52. クロとの再会
「……ごめん……なさい」
ラヴィはイスに座りながら項垂れてしまっている。
まあ、無理もないだろうな。ケンカの仲裁に行ったはずなのに、結果的には六人もの男達をノックアウトしてしまい、更にはそれを止めようとした門番達にまで殴りかかろうとしてしまったのだから。
オレとファムとで制止させなければ、本当に殴ってしまっていたかもしれない。
その結果、事情聴取としてこの詰所にまで連れて来られてしまい、先ほどまでファムに滔々と説教されてしまったわけだ。
もっとも、殴られた男達の方も大したケガをしたわけではないし、門番の人たちもファムの説教とラヴィの項垂れる様子を見て、苦笑しながら許してくれたよ。
「まあ、その、なんだ。元気出せよ、ラヴィ。ほら、これ返すから」
そう言ってオレはヴァルグニールをラヴィに返してやった。
ラヴィはそれを受け取り、そのまま両手で抱きしめながら、上目遣いでオレを見上げてきた。
「……あの、トーヤさん」
「ん? なんだ?」
「怒って……いますか?」
ラヴィのウサ耳も力なくヘナっとしちゃっている。
ファムの説教は、かなり堪えたようだ。
オレは慰めるためにラヴィの頭をポンポンと軽く叩いてやろうかと思ったのだが、ファムをはじめ他の人の目もあるため、それは断念して、代わりに笑顔で言ってあげた。
「いや、そんなことないよ」
「本当……ですか?」
「ああ」
十分反省もしているみたいだし、オレがここで追い打ちをかける必要なんてないだろう。
「……もう、トーヤはラヴィに甘いんだから」
――ん?
後ろからそんなファムの小さなつぶやきが聞こえた。
そうか?
オレって、ラヴィに甘いか?
そんなつもりはないんだがなぁ……
そう思いながらファムのほうに振り返ったとき、コンコンとノック音がしてドアが開いた。姿を現したのは黒髪で長身の男、クロだった。
オレはその姿を見て、すぐに察したよ。
ああ、リオが連絡をしてくれていたんだなって。
「これは、シュバルネーロ様。このような所にいかがなされましたか?」
そう言って、門番の男がクロの元に駆け寄っていく。
――ん? シュバルネーロ? クロではないのか? 別人?
「ああ、すまない。知り合いがこちらでやっかいになっていると聞いてね」
門番の男にそう言った後、クロと思しき男はオレの方に向いて口を開いた。
「やあ、トーヤ。ひさしぶりだね」
あ、やっぱり別人なんかじゃなく、クロ本人でいいのか。
オレはそう思いながら、クロに近寄って簡単な挨拶を口にした。
「ああ、あの時は世話になった。しかも今回は約束の時間に遅れてしまったな。申し訳ない」
「ははは。そうだな。やっぱり君たちは、いつでも騒動の渦中にいるようだな」
――ちょっと待ってくれ。その言われ様は少し心外だぞ?
いや、まあ、でも、前回も今回も、面倒をかけてしまったのは事実なのか。
そう思うと何となく強く否定できない……
「すまないな。また面倒をかけてしまったか?」
「なーに。前回に比べれば大したことはないさ。これぐらいは御愛嬌ってものだ。むしろ、何も問題なく来られてしまう方が、こっちの調子が狂ってしまうよ」
オレはちょっと苦笑したよ。
「それで? こちらのお嬢さん達がトーヤの仲間かい?」
「ああ、ファムとラヴィだ」
オレはクロを紹介しようと、二人のほうに振り返った。
だが、そこには驚いた顔で立ちすくむ二人の姿があった。
――ん? どうしたんだ?
「ファム? ラヴィ?」
オレが名前を呼ぶと、二人はビクッとしてオレに視線を向けてきた。
ラヴィはしっかりと唇を閉じてしまって口を開こうとしない。
ファムは何か言いたそうに口を開こうとしているが、うまく言葉が出せないような、そんな素振りだ。
一体どうしたというのだろう?
「よろしく、ファム、ラヴィ」
クロがそう言うと、再び二人は一瞬ビクッと体が震えていた。
もしかして、クロに怯えている?
