48. ヴァルグニール
「よし! じゃあ、引き上げるか」
オレ達に対する質問タイムが終了したところで、山を下りる準備をすることになった。準備といっても、それほどやることはないはずだけど。
「トーヤ。あれはどうする?」
「ん? あれって?」
リオの視線の先には紅鎧の死体があった。
「ああ、紅鎧か。どうすると聞かれても……。こんな大きなもの、担いでいけないだろう? 放っておくしかないんじゃないか?」
オレのバッグには、たぶんこんな大きなもの三つも入れるのは無理だと思う。
たしかこのバッグは、見た目の十倍くらいの容量だと聞いている。
だとしたら、とても無理だ。
リオの宝物庫になら入るのかもしれないが、そもそも持っていく必要はないだろう。
そう思っていたのだが、ラヴィが思わぬことを口にしてくれた。
「紅鎧の肉って食べられるんでしょうか」
――えっ!?
それに答えたのは、やはりリオだった。
「うん。食べられるよ。ボクも食べたことはないから聞いた話だけど、それなりの味だって。かなり歯ごたえはあるそうだけど。一応ボクの宝物庫に保管しておこうか」
――こ、これって食べられるのか?
っていうか、食べようと思うのか、これを。
オレとしては、人に近い形だからか、あまり積極的に食べたいとは思わないんだけど。
やっぱこちらの世界の人は、なんというか、逞しいよね……
「その前にトーヤ。残り二体の首も刎ねといて」
「ん? なんで?」
「ガーウェンに、ちゃんと三体の怪物を退治したって、証拠を見せたほうがいいでしょ?」
「ああ、なるほど」
ガーウェンに三体の頭部を見せれば、討伐の証拠になるわけだ。
オレは腰の剣を抜き、二体の紅鎧の首を斬り落とした。
オレが剣を鞘にしまうと同時に、三体の紅鎧の体が斬り落とした頭部も一緒にフッと消える。
リオの宝物庫に格納されたのだろう。
「町に着いたら、頭だけ取り出して渡すからね」
「ああ、分かった」
そう答えつつ、ファムとラヴィのほうを見ると、二人がちょっと離れた所で何かを話している。
ラヴィの手にあるのは、折れてしまった長槍だ。
そうだ。紅鎧の一撃を受けて、ラヴィの長槍は折れてしまったんだ。
「……ラヴィ」
「あ、トーヤさん。仕方ないですよね。お蔭でアタシは助かったんですから。ね、リオちゃん、魔法でこいつ、燃やしてやることできる?」
「うん。できるよ」
「いいのか? それで」
「はい。それがアタシ流のこいつに対する弔いなんです」
そう言ってラヴィは折れた長槍をその場に置き、数歩後ろへ下がった。
そしてリオの魔法で長槍に火がつけられ、静かに燃え上がる。
「新しいやつ、買わないとね。そういえばトーヤさん。カミーリャン商会の館は跡形もなく全焼したと聞いたんですけど、本当ですか?」
「うん? ああ、そうだが」
ラヴィが炎を見つめながらそう言ったのだが、オレには話のつながりがよく分からなかった。
「じゃあ、あいつもこんなふうに燃えちゃったんですね……」
「あいつ?」
「ああ、ラヴィが気に入っていた、あの槍のことね」
「うん」
炎を見つめているラヴィに代わって、ファムが説明してくれた。
「カミーリャン商会の館には、客間とかにいくつか武器が飾ってあったの。剣とか、槍とかね。その内の一つをラヴィがすごく気に入っていたのよ。いつかこれを使ってみたいって」
え? それって、もしかしたら……
オレはリオに視線を向けた。
リオもオレに視線を向けていた。
口を開いたのはリオだった。
「ね、ラヴィ。その気に入っていた槍ってどんなやつ?」
「……ヴァルグニールという長槍なんです。かの有名な名鍛冶職人ヴァル・ヴァルディが晩年に制作した一品で、彼の遺作とも言われています」
「それって、もしかして、紅い長槍?」
「そうです。柄が艶やかな真紅でとても綺麗な……って、リオちゃん、知ってるんですか?」
ラヴィがちょっと驚いたふうにリオを見た。
「それって、もしかして、これかな?」
リオのセリフが言い終わらないうちに、オレの目の前に真紅の長槍が現れた。
「おっと」
オレは思わずその槍を掴んだ。
「そ、それは……」
ラヴィが大きく目を開いて、両手を槍に向けてきた。
その手がわなわなと震えている。
「ほら」
オレが槍を手渡すと、ラヴィはまじまじとその長槍を見始めた。
「……す、素振りしてみて、いいですか?」
「もちろん」
オレの言葉が言い終わらないうちに、ラヴィはオレ達から少し離れ、素振りを始めていた。
横に払ったり、突いてみたり、感触を確認しているのだろう。
「ねえ、ラヴィ。その槍でさ、あそこの大きな岩、砕いてみせてよ」
リオの指す岩を見てみると、それはオレより背の高い大岩だった。
おいおい。まさかだよな……
「……いいんですか?」
「いいよ。全力全開で、ドーンといっちゃおう」
「では」
え? 本気?
