はい。どうぞ」


 オレはエルから皿を受け取り、串にささった肉を一口食べてみた。


 うん。旨い!


「美味しいよ」


 オレがそう言うと、エルは嬉しそうに笑顔を見せ、踵を返して皆のところへ戻っていった。


 その後ろ姿は、ふさふさとしたキツネの尻尾がふりふりしていて、とても可愛らしい。


 エルが戻った先には、ちょっと大きめの石を積んだ簡単なかまどがあり、そこではユオンの指示の下、エルを含めた五人の獣耳娘が肉や野菜を焼いている。


 この五人は、今朝オレとユオンとファムとラヴィの四人で、近くの獣人の孤児院を巡り、見付けてきた二代目獣耳娘メイド隊候補達だ。


 キツネ耳娘のエル、同じくキツネ耳娘でエルの妹のメル、イヌ耳娘のアイス、ネコ耳娘のエッセ、そしてウサ耳娘のナッシュ。


 エルが一番年上で十六歳。他の四人は十五歳だそうだ。


 明日からマルク亭でウエイトレスとして働いてもらうつもりだ。今日はそのための教育を兼ねて、オレ達に同行してもらっている。


 彼女たちのメイド服に関してはバスカルにお願いしているが、既に他の仕事も入っているため流石に明日までには無理だが、明後日までにはと言って貰っている。


 まあ、明日は初代獣耳娘メイド隊も一緒にウエイトレスをしてもらうつもりだから特に問題は無いだろう。明後日には世代交代ということだな。


 当然アニソンライブも引き継いでもらう。

 今日この後から五人とも特訓の予定だ。


 肝心のマルク亭なんだが、実は昨日の夜、アニソンライブが終わって少しした頃、マルクが倒れてしまったんだ。どうみても過労だよ。


 もちろんすぐにリオによる治癒魔法をかけて貰ったおかげで大事には至っていない。だが、そのまますぐに仕事再開なんてとんでもないという点でオレとアダンの意見は一致した。


 料理に関してはその時点でオーダーストップ。酒などの飲み物に関しては、ユオン達が分かる範囲で多少オーダーは受け付けたが、新規の来店はお断りさせていただき、徐々に閉店へと持って行った。


 最後に残っていた連中は、料理や酒よりも、あきらかに獣耳娘メイド隊目当てだったんで、彼らに穏便に退席願うのはちょっと苦労したけどね。


 そして今日、マルク亭は臨時休業だ。今日一日はゆっくりと休むこと、そうアダンに厳命されて、マルクはしぶしぶ、本当にしぶしぶ頷いていた。


 今頃は自宅でのんびり寝ている……はずだけど、どうだろうね?


 明日からは、アダンの手筈で一人料理のできる人材が補充されることになっている。それで少しは楽になってくれるといいんだけど。


「みなさーん。お肉と野菜が焼けましたよー。

 どうぞこちらへ来て下さーい」


 ネコ耳娘のエッセの声だ。


 オレは、先ほどエルに貰った皿を持ちながら立ち上がった。


 アダンはくんくんと匂いを嗅ぎながら、早々にかまどのほうに向かった。


 クロとファム、シロとラヴィも一旦手合わせを中断し、そちらに向かい始めたみたいだ。


 その様子を見て、オレはなんだか無性に嬉しい気持ちになっていた。


「どうしたのさ、トーヤ?」


 オレの左肩に止まったリオが、そうオレに問いかけてきた。


「うん。なんかさ。ちょっと前に夢で見た光景に似ている気がしてさ」

「夢?」

「うん……

 いや、いいんだ。なんでもない。

 さ、オレ達も行こう。食いっぱぐれちゃうよ」


 そう言って、オレはリオと一緒にみんなのところへと歩き出した。


いつも読んでいただき、ありがとうございます。

これで第三章が完結になります!

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。


第三章はいかがでしたでしょうか?

忌憚ない感想など、ぜひお聞かせください。


あ、区切りの良い所で、評価とかレヴューとかも、お待ちしておりますよ?

もちろん区切りに関係なく、随時お待ちしてはおりますが。(笑


もうすぐブクマも300に、そしてポイントも1000が見えてきた気がします。

これも全て応援して下さり、いつも読んでいただいている皆様のおかげです。

本当にありがとうございます!


でも、まだまだ続きますからね? いや、ホントに!

次話「72. 夢の中で」

第四章開始です!


引き続きどうぞよろしくお願いします。

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