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66. 不採用の理由

 ……なんだって?

 今、リオは何て言った?


 不採用? そう言ったのか?


 オレの頭は、リオが言った言葉をすぐには理解できなかった。


 だってそうだろう?

 あんなにいっぱい考えて、ラヴィにヒント貰って、ようやく思いついたアイデアだったんだ。

 絶対イケると思った。

 なのに……


「……なんで? どうして?

 あ、もしかして味か?

 確かに向こうの世界のマヨネーズの味にはまだまだ及ばないかもしれないが、胡椒とかマスタードとか、なんかその辺は少し工夫すれば……」


 だがリオは、ゆっくりと首を横に振った。


「違うよ、トーヤ。そういう理由じゃないんだ」

「じゃあ何で!」


 意味が分からない。


 なんでダメなんだ。

 なにがダメなんだ。


 こっちの世界には存在しないんだろう?

 アダンもマルクも、さっき美味しいって言ったじゃないか!


「落ち着いて、トーヤ。今説明するから」

「オレは落ち着いている」


 そう言いながらも、オレは自分の声が知らず知らずのうちに荒くなってしまっていることにようやく気付いた。


 ふと見れば、アダンもマルクも黙ってオレを見ている。

 その視線が、逆にオレのいらだちを抑えてくれたようだ。


 一旦目を閉じて、大きく息を吸って、そして吐く。もう一度……


 目を開いたとき、リオと目が合った。

 オレの深呼吸が終わるのを待っていてくれたようだ。


「すまない。もう大丈夫だ。

 で? 教えてくれ。何が悪いんだ」


 リオは一度頷いてから口を開いた。


「火を通さない生の卵を使うというのが主な理由だよ」


 ……は? 生卵がダメ?


 やっぱり意味が分からないよ。

 生の卵を使って何が悪いんだ?

 そんなの普通にあることだろう?


 ……いや、確かにこっちの世界では生卵は見たことは無いかもしれない。

 でもそれは単に食文化の違いによるものだろう?


 それとも、もしかして宗教的な何かがあるのか?

 もしくは、こっちの世界の人はみんな生卵アレルギーでも持っているとか?


 まさかね。


 結局リオが言っていることの意味が、オレには分からない。

 だから、オレは素直に疑問を口にした。


「それのどこが問題なんだ?」

「トーヤは日本人だから、鶏卵を生で食べることにほとんど抵抗がないんだよ。

 でもね、こちらの世界だけじゃない、あちらの世界でだって、それはすごくすごく珍しいことなんだ。

 例えばね、アメリカやヨーロッパに行って、卵かけご飯でも食べたら、きっと周りはドン引きするハズだよ」

「は? ……なんで」


 卵かけご飯ってアレだろう?

 生卵をかき混ぜて、醤油を垂らして、ご飯にぶっかけて食べるやつ。

 そんなの、極々普通のことじゃんか。

 オレは日本にいた頃、特に一人暮らしを始めてから、しょっちゅう食べていたぞ?


「トーヤは、サルモネラ菌って聞いたことある?」

「……なんとなく……名前だけは」

「こちらの世界にも、全く同じではないけれど、似たような菌は存在するよ。

 それらは卵の殻などによく付着していて、卵の中身がそれらに触れてしまったら、たった一日でも致死量に達するほど増殖してしまうことがあるんだ」


 ――なっ! 致死量って……


「日本で生卵が安心して食べられるのは、生産者をはじめ、販売までに関わっている多くの人たちの、鶏卵に対する食の安全意識と衛生管理がしっかりされているからなんだよ」


 あまりにも唖然とする話に、オレは何も言えず、ただただリオを見つめていた。


「つまり、そうでない国においては、卵はしっかりと火を通してから食べるというのが基本であり、鉄則なんだ。

 そして、残念ながらこちらの世界もまた、そこまでの生卵の安全に対する意識と管理体制はできていない」


 さらに、とリオは続けた。


「マルク亭は大衆食堂だ。

 客の要望に応じて一回ずつマヨネーズを作るようなことはできないだろうね。

 例えば前日か朝の仕込みの時にでも、ある程度の量を用意しておいて、そのまま夜にまで使い続ける、なんてことをしたら、ほぼ間違いなく食中毒を出してしまうよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。

