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62. ユオンの素顔

『……そうか、分かった。じゃあ、そっちは任せるよ。

 オレ達は先に宿に戻っているから』

『うん。じゃあ、また後でね』


 オレは、リオとの念話を終了させて、ラヴィとユオンの方に向き直った。


「ユオン。どうやらアダンは酔いつぶれたらしい。

 先程、護衛達に連れられて帰ったそうだよ」

「まあ、そうですか」


 ユオンが右手の指を口に当てながら、少し驚いたように目を大きくした。


「主がそこまでお酒を召し上がることは少々珍しいですね。トーヤ様やリオ様にお会いできたことがよほど嬉しかったのだと思います。そして、リオ様との懐かしい昔話に盛り上がったのでしょう。教えていただき、ありがとうございます」


 そう言って、ユオンが丁寧に、オレに向かって頭を下げた。

 それを見ながら、ラヴィが口を開いた。


「それで、トーヤさん。ファムの方は?」

「ああ、それなんだが、どうやらクロとまだ話が終わらないそうなんだ」

「え? そうなんですか」

「リオはそう言っていたよ。だから、先に宿に戻っていてくれって」

「……大丈夫……なんでしょうか?」


 うん。その心配は分からないでもない。

 オレだって、大丈夫だとは思っていても、やはりどうしたって少しは心配してしまうものだから。


 オレは、ラヴィの頭をポンポンと軽く叩いてやりたい衝動を抑えるために、右手を強く握ったり開いたりしながら、ラヴィに向かって言葉を返した。


「リオが付いているから大丈夫だろう。

 何かあれば知らせてくれると思う」

「そう……ですよね」


 ラヴィがマルク亭の方に視線を向けながら、つぶやくようにそう言った。

 もちろんここからマルク亭が見えるわけじゃない。

 そんなことは分かっていても、やはりそうしてしまうという気持ちは分かる。


 だが今は、うまくいくことを信じて待つしかないだろう。


「とりあえず、オレ達は宿に戻っていようか」

「……はい。分かりました」

「では、わたくしはここで一旦失礼させていただき、後ほど、宿の方にうかがわせていただきます」

「……ん?」


 どういう意味だ? 帰るのではないのか?


 オレと同じ疑問を持ったのか、尋ねたのはラヴィだった。


「ユオン? あれ? 後で来るの?」

「はい。主よりトーヤ様達に付くよう命を受けておりますし、明日からの接客についても、まだまだ御指導させていただく点もございますので」


 そう言えば、確かにアダンはそんなことを言っていたっけ。

 そうそう。好きにしていいとか何とか、とんでもないことを口にしていたんだ。

 ってことは、しばらくユオンはオレ達と一緒に宿に泊まるということか?


 ほら、やっぱり二部屋取っておいて正解だったじゃないか。

 ……結果論だけど。


「分かった。済まないが、世話になるよ」

「かしこまりました。お任せください」

「そうすると、寝るところが問題ですね」


 ラヴィが腕組みをして、何故だか真剣に悩む素振りをし始めた。


 何が問題なんだ?

 女三人で寝るには十分な広さの部屋だろうに。


 もしかして、自分の寝相の悪さでユオンを蹴り飛ばさないかを心配しているのか?

 そこまでは知らんぞ。ははは。


「アタシ達のほうのベッドは、ファムとユオンで使ってもらうとして、アタシはトーヤさんの方の部屋のベッドですかね」


 ……はい?


「……オレは何処で寝ろと?」

「あれ? トーヤさん、今朝言ってませんでしたっけ? 別に一緒でも構わないって。もちろん、アタシも一緒で構いませんよ?」


 ラヴィが少しにやにやして、オレを見ながらそう言った。


 そのセリフを聞いて、そしてそのセリフを言うラヴィの表情を見て、オレは直観的に確信したよ。

 こいつラヴィはオレをからかっている。

 間違いない!


 ……ふっ……ふっふっふ。そうか、そういうことか。

 そうと分かれば、いつまでもやられっぱなしのオレじゃないぞ?

 反撃してやる!


「ラヴィ?」

「なんです?」

「前から思っていたんだが……」

「はい?」

「もしかして、欲求不満か?」

「――なっ!」


 ラヴィが顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。

 あまりのことで、うまく言いたいことが言葉にできないようだ。


 ――よし! どうだ!


 これくらいの意趣返しは許されるだろう? ふっふっふ!


