63. ラヴィからのヒント
オレとラヴィは宿に戻り、そしてファム達が帰って来るのを待ちながら、二人でお酒を飲むことになった。
ラヴィにどうしてもとせがまれてしまったんだ。
そういえば今朝も言っていたな。ファムがすごく羨ましかったって。
なら、寝たふりなんか続けていないで、さっさと参加すれば良かったのにね。
ベランダでイスに座りながら待っていると、ラヴィが酒瓶などを持って部屋から出てきた。
彼女がご機嫌な顔で持ってきたのは、やはり昨日ファムと飲んでいたリンゴのお酒だった。まだ瓶の中には三分の一くらいは残っているようだ。
「えへへへ」
「なんか、えらくご機嫌だな、ラヴィ」
ラヴィがにやにやしながら、二つのグラスにお酒を注いでいく。
顔もにやけているが、ウサ耳もなんだか嬉しそうに揺れている。
……もしかして、そんなにオレと二人で飲みたかったという事なんだろうか。
「もちろんですよ」
そうラヴィは笑顔で答えた。
ほう。そうか、そうか。ふふ、ふふふ……
だが、もちろんオレのポーカーフェイススキルは鉄壁だ。そんな内心は表に出さず、ラヴィがお酒を注ぐところを穏やかな顔して見ていたよ。
「もう、ホント。このお酒、飲んでみたかったんですよ」
……え? あれ? そっち?
いやいや、もちろん分かっていたさ。うん。そうだよねぇ。
このお酒、ホント美味しいもんね。そうだよね……ちぇっ
「ん? なんか言いました?」
「いや、なんでもないよ」
やばい、やばい。何か声に出してしまっていたか?
「そうですか。じゃあ、はい、乾杯」
「ああ、乾杯」
ラヴィが美味しそうに飲むのを見ながら、オレも少し口に含んだ。
うん。やっぱ飲みやすいね、これ。
ちなみに、ラヴィが用意してくれたつまみは、ルドルの豆を炒ったものだそうだ。
一階の食堂で一皿購入してきてくれたらしい。
ルドルの豆というのは、ヒヨコ豆を少し大きくしたような形で、ちょっとカリカリした食感がするような豆だ。これは、この世界特有のものだと思う。少なくとも、オレはあちらの世界では食べたことないし、見たことすらない……と思う。
味は結構あっさりしている。脂っこいものを沢山食べた後だからな。
確かにこういうものがいいのかもしれない。
リンゴのお酒とルドルの豆を適当に口にしながら、オレ達は他愛のない話をしていた。
ラヴィは、向こうの世界でのオレの生活などにえらく興味があるようで、いろいろと質問を繰り返していた。
オレの家族についてとか、小さいころにしていた遊びとか、仲のいい友達についてとか。
学校についての話にもかなり喰い付いてきたな。こちらの世界にも読み書きや簡単な計算を教えてくれる学校のような場は一応あるらしい。だが、それは王都のような人が多い都市しかなく、さらに人族専用で、獣人はダメなんだそうだ。
ちなみにラヴィとファムの二人は、孤児院で大人たちから読み書きは教わったそうだ。
向こうの世界では、特にオレがいた国では、一定の年齢までの子は全て教育を受けるのが義務なんだといったら、目を丸くしていたよ。
その他にも色々と聞かれて答えたが、初恋はいつ頃でどんな子ですかという質問に関しては、もちろん却下した。
「ルドルの豆、もうなくなっちゃいましたね。
追加します?」
「いや、オレはもういいよ。ラヴィは?」
「アタシも、もう食べるのはいらないですかね」
「流石にラヴィでももう入らないか」
オレはちょっとからかうかのように笑いながらそう言った。
「ええ、流石のアタシでももう無理ですよ」
いやいや。流石ラヴィだよ。
オレの言葉にわずかに含まれていたからかいの成分には気付かなかったか、真顔でそう返してきた。
「マルク亭で散々食べたからな」
「揚げ物は、美味しかったんですけどね。
揚げ物ばかりというのは、ちょっと……
せめて、何か揚げ物にかけるソースでも欲しかったですねぇ」
「なるほど。ソースか」
確かにそういうのがあればよかったかもしれない。
そういえば、昼間食べた肉には二種類のソースがあったな。
でも、マルク亭の存亡を救うという課題に関して言えば、既存のソースを使ったところで、あまり意味はないのかも。
だって、それは誰にでもマネができてしまうということだから。
もしするならば、この世界にはまだ無い、新たなソースを開発するなり、もしくはあちらの世界のソースを導入するとかしなければいけないだろうな。
例えば、何だろう……
まず日本では、ソースの類と言えば、醤油かな。
確かにこちらの世界では見たことはないし、もし醤油があれば、天ぷらはもちろん、他にも応用が効くかもしれないが……
「なあ、ラヴィ。こちらの世界に醤油ってあるか?」
「ショーユ、ですか? 聞いたことないですが、どんなものです?」
「大豆から作られたソース、かな」
「大豆……アタシは知らないですねぇ」
「そうか」
じゃあ、醤油をこちらの世界で独自に作る?
