67. 天使降臨
※ 2017/12/16 イラスト挿入
オレはおもむろにデジカメを手に取り、目の前のメイド三人を撮り始めた。
これを撮らずしてどうする!
これを逃したら、オレは何のために異世界に来たんだ!
ああ、そうだ。
今なら分かる。
オレはまさに、このために世界を渡ったんだ!
だからこそ、目にも焼き付けるが、記録にも残すんだ!
当然だよね? これが普通だろう? 異論なんかもちろん全て却下ね。
だって……だって、見てみろよ。この目の前の天使たちの姿を!
鮮やかな真紅を基調としたミニスカワンピースに純白のエプロン。
スカートの裾にもふんだんにあしらった淡い桃色のフリル。
随所には大小様々な白いリボン。
このリボンがまたすばらしい。
エプロンを後ろで結んでいる大きめの白いリボンは、邪魔にならないギリギリの大きさを緻密に計算したものだろう。両肩のあたりにも白いリボンがあって、これが全体的な可憐さをさらに引き上げているんだ。さらには、ミニスカートから伸びる足に純白のオーバーニー、つまり膝が隠れる丈の長いソックスで、ポイントとしてここにも白いリボンが付いている。
まるで、真紅の花咲く花畑を舞う白き蝶のごとくじゃないか!
さらにさらに、このエプロンドレスと頭に付けたフリル付きのカチューシャを合わせて全体で、彼女たちの獣耳に見事にマッチしているんだ。
まさに彼女たちのために作られた、至高の一品と言えるじゃないか!
これを見て、誰が大人しくなんてしていられるんだ。
撮るだろう。撮りまくるだろう。
シャッターを押すオレの指は、何者にだって止められるものか!
ああ、すばらしい!
何度だって言おう!
すばらしい!
「……さん」
ああ、このトキメキは何だ?
この眩しさは何なんだ?
この天使たちをどう言葉で表現すればいい?
綺麗? 美しい? 可憐? 愛らしい? 可愛い?
いやいや、そんな陳腐でありふれた言葉じゃ無理だろう。
彼女たちこそ、白き蝶とともに地上に降臨した天使たちなんだ。
これこそが、まさに、神が我々に与えたもうた究極至高の芸術品なんだ。
オレの貧相なボキャブラリーなんかじゃ、とてもこの感動を表現などできそうもないよ。
「……さん」
ああ、なんて今日はいい日なんだ。
こんなに素晴らしいものが拝めるなんて。
ああ、今までがんばって生き残ってて、よかった。
そんなことを言っていた少女がいたっけ。
うん。全くだよ。激しく同意だよ。
くぅぅ、ホント!
やってくれたな、バスカル!
褒めてやるぞ!
サイコーにグッジョブだぜ!
「トーヤさん!」
ん?
そこでようやくラヴィがオレを呼んでいたことに気付いた。
どうやら、随分前からオレを呼んでいたようだ。
周りを見渡すと、獣耳娘三人だけでなく、アダンやマルクもオレのことを見ている。
そんな中、リオだけはオレを見ていない。
というか、目を閉じて、呆れたかのように首をゆっくりと横に振っている。
い、いかんいかん。
どうやら完全に我を忘れていたようだ。
「ゴ、ゴホン。
えーと、ラヴィ、ファム、それにユオンも。
うん。とても良く似合っているよ」
「……なんか、トーヤさんの本性が垣間見えた気がします」
ラヴィのそのセリフに、オレは冷や汗が出る思いだったよ。
くっ! バスカルめ!
こんな危険極まりないものを作りやがって!
まさか、オレを陥れるための罠なんじゃないだろうな!
そう思いながらも、オレの視線は自然とメイド姿の三人のほうに向いてしまう。
全く。なんて吸引力だよ。
ホント、予想以上だよ。
ふとファムと目が合った。
だがすぐにファムはオレから視線を反らしてしまった。
その頬が、なんか僅かに赤く染まっているような気がする。
「ファム?」
「…………何?」
ファムはオレの呼びかけに一応応えはするが、視線はこちらに向けようとしない。ちょっと俯き加減で右のほうを向いたっきりだ。
照れているんだよな、これ?
