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64. ユオンの接客指導

「……何処から入ってきた?」


 オレがそう尋ねると、ユオンはにっこりと笑い、右手で部屋とは逆の方向・・・・・・・・、つまり外の方を指した。


 おいおい、マジですか? ここ三階だぞ?


「それって、メイドのやることかよ……」

「これも、メイドのたしなみの一つでございます」


 いけしゃあしゃあとユオンは笑顔でそう言った。


 ――うそつけ!


「ラヴィも気付かなかったのか?」

「はい。ファムに気を取られていたとはいえ、全然」


 流石、元B級ハンターといったところなんだろうか?


 でも……


『リオ。お前は気付いていたんだろう?

 なんで教えてくれなかった?』

『え? 別に危険があるわけじゃないし。……面白そうだから?』


 ……そうだった。リオはそういうやつだった。


 確か以前にも……そうだ、セイラが盗み聞きしていた時もだったな。

 ったく。オレの心臓に悪いんだよ。


「まあいい。

 とにかく、歓迎するよ。しばらくの間、頼むな。

 部屋はこっちを」


 オレはファムとラヴィの部屋のほうを指して言った。


「はい。かしこまりました。

 こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」


 そう言ってユオンは深々と頭を下げた。


 なんとなくなんだけど、ユオンの正体というか、素顔を知ってしまった後だから、違和感のようなものを感じてしまうな。これが、彼女の仕事のスタイルなんだろうけど。


「それで、本日のこれからの予定なのですが」

「ああ、ファムはご覧の通り、疲れて寝ちゃったから、明日にでも……」


 オレは先程言ったことを繰り返そうとしたのだが、それをユオンはさりげなく遮るように言葉をかぶせてきた。


「でしたら、ちょうど良いのかもしれません。

 お二人を同時に御指導させていただくというのは、少々難しいかもしれないと考えておりました。なので、今夜のうちにラヴィ様を、そして明日の朝はファム様を御指導させていただこうかと思います」

「……え? 今から? アタシだけ?」


 なるほど、それもそうかもしれないな。


 戸惑っているラヴィに向かって、オレは優しく微笑みながら言ってあげた。


「だそうだよ、ラヴィ。がんばってくれ。

 オレは先に休ませてもらうから」


 そして部屋に向かおうと一歩足を踏み出した時、オレの右腕にユオンの右腕がすっと絡んできた。


 うん? なんだ?


「トーヤ様? どちらへ行かれるのですか?」

「……え?」

「客役が必要です。どうぞイスにお座りください」


 え? え? えぇぇぇええええ!?


 結論から言えば、ユオンの御指導・・・はかなり厳しかった。


 口調は丁寧だよ? もちろん体罰などの暴力的な要素も無いよ?

 けれど、厳しかった。


 挨拶のためのお辞儀の仕方から、足運び、姿勢、トレイの持ち方、皿の出し方などなど。


 余計な音は立てないように、されど全ての動作がスムーズに、かつ優雅に行えるよう、決して妥協は許さず、及第点を取れるまで、ラヴィは何度も何度も反復練習をさせられていた。


 大衆食堂の接客にそこまで必要か?

 とは思ったが、ちょっと言えない雰囲気だったよ。


 ゴメンよ、ラヴィ。まさかこんな大変なことになるとは思ってなかったんだよ。

 ファムにも先に謝っておこう。ゴメン、ファム。


 二人とも、恨むならどうかアダンを好きなだけ恨んでやってくれ。

 だって、あのおっさんが、話の発端なんだから。


◇ ◇ ◇


 朝、ユオンも含め四人で朝食を済ませた後、ファムに今日の予定の事を説明した。

 バスカルの店へメイド服を取りに行き、その後マルク亭でウエイトレスをしてもらう件だ。そのために、これから接客についてユオンに指導してもらうことも。


 オレが説明をしている間、ファムは口をはさまずに聞いてくれていたが、途中からはジト目に変わっていたことが、なんとなく彼女の言いたいことを物語っている気がしたのは気のせいかな?


「そのバスカルって人が作っている服って、どんなやつなの?」


 オレの説明がひと段落した後のファムの第一声がそれだった。


「それは、実はよくわからない」

「……は?」


 ファムが、すっごく怪訝けげんそうに眉をひそめた。


「いや実は、バスカルが書いたデザイン画は一応見たんだが、オレは服に関してはド素人だからな。完成形はよく分からなかったんだ」

「……そんなのに金貨十枚以上も?」


 あ、やばい。また金銭感覚がおかしいと思われるかも。


「……ああ」

「あきれた」

「いや大丈夫だって。ファムも見たろ? あの店に飾ってあったメイド服を。

 ファムもラヴィも可愛いって言ってたじゃんか。

 あれを作ったのはバスカルなんだ。

 その彼が新たな境地へ、更なる進化を遂げ、自信をもって世に送り出そうとしている作品なんだよ。

 だから、オレが保証する。

 オレは信じているんだ。彼はきっとやってくれるって。

 絶対、最高に素敵なメイド服になる!」


 オレはファムに向かって必死になって力説していた。


 だって、接客して欲しいことももちろんあるが、何よりファムがメイド服を着た姿だって見てみたいじゃん?


