51. 王都到着直前
王都の外壁が見えて来た頃には、こちらの世界の時間では昼の四刻を過ぎていた。
あちらの世界の時間で言うと、ちょっと正確には換算しにくいが、だいたい午後二時過ぎくらいと言ったところだろうか。
リオによると、例の約束の時刻まであと二刻弱、だいたい四時間くらいとのことだ。
ここからなら十分間に合うだろう……そう思っていたのだが、ちょっと甘かった。
何故なら、王都へ入るための順番待ちの行列がかなり長くなっていたからだ。
迂闊だったよ。
今までの村や町にも門番はいたけれど、それ程手間がかかったことはなかった。
そういえば、ラカの町に入る時にちょっとだけ手間取ったとミリアが言っていた気がするが、オレは眠っていたから詳細は分からない。
フルフの町の時には、ハンタープレートを見せればほとんど素通りに近かったし、先日の、町の名前は知らないが、小さな町では完全に素通りだった。
さすが王都というべきか。
警備がある程度しっかりしているということなんだろう。
「すみませんが、トーヤさん。やはりアタシ達は少し手間取ると思います」
ラヴィがそう言って謝って来た。
どうやら二人ともちゃんとした身分証明書のようなモノを持っていないらしい。
正確には、以前は持っていたのだが、それはカミーリャン商会に属する身分証明書であり、当の商会が消滅した今、無効になってしまっているのだそうだ。
……オレが潰した張本人なんだから、苦笑するしかないよね。
オレ達は長蛇の列の最後尾に並んだが、これは一体いつ中に入れるのかちょっと見当がつかない。
もしかしたら、約束の時間に間に合わないかも。
それどころか、日没までに入れるのか、これ?
ま、仕方ないかな。もう少し様子を見て、いよいよダメだとなったら、リオに言って遅刻する旨を伝えてもらおう。
もしかしたら、クロを通して、アダンの名前を出すなりすれば、あっさりと通してもらえたりするのかもしれないが、なんとなくそういうズルはしたくないし、しないほうがいいと思うんだ。
馬鹿正直すぎるのかもしれないけどね。
そう考えて、オレ達は順番通り、のんびり待つことにした。
馬を降りて周りを見渡すと、他の人たちもそれぞれにのんびりと時間を過ごしているようだ。
茣蓙を引いて寝転がっている人もいるし、他の人たちと笑いながら話している人たちもいる。
子供たちも、かけっこだか鬼ごっこだか、元気に周囲を駆け回っている。
ちょっと列から離れたところには屋台のようなモノもあって、何人か買い食いしているやつもいる。
みんな、この状況に慣れている、といった感じだな。
しばらくしたら、オレも、オレ達の前に並んでいた集団のおばさん達にお茶に誘われて世間話で盛り上がっていた。オレはほとんど聞き専だったけどね。
ファムとラヴィも、いつの間にか数人の若い男達に囲まれていた。
まあ、この二人は目立つのだろう。無理もない。
ファムは、なんかちらちらとこちらを見ている気がするので、オレの方は問題ないよと、軽く手を振ってやった。
ラヴィのほうは愛想よく会話を盛り上げているようだ。
その様子を見て、リオが一言念話でつぶやいた。
『おばさん達とのコミュニケーションを取るのもいいけどさ、あーゆー若者たちの積極性とテクニックこそ、トーヤが今学ぶべきことじゃないかな?』
――うぐっ!
いや、分かっちゃいるんだけどねぇ。
『二人とも、取られちゃうかもよ?』
い、いや。そんなことは無いハズだ。
そんなことは……たぶん……ねぇ?
