58. マルク亭の料理
立ち直ったアダンが店の扉を開けながらオレ達に向かって言った。
「さぁ、中に入れ。詳しい話はメシ食いながらだ」
まわりにいたはずの武装した男達も、いつのまにか姿が見えなくなってしまっている。やはりリオの言う通り、アダンの護衛だったということだろう。
ユオンが一礼をして、オレ達から離れてしまった。
彼女は同席しないということなんだろうか?
「じゃあ、ボクは屋根の上にでもいるから」
「ん? なんでだ。リオも来い」
リオがオレの肩から飛び立とうと羽を広げたが、それをアダンが止めた。
「大衆食堂に小動物がいたらマズいでしょ? 店の人に迷惑だよ。いくらアダンでもそれくらい知っているでしょ?」
「あいかわらず口の悪い奴だな、このやろう。だが、大丈夫だ。問題ない」
いや、アダンはそれでいいかもしれないが、店の人が嫌がるんじゃないか?
アダンの身分を考えたら、それを面と向かっては言えないだけで。
ちなみに、オレはもうこのおっさんを王族だとか身分の高い人だとか、そういう敬う対象に見れなくなっているけどね。
オレにとってはもう、ちょっと気安いただのおっさん、だな。
そこへ、店の中からオレ達に声をかけながら人が現れた。
「その通りですよ。どうぞお入りください。リオさんも」
「君は……」
現れた男はエプロンをしている。どうやらこの店の人らしい。
「ご無沙汰しております。私のこと、覚えていますか?」
「……マルクかい? じゃあ、やっぱりこの店は君の……。店の名前を見た時、もしやと思っていたんだけど」
どうやらリオの知り合いらしい。ってことは、もしかして……
「覚えていてくれて嬉しいです。それにまた会えるなんて。マイコさんはお元気ですか? その節は、本当にお世話になりました」
やはり、母さんとも知り合いだったのか。
「マイコも元気だよ。君も元気そうだね。あの頃よりちょっと……かなりふっくらしているけど」
「あはは。いやぁ、ずいぶん腹も出ちゃいましたよ」
言いながら、マルクは自分の腹を叩いて見せた。
それからオレのほうを向き、目を細めながら微笑んだ。
「君がマイコさんの息子さんだね。アダン様から聞いているよ。会えて嬉しいよ。私はマルク。昔、君のお母さんに命を助けられたんだ」
「母さんに……。そうだったんですか。あ、申し遅れました。初めまして。トーヤと言います。こちらの二人は私の旅の仲間で、ファムとラヴィ。どうぞよろしく」
そう言って、オレはマルクと握手を交わした。
そこへ、先に入って店の真ん中を陣取ったアダンが声をかけてきた。
「ほらほら、何やってる。席につけ。そちらのお嬢さん達も。あ、今日は遠慮はいらんぞ? 私のことはアダンでいいからな。かしこまる必要なんかないぞ。えっと、こういうのなんて言ったか? 昔マイコに聞いたんだが。無礼者……じゃないな、無礼会?」
「無礼講のことか?」
「そうそう、それだ。今日はそれで行くぞ」
なんかテンション高いな。
マルクにも促され、リオも一緒にオレ達は店の中に入った。
中は結構広い。
だが、オレ達以外の客はいないようだ。
もしかして、貸し切りにしているのか?
店主がアダンやリオと知り合いのようだし、そうなのかもしれない。
「では早速料理を運ばせてもらいますね」
マルクが店の奥へ行き、オレ隊は席についた。
「どうだ? なかなかいい店だろう?」
「ああ。広いし、ゆっくりと食事も楽しめそうだ。ユオンから聞いたが、一番のお気に入りの店だとか。ちょくちょく来るのか?」
「そうだな。少なくとも三日に一度は顔を出すな」
王族に連なる者が、大衆食堂に、三日に一度来るってどうなのよ?
「それは、相当入れ込んでいるな。そう言えば、なにか珍しい料理が出るんだとか」
「ユオンから聞いてないか? それは見てのお楽しみだ」
アダンがニッと笑った。
その顔を見て、オレは少しだけ不安になったよ。
なんか、変なこと企んでないだろうな、このおっさん。
そこへマルクがワゴンを押してやってきた。
そういえば、この店の人はマルクしか見ていないが、こんな広い店を一人でやっているのだろうか?
