45. 三匹の紅鎧
※ 2017/08/18 主に改行位置など修正。内容自体に変更無し。
「……大丈夫です。アタシ達がやります」
ラヴィはそう言うとファムと視線を交わした。
お互いに頷き、それぞれに武器を構える。
紅鎧三匹もこちらに気付いたようで、こっちを向いて睨んでいるようだ。
「おい、ちょっと待て」
「問題無い」
ファムがそう言うと、二人はオレの制止を無視して駆け出した。
紅鎧の二匹が口を大きく開き、咆哮を上げる。
さらには大きな動作で、両腕で胸を叩き始めた。
あれは、ドラミング? もしかしてゴリラの一種なのか?
体も大きいが、腕も異様に長い。
普通に立っていて、手が地面に付くくらい長い。
つまりは、リーチがとんでもなく広いということじゃないのか?
『リオ、どうなんだ? 二人で倒せる相手なのか?』
『……正直、微妙だと思う』
――なっ!?
そんな強い相手なのか?
どうする?
二人には悪いが、オレも参戦すべきか。
でも、二人はやらせてくれと言っている。
ここは二人の意を酌むべきなのか?
どうする?
どうすべきだ?
いや、迷っている時じゃない。
大切なものを間違えちゃいけない。
大切なのは、彼女たちの命だ。
後で怒られるかもしれないが、二人の命には代えられない。
オレは腰の剣を抜いた。
「トーヤさん!」
紅鎧と対峙しながら、ラヴィの大きな声が響く。
「お願いです。任せてください」
ラヴィには、剣を抜く音が聞こえたのかもしれない。
だから、オレの方を見ずに、オレに背を向けながらも、オレを制止するのか。
「だが……」
相手は強力なのだろう?
なんでそこまで、二人でやることにこだわるんだ。
一歩間違えたら、死ぬかもしれないんだぞ。
声には出せなかった。
そんなセリフでは、たぶん彼女たちを止められないだろうから。
じゃあ、どうすればいいんだ。
『トーヤ、やらせてあげようよ』
『っ! リオまで。どうして? 危ないんだろう? なのに、何故二人だけでやらせないといけないんだ』
『仲間でもさ、そういう時ってあるんじゃないかな』
『そりゃあ、あるかもしれない。でも、それは今じゃないだろう。今はその必要ないだろう』
『トーヤはそう思うかもしれないけど、彼女たちはそうは思っていないんじゃないかな。彼女たちにとっては、今が、まさにその時だと思っているんじゃないかな。分かってるんじゃない? トーヤにもさ』
――ぐっ!
オレは言葉に詰まってしまった。
確かに、彼女たちが、今がその時だと思っていることが、何となく分かる気がしたんだ。
ずっと言ってた。
オレの役に立ちたいんだと。
フルフの町を旅立った時から言ってた。
オレに恩を返すのだと。
さっきも言ってた。
そのための見せ場をくれと。
………………ああっ、もうっ!
オレは剣を鞘に納めた。
「分かった。二人に任せる。ただし、危ないと判断したら、オレは迷わず参戦するからな」
オレは岩の上に腰を落として、胡坐を組んで座った。
「はーい」
「ええ」
ラヴィのどこか緊張感の無いような返事と、ファムのちょっと笑みを含んだような返事が聞こえてきた。
『ふふふ。大人じゃん、トーヤ』
『ちゃかすなよ。それよりホントにいざとなったら介入するからな。場合によっては、リオに治癒や回復をしてもらう。その際には、リオの正体もばれると思うし、そうでなくでも、この戦闘が終わったら、リオのことは二人に話す。リオだけじゃなく、オレのこともだ』
リオと視線が合う。
だがリオから反対の声は出て来ない。
むしろ、微笑んでいるようにオレには見えた。
『たぶん、そういうことを秘密にしていることが、二人がいつまでたっても、オレが信頼していないんじゃないかと考えてしまう元になっていると思うんだ』
『うん。それでいいと思うよ』
オレは腕を組みながら、改めて状況を確認した。
相手は三匹。内二匹がそれぞれラヴィとファムに相対している。
もう一匹は一歩引いた形で双方を見比べているようだ。
『リオ。この紅鎧というのはどういう相手なんだ?』
『正式な名称は紅大猩々だったかな。紅鎧というのは俗称だね。本来なら、もっとずっと北の方で生息しているハズの獣だよ。この辺りに出没するなんて、少なくともボクは聞いたことがないよ。だから、町の人たちは奴らの正体が分からなかったのかも』
二人とも迂闊に近寄ることは流石にしないようだ。
あの長い腕が届かない距離を維持している。
『特徴的なのは、まずあの長い腕。あれを縦横無尽に振り回してくるんだ。破壊力もあるから、一発でも貰うとアウトだよ。だから、迂闊に近寄れない。そしてもう一つ気を付けないといけないのが、その身軽さだよ』
ファムに対峙していた一匹が一瞬しゃがんだかと思ったら、大きく飛び跳ねた。
――た、高い!
器用に空中でくるりと一回転してから、両手を広げてボディプレスのようにファムに伸し掛かろうとする。
この攻撃って、某MORPGでも見た気がするのは気のせいか?
