61. 商談成立
バスカルは、オレのスマホに入っていたメイド画像を血走ったような目で全て見終わると、おもむろに近くにあった紙に何かを描き始めた。
いろいろなメイド画像を見たからな。
それで何かインスピレーションが湧いたのだと思う。
ぶつぶつ言いながら、たぶんデザイン画でも描いているのだと思うが、ちらっと見た限りだと、ド素人のオレにはただの落書きにしか見えん。
邪魔をしてはいけないと思い、オレ達は店の中で静かに待つことにした。
といっても、服屋の店の中なんて、服くらいしかないからな。
最初のうちはラヴィとユオンに付き合っていろいろと服を見て回っていたのだが、オレはすぐに飽きてしまい、イスに座らせてもらってのんびり待つことにした。
以前日本にいた頃、何かの雑誌で、彼女の服選びに最後まで付き合えるのが男の甲斐性だ、みたいな記事を見た覚えがあるが、オレには到底無理だと実感したよ。
だからダメなんだよ、とリオにぼやかれそうだ。
ラヴィとユオンは、まだ楽しそうに次々と服を見て回っている。
オレと違って飽きてしまわないところが、やはり女の子なんだな、と思うよ。
それを横目で見ながら、オレは他のアイデアを考えようと思った。
三人の獣耳娘メイドによる客寄せがうまくいったとして、それだけでいいかというと、たぶん、それだけではダメだろう。
なにせ、マネされたらそれまでだ。
この三人ほどのハイクオリティな少女を揃えるのは難しいとは思うが、ある程度のルックスの少女を揃えて、メイド服を着せて接客させられたら、たちまち客を持っていかれるかもしれない。
何か他に、簡単にはマネのできない特徴が欲しい。
だが、オレには料理関係の知識なんてほとんどない。
母さんみたいなことは無理だ。
じゃあ、どうする。うーん……
オレが悩んで天井を見上げた時、バスカルから大声が上がった。
「……できた。できたわ!」
――お!
バスカルが紙を両手で持ち、嬉しそうに顔をほころばせている。
「できたのか。思ったより早かったな」
オレはてっきり、このままあと一時間くらいは自分の世界から帰ってこないかと思っていたよ。
「今、あたしにはメイドの神様が降りたのよ!」
「へ、へえー……」
メイドの神様?
ちょっとオレには意味不明なことを言ってくれているが、それはスルーしておこうと思う。うん。そうしよう。
ともかく、そう言ってバスカルは描いた紙をオレ達に見せてくれたのだが、やはりオレには子供の落書きにしか見えなかったよ。
デザイン画……なんだよね、これ。
とりあえず、そう思って話を進めておこう。
「それで、そのデザインで、この子達の服を作ってもらえるか?」
「もちろんよ。任せて。数日あれば……」
「そこをもう少し早くできないか?」
無茶を言っているのは分かっている。
でも、そんなゆっくりとはしてられないんだ。
「……いつまでに欲しいの?」
「できるだけ早く。可能なら明日すぐにでも」
「無茶を言ってくれるわね」
「さらに無茶を言わせてもらえれば、この二人の分だけじゃない。もう一人いる。三人分だ」
「三……人分……」
「金に糸目は付けない。たとえ一着が金貨十枚だろうが二十枚だろうが、即金で払う。そのデザインで、貴方が考えうる最高のメイド服を仕立ててくれ」
バスカルがオレをじぃっと見ている。
オレも視線を反らさず、バスカルを見据える。
しばらくして、バスカルが口を開いた。
「一着金貨三枚。それに急ぎの特別料金でプラス金貨一枚。どう?」
「全部で金貨十二枚だな。それで明日までにできるのか?」
「明日の……そうね、昼の三刻までに」
昼の三刻って……ちょうど正午くらいか。
ならOKだ。
「商談成立だな。それで頼む。じゃあ採寸を……」
「必要ないわ」
――え?
