表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/147

48. ヴァルグニール

「よし! じゃあ、引き上げるか」


 オレ達に対する質問タイムが終了したところで、山を下りる準備をすることになった。準備といっても、それほどやることはないはずだけど。


「トーヤ。あれはどうする?」

「ん? あれって?」


 リオの視線の先には紅鎧の死体があった。


「ああ、紅鎧か。どうすると聞かれても……。こんな大きなもの、担いでいけないだろう? 放っておくしかないんじゃないか?」


 オレのバッグには、たぶんこんな大きなもの三つも入れるのは無理だと思う。

 たしかこのバッグは、見た目の十倍くらいの容量だと聞いている。

 だとしたら、とても無理だ。


 リオの宝物庫になら入るのかもしれないが、そもそも持っていく必要はないだろう。


 そう思っていたのだが、ラヴィが思わぬことを口にしてくれた。


「紅鎧の肉って食べられるんでしょうか」


 ――えっ!?


 それに答えたのは、やはりリオだった。


「うん。食べられるよ。ボクも食べたことはないから聞いた話だけど、それなりの味だって。かなり歯ごたえはあるそうだけど。一応ボクの宝物庫に保管しておこうか」


 ――こ、これって食べられるのか?


 っていうか、食べようと思うのか、これを。

 オレとしては、人に近い形だからか、あまり積極的に食べたいとは思わないんだけど。


 やっぱこちらの世界の人は、なんというか、逞しいよね……


「その前にトーヤ。残り二体の首も刎ねといて」

「ん? なんで?」

「ガーウェンに、ちゃんと三体の怪物を退治したって、証拠を見せたほうがいいでしょ?」

「ああ、なるほど」


 ガーウェンに三体の頭部を見せれば、討伐の証拠になるわけだ。


 オレは腰の剣を抜き、二体の紅鎧の首を斬り落とした。

 オレが剣を鞘にしまうと同時に、三体の紅鎧の体が斬り落とした頭部も一緒にフッと消える。

 リオの宝物庫に格納されたのだろう。


「町に着いたら、頭だけ取り出して渡すからね」

「ああ、分かった」


 そう答えつつ、ファムとラヴィのほうを見ると、二人がちょっと離れた所で何かを話している。

 ラヴィの手にあるのは、折れてしまった長槍だ。


 そうだ。紅鎧の一撃を受けて、ラヴィの長槍は折れてしまったんだ。


「……ラヴィ」

「あ、トーヤさん。仕方ないですよね。お蔭でアタシは助かったんですから。ね、リオちゃん、魔法でこいつ、燃やしてやることできる?」

「うん。できるよ」

「いいのか? それで」

「はい。それがアタシ流のこいつに対する弔いなんです」


 そう言ってラヴィは折れた長槍をその場に置き、数歩後ろへ下がった。

 そしてリオの魔法で長槍に火がつけられ、静かに燃え上がる。


「新しいやつ、買わないとね。そういえばトーヤさん。カミーリャン商会の館は跡形もなく全焼したと聞いたんですけど、本当ですか?」

「うん? ああ、そうだが」


 ラヴィが炎を見つめながらそう言ったのだが、オレには話のつながりがよく分からなかった。


「じゃあ、あいつもこんなふうに燃えちゃったんですね……」

「あいつ?」

「ああ、ラヴィが気に入っていた、あの槍のことね」

「うん」


 炎を見つめているラヴィに代わって、ファムが説明してくれた。


「カミーリャン商会の館には、客間とかにいくつか武器が飾ってあったの。剣とか、槍とかね。その内の一つをラヴィがすごく気に入っていたのよ。いつかこれを使ってみたいって」


 え? それって、もしかしたら……


 オレはリオに視線を向けた。

 リオもオレに視線を向けていた。

 口を開いたのはリオだった。


「ね、ラヴィ。その気に入っていた槍ってどんなやつ?」

「……ヴァルグニールという長槍なんです。かの有名な名鍛冶職人ヴァル・ヴァルディが晩年に制作した一品で、彼の遺作とも言われています」

「それって、もしかして、紅い長槍?」

「そうです。柄が艶やかな真紅でとても綺麗な……って、リオちゃん、知ってるんですか?」


 ラヴィがちょっと驚いたふうにリオを見た。


「それって、もしかして、これかな?」


 リオのセリフが言い終わらないうちに、オレの目の前に真紅の長槍が現れた。


「おっと」


 オレは思わずその槍を掴んだ。


「そ、それは……」


 ラヴィが大きく目を開いて、両手を槍に向けてきた。

 その手がわなわなと震えている。


「ほら」


 オレが槍を手渡すと、ラヴィはまじまじとその長槍を見始めた。


「……す、素振りしてみて、いいですか?」

「もちろん」


 オレの言葉が言い終わらないうちに、ラヴィはオレ達から少し離れ、素振りを始めていた。

 横に払ったり、突いてみたり、感触を確認しているのだろう。


「ねえ、ラヴィ。その槍でさ、あそこの大きな岩、砕いてみせてよ」


 リオの指す岩を見てみると、それはオレより背の高い大岩だった。


 おいおい。まさかだよな……


「……いいんですか?」

「いいよ。全力全開で、ドーンといっちゃおう」

「では」


 え? 本気?


