44. 怪物退治
なにかと脱線の多いガーウェンの話をまとめると、要は怪物退治をして欲しい、ということだった。
何でこんな一言で済んじゃう話を、長々と三十分以上もかかってしまうんだ?
ホントによくこれで町長が務まるモノだと、逆に感心してしまうよ。
話を簡潔に要領よくまとめるというのも、一般社会では大切なスキルだと思うんだけどな。
それはさておき、オレはこの依頼を受けることにした。
酔っ払いの男のことなどどうでもいい。
むろん、こちらから謝罪する気などさらさら無い。
だが、オレもハンターの端くれだ。
このままハンターの名を地に落としたまま知らん顔で通り過ぎては、師匠に合わせる顔が無いような気がしたんだ。
問題は、怪物というのがどういう存在なのかということなんだが、その辺はガーウェンも詳しくは分からないそうだ。
ガーウェン曰く、実際に出会った人の話を総合してみると、全身毛むくじゃらで、背丈は大人の倍以上あって、大きな牙と鋭い爪を持っているそうだ。さらに、それが三匹でまとまって行動していて、山の中を徘徊しているらしい。
現時点では誰か襲われたとかいった被害は無いが、おかげで山の中に迂闊に入れないし、いつ町に降りてきてしまうかと心配なのだそうだ。
確かに、そんな怪物が街中で暴れでもしたら大事だろう。
およそガーウェンが知っている情報を貰った後、オレ達は山の麓までガーウェンの用意してくれた馬車で送ってもらい、そして山の中に入って行った。
オレ達が登っていく山道は、ちゃんと草木が刈られていて、ある程度歩きやすくはなっている。だが、それでも山道は山道だ。それなりに傾斜もある。
ファムとラヴィは、何の問題も無いとばかりにずんずんと進んでいくが、そういう道を歩き慣れていないオレには、正直ちょっと辛い……
「怪物が何度か目撃されている岩場まで一本道なんですよね?」
「ああ、ガーウェンはそう言っていたな。もっとも、一刻くらい歩くとも言っていたがな」
こちらの世界での一刻というのは、あちらの世界ではだいたい二時間くらいだと思えばいいだろうか。
リオに聞いたところによると、日の出から日没までを六分割したのが昼の一刻。
同様に日没から日の出までを六分割したのが夜の一刻らしい。
それでは季節によって一刻の表す時間の長さが違ってしまうだろうに。
実際今の季節なら昼の方が少し長くなっているハズだ。
それじゃ不便じゃないかとも思うのだが、どうも誰も気にしていないようだ。
だが、今はそんなことより、この山道を約二時間も歩くことのほうが問題だよな。
「これくらいの山道なら、一刻くらい何でもないでしょ?」
ファムが事も無げにそう言う。
ううっ、マジですか?
あちらの世界育ちの現代っ子にはちょっと辛いモノがあるかもなんだが。
それとも、もしかしてだけど、今回オレが勝手に依頼を引き受けたこと、怒ってたりする?
うーん。聞くのが怖い気もするんだけど、一応聞いておくか。
「今更だけど、悪かったな。この依頼、オレの一存で勝手に受けてしまって」
「別に。好きにすればいい」
ファムの返答が素っ気ない。
ううっ。やっぱ怒っているのか?
「ファム。そんな言い方したら、トーヤさんが誤解するって」
「誤解も何も。言葉通りよ」
「もう! トーヤさんは自分の思う通りに動けばいいんです。アタシ達はそれに付いていくだけですから。そうでしょ? ファム?」
「そう言っている」
そ、そうなのか? 怒ってないのか?
ファムに視線を向けると、一瞬目が合い、でも彼女はすぐに視線を外してしまった。
言葉って不思議だよな。
言い方一つで印象が丸っきり反対に思える。
「そう言ってもらえると助かるよ」
でも、その言葉に甘えてばかりはいられないよな。
今度から、できるだけちゃんと相談するようにしようと思う。
「ところでトーヤさん」
「ん?」
「怪物だということですが、どんな相手だと思いますか?」
先を歩いているラヴィが振り返りながらオレに聞いてきた。
それはオレもずっと考えていたことだ。
オレはこの世界で、怪物とか化け物とかいう存在にはまだお目にかかっていない。
……まあ、師匠はある意味化け物のような存在だが、それは置いておこう。
「そうだな。話を聞く限りでは熊のような印象を持ったんだが。でも本当に熊なら、ここまで大騒ぎにはならないだろう?」
「そうですよね。少なくとも正体不明とはならないと思いますけど」
だよな。
少なくとも、よく知られた存在でないことは確かなんだろう。
リオもそれについては何も言ってこない。
それはつまり、分からないということなのだろう。
そうは思いつつも一応念話で確認してみた。
『リオはどう思う?』
『情報不足だね。まだ分からない。この辺にはそんな怪物と呼ばれるような存在はいないはずなんだけど』
『そうか』
予想通りの答えだった。
ちょっと引っかかったのは、この辺じゃなければ、怪物と呼ばれる存在がこの世界にはいるということなのか?
まあいい。
今はそれもちょっと置いておこう。
でも、だとすると……
オレは前方を全く苦も無く歩いていく二人のほうに視線を向けた。
二人が持つ武器に。
ラヴィは背に長槍を、そしてファムは腰の後ろにトレンチナイフを持っている。
当然二人は自分たちも戦うつもりなのだろう。
でも、そんな正体不明の相手と、この二人を戦わせていいのだろうか?
