68. 天使のいる店
三人のウエイトレスに誘導されて、次々と客が店の中に入って来る。
店内はあっという間にいっぱいになったよ。
それどころか、店に入り切らず、まだ外で待っている人達さえいる。
もちろん相席をお願いしてさえも、だ。
なんだ、これ?
もちろん、ある程度はこうなることを予想していた。
いや、予想というか、期待していた。
でも、……でもさ。
オレの予想や期待を遥かに超えているだろ、これ。
だってまだ初日だぞ? まだロクな宣伝もしていないんだぞ?
バスカルの店からここまで三人で歩いて来ただけで、これなのか?
なんていうか、それって……
『……意外とみんな、ちょろいよね』
『リオ!』
念話でボソッとつぶやいたリオを、オレは一応窘めた。
例えそう思っていても、例えそれが事実であっても、口に出しちゃいけないことって、あるよね?
もちろんリオのつぶやきは念話なので周りに聞かれる心配はないのだが。
獣耳娘メイドバージョンのウエイトレス三人がテーブルの間をせわしなく動き回り、客から注文を取り、それを厨房に伝えていく。
厨房ではマルクが歓喜の笑顔で忙しく動き回り始める。
オレとリオとアダンは特にやることなく、別室からその様子を眺めていた。
王族で顔が知られているアダンはともかく、オレは、こんなに客が入って忙しいのだから手伝うべきなんだろう、本当は。
オレもそれくらい分かるよ。だから最初は手伝おうとしたんだ。
料理ができないオレが厨房を手伝うことは無理。
でも、ウエイターの真似事くらいならできるハズだ。
……そう思ったんだ。
でも実際は、オレが客のところに行って注文を取ろうとすると、あからさまに落胆されたり、睨み付けられたり、無視されたり、舌打ちされたり……
……ですよねぇ。
客はみな、早く料理を食べたいんじゃないんだよね。
主な目的はそこじゃないんだよね。
うん。出しゃばったオレが悪かった。
だから、アダンと一緒に別室で大人しくしていることにしたんだ。
「これは……すごいな」
「ああ、マルク一人でこの人数分の料理を作るのは、かなり大変だろうな」
アダンの感嘆に、オレは同意しながらも、マルクが心配になってきた。
いきなり忙しくなってしまったんだ。倒れなければいいが。
「いや、この客の人数ももちろんすごいが、それ以前にトーヤのアイデアが、だ。
ウエイトレスとその衣装だけで、しかも昨日今日で、まさかこの店を満員にしてしまうとはな。
それに、あの衣装はなんだ?
確かにメイドの作業服のようだが、あれほど華やかなものは見たことないぞ。
どこで手に入れたんだ?」
「バスカルって服職人の傑作だよ。無理言って一晩で作ってもらったんだ」
「バスカル? 元B級ハンターの、あのバスカルか?」
「知っているのか?」
そういえばユオンも元B級ハンターで、バスカルとパーティを組んだこともあると言っていたしな。
その繋がりで知っていてもおかしくないのかもしれない。
「ああ。ユオンをスカウトしたとき、バスカルにも声を掛けたことがあるんだ。
私の護衛としてな。だが、あっけなく断られたよ。叶えたい夢があるんだとか言われて。
そうか。こういうのを自分の手で作り出すことが、あいつの夢だったんだな」
「ああ。そうかもしれないな」
いや、きっとそうなんだろう。
これだけの芸術品を、たった一人で徹夜して創り出したんだ。
今頃は満足して充実感と共に爆睡中か?
いや、彼のことだ。こんなのは通過点に過ぎないと、夢の頂きまだまだ先にあるんだと、満足せずに次のデザインのアイデアを考えているのかもしれないな。
全く、すごいやつだよ。
だが、それは同時に脅威でもあるんだ。
もしライバル店が真似をし始めたらどうなる?
美少女を揃えて、その娘達にメイド服を着せようとバスカルに依頼をしたら?
バスカルに、マルク亭のライバル店からの依頼は受けないでくれ、などと頼むことはできない。
バスカルだって商売をしていて生活だってある。ましてや自分のデザインを形作って世に出すことは、何にも代えがたい欲求だろう。その邪魔をすることはできないし、そんな権限なんかもちろん無い。
これ以上のデザインなんて、オレには想像もできないが、彼ならあっさりやってのけてしまうかもしれない。
そんなメイド服を着た美少女たちがライバル店でウエイトレスをし始めたら?
マルク亭が、また閑古鳥が鳴く店になることは火を見るよりも明らかだろう。
そうなる前に、次の手を打たないといけないんだ。
だが、どうすればいい?
