46. トーヤの好み?
「ラヴィィィィィーーーー」
突き飛ばされたファムが、無事に着地しながらラヴィの名を叫んでいる。
ラヴィの体が大きく弧を描きながら宙を飛ぶ。
オレは跳び上がり、ラヴィの体を宙で受け止めた。
できるだけ衝撃が少ないよう、そっと地に降り、そのまま先ほど座っていた大きな岩の上に運び、横たわらせる。
『リオ!』
『大丈夫。生きてる』
『急いで治癒を頼む』
オレが言い終わらない内に白い魔法陣がいくつか浮かび上がり、更にラヴィの上に白い光も浮かび上がる。
ラヴィの意識はあるようだ。
リオの魔法で少しは痛みが引いたのか、しかめていた表情も和らいだ気がする。
これなら大丈夫だと思う。
オレは少し安心して、ファムのほうに視線を向けた。
彼女はなんとか紅鎧の攻撃を避けているが、こちらをちらちらと見ている。
ダメだ。ラヴィが気になって、相手に集中できていない。
このままでは、遅かれ早かれ、相手の攻撃に捉まってしまうと思う。
オレは一歩踏み出し、その脚で強く地を蹴る。
スピード強化の魔法を生かしてすばやくファムの元へ駆け寄ると、そのまま彼女の体を抱き上げた。
「なっ……」
ファムがオレの腕の中で驚きの声を上げているが、それに構わずに、紅鎧の横殴りをかわしてリオとラヴィの元へと戻った。
「後はオレがやる。ファムはラヴィの傍についていてやれ」
そう言って、オレはファムをラヴィの横に降ろした。
ラヴィの目が開いている。
だいぶ回復できたという事だろうか。
さすがリオだ。チート鳥の異名は伊達じゃないな。
まあ、オレしかそう呼んでないけど。
「な、なんで。ワタシはまだ……」
「ラヴィの様子が気になって集中できていないだろう?」
「うっ……でも……」
「見ての通り、ラヴィは今治療中だ。傍にいてやれ」
紅鎧はオレ達のほうを見て、雄たけびを上げながらドラミングをしている。
「ワタシ達は、あなたの役に……」
「ファム!」
オレはファムの言葉をさえぎって、彼女の名前を呼んだ。
そして、まっすぐ彼女の目を見て、言葉を続けた。
「二人とも十分すぎるほど役に立っている。オレが勝手に引き受けた依頼だったのに、よく戦ってくれた。難しい相手だったというのに、よく二匹倒してくれた。礼を言う。ありがとう」
ファムが今にも泣きそうな顔をしている……ような気がする。
「後はオレにやらせてくれ。オレが受けた依頼なんだしな。何より、二人の頑張りにオレも応えたいんだ。頼むよファム。オレにも見せ場をくれ」
「……ずるい」
ファムが俯きながら、言葉を漏らすようにそう言った。
「……え?」
ずるい? 何がだ?
「そういう言い方をされたら、断れない」
了承してくれたということでいいのだろう。
だったら、オレのセリフは一択だ。
「ありがとう」
それだけ言って、オレは紅鎧の方に振り向き、腰の剣を抜いた。
「リオ。すぐに済ませる。ラヴィの治療はそのまま続けてくれ」
「うん。わかった」
オレは念話は使わず直接声でリオに伝え、そしてリオも言葉を口にしてくれた。
ファムが驚いたように大きく目を開き、リオを凝視している。
そりゃあ、やっぱ驚くよな。ははは。
だが、その話は後だ。
「トーヤ」
「うん?」
「男なら、ここで格好いいところ、見せてよね」
「ああ、任せろ」
オレは紅鎧に向けて一歩踏み出す。
紅鎧も、オレ達の方に近づいてくる。
オレは一度大きく息を吐き出し、そして先程同様、地を強く蹴りだした。
さっきファムを抱き上げた時で分かっている。
スピード強化を受けているオレのスピードに、紅鎧はついてはこれない。
すばやく紅鎧の目の前に移動し、そのまま低い位置で剣を構える。
高周波振動を作動させながら、その右腕の付け根を目掛け剣を斬り上げる。
特に大きな抵抗も感じず、オレの剣は紅鎧の右腕を斬り落とした。
うん。リオの言った通りだ。
高周波振動なら、問題なくこいつらの体毛すらも斬れるようだ。
オレはそのまま、相手の左腕をも斬り落とし、そして最後に首を刎ねた。
両腕と首を失くした紅鎧の大きな体が、ゆっくりと後ろに倒れた。
それで、全てが終わった。
オレは剣を鞘にしまい、皆の元へと歩いて戻った。
「お見事。トーヤ」
「やっぱり、トーヤさんは強いですねぇ」
リオと、上半身を起こしたラヴィがそう言ってねぎらってくれたが、ファムは口を開けたまま、なんか固まってしまっているようだ。
そのファムの視線はオレではなく、オレの後ろ、倒れた紅鎧に向いているみたいだ。
それはともかく、やはり今一番気になるのはラヴィの具合だ。
顔色も悪くないし、上半身を起こしているのだから、もう大丈夫ということなんだろうが、それでも一応は確認しておきたい。
「ラヴィ。体はどうだ? もう大丈夫か?」
