50. 王都到着前夜
「二人にちょっと渡しておきたいモノがある」
そう言って、オレはファムとラヴィに声を掛けた。
紅鎧を退治して、あの町を出立してからもう二日だ。明日の昼には王都に着く予定だから、その前に渡しておかないといけない。
「なんでしょう?」
二人は一度互いに顔を見合わせ、そしてラヴィが聞いてきた。
「これだ」
オレは二人の前に右手を差し出した。
そこにあるのは二つの念話の指輪。
「指輪……ですか?」
「そうだ。これは……」
「あ、もしかして! これが人族の間で交わされる結婚の約束の指輪というやつですか?」
――はい?
オレの手から指輪を受け取ろうとしたファムの手がピタッと止まった。
そして指輪に向いていた視線が、ゆっくりとオレに向けられる。
何を言い出すんだ、こいつは!
オレは思わず首を横に振ってしまったよ。
「ち、違う。そんなんじゃない!」
はっ! いかん、いかん。
あまりにも突然おかしな事を言われたので、少し取り乱してしまった。
このオレのポーカーフェイルスキルをかいくぐるとは。
ラヴィめ、侮れん奴だ。
「ゴ、ゴホン。これは念話の指輪だ。人前ではリオはしゃべらないからな。会話はこれを使って念話で行うことになる。二人とも指にはめておいてくれ」
「はーい」
ラヴィは早々に指にはめたが、ファムは何となく少しためらいがちだった。
もしかして、まだ婚約指輪の話を気にしている?
だとしたら、もしかしてオレって、嫌がられている、とか?
そりゃあ、別にそれで喜々としてほしいと思っているわけじゃないんだけどさ。
いやいや。やっぱ女の子にとって結婚は特別なことなんだろう。
だから、オレがどうという話なんかじゃないはずだ。……たぶん。
それはともかくとしてだ。
オレは二人が指輪をはめたことを確認して、二人に念話で語り掛けてみた。
『オレの言葉が聞こえるか? これが念話だ。二人も相手を念じて語り掛けてみてくれ』
『これでいいの?』
『聞こえています?』
『ああ、大丈夫だ。二人とも聞こえているよ。二人もどうだ? お互いの言葉がちゃんと聞こえているか?』
『ええ』
『大丈夫です。聞こえてます』
二人がお互いに顔を見合わせて頷いている。
どうやら大丈夫そうだ。
「よし。じゃあ二人とも、今夜はもう休んでいいぞ。交代の時間になったら起こすから」
オレはそう言って、たき火の前に座り、置いてあった枯れ木の枝を一つたき火に放り込んだ。
今夜はいつもより幾分か肌寒いようだ。
震えてしまうほどではないが。
「……あの、トーヤさん」
「うん?」
ラヴィが何故か遠慮がちに声を掛けてきた。
その後ろにはファムもいて、オレのほうを見ている。
「どうした?」
「その……まだ少し時間も早いので、少しお話してもいいですか?」
もちろん大歓迎ですとも!
内心ではそう即答していたが、そんなこと表に出すわけがない。
「ああ、もちろんだ。座れよ。ファムも」
二人が座ったのを見て、オレのほうから言葉を口にした。
「何か聞きたいことでもあるのか?」
「明日には王都に着くわけですが、確かトーヤさんは人と約束があるのだとか」
「ああ」
「その間、アタシ達はどうしましょう? 席を外した方がいいのか、それとも同席したほうがいいのか」
「ああ、そういうことか」
会う相手は、クロとシロ、そして二人の主であるというアダンだ。
そしてアダンはどうやら王族らしい。
だとすると、明日王都に到着して、すぐに会えるとは限らない。
むしろそうじゃない可能性のほうが高いと思っている。
こちらの世界の常識がどうなっているのか知らないが、普通に考えれば面会を申し込むなり、何等かの面倒な手続きをして、数日後にようやく会うことができるといったところだろう。
だから実際に会うまではまだ数日かかるとは思っている。
その間はみんなで王都見学でもしていればいいだろう。
なにせ王都なんだ。
いろんなタイプの獣耳娘もきっといるハズだ。
可愛い子がいれば、ぜひお話してみたいし、写真だって……ふふふ。
ゴ、ゴホン。
あー、それはとりあえずいいとして。
アダンに実際に会う時は、ファムとラヴィはどうするべきだろう?
旅の仲間として普通に同席するということで構わないだろうか?
あ、でも、王族に会うというのは、もしかしたら抵抗があったりするかも。
逆の立場だったら、できればオレは遠慮したいかな。
だって、きっとアレだろう?