ファムは危なげなくその攻撃を避け、伸し掛かろうとして失敗して倒れている相手目掛けてナイフを放つ。
だが、そのナイフが相手の体毛にはじかれてしまった。
『もう一つの特徴が、あの紅い体毛だね。強くしなやかで、ほとんど刃を通さないし、打撃も効かない。しかも奴らの汗には油のような成分が混じっているらしくて、すべりやすいから掴みにくい。つまり、近接系の攻撃をほぼ無効化してしまうんだ。だから、紅い鎧。紅鎧と呼ばれる所以なんだよ』
『それって……』
『そう、ファムとラヴィでは、相性が悪いんだ』
『弱点は?』
『一番簡単なのは燃やしてしまう事。奴らの体毛も、油の混じっている汗も、非常に燃えやすいから。だから通常、紅大猩々の討伐には火の魔法を使える人を入れておくんだよ』
ファムとラヴィは魔法を使えない。
事前に正体が分かっていたら、それなりの準備ができたかもしれないが。
だから、長槍やナイフで対応するしかない。
『槍やナイフでは、全く手がないのか?』
『体毛に覆われていない箇所が一か所ある。そう、顔の部分。そこを狙うのが、唯一の攻撃手段だと思う。ただし、さっきも言ったけど、相手の攻撃を一度でも受けてしまうとアウトだ。攻撃を全て避け、すばやく動き回る相手の顔面を狙う。だから、かなり難易度が高いんだ』
ファムが相手をしている紅鎧が、ファムを掴もうと腕を振り回している。
ファムはそれを避けながら、相手の顔目掛けてナイフを放つ。
しかし相手も腕を盾にして、ファムのナイフをはじいてしまう。
ラヴィのほうの相手は、腕を大きく振りかぶってラヴィ目掛けて振り下ろしのパンチを放っている。
ラヴィがそれを避けながら、顔に向かって長槍を突き出す。
相手も避けるが、何回かに一度は僅かにかすっているようだ。
だが、当然ながら致命傷までには至っていない。
正直、見ているこっちはハラハラしっぱなしだ。
相手の攻撃はなんとか避けているが、二人の攻撃もほとんど効いていない。
そんなふうに見える。
これでは、まさにジリ貧じゃないか?
だが、斬撃が効かないとなると、オレならどうする?
『リオ、高周波振動なら、なんとかできると思うか?』
『そりゃあ、あんな体毛くらい、問題なく斬れるんじゃない?』
『……そ、そうか』
やっぱコイツはチート武器かよ。
だが、それならば、いざというときは参戦して何とかなる。
「……あっ」
オレは思わず小さな声を上げてしまった。
普通の人族ならば当然聞こえないだろうが、ファムとラヴィには聞こえていたかもしれない。
今まで状況をただ見ていたもう一匹の紅鎧が、近くの岩を握り、振りかぶったのだ。
ほとんど膠着しているように見えるこの状況において、敵側の増援はまずい。
オレはそう思って、リオに固定を頼もうかと考えたが、首を横に振ってその考えを追い出した。
まだオレが介入するほどのピンチになったわけじゃないんだ。
だけど、ホントにピンチになってからじゃ遅いということもありえるんじゃないのか?
そんな不安が頭を過ってしまう。
三匹目の紅鎧が、ラヴィに向かって岩を投げた。
ラヴィはそれに気付いていた様子で、なんなくその岩を避ける。
むしろラヴィが相手をしていた紅鎧のほうが、それに驚いたのか振り返った。
その隙をついて、ラヴィが長槍を持ち替え、力いっぱい地面に突き刺した。
ん? 地面に?
オレにはその意図が分からなかった。
だが次の瞬間、耳を裂くような紅鎧の叫び声が上がった。
『そうか。足の指先だ。手もそうだけど、指先は体毛で守られていないから』
リオが感心した時、ラヴィの長槍が叫び声を上げている紅鎧の口の中に突き刺さり、後頭部の後ろにその刃先が見えた。
――よしっ!
オレは思わず前のめりになって両手を握りしめていた。
残り二匹だ。これなら!
そう思ってファムのほうに視線を向けた時、ファムが相手をしていた紅鎧は、先ほどの仲間の叫び声に反応して横を向いていた。
その隙をつき、ファムが岩場を利用して高く跳び上がる。
紅鎧の頭の後ろから、ファムはトレンチナイフを指にはめたまま両手を組んで大きく振りかぶった。
紅鎧がそれに気付いてファムの方に振り向いたとき、ファムはするどい掛け声と共に、合わさった両手のナイフの刃を、紅鎧の額に深々と突き刺していた。
再び大きな叫び声が周囲に響き渡る。
――よしっ! あと一匹だ!
そう思ったとき、その最後の一匹が右腕を大きくしならせているのが見えた。
――マズい! ファムはまだ空中にいる。アレは避けられない!
『リオ!』
オレはリオに念話で声を掛けながら、岩の上を飛び降りた。
オレの足が地に付く前に支援魔法がかけられたことを感じた。
「ファム!」
ラヴィが叫びながらファムを突き飛ばす姿が目に入る。
そして次の瞬間、紅鎧の腕が大きく横に払われ、ラヴィの体を捉える。
直撃!? いや違う、槍で受けている! だが……
槍の柄が折れ、ラヴィの体が吹き飛ばされた。
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