57. アダンとの握手
※ 2017/09/04 主に改行位置など修正。イラスト挿入。内容自体に変更無し。
夕方、もうすぐ日が沈む頃、リオとオレ達は広場で合流した。
『リオ、クロから連絡は?』
『さっきあったよ。ここで待ってろって。すぐに迎えの者を寄越すってさ』
『迎えの者?』
『うん。クロはちょっと忙しくって今日は欠席だって。だから代わりの者を寄越すってさ』
それってもしかして、昨日の事があったから気を悪くしたのか?
いや、違うな。
クロはたぶんそういうことで気を悪くするやつじゃない。
むしろ逆だろう。
こっちに気を使ってくれたんだと思う。
『リオ』
念話でリオの名を呼んだのはファムだった。
ファムは一度ラヴィと視線を合わせて、頷き合い、そしてリオに視線を戻した。
『クロに伝えてもらえる? 時間が取れたら、少しでもいいから顔を出して欲しいって。あと、昨日はごめんなさいって』
『うん。分かった。必ず伝える。それと、必ず顔を出すように脅しておくよ』
――ちょっと待て!
なんで脅す必要がある。言葉の選択がおかしいだろう。
『大丈夫。アダンを人質に取れば、必ずクロは来るから』
『待て待て待て。そういうのはしないからな。絶対にやらないからな』
『何を慌てているの。たんなるリオのジョークでしょう?』
『こいつの場合、ジョークで済まされないことがあるからな』
『リオちゃんなら、ホントにやれちゃうかもしれないですしねぇ』
『やだな、三人とも。御所望とあらば、はりきってやっちゃうよ?』
『――だから、止めろ!』
そんなときだった。
後ろからオレの名を呼ぶ女の声がしたのは。
「あの、大変失礼とは思いますが、トーヤ様でございますか?」
振り返った先には……イヌ耳の……メイド……だと?
ヴィクトリアンメイド型のメイド服に、もちろん白いフリル付きのカチューシャを頭に付け、隙のない身だしなみのイヌ耳娘メイドがそこに立っていた。
いや、ちょっと待てよ。
彼女はホントに犬人族か?
もしかして、狼人族ってことも。
いや、それならクロが代理で寄越すのは変な話のような気がする。
そう考えて反応が遅れたオレに代わって、彼女に声を掛けたのはファムだった。
「あなたは?」
「申し遅れました。わたくしはクロ様の代理で参りました、ユオンと申します。皆さまをお連れするよう命を受けて参りました。ご準備がよろしければ、ご案内させていただきます」
そう言って、ユオンと名乗るイヌ耳メイドが深々と頭を下げた。
ファムとラヴィは特に普段と変わらないように見える。
ということは、この娘はやはり狼人族ではなく、犬人族ということでいいのだろうか。
これって、どうやって区別したらいいんだろう。
リオに後で聞いてみようか。
「ああ、よろしく頼むよ」
「はい。ではこちらへどうぞ」
ユオンが先頭となって歩き出した。
その後ろ姿を見ながら、オレは改めて思ったよ。
うん。獣耳とメイド服って、やっぱ合うよね。ね?
大通りから脇道へと入ると、少しは喧噪が収まったように思う。
でも、馬車などの激しい通行が無いだけで、それなりの人の行き来はあるようだ。
ユオンがもう一度脇道に曲がったとき、オレ達に向かって声を掛けてきた。
「遠くまでお越しいただいて申し訳ございません。もう少しで着きますので」
「それは構わないよ。ところでどんな店なんだ? 一応、大衆的な店だとは聞いているんで、こんな普段着なんだが」
「服装については全然問題ございません。おっしゃる通り、大衆食堂でございますので。わたくしが聞いている範囲ですと、昼間は食堂、夜の刻以後はお酒も提供されるお店だとか。我が主、一番のお気に入りのお店でございます」
「ほう。そういえば、何か珍しい料理を出す店だとか。それは一体どういうものなのかな?」
「申し訳ございません。それにつきましては我が主から硬く口止めされております。見てのお楽しみだ、とおっしゃっておりました」
「そうか。そいつは楽しみだ」
残念。事前の情報収集は失敗か。
ゲテモノ系じゃないよね? 頼むよ?
「お待たせしました。こちらでございます」
ユオンが立ち止まったのは、確かに大衆食堂っぽい店の前だった。
上に看板が飾ってあるが、残念ながらオレには読めない。
『マルク亭……』
『ん? リオ?』
『あ、店の名前だよ。それと……』
『それと?』
『ううん。なんでもない。そんなことないと思うから』
どうしたんだろう?
何か気になることでもあるんだろうか。
「さあ、どうぞ中にお入りください。すぐに我が主も……」
そう言ってユオンが扉を開き始めた時だった。
背後から駆け寄って来る人の気配を感じて、オレは思わず振り返った。
「会いたかったぞ、トーヤ。我が息子よー」
――は!?
そう叫びながら、駆け寄ってきた男がいきなりオレに抱きついて来た。
――な、な、な、なんだ!?
我が息子? なんだそれは?
っていうか、こんな男は知らないし。
息子呼ばわりされる覚えはないし。
それに何より!
見知らぬ男に抱きつかれて喜ぶ趣味は、オレには無い!