「はい。リオちゃんが回復してくれましたので。リオちゃんもすごいですよね。アタシ一瞬、あ、これはダメかもって思ったんですよ? なのに今はもう全然。なんなら、今からまたもう一戦できちゃいそうです。これって、かなり上級な治癒魔法だったんじゃないですか?」
「そんなことないよ。ボクのは普通の治癒魔法さ。ラヴィの体が頑丈だったんだよ」
「ははは。やだなぁ、リオちゃんてば。それって女の子への誉め言葉じゃないですよ?」
「そう? ボク的には十分に魅力的な要素だと思うんだけどな。ね? トーヤ」
「……オレに振るな」
「そうなんですか? トーヤさんの好みって、体の頑丈さだったりするんですか?」
「あのな。……オレの好みなんてどうでもいいだろう」
「いえいえ。良い機会なので、一応参考までに聞いておこうかと」
「トーヤの好みはね。まずは耳かな」
「ほおほお。耳ですか。それはまたマニアックな」
「――おい!」
そのやりとりに、オレはちょっと苦笑してしまったよ。
死にかけた直後の会話にしては、えらく和やかに交わされているよな。
だが、そんな会話に入れていないやつもいる。
もちろんファムのことだ。
「……な、なんなの、貴方のその強さは。あの紅鎧をこうもあっさりなんて。ワタシ達と戦った時にはそこまでの強さじゃなかった。それとも、手加減していたってことなの? それにその鳥。なんでしゃべってるの。なんで魔法を使えるの。そして、そして、なんでラヴィは普通に会話しちゃっているの!?」
あ、ファムがパニクってる。
「落ち着け、ファム。ちゃんと全部話すから。疑問があるなら、全部ちゃんと答えてやるから」
「あ、じゃあ、ぜひトーヤさんの好みについても……」
「――ラヴィは黙ってろ!」
あ、やばっ! 強く言い過ぎたか?
ラヴィがしゅんと……なっていないな。うん。
オレは二人の傍に腰を下ろし、再び胡坐を組んで座った。
「まず誤解を解いておくが、あの時オレは決して手を抜いてはいないぞ。今紅鎧を瞬殺できたのは、この剣のおかげだ。こいつはちょっと特殊なんだ。よく斬れる魔法が付与されている。お前たちと戦った後、カミーリャン商会を襲撃する直前に手に入れたものだ。ちなみに、その魔法を付与したのがリオだ」
「すごいでしょ? 自分でも会心の出来だと自負しているんだ」
そう自慢気に語るリオをじぃっと見つめながら、ファムが口を開いた。
「……この鳥はなんなの?」
「知っての通り、名前はリオ。見た目は普通の鳥だけど、その正体は魔法疑似生命体だそうだ」
「なんなの? その魔法……なんとか生命体って」
「魔法疑似生命体。詳しくはオレも知らない。魔法で生み出され、魔法で動いている、そういう生き物とオレは思ってる。だから、こと魔法に関しては、かなりのエキスパートだな」
ファムの視線の先で、ラヴィとリオがじゃれあっている。
「へえ、そうなんだ。リオちゃんてすごいね」
「ふふふ。まあね」
……なんなんだ、この二人は。
あ、今ファムの左目がピクピクってしてた。
「……ラヴィは知ってたの?」
「アタシ? 何を?」
「リオのことよ。なんか普通に会話しているけど。知ってたの? そのなんとか生命体だって」
「ううん。知らないよ」
「じゃあ、なんでそんな簡単に受け入れているのよ!」
「なんでって言われても……。あ、普通の鳥さんじゃないってことは何となく分かってたかな。でも、会話ができて、魔法も使えちゃうとは思わなかったよ」
ああ、やっぱりラヴィのほうは何となく察していたんだな。
そんな気はしてた。
「あ、トーヤさん。アタシも聞いていいですか?」
……まさか、またオレの好みがどうとか言い出さないだろうな?
「……なんだ?」
「アタシの耳は……」
「――却下だ!」
「ひ、ひどいですぅ」
ラヴィって、こういうキャラだったっけ?
もしかして紅鎧の一撃で? 打ち所が悪かったとか?
「コホン。というのは冗談でして。もしよろしければ、トーヤさんの正体も教えてもらいたいな、と思いまして」
「……この人の正体? まさか、あなたもなんとか生命体なの? だから、見た目は人族なのに、あんなに強いの?」
「オレは普通の人だよ」
「うそ!」
……ファムに速攻で否定されたよ。
さて、どう説明しよう。
異世界から来た、といって信じてくれるものかな?
「嘘じゃないさ。ちょっとばかり生まれ育った場所が違うというだけだ」
「……どういう意味?」
「この世界とは違う、異世界から来たと言ったら、信じるか?」
ファムとラヴィが目を大きく開いて、それからお互いの視線を交え、そして再びオレを見た。
口を開いたのはファムだった。
「……まさか、《ダーナの扉》が開いたの? あなたは、新たな《来訪者》だというの?」
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