 マヨネーズは常温での長期保存が可能な食品だと聞いたことがある。

 そうだ。酢や塩に強い殺菌効果があるからって」


 以前にそういう内容のことを聞いたことがある。

 聞いたというか、何か料理系のマンガだったかもしれない。


「うん。確かにそうだね」

「なら……」

「でもね。それは工場で生産されたマヨネーズに限った話なんだよ」

「……え?」

「酢と油と卵を十分に混ぜ合わせることができて、初めてそれが可能になるんだ。

 とてもじゃないけど、人の手で、手作りで作られたマヨネーズに、そこまでの殺菌効果は期待できないんだ」


 そ、そんな……


 オレは無意識のうちに、先ほど自分で作ったマヨネーズに視線を向けていた。

 自分では結構混ぜたと思っているが、アレでは全然足りないという事なのか。


「……じゃあ」

「うん。残念ながら、この世界で、少なくともマルク亭では、マヨネーズはリスクが高すぎるため、採用することはできないね」


 なんてことだよ……


 オレは項垂れてしまった。

 もう、反論できる余地なんか思いつかない。

 完膚なきまでにノックアウトされた気分だ。


 そこへアダンが口をはさんできた。


「リ、リオ?」

「うん?」

「さ、さっき私たちが食べたのも、その……」

「ああ、これは大丈夫だよ。ボクのほうでちゃんとチェックしたから」


 それを聞いてアダンが胸をなで下ろしていた。


 そうか。さっきマルクに向かって大丈夫と言っていたのは、そういう意味だったのか。


「リオ……」

「何? トーヤ」

「そういうことは、先に教えてくれよ……」


 いや、分かっている。

 リオが悪いんじゃない。リオは何も悪くない。


 悪いのはオレの無知と、オレが確認を怠ったことだ。

 オレが悪かったんだ。

 ちゃんと先に、リオに相談しておけばよかったんだ。


「うん、ゴメン。トーヤがまさかマヨネーズを作るとは思っていなかったし、気付いたときには何か口をはさみにくくなっちゃってさ」

「いや、オレのほうこそ済まない。

 オレが黙っててくれって言ったんだもんな」


 全く、調子に乗って、つけあがって、あげくこの様だ。

 情けないったらありゃしない。


 オレは鶏からの載った皿と、マヨネーズの入ったボールを手に持った。


「とりあえず、このマヨネーズは大丈夫なんだろう?

 なら、皆で店のテーブルで食べてしまおうか。

 この世界ではもう二度と食べれないかもしれない、幻のソースってやつだ。

 ははは……」


 オレは力なく笑いながらも、そう言って厨房を出て、テーブルまで皿とボールを運んだ。

 そして、三人でテーブルを囲み、鶏からにマヨネーズを付けて全て食べてしまった。


 二人とも、「せっかくこんなに美味しいのに……」と残念ながらも旨そうに食べてくれたよ。


 それだけでも、良しとするか。

 本当に、残念だよ。


 でも、残念がってばかりはいられない。

 この手がダメなのだとしたら、次の手を何か考えないと……


 やっぱり、オレには料理関係は無理があるなぁ……


 そう思っていた時、アダンが顔を上げて、オレ達に向かって言ってきた。


「なんか、外が騒がしくないか?」

「そう言われてみれば……」


 アダンがそう言いながら店の外のほうに視線を向け、それにマルクも続いた。

 確かに、なんかガヤガヤと騒がしくなってきたような気がする。


 オレはリオに確認してみた。たぶん、リオなら外の様子も分かるだろうから。


「リオ? 分かるか?」

「ん? ああ、三人が来たみたいだね。

 ……ほお、これはこれは」


 リオがそう感嘆の声を上げた。


 うん? ファム達が来たのか? でも、どうしたんだ?


 オレは続けてリオにそう聞こうとしたのだが、そこへ、店のドアが開き、三人が店内に入ってきた。


「お待たせしました」


 ユオンの声だ。


 その声に応じて、リオも含めて店の中にいたオレ達四人は視線をそちらに向けた。


「えっ!?」

「おお!!」


 マルクとアダンがそれぞれに声を上げた。


 だがオレは、声すら出せなかった。

 何も言えず、ただ目を大きく見開いて、彼女たちを凝視していた。


 だってそこには、三人の天使達がいたんだ。


いつも読んでいただき、ありがとうございます。


次回「67. 天使降臨」 トーヤが……壊れる!?

どうぞお見逃しなく~


引き続きどうぞよろしくお願いします。

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