バスカルはそういうと、紙をテーブルに置いて、二人の方に向き直って言った。
「ユオンは、見たところ以前とサイズ変わってないわね」
「はい。そのはずです」
「もう一人の子も……ラヴィちゃんだったかしら? ちょっとそこに立って」
「はーい。これでいいですか?」
ラヴィが言われた通りに立つと、続けてバスカルが指示を出した。
「そこで両手を横に広げて……いいわ、そのまま横を向いて。……はい、もういいわよ」
そう言ってバスカルは何かメモを取った。
もしかして、それだけで女の子のサイズが分かっちゃうんですか?
そのスキル、ぜひ伝授してもらいたい……なんてね。
別に思ってないよ? ホントだよ?
「問題はもう一人の子ね。サイズが分からないと作りようがないわ」
オレはダメ元で、スマホに入っているファムの写真を見せてみることにした。
以前ラカの町にいたときにデジカメで撮ったやつを、バックアップを兼ねてスマホにコピーしておいたんだ。
「この子なんだが、これでだいたいのサイズでも分からないか?」
「横にいるのは、こちらのラヴィちゃんね。……うん、これなら大丈夫。だいたい分かったわ」
おいおい。ホントかよ。
自分で振っといてなんだが、ホントに写真に写っていたラヴィとの比較でファムのサイズまで分かったというのか?
まるでイタリア・ナポリに渡り、伝説の仕立て職人の弟子になった某日本人のようじゃないか。
「明日、昼の三刻にその子も含めて三人で受け取りに来て頂戴。その時に細かい微調整をするから」
「了解だ。金も全額その時に持ってくるよ」
「そうと決まれば早速作業に入るわ。今日はもう店じまいよ」
そうしてオレ達は、早々に店を追い出されてしまった。
さて、これからどうするか?
マルク亭に戻るか? ファムとクロはどうなっただろう。
アダン達はまだ店にいるのだろうか。
そう思ってリオに念話で連絡を取ろうと思った時、ラヴィが口を開いた。
「ユオンって、バスカルさんと知り合いだったんだね。もしかして、メイド服とか、この店で購入しているの?」
それに対して、ユオンはちょっとした爆弾を投下してくれたんだ。
「はい、それもあるのですが、彼とは以前、何度かパーティを組んだこともございましたので」
「……はい?」
パーティを……組んだ?
え? え? それって、もしかして……
「もしかして、二人はハンターだったのか?」
「はい。恥ずかしながら、その昔、ハンターの末席に名を連ねていたこともございました」
――なんと!
バスカルのほうはあの体格だ。たしかに服を作るより戦闘向きな気もする。
だが、ユオンはメイド服が良く似合う、こんな華奢そうな体格だというのに……
「ちなみに、級は何だったの?」
ラヴィが興味津々と言った感じでユオンに尋ねた。
「彼もわたくしも、シルバーでした」
――シ、シルバー!
それって、B級じゃないか。オレより上だよ。
全然末席じゃないじゃんか!
ホント見かけによらず、二人とも凄腕だったという事か。
ユオンの返答を聞いて、なんかラヴィはうずうずし始めた。
特にウサ耳が左右に揺れ始めている。
――おいおい。まさか。
「ね、ね。ユオン。できれば、ちょっと手合わせお願いできないかな?」
ああ、やっぱり……
「申し訳ございません。わたくしも現役を退いた身。昔ならばいざ知らず、今のわたくしでは、到底お相手できるほどの動きはできません。どうかご容赦ください」
そう言って、ユオンは丁寧に頭を下げた。
「ラヴィ。あまり無茶を言っちゃダメだぞ」
「そうですよね。残念です」
ラヴィの耳が、ホントに残念そうに項垂れてしまった。
その姿がなんかいじらしくて、そして可愛らしくて、オレは頭をなでなでしてやりたい気持ちを必死に我慢していたよ。
……もしやったら、怒られちゃうかな? 嫌がられちゃうかな?
いや、でも、ユオンもいるし、やっぱできないよね?
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます!
本日、本作四件目のレヴューを頂戴いたしました。
ホントに、ホント~~に嬉しいです。
ありがとうございます!
前話の後書きでも似たようなこと書きましたが、最近、こうして皆様から寄せられるレヴューやブクマ登録、感想、それにイラストや評価などなど、その全てが私の 《パワー》 になっていて、モチベーションが滅茶苦茶上がりまくりですよ。
本当に、本当にありがとうございます!
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。