69. バスカルからの情報
獣耳娘メイド隊がマルク亭でウエイトレスを始めて、今日で三日目になる。
初日は、仕入れていた食材が早々に尽きてしまった。
急遽リオの宝物庫に入っていた紅鎧を一匹分取り出して、捌いてトンカツのように調理して提供したりもしてみた。紅鎧のカツは、味はともかくとして、王都ではとても珍しい肉だということもあって、それなりに好評も得たのだが、それだけしかないというのもね。
結局は、夜の早い段階で店を閉めることになってしまったよ。
客の間からはかなりブーイングが出たんだが、マルクと三人のウエイトレスが平謝りして、なんとか大事には至らずにすんだ。
ちなみに、オレも紅鎧のカツを一切れ食べてみたのだが、噛み切るのが少し大変だったな。
脂身の少ない、歯ごたえのある肉って感じだ。
味は、まあマズいとは言わないが、あえて積極的に食べたいという程ではないかな。
ましてオレは、人の形に近い、実物を見てしまっているからな。
一度食べれば十分だな。二度目は遠慮すると思う。
二日目の昨日は、朝早くから食材集めに奔走した。食肉、野菜、薬草、調味料などなど。かなりの量を仕入れたんだが、リオの宝物庫がホント役に立ったよ。これが無ければどうやって運ぶんだってくらい購入したからな。
そうそう。ついでに米を扱っている店も教えてもらった。後で個人的に少し購入しておこうと思っている。
ただし、電気炊飯器の無いこの世界で、どうやってご飯を炊けばいいのか、その方法をマルクに教わらないといけないのが、なんか変な感じがするけどね。
仕方がないよ。米をナベで炊くということは、小学生のとき家庭科の実習でやった気もするんだが、全く覚えていないんだからさ。
この日の客の数もすさまじいものがあった。まだ自分たちでは特に宣伝はしていないにも関わらず、開店前からずらりと並んだその列の長さに、マルクは本当に喜んでいた。
あきらかに前日より多いその人数は、きっと客の口コミで獣耳娘メイド隊の話題が広まっているんじゃないかと推測している。
その客の数を見て、死ぬ気で頑張ります、と言ったセリフの通り、夜遅くまで休みなくマルクは調理をし続けていた。終始笑顔でね。本当に嬉しそうだったよ。
だが、意気込みは素晴らしいとは思うのだが、このまま続いたら体がもたないだろう。これが続くのであれば、弟子なり、手伝いなりの補充は早急に必要だと思っている。
そして三日目の今日、オレは今、バスカルの店の前に来ている。朝のうちにマルクとともに食材集めを済ませ、一旦宿に帰ったとき、伝言が届けられていたんだ。早急に話をしたいことがあるから、店のほうに顔を出して欲しい、と。
伝言には、話の内容については一切触れられていなかったが、なんとなく想像は付いている。予想より少々早いが、いよいよかといった気分だ。
オレは、まだカーテンのかかっている店の扉を押した。
どうやら鍵はかかっていないようだ。つまり、バスカルは、もう店の中にいるという事だろう。
「来たわね」
相変わらず、野太い声とセリフが今一マッチしていないよな。
そう思いながら、オレは声のする方に視線を向けた。
バスカルは奥のテーブルの横に立って、こちらを向いていた。
「ああ、宿に伝言を残してくれただろう?
留守にしていてすまなかったな」
「気にしないでいいわ。忙しいのでしょ?
聞いているわよ、マルク亭のこと。すっごい噂になっているようね」
バスカルが右手で彼の近くあるソファを指してくれたので、オレはありがたく座らせてもらうことにした。
「貴方の作ってくれたメイド服のおかげでね。
大成功だよ。改めて礼を言わせてくれ。
ありがとう」
「こちらこそ、よ。
おかげでとてもいい仕事ができたと思っているわ。
ありがとうね」
オレがソファに座ったのを見て、バスカルも対面のソファに腰を下ろした。
それを見てから、オレは早速本題に入ろうを声を掛けた。
「で、話というのは何だ?」
「……ちょっと、あなたに相談したいことがあってね。
実は、昨日の夜、二件ほど仕事の依頼が入ったのよ。
華やかなエプロンドレスをってね」
やはりそういう話か。
オレは一度頷いて、バスカルに尋ねてみた。
「依頼主を、聞いてもいいか?」
「……大方予想は付いているのでしょ?