「お待たせしました。まずはこちらを」
そう言ってマルクが二つの大皿をテーブルに置いた。
そこに載っているのは、三角形に型取られた物体。
片方の皿には白いものが、もう片方には茶色のものが沢山載っていた。
「これは……何?」
ファムは初めて見るのだろう。首を傾げている。
ファムだけじゃない。ラヴィも同様のようだ。
だがそれは、オレにとっては非常に馴染みのある物だった。
「これって、おにぎりか!」
「はい。どちらも具は入れていません。これから他の料理も出していきますので。こちらは塩だけで、そしてこちらは表面に軽く焦げ目がつく程度に焼いています」
「……塩むすびに焼きおにぎり!」
――マジか!
こっちの世界にも米があることは知っていた。
確か見た覚えがある。
だが、パエリアやピラフのような、何かと混ぜ合わせた米料理だった。
純粋に米だけを炊きこんでいるものは見た覚えがない。
オレは、塩むすびを一つ手に取り、口に運んだ。
「……旨い!」
「そう言っていただけると嬉しいですね」
日本で食べていた米に比べると、少し大粒であっさりした味のような気もするが、別にオレは料理評論家じゃないからな。オレにとっては誤差範囲だ。十分に旨い。
塩むすびを食べ終わったオレは、続けて焼きおにぎりのほうにも手を伸ばした。
焼きおにぎりは味噌や醤油があればなお言う事無しだが、シンプルにただ焼いて焦げ目を付けただけでもオレには十分旨い。
やっぱ、この焦げ目がいいよね?
最初はちょっと戸惑ったファムとラヴィも、オレが旨そうに食べるのを見て、同じように手に取って食べ始めている。
アダンに至っては、オレより食べるのが早い。
それ、もう三つ目だろう? 少しは自重しろよ、おっさん。
そうしていると、すぐにマルクが次の大皿を持ってきた。
今度は大皿一枚のようだが、テーブルに置かれたその皿には茶色の小さな塊が山のように積まれていた。
「次はこちらです。四人では、ちょっと量が多かったですね」
これもオレは知っている。
そしてこちらの世界ではまだ見たことが無かったものだ。
「もしかして、鶏から?」
「はい。朝鳥のから揚げになります。軽く下味は付けていますので、油で揚げた後は塩だけで」
朝鳥と聞いて、ファムの目がキラッと光った気がする。気のせいだよね?
オレはフォークで一つ刺し、口に運んでみた。
「うん。これも旨い!」
「……から揚げって?」
ファムがフォークを手にしながらも、なんか少し躊躇しているようだ。
なので、オレは軽く説明してあげることにした。
「食材に小麦粉なんかをまぶしてから油で揚げた料理だ。あちらではよくある料理なんだよ。そういえば、こちらではあまり油で揚げた料理は見ないな」
オレの説明を聞いてから、ファムもフォークで一つ刺し、口にした。
「あまり聞かないわね……ん! 美味しい!」
「ファムは朝鳥好きだもんね。いつもは焼いたり蒸したりしたものだけど、これはどう?」
「……イケる。ね? 麦酒はある?」
え? 酒?
「今お持ちしますね」
「おお、私の分も頼む」
「あ、アタシも。トーヤさんは?」
「オレはいいや。今は酒よりもおにぎりだな」
せっかくこれだけ久しぶりの旨い料理があるんだ。
酒で腹を膨らませてしまっては勿体ないってもんだろう。
「トーヤはまだまだお子様だから」
「――リオ!」
「そういえばマイコも酒はほとんど飲まなかったな。あちらの世界では、まだ酒を飲める歳じゃないとか言ってたか?」
「まあな。だがこっちの世界じゃ、そんな法律は無いと聞いている」
鶏からは好評のようだ。次々と無くなっていく。
……時々消滅しているかのようにフッと消えているのは、リオか?
鳥のから揚げなんだが、気にしないんだな。
「お待たせしました。どうぞ。麦酒です。それとこちらもどうぞ。お酒のつまみにもいいですよ」
「今度は、フライドポテトに、こっちはポテトチップスか!」
「はい」
なんて懐かしい。
ポテトチップスはゲームしながら良く食べたものだ。
「これは、じゃがいも?」
「そうだ。じゃがいものから揚げだな。もっともこっちは鶏からと違って、小麦粉などは付けずに揚げたものだが」
ラヴィが早速手でつまんで口に運んだ。
「美味しいです。それに、これはお酒に合いますね」
「ちなみに、太りやすい食べ物とも言われているからな。食べ過ぎには気を付けろよ」
オレがそう言うと、伸ばしていたファムの手がピタッと止まった。
なんて分かりやすいやつだ。
それに比べてラヴィは……
「大丈夫、大丈夫。アタシ、いくら食べても太ったことなんてないですよ」
その発言。ダイエットに苦しむ人たちを全員敵に回すぞ?
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
引き続きどうぞよろしくお願いします。