42. 酒場での小さな騒動
フルフの町を出立して三日後の夜遅くに、オレ達は小さな町に到着した。
この三日間、特に大きな問題は無く順調だったと思う。
狂暴な獣にも、盗賊などに出会うこともなかったしね。
それに二人のサバイバル能力というか、アウトドア能力というのか、それはすばらしいものがあることがよく分かった。
野営地を決めた後、二人がそれぞれ食料を調達に行ってくれたのだが、ほんの数十分ほどで何匹もの獣を狩り、食べられる山菜や根菜などを沢山摘んできてくれたんだ。
ラヴィ曰く、音や匂いで探り当てるのだそうだ。
「どうです? アタシたち、役に立つでしょう?」
そう手を腰に当て胸を張って見せるラヴィに、オレは「ああ」とだけ答えておいた。
決して、ただでさえ大きいラヴィの胸が、張られたことで強調されて、ドキドキしてしまったわけではない。決して違う……よ?
あとは、あえて言えば、二人には何度か手合せを願われたくらいか。
ラヴィとは三回、ファムとは八回ほどやった。
もちろん、オレはリオから支援魔法をかけてもらったので、高周波振動モードや《放電》は封印していても、危なげなく全勝させてもらった。
支援魔法を使うのは文字通りズルいとは思うが、それが無かったら、オレの全敗は間違いないだろう。二人のスピードについていけないだろうから。
でも、それは二人が望んでいることではないと思う。……たぶん。
オレに負けたことに、ラヴィは少しは悔しがりはするものの、割とあっけらかんとしている。
それに対してファムはすごく悔しそうだ。
たぶん、かなりの負けず嫌いなんだろう。
ファムには今日だけで三度も挑まれてしまい、そのために町に到着するのがかなり遅くなった。予定ではもう少し早く到着するつもりだったんだ。
もっとも、この手合わせもまた会話同様、オレ達とって大事なコミュニケーションの一つなんだと思う。実際そのおかげで会話なんかも結構多くなったし、少しは距離が縮まったのではないだろうか。……オレの気のせいじゃなければ嬉しいが。
門を通り抜けるとき、そこにいた門番に宿の位置を教えてもらった。
この町には旅人が泊まるような宿は一つしかないそうだ。
馬を降りて引いていたオレ達はすぐにその場所を見つけることができた。
「馬小屋は閉まっているようだな。ファム。馬はオレとラヴィで見ているから、部屋が空いているか聞いて来てくれるか?」
「ええ」
ファムは自分の馬の手綱をラヴィに渡すと、宿の中に入っていった。
「もうだいぶ遅い時間ですからねぇ。宿で食事は無理かもしれませんよ」
「かもな。もしそうだったら、あそこ、あの明るいところ。あそこは酒場じゃないか? だったら、なんか食い物はあるんじゃないか?」
町全体は夜中ということもあり暗いのだが、ちょっと先の方で、一軒明るい建物がある。足取りが危うそうな男らしき人影が出ていくのが見えたし、少し騒がしいようだから、これまたこの町唯一の酒場だったりするのではないだろうか。
「いいですね。そうしましょう」
「二人は、ああいう店は大丈夫か? 酒は飲めるのか?」
「へへへ。これでもアタシ、お酒は結構強い方ですよ。荒くれ共に鍛えられましたからねぇ。こっちの勝負なら、トーヤさんに勝てちゃうかも。どうです? 一勝負してみますか?」
荒くれ共というのは、カミーリャン商会の《黒蜂》の連中のことだろう。
そういった連中に鍛え上げられたやつに、数えるほどしか酒を飲んだことが無いオレが勝負になるわけがないよ。
「止めとくよ。勝てる気がしない。ファムは? 強いのか?」
「ファムに挑むのはもっと止めといた方がいいですね。アタシでも勝てませんから」
「……了解」
聞いといてよかった。
昼間の続きとばかりに勝負を挑まれたら、速攻で逃げるか降参するとしよう。
