60. バスカルの店
元弟子がいる店の場所をマルク教えてもらい、マルク亭を出ようと扉を開けた時、店の外から声を掛けられた。
「おや? もうお開きかい? 来るのが少し遅かったかな」
「……クロ」
そうだった。
クロにちゃんと来るよう言っといてくれと、リオに頼んでいたんだ。
マルク亭の話があったから、失念してしまっていた。
「いや、料理はまだ残っているんだが、アダンとマルクに頼まれごとをされてね。ちょっと偵察に行ってこようかと思ってたところだったんだ」
「頼まれごと? ああ、この店のことだな」
どうやらクロも、ある程度は事情を知っているということらしい。
まあ、当然かもしれないな。
しかし、どうする?
こっちの話もわりと重要なんだが……
迷っていたオレに、後ろにいたファムが声を掛けてきた。
「トーヤ。すまないけど、ワタシは残ってもいい? 少し、クロと話がしたいの」
オレは振り向いてファムを見た。
昨日とは違い、震えてはいない。
さらにファムはオレと視線を合わせながら、一度頷いた。
大丈夫だから、とその視線が語っているような気がした。
そうだな。それがいいのかもしれない。
だけど、そうなると、できれば……
オレはさりげなく視線をリオに向けた。
リオはちらっとオレの方を見て、すぐに察してくれたようだ。
「……トーヤ。ボクも残っていい? せっかくひさしぶりに会ったんだから、アダンやマルクとも、もう少し昔話をしてみたいんだよ」
流石オレの相棒だよ。
口に出さずとも、オレの言いたいことがちゃんと分かってくれている。
昨夜と今の様子から、ファムのことをそれほど心配しているわけではないが、リオが残ってくれるなら、より安心だ。
「それに、偵察だったら、ラヴィと、ほら、そこにもう一人いるじゃない?」
リオがクロの横にいるイヌ耳娘のメイドに視線を向けた。
「……なるほど、そうだな。というわけで、アダン。ファムとリオが残るが、代わりにユオンを借りて行っていいか?」
「おお、もちろんだ。なんなら、トーヤが王都にいる間はユオンを付けてやる。好きにしていいぞ」
――好きにしていいのか? ホントか、おい!?
思わず心の中で突っ込んでしまったが、もちろんオレのポーカーフェイスはそんな心情を表になんか出さないさ。
「だそうだ。すまないがユオン、少し付き合ってくれるか?」
「はい。主の命です。わたくしにできることであれば、何なりとお申し付けください」
そう言って、ユオンは深々と頭を下げた。
流石は王族に使えるメイドだよな。
完璧な立ち振る舞いだ。
いいよな、やっぱり。
獣耳娘とメイド服って。
後で、写真撮らせてもらえないかな……
好きにしていいってことなんだし、それくらいはきっといいよね?
そんなことを考えて、少し間が空いてしまったようだ。
「……トーヤ様?」
「あ? ああ、すまない。じゃあ、ファム、リオ。また後でな」
そうして、オレとラヴィとユオンの三人はマルク亭を後にした。
マルクが教えてくれた店は二か所だ。どちらも大通りに面した場所のようだ。
つまり、立地条件は完全に負けているわけだ。
アダンも、どうせなら一番良い場所に店を構えてあげればよかっただろうに。
二人を連れながら大通りを少し歩いただけで、その店はすぐに分かったよ。
今は夕食の時間だからか、店の前に行列ができるほど並んでいたからな。
残念ながら、マルク亭とは大違いのようだ。
「トーヤさん。どうします? 店に入ってみますか?」
ラヴィがそう聞いてきたが、正直、オレはもう食欲はほとんどないんだよな。
「うーん。ラヴィは、まだ食べれるのか?」
「えー。流石に揚げ物はもう……。お酒ならまだまだイケますけど」
だよなあ。
ここで、揚げ物だってまだまだいけますよ、なんて言われたら逆に驚いてしまうところだ。
お酒ならってセリフについては、スルーさせてもらおう。
「ユオンは? 夕食はまだか?」
「いいえ、わたくしは先程、済ませてしまいました」
いつの間に……
もしかして、それもデキるメイドのスキルの一つなんだろうか?