なんか、すっごく可愛い。
なので、もう一枚撮っておこうか。うん、そうしよっと。
「よく似合っているよ、その服。着てくれたということは、気に入ってくれたんだと思っていいんだよな?」
ファムが一度ちらっとオレを見て、そしてすぐにまた横を向いてしまった。
「…………ええ」
それでも頷いてくれたファムを見て、オレは心の中でガッツポーズをしたね。
――よし!
これで、三人でウエイトレスをしてくれるということでいいんだよな。
ならば計画通りに実行できる。
まずは何より宣伝だ。これで宣伝しまくって客を呼び寄せ、その間に次の手を……
そう思っていた時、リオが何か感心するような声を上げた。
「へぇー」
オレがリオのほうを向くと、リオはじぃっとオレを見ていた。
「なんだ?」
「ううん。ちょっと感心したんだよ。トーヤが女の子のオシャレを素直に褒めるなんてさ。成長したねぇ」
どういう意味だよ。オレだってちゃんと……
あれ? いや、違うか。
確かに今まであまりそういうことはしていなかったかも。
だって、なんか恥ずかしくってさ……
そう思うと、さっき三人にも、そしてファムにも、似合うよといった自分のセリフがひどく恥ずかしくなってきた。
何処のリア充だよってセリフだよな。
我ながらよく言えたな、オレ。
まさか、これがバスカルの言っていたメイドの神様からの恩恵なのか?
って、何言ってんだオレは。
素敵すぎる三人の獣耳娘メイド隊を見て、普段ならありえないくらいテンションがあがりまくってしまったからなんだろうな。絶対そうだ。
落ち着け、オレ!
オレは胸に拳を当てて、一度深呼吸をしてみた。
……でも、いい写真は何枚も撮れたよな。ふふっ、ふふふ……
「ところで、トーヤ様」
そう言って、ユオンが片手を上げながらオレの瞑想に割り込んできた。
「ん?」
「差し出がましいかもしれませんが、外はいかがいたしましょうか?」
「……外って?」
「はい。実は外には沢山のお客様がお待ちなのですが」
「「「……はい?」」」
オレとアダンとマルクの、男三人の声が見事にハモった。
そういえば、さっきから外の様子がいやに騒がしかった。
獣耳娘メイド隊三人のインパクトがあまりにも強すぎて忘れていたよ。
でも、客ってなんだ?
客って……え? もしかして、マルク亭の客か?
「実は、バスカル様の店からここに来る間に何度か声をかけられまして。これからマルク亭でウエイトレスをすると返答しましたところ、みなさんマルク亭で食事をしたいと申されまして、わたくしどもの後について来られたのです」
オレは思わずマルクのほうに振り返った。
マルクは目と口を大きく開いて固まってしまっているようだ。
「もしマルク様のご準備のほうがよろしければ、外の皆様を順番に席にご案内し、オーダーをお取り始めようと思うのですが、いかがでございましょう?」
「……い、い、いかがも何もあるか。やれ、ユオン、今すぐにだ」
マルクに代わってアダンが声を張り上げた。
同時にリオもアダンに向かって注意をうながした。
「アダン。君は奥の別室に移動したほうがいい。なにせ君は有名人なんだから。客がびっくりしちゃうよ。ボクもいちゃまずいだろうから、一緒に移動するよ」
「あ、ああ、そうか、そうだな。分かった。おっと、この皿とかも持っていくぞ。マルク。何ぼけっとしてるんだ。お前は厨房に入って、料理を作るんだろう!」
「は、は、は、はい!」
こうしてオレ達は慌ただしくその場を撤収し、そして、店の扉が開かれた。