そこへ、宿の扉が開き、ファムが戻ってきた。
「お待たせ。部屋は空いていたので取っておいたわ。馬小屋の鍵も預かってきたから、今開ける。けど、夕食はもう時間が遅いから用意できないって」
オレとラヴィは視線を交えて頷き合った。
どうやら予想通りのようだ。
「ファム、あそこ」
「夕食はあそこで済ませようかとラヴィと話していたところだ。ファムもそれでいいか?」
「ええ」
「よし、決まりだ」
オレ達は馬小屋の中に馬を入れた後、鍵を返してから酒場へと向かった。
酒場の中は混んではいたが四人掛けの席を確保することができた。
料理についてはよくわからないので、二人にお任せだ。
二人とも慣れているのか、次々と注文する品を挙げていく。
「……あとは、ソーセージの盛り合わせと、うーん」
「朝鳥の蒸し焼きもお願い」
「ファムは、それ好きだよねぇ。あと、土豚の肉団子かな。トーヤさん、何かありますか?」
「いや、任せるよ」
「じゃあ、それくらいかな。あ、麦酒三つは早くお願いね」
注文を取ってくれた男が頷きながら厨房へとかけていった。
その姿を目で追いながらも、オレは酒場の中をぐるりと見渡してみた。
オレ達が座った四人掛けの席は全部で五つ。だけどイスが用意されているのはそれだけだ。あとは立ちながら使うことを前提にしたちょっと背の高い丸テーブルが十脚くらい。そしてカウンターだが、ここにもイスは無い。
この店は基本的に、立ち飲みスタイルということなんだろうか。
「はい。おまちどうさま」
「来た来た!」
待ってましたとばかりにラヴィが取っ手の付いた小さな樽のようなカップを受け取って、オレとファムの前に置いてくれた。
中を見てみると黒い液体が入っている。以前ココのいる村でも麦からできたという酒を少し飲んだが、あれは水のように透明だった。名前からしてこれも麦から作られていると思うのだが、種類が違うのだろうか。
「じゃあ、いただきましょう。はいはい。かんぱーい」
「お、おお、かんぱーい」
「ん」
ラヴィの合図にオレもつられたが、ファムは軽くカップを上げただけで口を付け始めていた。
オレも一口飲んでみたが、ココのいる村で飲んだものと違うということはもちろん分かったが、これが旨いのかそうでないのか、オレには酒の味はよくわからないよ。
ラヴィは既に飲み干したらしく、次を頼もうと店員に声をかけ始めている。
おいおい。ペース早くないか?
そう思っていたところへ、声をかけてきた男がいた。
「おーい、兄ちゃん。すっごい美人を二人も侍らして、いい御身分じゃねぇか」
オレ達のより大きいカップを片手に寄ってきた男は、顔が赤くなっていて見るからに酔っぱらっているようだ。足取りも結構危うい。
そっか。これだけの美少女二人がこんな場所に来たら、絡んでくる酔っ払いがいても不思議じゃないよな。そのことには失念していたよ。
「どっちか一人くれよ。な? いいだろう? 兄ちゃん」
――んなわけいくか!
とは思いつつも、酔っ払い相手にまともにやり合ってもしょうがない。
なんとかここは穏便に済ませよう。
そう思ってたんだ。本当に。この男の次の言葉を聞くまでは。
「いいじゃねぇか。獣人の女なんざ、どうせ奴隷だろう? 毎晩楽しんでんだろう? 一度くらい俺にも味見――うわっ」
オレは、カップの中身を男に向かってぶちまけていた。
店の中の喧騒が止み、周囲が一瞬静寂に包まれる。
ラヴィとファムもまた、驚いてオレを見ている。
うん。やった本人であるはずのオレも、実は驚いているよ。
でもさ。なんか、カチンと来たんだ。
獣人の女なんざ? どうせ奴隷?
相手は酔っ払いとはいえ、悪いけど、笑って許してやる気にはなれない。
だってこの子たちは、恩を返したいとオレに付いてきてくれた子達だぞ?
何より、とっても素敵なウサ耳とネコ耳の美少女たちなんだぞ?