ま、それはともかくとしてだ。
「じゃあ、わざわざ入らなくてもいいだろう。味は、まあまあとか言っていたしな」
「では、偵察というのは? どうします?」
「とりあえずここから、店員の動きとか、作業内容とかを見ておいてくれるか? 明日から、ラヴィ、ファム、そしてユオンの三人には、マルク亭で接客をしてもらいたいんだ」
「……え?」
なんか、ラヴィが一歩後退りをしたような。
「頼むよ。まずは客を呼び込みたいんだ。もちろん最後は味やサービスとか居心地とかになると思うけど、それを知ってもらうにしても、客が来ないと話にならないだろう? 美少女三人によるウエイトレスってのは、それだけである程度客を呼び込めると思うんだ。ユオンもいいか?」
「承知いたしました。元よりわたくしはトーヤ様に従うよう主の命がございます。僭越ながら、務めさせていただきます」
ユオンは話が早くて助かる。
「頼むよ、ラヴィ」
「……アタシもファムも、接客なんてしたことないですよ?」
オレは、顎をしゃくって店の様子を見ながらラヴィに簡単な説明をした。
「だいたい分かっていると思うが、基本的には客を席に案内して、注文を取って、料理や飲み物を運ぶって感じだな。後は客に対して愛想良く、笑顔でいてもらうことが大事だ。間違っても暴力はダメだぞ。店の中で暴れるのはご法度だ。それ以外の立ち振る舞いなんかは、ユオンに指導をお願いしたいな。メイドの仕事の先輩として、二人に教えてやってほしい」
「かしこまりました」
ユオンは再び深々と頭を下げてくれた。
それに対してラヴィはまだ渋っているようだ。
「うーん」
「頼むよ、ラヴィ。三人にやってもらうのは、長くても数日程度になると思うんだ。うまくいかなきゃそれまでだし、うまくいくことが確認できたら、正式運用には、ちゃんと他の人を雇ってもらうことになるはずだから」
「……やってみますけど、あまり期待しないでくださいよ」
「ラヴィ達なら大丈夫さ」
腕組みしながら頭をひねっていたラヴィも、ようやく承諾してくれたようだ。
と思ったのだが、まだラヴィは少し不安があるようだ。
「でも……」
今度は何だ?
「アタシ達三人がウエイトレスをするくらいで、そんなに客が集まるでしょうか?」
そんなことか。
オレは、ニヤッと笑って見せた。
「三人のルックスだけでも、かなりいけるとは思うが、さらに後押しするアイデアがあるんだよ」
「あ、そうなんですか。で、それってなんですか?」
「そうだな。偵察はこれくらいでいいか。じゃあ、二人ともちょっと付いてきてくれ」
オレはそう言って、再び二人を連れて歩き出した。
目指すは、昼間に立ち寄ったあの店だ。
歩きながらユオンは接客の際の言葉遣いや注意点など、簡単なところをラヴィに伝えてくれていた。
ラヴィもふんふん言いながら、結構真剣にユオンの話を聞いているようだ。
接客の言葉遣いなんかは、丁寧なのは確かに基本だが、少しくらい地が出てても、逆にそういうところにフレンドリーさを感じて喜ぶ輩もいるしな。乱暴すぎなければ問題ないと思うんだ。
ましてや今回は丁寧さでは完璧なユオンがいる。ファムとラヴィが何か粗相をしてしまったとしても、ちゃんとフォローしてくれるんじゃないかと思っている。
うん。考えれば考えるほど、この三人ならうまくいくんじゃないかと思えてくるよ。さらにプラスアルファであれがあれば……
オレ達は目的の店の前に着いた。
そう、フレンチメイド型の服を飾っていた、あの店だ。
鬼に金棒、獣耳娘にはメイド服。……なんてね。
「ここって」
「そうだ。昼間ちょっと立ち寄った店だよ。中に入るぞ」
「……まさか」
ラヴィのつぶやきは無視させてもらって、オレは店の扉を開いた。
「いらっしゃいませ~」
明るく、でも野太い男の声が聞こえ、オレは反射的に声のする方を向いた。
だが次の瞬間、思わず一歩後退りしてしまった。
だって、そこには、オレより背の高い、大柄でがっしりした体格の厳つい大男が立っていたんだから。
こ、この店の店員? あんな可憐なメイド服を置いている店の?
あ、もしかして、ガードマンとか用心棒のような?
視線を動かし、店の中をざっと見てみるが、他に店員はいないようだ。
とすると、ホントにこの大男がこの店の店員……いや、まさか店長なのか?
オレがちょっと戸惑っていたら、その大男はオレの後ろにいたユオンに声を掛けた。
「あら、ユオンじゃない。どうしたの? 主を変えたの?」
大男がオレをチラッと見ながらそんなことを言った。
あれ? ユオンはこの大男と知り合いだったのか。
っていうか、この男のこの喋り方って。まさか……そうなのか?