もしかして、初対面じゃないのか?
二人に問おうとしたとき、クロがそれを遮るようにオレに声を掛けてきた。
「……トーヤ。そろそろ行こうか」
「あ、ああ、分かった」
オレの返事を頷いてから、クロは門番に了承を取ってくれた。
「この人達は私の友人だ。連れていくが、問題はないな?」
「はい。シュバルネーロ様がそうおっしゃるのであれば。隊長にはそう伝えておきます」
「よろしく頼むよ」
そうしてオレ達は揃って解放され、詰所を出て王都に入ることができた。
オレはクロに軽く王都について説明を受けながら並んで歩いていたが、ファムとラヴィはオレ達から少し離れてついてきているようだ。
本当にどうしたというのだろう?
こんな二人の姿は初めて見る。
全くいつもの二人らしくない。
良く分からないが、もし何かクロとの間に確執や軋轢があるのだとしたら、早めにちゃんと確認しておきたい。
王都にいる間は、何度か彼と顔を合わせることもあるかもしれない。
場合によっては、今後クロと会う時には、ファムとラヴィは彼に鉢合わせしないように気を配る必要がある。
でも、そういうことに踏み込んでしまっても良いものだろうか。
もしそれが二人にとって触れられたくないものだったとしたら?
それとも、もし本当に双方の間に不和があるとして、それが誤解や単なる行き違いにすぎず、お互いに話してみるとその誤解が解けるなんてこともありえるだろうか。だとしたら、今はそのいい機会になるのかもしれない。
いや、でも、そんな都合のいいこと、物語の中ではよくあるかもしれないが、現実にはそうある話でも無いだろう。
じゃあ、やっぱり今後は鉢合わせないようにすべきなのか?
うーん……
「どうした? トーヤ」
ちょっと考え込んでしまったオレに、クロが尋ねてきた。
オレは、頭の後ろを右手で掻きむしって、そして後ろに振り返った。
「ファム、ラヴィ、どうしたんだ一体」
オレは、もう直接この場で聞くことにした。
もしかしたらデリカシーが無いと言われるかもしれないが、どうすればいいのか、オレの頭じゃいくら考えてもよく分からない。
分からないなら、直接当たって砕けろだ。
もしかしたら、デリケートな所に不用意に触れてしまうことになるのかもしれないけど。
でも!
ファムとラヴィとは、もう何日も一緒に旅をしてきたんだ。
それなりに会話も重ねてきた。
もう、これくらいで、壊れちゃう関係じゃないハズだ。
そうだろう?
……そうだよね?
…………大丈夫……だよね?
ファムとラヴィは、黙ったまま答えない。
二人とも俯いて、ちらちらとオレとクロを見ている。
「ラヴィ! ファム!」
オレは二人の名前を呼びながら、一歩足を踏み出した。
だが、それを止めたのはクロだった。
「待ってくれ、トーヤ。二人を責めちゃいけない。これは仕方のないことなんだ。悪いのは私、いや我々の方なのだから」
悪いのは?
それは、やっぱり二人は既にクロと面識があったということなのか?
そして、二人とクロの間に、何かしら確執があるということなのか?
だが、我々?
我々とはどういう意味だ?
シロやアダンも含めて、という意味なのか?
いや、アダンの名前は既に出しているハズだ。
二人は、オレがアダンに会いに来たことを知っているハズだ。
じゃあ、クロとシロのことなのか?
確かに、その名前は出していなかったかもしれないが。
――ああ、もう分からないよ!
「そうだな。主の元へ行く前に、トーヤには少し話をしておいた方がいいだろう」
そう言って、クロは辺りを少し見渡してから、右のほうを指さした。
「あそこの広場にベンチがある。ここでの立ち話では周りの人に邪魔だからな。あちらに行って話そうか」
そう言ってクロは歩き出した。そのまま振り向かずに広場の方へ歩いていく。
オレも、一度二人の方を見てから、クロの後を追って歩き出した。
このまま付いて来てくれないのではないかと少し心配したが、二人もちゃんとオレ達についてきてくれるようだ。
一体、何があったというのだろう……
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