そう思った途端、オレは思わず男の鳩尾に拳を一発入れていた。
「ぐぅ……」
男が腹を抑えてうずくまった。
いかん。思わず手が出てしまった。
なんかこちらの世界に来てから、オレって少し喧嘩っ早くなったというか、手が簡単に出るようになってしまった気がする。
いかんな。自重しないと。
で、こいつは誰だ?
って、まさかとは思うが、こいつが……
「ア、アダン様!」
ユオンが慌てた様子でうずくまっている男に駆け寄った。
――あ、やっぱりそうなのか。
やっちまった。
「トーヤ」
ファムが低めの鋭い声でオレを呼ぶ。
見るとファムとラヴィがオレの両端で構えていた。
その視線の先には五人の男達がいて、オレ達を囲んでいた。
なんだ? まさか街中、しかも王都で盗賊?
それとも、もしかして、狙いはアダンか?
相手は全員腰に剣を下げている。
抜いてはいないが、手をかけていて、すぐにでも抜いてかかってきそうな雰囲気だ。
それに対して、今オレ達は武器を所持していない。
全てリオの宝物庫に入っている。
だから、すぐに取り出すことはできるが、どうする?
『リオ』
『うん。大丈夫。こいつら、たぶんアダンの護衛だよ』
『え?』
あ、そっちか!
オレがアダンを殴っちゃったから出てきたんだ。
「ファム、ラヴィ、いいよ、大丈夫だ」
「でも、トーヤ」
オレはうずくまっている男にゆっくりと近付いた。
男のすぐ近くまで行き、右手を差し出す。
「初めまして、アダン・アンフィビオ。トーヤです」
「くう。初対面の挨拶にしては、なかなか効く一発じゃないか。まさかとは思うが、これが、あちら流だったりするのかい?」
なるほど。
確かにアダン本人のようだ。
少なくとも、オレがあちらの世界の人間だと分かっているということか。
「まさか。こんな初対面の挨拶をしたのは、オレも生まれて初めてですよ。知らない中年男性にいきなり抱きつかれたのもね」
アダンがオレの右手を掴んだので、そのまま引き上げた。
アダンが立ち上がり、握手の形になったので、そのまま軽く手に力を入れた。
「それはともかく、よろしく」
「ああ。改めて、会えてうれしいよ、トーヤ」
挨拶は済んだので、普通なら手を放すところなんだが、ちょっと気になることがあったので、オレは手を離さず、逃がさず、そのままアダンに聞いてみることにした。
「ところでアダン。さっき気になることを言ってましたね?」
「ん? なんのことだい?」
「オレのことを、我が息子、とか」
そう、聞き捨てならないよね?
事と次第によっては、羽崎家の崩壊になるかもしれない話だ。
オレに、まさか出生の秘密なんてものがあるとか、思いたくもないが。
「それが何だ? 君はマイコの息子だろう? ならば私の息子だ。当然だろう?」
――おいおい。
だから、何がどう当然なんだよ、おい!
そこへ、リオがオレの肩に舞い降りてきた。
「おお、リオじゃないか。お前も元気そうだな」
「ひさしぶりだね、アダン。そしてあいかわらずだね、君も。
トーヤ。アダンとマイコの関係なら、それは心配無用だよ。はっきり、きっぱり言っておくけど、完全にアダンの片思いだから。最後まで、アダンはマイコの弟役でしかなかったからね。前にも言ったでしょ? マイコは、こっちの世界ではストイックだったって」
確かに言っていた気がする。
じゃあ、アダンの言う我が息子って一体……
「アダン。君のことだから、まだマイコに片思いなんでしょ?」
「うっ……」
えっ!?
ちょっと待て。
それって、もう二十年以上前の話だろう?
それに、王族だろ、この人。それでいいのか?
「どうせ誰とも結婚せず、子供も作らず、だから、現れたマイコの息子を自分の息子のように思っちゃったんじゃない?」
そ、そうなのか。
そこまで一途に母さんのことを……
そこまでたった一人を愛し続けてきたのか……
なんか、すごいな。
ちょっとだけ複雑な気分だけど、そう悪い人じゃないのかも。
ただし、抱きつかれるのはカンベンして欲しいが。
だが、アダンの答えはちょっと意外なものだった……かもしれない。
「ん? 確かに結婚はしてないが、子供は作ったぞ。五人ほど」
「「……え?」」
オレとリオの声がハモった。
「まあ、私も人の子だ。そういうこともあるさ。はっはっはっ。
あ、だが、結婚していないのはホントだぞ。私の伴侶となるべきはマイコしかいない。これは未来永劫変わることはあり得ないさ。ふふん」
……自分でも分かる。きっと今のオレのこめかみはピクピクしていると思う。
なんだ、その最後のふふんって。
なんなんだ、このおっさんは。
『……リオ、身体強化をくれ』
『……うん』
リオから身体強化の魔法をかけられたことを感じて、オレは右手に力を込めた。
「あ、お、おい。痛い、痛いぞ。おい、トーヤ?」
「……さっき、一途だとちょっとじーんと来たオレの感動を返せ、おっさん」
オレは、しっかりアダンの右手を握り締めてやった。
一応、骨に異常が出ないくらいは手加減をして。