ラヴィが長槍を構え、呼吸を整えている。
「行きます!」
ラヴィはそう言うと、弾かれたように駆け出し、そして気合と共に刃を大岩に突き出した。
その途端、轟音と共に大岩が爆ぜた。
破壊され、吹き飛ばされた沢山の岩石が森の中へ飛んでいく。
な、なんだ、これ!?
普通、槍でこうはならないよね? ね?
「……リ、リオ?」
「うん?」
「何をした?」
「ボクは何も」
「何にもしなくて、こんなことが起きるのか?」
「ボクじゃないよ。たぶん、あの槍の製作者だと思う。ちょっとした魔法陣が組み込まれているんだよ。使用者の意思に応じて突いた相手が爆散するみたい。うん。なかなか良い出来の長槍だね」
リ、リオが褒めている?
あのリオが?
世にも珍しい雷魔法を組み込んだ《雷の宝珠》をあれだけダメ出しした、あのリオが!
つまりは、それだけこの長槍がすばらしいということなんだろう。
ラヴィは、なんか恍惚として、槍に頬ずりまでしている。
よっぽど気に入った御様子だ。
「ラヴィ、どうだ? 問題ないか?」
ラヴィがオレの声で我に返ったようで、ハッとした感じでこちらを向いた。
そして、こちらへ向かって走ってきた。
さらに、いきなりオレの前で座り込ん……で……
え!? 正座?
「トーヤさん! お願いがあります!」
両手を地につけ、オレを見上げてラヴィが叫ぶような大声でそう言いだした。
な、なにごと!?
「お、おお。なんだ?」
「ヴァルグニールを、この長槍を、アタシに使わせてください! 大事にします! 何でもします! お願いします!」
そう言って、ラヴィが深々と頭を下げた。
この世界にも、土下座があったのかよ!
「わ、分かったから頭を上げろ、ラヴィ。その槍はお前が使っていいから。っていうか、その槍はお前にやるから。いいよな? リオ?」
「うん。もちろん」
「……本当ですか?」
もうラヴィの顔の嬉しそうなこと。
瞳がキラキラ輝いていると言っても決して過言じゃないよ。
「ああ。もちろんだ」
「ありがとうございます!
ありがとうございます!
ありがとうございます!
トーヤさん、愛してます!」
――えっ!?
い、今最後に、なんて言った!?
あ、あいし……
えっ! えっ!
は、ははは、ははは……
やだなぁ、もう。何を急に言い出してるんだ、こいつは。
ああ、大丈夫。
もちろん分かってるよ。
たんに嬉しさのあまり出てしまった言葉というだけで、たんなる言葉の綾というだけであって、そんなの本気じゃないって。
本気にするわけないじゃないか。ねぇ?
そんなの本気にするやつなんていないよね?
うん。大丈夫。分かってる、分かってるよ、オレは。
ふふ……うふふふ……
「……嬉しそうね」
――ドキッ!?
いつの間にか、後ろにはファムが立っていた。
なんか、ジトっとした目でオレを見ている?
だ、大丈夫。
オレのポーカーフェイススキルに隙は無い……ハズだ。
「何のことだ?」
「……別に」
大丈夫……だよね?
山を下りる時、ラヴィは終始ご機嫌だった。
新しい長槍を両手で抱えるように持って、足取りも軽快で先頭を歩いていた。
オレがそれに続いていたのだが、オレの場合、終始後ろから注がれている視線が、何とも言えず居心地が悪かったかな。
なんでオレがこんな目にあっているんだろう?
オレは、何も悪くないよね?
オレの後ろにいたのは誰かなんて、言う必要もないよね?
いつも読んでいただいて、ありがとうございます。
お楽しみいただけていますでしょうか?
昨日ようやくブクマ登録数が100を超えることができ、嬉しい限りです。
もしちょっとでも楽しんでいただけていましたら、
感想やブクマ登録、評価、レヴューなどもいただけると、より一層の励みになります!!
どうぞよろしくお願いいたします。