 あ、ユオンに視線を外されてしまった。

 あれ? もしかして、こっちがやばいか?

 ちょ、ちょっとだけ、紳士にあるまじきことを言ってしまったかな?


 オレがそう思っているところに、ラヴィがとんでもない爆弾を炸裂してくれた。


「バカなこと言わないでください!

 アタシはまだぴっちぴちの生娘なんですからね!」


 ――なっ! バカッ! なんてことを往来で、しかも大声で口にするんだ!


 オレは慌ててラヴィの口を手で塞いで、周囲に視線を巡らせた。

 幸いにも周りにはあまり人はいなかったので、なんとかセーフみたいだ。


 だがユオンは、頬を真っ赤にして、すっかり顔を俯かせてしまったようだ。

 さすがの元B級ハンターで、デキるメイドでも、どうやらこういう話題は苦手らしい。


 悪かったかな……と思う反面、こういう姿がなんか可愛いよなとも思ってしまうオレがいる。


 だって! だって!

 イヌ耳がピクピクってしてて、くうぅぅ、可愛いったらない!


 こ、ここで写真を撮ったら……やっぱ怒られるよね?

 あれ? でも、好きにしていいんだっけ?


 いやいやいや。好きにっていうのは、そういう意味じゃないだろう。


 オレがユオンを見ながらそんなことを考えていた時、ふいにオレの右手に痛みが走った。


 ――っ!?


 見ると、ラヴィがオレを見上げながら、オレの右手を噛んでいた。


「おまっ! 何を……」

「トーヤさんが悪いんですよ。可憐な乙女の口を塞ぐなんて!」

「……可憐な乙女は、あんなセリフを口にしないだろう! 噛みつきもしない!」


 言ってから思った。なんか、デジャヴ?


 つい最近も、似たようなやりとりをしたような気がする……


 その時、隣から押し殺したような笑い声が聞こえてきた。


「クッ……ククク……」


 顔を赤くして俯いているユオンからだ。


 ん? あれ? ユオン……さん・・


「もうダメ! あーははは。もうヤダ、おかしい!」


 ユオンが顔を上げて、お腹を抱えながら高らかに笑い始めた。


 あれれ? ユオンが……壊れた?


「ユ、ユオン?」

「あははは。もう限界。もう無理。せっかく完璧なメイドを演じていたのに。あなた達、おかしすぎよ。あは、あははは……」


 え、演じて……いた?

 え? えぇぇぇえええ?


 確かにユオンの雰囲気が、今までとがらりと変わった。


 い、今までのは、演技だったというのか!? マジか!


 じゃあ、もしかして、恥じらって顔を赤くしていたのではなく、笑いをこらえて顔を赤くしていたというのか!


「あー、おかしい」


 そう言って、ユオンは右手の指で目の辺りを拭っていた。

 どうやら笑い過ぎて、涙が出ていたようだ。


 ……そんなにおかしかったんだろうか?


「それが、ユオン。君の正体?」


 なんか、自分でもヘンなこと聞いている気がするけど、他に言い様がないもんな。


「やーね。正体だなんて大げさな。これは、ただの素顔よ。っていうか、ただ仕事用の仮面をかぶっていただけよ」

「……アダンは知っているのか?」

「ん? 主? もちろん知っているわよ。……覚えていれば、だけどね。確か、初めて会った時は普通に接していたもの。けど、主の下でメイドをするようになって数年、ずっと仕事用の仮面を付けていたからなぁ。あははは。主も忘れていたりして」


 そう言ってユオンは悪戯っぽく舌をちょっと出して、ウインクした。


 ……こ、これはこれで、グッと来るものがあるな。

 言ってみれば、イヌ耳娘メイドの小悪魔風バージョン?

 

「じゃあ、とりあえず一旦帰るわね。着替えとか用意してから、宿に行くから。あ、それと、次来た時はちゃんと主のメイドとして、仕事用の仮面を付けてくるから、よろしくね」


 そう言って、ユオンが再びウインク!

 しかも、それがかなり様になっている。


 オレもラヴィも、なんとなくあっけに取られて、ユオンが立ち去るのをただ黙って見送っていた。


 少し時間を置いてから、ラヴィがぽつりとつぶやいた。


「……なんか、騙されました」


 うん。オレもだよ。


いつも読んでいただき、ありがとうございます。

引き続きどうぞよろしくお願いします。

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