マヨネーズはダメだった。
料理をほとんどしたこと無いオレには、他にアイデアなんか思い浮かばない。
「見ろ、トーヤ」
「ん? どうした?」
アダンが指差す先を見ると、若い女性客四人組の姿が見えた。
「男の客が多いのは確かだが、意外なことに女の客もそれなりにいる。
ウエイトレスによる客の呼び込みってだけならこうはいかないだろう。
これもあの衣装のおかげか?」
「ああ、恐らくな。どこの世界でも女性は可愛い服っていうのには引かれるんだろう。あのメイド服の可愛さに興味津々ってところじゃないか?」
「ふむ。なるほど」
日本でも、可愛いメイド服に憧れるとか着てみたいという女性はそれなりにいるからな。そういうところはこっちの世界でも同じというわけだ。
だけど、出す料理が主に揚げ物となると、少々女性向きとは言えないだろうな。
母さんなら何かデザートでも作れたかもしれないが。
せめて、何か甘いフルーツでもメニューに加えるよう、後でマルクに進言しておくか。
あとは、何か無いだろうか……
「やはり料理人の人手が足りんな」
厨房のほうを見ながらアダンがそうつぶやいた。
その言葉に応じて、オレも厨房をほうに視線を動かした。
マルクがせわしなく動いているのが見える。
以前は弟子がいたそうだからな。
この広さの店いっぱいに客が入ってもなんとかなったのだろう。
だが今はアダンの言う通り、圧倒的に人手不足の様子だ。
オレは再び客たちのほうに視線を戻した。
幸いなことに、料理の出が遅いことに文句を言う客はいないようだ。
どうやら接客担当の三人が、少しずつ出てくる料理を運びながら、色々な客の間を行き来し、話し相手を務めているようだ。そのためか、むしろ笑い声が店の中を占めているように見える。
「ユオンが、二人に指示を出しているみたいだね」
リオがそう言うが、オレが見ている限り、三人はほとんど接触をしてない。
特に指示を出しているようには見えないんだが……
「ユオンが左腕にはめているのは念話の腕輪だよ。
だから、二人には念話で指示をしているんだ」
確かにユオンの左腕には細い腕輪が見える。
指輪だけじゃなく、念話の腕輪というのもあるのか。
そう思った時、ひときわ大きな笑い声が奥のテーブルから沸き上がった。
どうやらラヴィが担当しているところのようだ。
何を話しているのかここからでは全く分からないが、ゴツイ男六人相手に、ラヴィが笑顔で応対している。
ファムは、先ほどの若い女性客四人組のところだ。
やはりと言うべきか。少し照れながらも、女性たちとメイド服について話をしているように見える。
ユオンも水差しを持って客のお冷やを足しながら、声を掛けて回っているようだ。
「この様子なら、客も暇を持て余すとか、間が持たないなどの心配はないか。
なんとか大丈夫そうだな」
アダンの言葉に、オレも頷いた。
ユオンがああやって客の様子に注意を払い、もし時間を持て余しそうな客がいたら話しかけるなり、ラヴィやファムを向かわせるなりしているのだろう。
さすがだな。
オレはただただ感心するばかりだ。
「トーヤ」
「ん? どうしたリオ。何かあったか?」
「少し、マルクを手伝ってあげたほうがいいんじゃないかな。
三人が頑張っているとはいえ、流石に一人では手が回らないみたい」
「そうしたいのは山々だが、オレは全く料理はできないよ」
「調理は無理でも、洗い物くらいならできるんじゃない?」
――あっ!
なるほど。それがあった。
迂闊にも全く気付かなかったよ。
「分かった。ちょっと行って来る」
「ああ、頼んだぞ」
アダンの言葉に、一瞬、お前も手伝えと思ったが、すぐに言葉を飲み込んだ。
どうも忘れそうになってしまうが、こう見えてアダンは一応王族だ。
皿洗いなどやったこともないだろう。
迂闊にやらせて、皿でも割られたら逆に手間が増えるだけだと気付いたんだ。
オレは厨房に入る直前、再びフロアを見渡した。
三人のウエイトレスも、そのためのメイド服も成功だ。
あとはさらに客を引き付ける料理を……
いや、待てよ……
そうか、料理じゃなくてもいいんだ。
そもそも、オレに料理は無理なんだし。
さっきアダンは何て言っていた?
暇を持て余す? 間が持たない?
そうならなければいいんだ。
オレにできること。オレの得意なこと。
それを駆使して、客をこの店に釘付けにしてやればいい。
それには……
もしかしたら、できるかもしれない。
彼女たち、獣耳娘メイド隊の三人がいれば。
オレの得意な分野で、そう簡単に真似のできない方法で、客を全て釘付けにすることが。
『トーヤ。その顔は、何か思いついた?』
リオがオレの様子に気付いたのか、念話で語り掛けてきた。
『ああ、とびっきりのアイデアがな』
『ふふふ。それは楽しみだね』
『ああ、楽しみにしててくれ』
オレは念話でリオにそう伝えながら、厨房に入っていった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
次回「69. バスカルからの情報」
お見逃しなく~
引き続きどうぞよろしくお願いします。