そんな様子で順番は少しづつ進みながらも、一刻以上はとうに過ぎた。
流石に遅刻確定が濃厚だろう。
そう思い、リオに連絡を取ってもらおうかと考えていた時、ちょっとした騒動が起きた。
ケンカだ。
オレ達よりちょっと前のほうで数人の男達が取っ組み合いのケンカを始めてしまったんだ。
これだけ待たされているんだ。
イライラする気持ちも分かるけど、周りの迷惑というのも考えて欲しいものだ。
オレのそんな気持ちが伝わってしまったのか、ラヴィがすっと立ち上がって、オレ達に向かって言ったんだ。
「ちょっと行ってきます」
「ん? 何処へ?」
「もちろん、ケンカを止めにです」
「「えっ!? ラヴィが?」」
オレとファムは同時に声を上げていた。
それはもう、タイミングばっちりで。
「な、なんです! 二人とも仲良くハモっちゃって! どういう意味ですか!?」
「べ、別に仲良くなんて……」
ファムはなんかつぶやきながら横を向いてしまった。
でも、ファムもオレと同じことを考えたんだな。
そうだよな。ファムならともかく、ラヴィがケンカを止めるって、なんかイメージが違う。
むしろ、ケンカに参戦しに行くと言ってくれたほうがしっくる来るような……
「まあ、行くのは別にいいんだが。でも、ラヴィ」
「なんです?」
そのヴァルグニールを持っていくのはダメだろう。
そんな危ないものを持ってケンカの仲裁になんて行ったら、木乃伊取りが木乃伊になること間違いないだろう。
だから、それはちゃんとこっちで預かっておくべきだ。
オレはそう思って、右手を出した。
「ん」
ラヴィはオレが差し出した手を見て、一瞬戸惑った様子を見せた。
だが、すぐに頷き、そして自分の右手を差し出してきた。
え!? あ、握手だと!
ラヴィはオレの手を強く握りしめ、そして言ったんだ。
「ありがとうございます。行ってきます!」
ラヴィの手はとても柔らかかった……って、違う! そうじゃない!
「待て!」
「……何ですか?」
こいつ、ホントは分かっててやってるんじゃないだろうな?
「ヴァルグニールを渡せ」
「なっ! ヤです! いくらトーヤさんでも、これはダメです! 今さら返せと言ってもダメです。これは、もうアタシのモノなんです!」
ラヴィはヴァルグニールを両手でぎゅっと抱きしめながらそう言った。
「別に取り上げるわけじゃない。ちょっと預かっておくだけだ。ケンカの仲裁程度に、それは危険すぎる。それに、ラヴィなら素手で問題ないだろう?」
「……か弱い女の子に、丸腰で向かえと言うんですか?」
「……か弱い女の子は、そもそも荒くれ共のケンカの仲裁はしないと思うぞ?」
ラヴィが拗ねたような顔でオレを見上げてくる。
その表情は可愛いと思う。
写真に収めておきたいくらい、非常に可愛いとは思うのだが、譲るわけにもいかない。
「ん」
オレはさらにヴァルグニールを渡すよう催促した。
ラヴィもようやく折れて、しぶしぶオレにヴァルグニールを渡してくれた。
「じゃあ、行ってきます……」
そうしてラヴィは、非常に消沈したように、完全にテンションが落ちまくった様子で、とぼとぼと歩いて行った。
そうまでして、行かなくても良かっただろうに。
それにしても……
オレは自分の右手を見た。
なんとなく、軽く握ったり、開いたりしてみる。
さっきのラヴィの手、ちょっと小さくて、すごく柔らかくて……ふふふ……
「……トーヤ」
――ギクッ!?
オレはゆっくり後ろを振り返った。
そこには、馬上からオレを見下ろしているファムがいた。
その瞳に何か冷ややかさを感じてしまうのは、オレの気のせいだろうか?
いやいや、大丈夫。大丈夫だ。
オレが何を考えていたかなんて分かるハズがない。そうだろう?
「なんだ?」
「…………なんでもない」
大丈夫……だよね?
ファムが俺から視線を外して、そして……
「……あっ!」
ファムのちょっと驚いた顔と声に、オレはなんとなく嫌な予感を覚えながらも、ファムの視線の方向、つまりラヴィが向かった先を見た。
「……もう、このわからずや!」
ラヴィが大きな声を上げながら、ケンカの仲裁なんかではなく、まさに参戦している姿を目にしてしまった。
拳を振り上げ、一人、二人と殴り倒している……
――ああ、やっぱりね。
オレは、なんか、妙に納得していたよ。
そうなるんじゃないかと、思っていたんだ。うん。
やはり、ヴァルグニールを取り上げておいて、正解だったよね?
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