 ラヴィが長槍を構え、呼吸を整えている。


「行きます!」


 ラヴィはそう言うと、弾かれたように駆け出し、そして気合と共に刃を大岩に突き出した。


 その途端、轟音と共に大岩が爆ぜた。

 破壊され、吹き飛ばされた沢山の岩石が森の中へ飛んでいく。


 な、なんだ、これ!?

 普通、槍でこうはならないよね? ね?


「……リ、リオ?」

「うん?」

「何をした?」

「ボクは何も」

「何にもしなくて、こんなことが起きるのか?」

「ボクじゃないよ。たぶん、あの槍の製作者だと思う。ちょっとした魔法陣が組み込まれているんだよ。使用者の意思に応じて突いた相手が爆散するみたい。うん。なかなか良い出来の長槍だね」


 リ、リオが褒めている?

 あのリオが?

 世にも珍しい雷魔法を組み込んだ《雷の宝珠》をあれだけダメ出しした、あのリオが!


 つまりは、それだけこの長槍がすばらしいということなんだろう。


 ラヴィは、なんか恍惚こうこつとして、槍に頬ずりまでしている。

 よっぽど気に入った御様子だ。


「ラヴィ、どうだ? 問題ないか?」


 ラヴィがオレの声で我に返ったようで、ハッとした感じでこちらを向いた。

 そして、こちらへ向かって走ってきた。

 さらに、いきなりオレの前で座り込ん……で……


 え!? 正座?


「トーヤさん! お願いがあります!」


 両手を地につけ、オレを見上げてラヴィが叫ぶような大声でそう言いだした。


 な、なにごと!?


「お、おお。なんだ?」

「ヴァルグニールを、この長槍を、アタシに使わせてください! 大事にします! 何でもします! お願いします!」


 そう言って、ラヴィが深々と頭を下げた。


 この世界にも、土下座があったのかよ!


「わ、分かったから頭を上げろ、ラヴィ。その槍はお前が使っていいから。っていうか、その槍はお前にやるから。いいよな? リオ?」

「うん。もちろん」

「……本当ですか?」


 もうラヴィの顔の嬉しそうなこと。

 瞳がキラキラ輝いていると言っても決して過言じゃないよ。


「ああ。もちろんだ」

「ありがとうございます!

 ありがとうございます!

 ありがとうございます!

 トーヤさん、愛してます!」


 ――えっ!?


 い、今最後に、なんて言った!?

 あ、あいし……

 えっ! えっ!


 は、ははは、ははは……


 やだなぁ、もう。何を急に言い出してるんだ、こいつは。


 ああ、大丈夫。

 もちろん分かってるよ。


 たんに嬉しさのあまり出てしまった言葉というだけで、たんなる言葉の綾というだけであって、そんなの本気じゃないって。


 本気にするわけないじゃないか。ねぇ?

 そんなの本気にするやつなんていないよね?


 うん。大丈夫。分かってる、分かってるよ、オレは。


 ふふ……うふふふ……


「……嬉しそうね」


 ――ドキッ!?


 いつの間にか、後ろにはファムが立っていた。

 なんか、ジトっとした目でオレを見ている?


 だ、大丈夫。

 オレのポーカーフェイススキルに隙は無い……ハズだ。


「何のことだ?」

「……別に」


 大丈夫……だよね?


 山を下りる時、ラヴィは終始ご機嫌だった。

 新しい長槍を両手で抱えるように持って、足取りも軽快で先頭を歩いていた。


 オレがそれに続いていたのだが、オレの場合、終始後ろから注がれている視線が、何とも言えず居心地が悪かったかな。


 なんでオレがこんな目にあっているんだろう?

 オレは、何も悪くないよね?


 オレの後ろにいたのは誰かなんて、言う必要もないよね?


いつも読んでいただいて、ありがとうございます。

お楽しみいただけていますでしょうか?


昨日ようやくブクマ登録数が100を超えることができ、嬉しい限りです。

もしちょっとでも楽しんでいただけていましたら、

感想やブクマ登録、評価、レヴューなどもいただけると、より一層の励みになります!!

どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