謁見の間とかいうやつで、周りは鎧を来た騎士がずらりと勢ぞろいした中、恭しく頭を下げて、場合によっては片膝ついて、ってやつだろう?
二人はそんなの嫌がるかもな……
「……王都で会う人物は、アダンというんだが、知っているか?」
「へ?」
ラヴィはおかしな声を上げて固まってしまった。
あ、この様子からして、やはり知っているみたいだな。
ファムは、固まりはしなかったようだ。
「……アダンって、まさかアダン・アンフィビオのこと?」
「そうだ。ファムもやっぱ知っているんだな」
「この国の王族だもの。一般常識のうちだわ。それより、そんな大物に何の用なの? まさか、暗殺とか言わないでしょうね」
おいおい。物騒な発想だな、それは。
でも、面白そうだから、ちょっと乗ってみるか。
「……ふっ。だとしたら、どうする?」
「それは、ワタシ達を試しているの? あまりいい趣味とは言えないわね。でもいいわ。答えてあげる」
そう前置きして、ファムは言葉を続けた。
「別に止めやしない。ワタシ達では足手まといになるかもしれないけど、手伝えることがあるなら遠慮なく言って。最期は、あなたの首ぐらい拾ってあげる」
ち、ちょっと予想外の返答だ。
何をバカなと窘められるかと思ったんだが。
それと、こっちの世界では、拾うのは骨じゃなく、首なのか。
異文化による微妙な違いを感じるね。
「冗談だ。そんなことにはならないよ」
たぶんな。
母さんと知り合いだということだし、クロがあそこまで協力的だったんだ。
きっと友好的なものになるハズだ。
「あ、あの……では、何故アダン・アンフィビオに謁見を?」
ラヴィが復活したようで、会話に再度加わってきた。
「以前、少し助けられたことがあってな。そのお礼といったところか。あと、どうやらオレの母親と知り合いらしくてな。息子であるオレに会いたいみたいなんだ」
ん? なんかまたラヴィが固まってないか?
そんな驚くようなこと言ったか、オレ?
口を開いたのは、やはりファムのほうだった。
「……ひ、一つ確認していい?」
「ん? ああ、もちろん。一つと言わず、いくらでも」
「あ、あなたって……」
「トーヤ、だ」
「う……あ……ト、トーヤって、もしかして、異世界の王族の人なの?」
「……はい?」
なんだ、それは。
どうしてそうなる。
どこからそういう発想になるんだ?
「だって、親がこの世界の王族と知り合いだって。そちらの世界の王族と、こちらの世界の王族との間に交流があったってことでしょ?」
なるほど。そういう発想なんだ。
「違うよ。オレはあちらの世界でも極普通の一般人だ。もちろんオレの親もね。オレの母親とアダンがどういう知り合いかは、実はオレも知らない。これはアダンに直接聞いてみようかと思っているんだ」
「そ、そうなんだ」
「ああ。で、どうする?」
「どうするとは?」
「オレがアダンと会うとき、同席するか? もしかしたら堅苦しい場になってしまうかもしれない。それでも良ければ、だが。そうでなければ、適当に王都を散策でもしててくれればいい。任せるよ?」
「アタシは遠慮したいです……」
ラヴィは即答した。
うん。ラヴィはそう言うんじゃないかと思ってた。
「ワタシは、あな……トーヤが構わなければ同席するわ。なんとなく心配だしね」
この場合、心配してくれることをありがたく思うべきなのだろうか。
それとも、信用されていないようなことを嘆くべきなんだろうか。
そこへリオが文字通り飛んできて、ラヴィの肩に止まった。
「今ちょうど連絡していたんだけど、皆ぜひご一緒に、だってさ」
それを聞いてラヴィの顔が少し引きつったのを、オレは見逃さなかったよ。
ははは……
「ふふふ。大丈夫だよ、ラヴィ。堅苦しい謁見なんかじゃなく、街中の大衆食堂で食事をしようという話になったから」
「あ、そうなんですか? それなら……」
「ちょっと待って。王族の人が、大衆食堂って」
「大丈夫、大丈夫。どうやらお忍びでよく行っている店らしいよ。なんでもちょっと珍しい料理を出す店なんだって。楽しみにしてろ、だってさ」
「そう? ならいいけど……」
こちらの世界にとって珍しい料理?
それって、こちらの世界の人達でさえ滅多に手を出さないような、ゲテモノ系じゃないだろうな。
オレは、つい先日も紅鎧を食べると聞いて少し引いてしまったんだが、大丈夫かなぁ。
それだけが心配だ……
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