いやいやいや。そりゃ無理だな。少なくともオレは作り方を知らないよ。
つまり、こちらの世界にはまだ無くて、かつオレが作り方を知っている、そんなソース?
ハードル高すぎだろう……
オレはグラスに入っていたリンゴの酒を一気に飲み干した。
空になったグラスをテーブルに置くと、ラヴィが再び注いでくれた。
オレはそれを眺めながら続きを考えていた。
その他に、揚げ物に使われるソースって何があったっけ?
ウスターソースやケチャップ?
ウスターソースなんか絶対無理。材料すら知らないよ。
ケチャップはトマトからというのは分かる。
でも、トマトからどうやって作るんだ?
潰してかき混ぜればいいのか?
いや、そんな簡単なものだったら、もうこちらの世界にもあるだろうし、もし無くても簡単に真似できちゃうだろう。
「うーん、ダメだな……」
「ダメですか」
「こっちの世界には未だ無くって、でもオレが作り方を知っていて、そして簡単には真似のできない、そんな都合のいいものなんて……」
その時、ふと揚げ物に合うソースを一つ思いついた。
……そう言えば、アレはどうだ?
それは、ソースというか、むしろドレッシングと言った方が正解かもしれない。
こっちの世界ではまだ見ていないものだが、日本では普通の家庭にもあるごく一般的なものだ。
そうだ。もしアレがあれば、さらにもう一段階ちょっと別のソースを作ることもできる。
そしてそれは揚げ物には結構定番ともいえるソースだ。
少なくともオレはそう思ってる。
……でも。天ぷらには、ちょっとどうかとは思うがな。
そして何より、アレは、材料さえあればオレでも作れる。
以前一人暮らしを始めた頃、ドレッシング特集をしていた料理雑誌をコンビニで見かけて、たまたま気が向いて、その雑誌を買って家で試したことがあるんだ。
あの時は、わりと上手くできたと思う。
材料だって、ごくありふれたものばかりだ。
だけど、見た目だけでは、たぶん材料は分からないんじゃないだろうか。
材料が分からなければ、簡単に真似もできないだろう。
そして、もしこっちの世界にまだ無いならば……
もしかしたら、イケるかもしれない?
オレはそのソースの存在をラヴィに確認してみようと、彼女に声を掛けようとしたその時、一瞬早く彼女のほうが言葉を口にした。
「あ、ファムが帰ってきたみたいです」
その言葉と同時に、部屋のドアが開き、ファムの姿が見えた。
「ただいま……」
「おかえり、ファム。遅かったね」
ファムがベランダまで来たが、なんかその足取りがふらふらしていないか?
「……何しているの?」
「何って、見ての通り二人でお酒飲んでたんだよ。
ファムのほうこそ……」
ラヴィの言葉はそれ以上は続かなかった。
その気持ちは分かる。
ファムのその姿を見たら。
オレとラヴィは一度視線を合わせ、再びファムを見た。
ファムは、あきらかに疲れている。壁に寄りかかっていて、今にも座り込んでしまいそうだ。
どうしたんだ? クロと何かあったのか?
いや、でも、リオからは何も言って来なかったし。
そういえば、リオは? また屋根の上か?
「……ね、ファム。一体何があったの?」
「別に。でも、疲れたから先に休むわね」
「え、ええ。
あ、何か手伝おうか?」
「いい。……ごゆっくり」
そう言ってファムは部屋の中に戻り、ベッドに倒れ込むようにして突っ伏してしまった。
ラヴィが心配してファムの傍に行ったが、すぐに戻ってきた。
「もう寝ちゃったみたいです。かなり疲れていたんですね。
一体何があったんでしょう?」
オレは、その説明をしてくれそうな相手に念話することにした。
『リオ?』
『あ、トーヤ? ただいま』
『今何処にいる? 屋根の上か?』
『うん。そうだよ』
『リオちゃん。一体何があったんですか?
ファム、かなり疲れていたみたいで、もう寝ちゃいました』
『クロにかなりしごかれたからね。無理もないよ』
は? しごかれた? クロに?
『ど、ど、どういうことですか?
ファムが何かクロさんに粗相でもしたんですか?』
『落ち着いてラヴィ。そんなんじゃないよ。
ファムから言い出したんだ。手合わせをして欲しいって』
なんと! なんつーチャレンジャー魂だよ。
昨日まであんなに怯えていた相手に。獣人の中の獣人とまで言っていた相手に。
挑んだというのか!
もしかしたら、だけど。
狼人族を自分なりに受け入れるための、それが近道なのだとファムは考えたのかもしれない。
クロも、そんなファムの気持ちを察して受けてくれたのかもしれない。
そう思うと、無茶だ無謀だと、ファムに向かって言うことはできないな。
だってそこには、彼女の精一杯の気持ちが詰め込まれているのだろうから。
「まあ、ゆっくり寝かせてやろう」
「そうですね」
「では、明日からの接客についての御指導はいかがいたしましょう?」
「それは、明日朝にファムが起きて……から……でも……」
オレはそう言いながら、とてつもない違和感を感じた。
え? 今言ったの、誰? ラヴィじゃ、無い、よね?
オレとラヴィは一度目を合わせ、それから後を振り返った。
そこには、いつの間にかユオンが立っていた。
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