「そんな得体のしれない相手だが、二人は戦えそうか?」
オレの問いに二人が足を止めて振り返った。
一度お互いの視線を交え、頷き合ってから再びオレのほうを向く。
「別に。古竜を相手にするわけじゃないから、問題無い」
「そうそう。ちょっと体の大きいだけの獣なんて、たいしたことないです。むしろファムとアタシだけで十分ですよ。トーヤさんは見学でもしててください」
二人のセリフは頼もしいことこの上ないが、そうもいかないだろう。
「いや、でもまだ正体が分からないし、相手は三匹いるんだから」
「問題ない」
「大丈夫です」
ラヴィは自信を示すように、右手でトンと自分の胸を叩きながら言った。
「アタシ達に見せ場をください。役に立つところをお見せしますから」
今まででも十分に役に立っていると思っている。
本当にそう思っているんだが。
まだ自分たち自身では納得できていないという事なんだろうか。
それと、二人の強さは十分に分かっているつもりだ。
そこらの獣相手に後れを取るなど想像できない。
でも、信頼していることと、心配してしまうことは、やっぱ別なんだと思う。
「とにかく、まずは相手の正体をちゃんと確認してからだな。大丈夫そうなら、もちろん二人に任せるから。そのときはよろしく頼むよ」
二人はそれで一応納得してくれたのか、一度頷くと再び山道を登り始めた。
しばらくしてようやく目的地らしき岩場に到着した時、予想通りというべきか、オレはかなり息が上がっていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ……」
ラヴィが心配してくれて声をかけてくれたのだが、正直今は返事をするのも辛い。
変な見栄を張らず、リオに支援魔法をかけてもらうべきだったかも。
「ワタシ達と戦っているときには、もっと体力がありそうだったけど……」
ううっ。カッコ悪い。
魔法を使わない、素での体力強化もしないといけないとは思うんだが、
こればっかは一朝一夕でどうにかなる問題でもないしな。
オレの醜態に比べ、二人は平然としている。
全く息を切らせていない。
「戦うのとは違って、こういうのはちょっと苦手でね」
我ながら、こんな言い訳ではちょっと苦しいよな……
「少し休めば回復する。それより周りの様子はどうだ? 怪物とやらはいそうか?」
「いいえ。何も気配は感じませんね。のどかなものですよ」
ラヴィの答えに、ファムも頷いて同意を示している。
「周囲の警戒はアタシ達がやっていますから、トーヤさんは休んでいてください」
その言葉は実際ありがたいが、少々自分が情けないかもしれない。
いや、しれない、じゃなくって、ホント情けない。
『ま、しょうがないね。体力面では人族は獣人には敵わないよ。もちろん、トーヤはもう少し鍛えた方がいいとは思うけど』
『分かっているよ。っていうか、痛感したよ。それよりリオのほうはどうだ? 何か索敵に引っ掛かるものは?』
『無いよ。ラヴィの言う通り、のどかなものだよ』
『そうか。何かあったらすぐ知らせてくれよ』
『うん。分かってる』
オレは大きな岩の上に座り込んで、水を飲みながら周りを見渡した。
ここは森の切れ間で、すぐそこには湧水でできた小さな小さな泉がある。
そこからちょろちょろと水が流れているから、ここは川の源流なのかもしれない。
町の人はここまで登り、この泉で水場の確保をし、その周囲を散策して薬草や山菜、または薪を集めたりしているそうだ。
もちろん水は人だけでなく、獣たちにとっても必要なものだろう。
だから怪物達とこの水場で鉢合わせてしまったということだと思う。
オレは大きく手を広げて、大の字で寝そべった。
穏やかな日差しと、風が本当に心地いい。
ちょっとした森林浴といったところだろうか。
目を閉じて耳を澄ませてみる。
オレに聞こえてくるのは、水が流れる微かな音、風に揺らされこすれあう葉擦れの音、そして遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声くらい。
みんなが言う通り、のどかなものだ。
もちろんここへ来た目的を忘れてはいないが、気分的にはもう、獣耳娘達とピクニックに来たようなものだ。
悪くないな、こういうのも。
今度機会があれば、ホントにみんなでピクニックでもしてみたい。
でも、それまでには体力はなんとかしないとな。
周りを警戒している二人には悪いと思いつつも、平和な状況に少しうとうとし始めたとき、それが現れた。
『トーヤ、来た』
リオの念話でオレは目を開き、すばやく上半身を起こした。
『前方11時の方向。情報通り三体』
リオが続けてそう教えてくれたが、オレにはまだ視認できない。
相手はまだ森の中らしい。
そんなオレの様子に気付いたラヴィが声をかけてきた。
「トーヤさん?」
オレはそれに答えずに、前方を凝視している。
まだ見えない。
相手はどんなやつなんだ?
「どうしたの? まだ何も――」
「待って」
ファムのセリフを遮るようにラヴィが鋭い声を出し、オレと同じ方を凝視し始めた。
ラヴィのウサ耳が前方を向いてピクピクしている。
「まさか……」
ファムも同様に前方を見始める。
「人族なのに、ワタシ達より早く気付いたというの……?」
ファムの小さなつぶやきがオレの耳に届いた。
だが、今それはスルーさせてもらう。
うまく言い訳できないしな。
『出てくるよ』
「来ます」
今度はリオとラヴィがほぼ同時に言った。
そして現れた三体の獣。
全身を紅い毛で覆われ、二本足で歩く巨躯。
その姿を視認したとき、ファムがまた小さくつぶやいた。
「……紅鎧」
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