だから、オレは男を睨みつけてやった。
男は両目を瞬かせている。何が起こったのか、まだ理解ができていないようだ。
同じようなことが、以前にもあった気がする。
そうだ。ラカの町を出発する直前に、ザムザのセリフにキレたんだった。
ついでに思い出した。あのとき、リオに威圧や殺気を増幅してもらったことを。
『リオ。聞こえるか?』
『聞こえているし、状況も分かってるよ。なんかデジャヴュを感じるんだけど、ボクの気のせいかな?』
『ああ、オレもだよ。で、あの時と同じように、オレの威圧を目一杯増幅してくれないか?』
オレが男を睨みながらそう念話で話していると、ファムとラヴィがまるで示し合わせたかのように同時にスッと立ち上がった。
『うん……でも……必要ないかもよ?』
『ん?』
それはどういう意味かと尋ねようとしたとき、二人が男に向かって動き出していた。
「トーヤさんはここにいてください。すぐに済みますから」
「二人分の麦酒、追加しておいて」
そう言うと、二人はあっけにとられている男の腕を取った。
「さあ、おじさま。お望み通り付き合って差し上げますから、お外へ行きましょうか」
そうして男は、笑顔のラヴィと冷ややかな目をしているファムに、店の外へと引きずられて行ってしまった。
『……リオ』
『何?』
『大丈夫だとは思うけど、一応注意しておいてくれるか?』
『この二人が、こんな酔っ払いに負けるとでも?』
『いや、逆。やり過ぎないようにさ』
『……了解』
とり残されたオレは、店の中で事態の収拾担当ということだろう。
オロオロしている店員に向かって、お騒がせしたことと床を濡らしてしまったことを謝罪し、二人に言われた通りに麦酒を二つ、いやオレの分を合わせて三つ追加注文した。
あと、こちらに注目していた周りの人にも、同様に騒がせて済まなかったと言って頭を下げておいた。
店員が追加した麦酒と料理の皿を運んできた時、二人も戻ってきて、まるで何事も無かったかのように席についた。
酔っ払いの方は、戻って……こない?
「……生きているだろうな」
「もちろんですよ。ちゃんと分かってくれたみたいですよ?」
……何を分からせたのやら。
「で? 今やつはどうしているんだ?」
「よっぽど疲れていたんですねぇ。店の前で眠ってしまったようですよ」
ラヴィは肉団子をほおばりながらそう言った。
ファムは麦酒片手に朝鳥の蒸し焼きを幸せそうに食べている。
まぁ、二人とも武器は使っていなかったようだし、死なせていないなら良しとするか。
「あんまり無茶はしてくれるなよ?」
「こっちのセリフ。何故あそこで怒ったの? ワタシ達は気にしないのに」
「そうですよ、トーヤさん。獣人の女が奴隷に見られるなんてよくあることです。まあ、ちょっと下品ではありましたが、酔っ払いなんてあんなもんです。いちいち腹を立てていたら、身が持ちませんよ?」
あ、あれ? 忠告したつもりが、逆に叱られてしまっている?
これじゃまるで、オレが短気なお子様のようじゃないか。
……まさか。二人にはオレがそういうふうに映っているのか?
「ワタシ達は、あなたに恩を返すために、ここにいるの。だから、あなたがワタシ達のことで怒る必要はない」
「そうそう。それに、あんな雑魚の相手をわざわざトーヤさんがする必要もないです。そんなの、アタシ達がしちゃいますから」
二人の言う、恩を返すというのは、オレの力になりたいということだろう。
その気持ちはすごく嬉しい。
ただ、うまく言えないが、なんか肩に力が入りすぎているような、そんな感じがするのがちょっと気になるけど。
オレ達は、旅の仲間なんだから。
必要以上にオレ一人を特別視するより、協力しあうとか、分担し合うほうが、きっといいとは思うんだけど。
でも、今は二人のその気持ちに水を差すようなことを言う必要はないのかな?
そうだな。今は彼女たちのその気持ちを、素直にありがたく受けておこうか。
そのほうが、二人も嬉しいのかもしれない。
「ああ、気を付けるよ」
そう言ったオレに、二人は頷いていた。
「ささ、小難しい話はお終い。飲みましょ、飲みましょ」
ラヴィはそう言ってから、空いたカップを高く上げて店員に麦酒の追加を注文をした。
だから、ペースが速くないか?
いつも読んでいただいて、ありがとうございます。
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