あなたのその想像通りよ」
少し目を細めながら、バスカルはそう答えた。
少し口角も上がっている気がする。
もしかして、オレは何か試されている?
「……なるほど。こちらの事情も、ある程度把握済みというわけか。
さすが、元B級ハンターだな」
そう言って、ちょっとした意趣返しをしてみたが、バスカルには全く効かないようだった。
「ユオンに聞いたのかしら?
そんなのは、もう昔の話よ。
それより、相談したいのは、その依頼を受けてもいいかってこと」
「……ん? 依頼は、受けたんじゃないのか?」
「まだ保留よ。
あなたに相談してからと思ってね」
「……それは、相手が、オレ達のライバル店だから?」
「そうね。
あたしがあの服を作れたのは、あなたがあの沢山の芸術品の絵を見せてくれたからよ。あたし一人で成しえたなんて思っていないわ。
なのに、あなたに一言も断りなく、ましてやあなた達のライバルから依頼を受けるなんて筋が通らないでしょ?」
「律儀だな」
なるほど。
どうやらバスカルは、オレが想像していた以上に義理堅い男のようだ。
男……扱いでいいんだよね?
「あなたもハンターでしょ?
不義理な奴や、筋を捻じ曲げるような輩は、ハンターの世界じゃ生き残れないわよ。大昔の先輩からの忠告よ。覚えておきなさい」
オレの胸元を、正確にはオレのハンタープレートを指さしながらそう言うバスカルは、可憐なメイド服を愛する服職人の顔には見えなかったよ。ちょっと凄みのある、まさに歴戦のハンターといった雰囲気だった。
「ああ、肝に銘じておくよ」
だから、オレも素直にそう頷いた。
「で、その依頼の件だが。
オレ達に遠慮せず、受けてやってくれ」
「……いいの?」
「ああ、正々堂々。受けて立ってやるさ」
「……ふぅうん」
細められたバスカルの目が、じぃっとオレを見つめる。
オレは、自信ありげに、ニヤッと笑って見せた。
「勝算ありって顔ね。もう既にこの事態を想定していて、ちゃんと手を打ってあるってことかしら」
「ふっ。まあな」
「ふふふ。さすがね。
一体どんな手を打っているのか、ちょっと興味が沸くわね」
バスカルが右手で髪を書き上げながらそう言ってきた。
そうだな。ならばバスカルも招待してやろうか。
本人の意図はともかく、今回の件に少なからず関係したんだ。
事の次第を見届けてみたいのは当然だろう。
「なら、今夜この店を閉めた後、マルク亭に来いよ。
今夜、オレ達の無双ってやつを見せてやる」
「無……双……?」
「オレ達に、双ぶ者無しって意味さ」
聞きなれない単語だったらしく、眉をひそめたバスカルに向かって、オレは再び自信ありげに胸を張りながら説明してやった。
そうさ。何も武器を持って敵を蹂躙するだけが無双じゃない。
アレだって、立派な無双だ。
それを聞いて、バスカルの顔がほころぶ。
「ふふふっ。面白そうね。ええ、必ず行くわ。
あなたのその自信が本物かどうか、この目で直接見せてもらうわ」
その後、オレは少しだけ世間話をしてからバスカルの店を後にした。
そのまま、まっすぐマルク亭に向かう。
ゆっくりと歩いてなんかいられず、オレの足は自然に駆け出していた。
今夜、作戦決行だ。
練習は一昨日の夜と昨日の夜の二度しかできなかった。
でも、三人とも物覚えも良く、根気強く頑張ってくれたんだ。
大丈夫だ。きっとうまくいく。
見せてやろうぜ。
客と、ライバル店に対してさ。
オレ達の無双ってやつを!
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
第三章も残り二話(予定)となりました。
次回「70. メイド達の無双」
次話が第三章のクライマックスになります!
第三章は、まさにコレがやりたかった。
第三章の話は全て、この次話のためにあったと言っても過言じゃないかもしれないです。
どうぞお見逃しなく~
引き続きどうぞよろしくお願いします。