「それは御冗談が過ぎます、バスカル様。わたくしの主はアダン様ただお一人です。今は主の命により、主の御子息様でいらっしゃるトーヤ様に従っている次第です」
その言葉にバスカルと呼ばれた大男は大きく目を見開き、オレに視線をゆっくりと向けてきた。
「……え? アダン様の……御子息……様?」
おいおい。それこそ冗談だろう。
まさか、ユオンはアダンのその冗談を本気にしてるのか?
「違うからな。あれはアダンの冗談であって、オレはアダンの息子じゃないから」
「もちろん存じております」
……あ、そうなの? ならいいんだけど。
もしかしてさっきのは、ユオンの冗談だったのか?
「……どっちなのよ!」
「失礼しました。バスカル様の御冗談に、ちょっとした意趣返しをしてしまいました。改めてご紹介させていただきます。こちらはトーヤ様、そしてラヴィ様です。トーヤ様は我が主のご友人であり、主からは、息子のような存在、と伺っております」
「……どういう意味なの?」
「なんでも、トーヤ様の母君は、我が主の長きにわたる想い人だとか」
「へえー……」
バスカルのまじまじといった視線が、何とも居心地が悪いよ。
ちょっと勘弁してほしいかも。
話題を変えよう。
さっさと本題に入ってしまおう。
「ゴ、ゴホン。それはともかくとしてだ。服を探しているんだが」
「そりゃ、こんな服屋に来たんですから、そうでしょうねぇ。で、どんな服がお望みかしら?」
ううう。この見た目や野太い声と話し方のギャップが……
いや、ここは、それに関してはスルーだ。
頑張れ、オレのスルースキル!
「ウェイトレスが着るための服を探している。メイドのようなエプロンドレスがいい。ただし、明るく可愛らしいものを」
一瞬バスカルの目が細められた気がした。
「明るく? メイドの着る服は黒か濃紺のエプロンドレスというのが一般的よ。今ユオンが来ているような、ね。あまり華やかで目立つような服は……」
「華やかで結構、目立って結構。オレが求めているのは機能性だけの地味なメイド服じゃない。女の子たちの魅力を十二分に引き出す可憐さと機能美の両方を追及したメイド服なんだよ」
一拍置いて、オレはバスカルを見上げながら言った。
「この店なら、それが可能だと思って来たんだが、違うか?」
オレがそう言うと、バスカルが腕を組んで、胸を張って、誇らしげに言葉を返してくれた。
「……言ってくれるじゃない。表に飾ってある一品がまさにそれよ。あたしの理想を追求した一品よ」
まさかとは思っていたけど、やはりそうなのか。
あの可憐な服を作ったのは、この厳つい大男だったのかよ。
だが、彼が作った本人だというのなら、話は早い。
「ああ、見せてもらったよ。すばらしい出来だと思う。オレには、貴方の情熱をしっかりと感じたよ」
嘘じゃない。
ここは日本じゃないんだ。
この世界で、誰にも受け入れられないかもしれないものを、あれだけちゃんと仕上げて見せたんだ。
そこに注ぎ込まれた、この人のありったけの情熱はすばらしいと思った。
だが……
「だが、まだまだだ」
「……なんですって」
バスカルの左目がピクピクしている。
言葉に気を付けないと、怒られて、殴りかかって来られそうだ。
この体格の大男に本気で殴られたら、ただじゃ済まないだろうなあ。
今はリオがいない。身体強化の魔法をかけてもらえないんだ。
ラヴィがいるから大事にはならないかもしれないが、言葉選びはちょっと慎重に行こう。
「勘違いするなよ。貴方なら、まだまだ上に行けるはずだとオレは思っている。そのために、必要なことを、オレは貴方に提供できるかもしれない」
「……何よ、その必要なことって」
オレはバスカルに向かってニヤリと笑ってやった。
「こことは違う、とある場所で、芸術にまで高められたメイド服というのを見てみたくないか?」
「……何よそれ。どういう意味よ」
「見せてやろう」
オレは、ポケットの中からスマホを取り出した。
「さあ、見てみろ。ここに貴方が目指す頂が、そう、理想が詰まっている」
オレは、スマホを操作し、その中に納められている、日本の某所で撮影したメイド風の女性の写真を次々にバスカルに見せてやった。
全部で何枚あるかって?
百枚ずつ納められたフォルダーが六つほどだ。
ささやかなものだろう?
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