 ファム、ラヴィ、ユオンの美少女獣耳娘メイドバージョンスリーショットだよ?

 このチャンスは絶対逃せないよね?


 そのためとはいえ、ちょっとハードル上げ過ぎたかな? 頼むぞ、バスカル。


「……ワタシは、むしろトーヤが心配よ」


 はい? どういう意味だ?


「なんで初めて会った人間をそこまで信じられるのか。

 トーヤは、詐欺師からしたら実に簡単で美味しそうな獲物に見えるんじゃない?」


 そ、そういう心配か。


 確かにバスカルとは初対面ではある。

 心配してくれるのはありがたいが、でも少なくとも今回は大丈夫だろう。


 ちょっと話をしただけだが、彼のメイド服への情熱は確かだと思うし、それになにより、バスカルはユオンの知り合いでもあるようだしな。


 オレはそう考えながら、ユオンのほうをちらっと見た。


 それに気付いたユオンが、頷いてから一歩前に出て言ってくれた。


「差し出がましいとは存じますが、ファム様、少々よろしいでしょうか?」

「何?」

「ファム様の、その御懸念はごもっともだと思います。

 ですが、バスカル様はわたくしとは古い知り合いでもございます。

 彼は誠実で、正義感の強い男性です。決して嘘偽りで塗り固めるようなことは致しません。その点はわたくしも信用しております。

 その彼がやると、あれだけ自信を持って断言したのです。

 おそらく……いえ、きっとトーヤ様や皆さまのご期待に十分に応えていただけると思います」


 おお、流石できるメイドは違う。

 グッジョブだ、ユオン!


 ファムがじっとユオンを見つめている。

 当のユオンは、それを難なく受け止めながら、更に言葉を続けた。


「ファム様、こうされてはいかがでしょうか。

 先程トーヤ様がご説明された通り、後ほどファム様、ラヴィ様、そしてわたくしの三名でバスカル様のところへ服を受け取りに参ります。

 その際、実際に服をご覧になり、もしファム様のお気に召さなければ、今回の話は無かったことに。そのときは、わたくしとラヴィ様の二人だけでマルク亭のウエイトレスを務めさせていただきます」


 このセリフに、ラヴィが「えっ!?」と小さな声を上げたが、ユオンはそれを華麗にスルーして話を続けた。


 うん。ユオンのスルースキルも、なかなか大したものだ。


「逆に、もしお気に召されたのであれば、それを着て、わたくし共と一緒にウエイトレスをされるということでいかがでしょうか?

 トーヤ様も、それでよろしいでしょうか?」


 それを聞いて、ラヴィが「アタシには選択の自由は無いんだ……」とつぶやいていたことにちょっと苦笑しつつ、オレは頷いて答えた。


「ああ、分かった。それでいい」


 大丈夫。きっと気に入ってくれるハズだ。オレはそう信じている。


 ……ホント、頼むぞ、バスカル。


 ユオンはオレの答えを聞いて頷くと、ファムのほうに視線を戻した。


「ファム様もよろしいですか?」

「……分かったわ」 


 そうして、ユオンの指導が開始された。

 昨夜同様、やはりユオンの指導は厳しかったよ。


 だけど、だからこそ、改めて感心した。ファムもラヴィもすごいなって。


 昨夜のラヴィもそうだが、二人とも弱音を吐くとか、果ては逆切れするとか、そういうことは一切無い。

 何度も指摘を受け、何度やり直しをさせられても、一生懸命にこなそうとしている。


 ホント、二人ともすごいよ。


 しばらく指導に付き合っていたが、その後は客役をラヴィに任せ、バスカルに払う金貨をファムに預けてから、オレとリオは宿を後にしてマルク亭に向かった。


 三人のウエイトレスの話もあるが、もう一つ、昨日ラヴィと話していて思いついたソースを早く試してみたい。


 うまくいけば、これがマルク亭のもう一つの新たな秘密兵器になるかもしれない。


いつも読んでいただき、ありがとうございます。


これでようやく仕込みが済んだといったところでしょうか(笑

さあ、いよいよ第三章も佳境(?)へと突入していきますよ~

楽しんでいただければ嬉しいのですが(ドキドキ


次回「65. 三つ目のアイデア」

どうぞお見逃しなく~


引き続きどうぞよろしくお願いします。

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