40. フルフからの出立
※ 本日二話目の投稿になります。
※ 2017/07/28 誤字脱字、改行位置など修正。内容自体に変更無し。
※ 2017/08/12 主に改行位置など修正。内容自体に変更無し。
オレは、丸二日ほど眠っていたそうだ。
起きた時ちょうど傍にいてくれたセイラに、泣きながら抱きつかれてしまった。
どうやら医者にも診てもらったらしい。
ただ眠っているだけですよ、と笑われたそうだ。
外傷が全く無いことは見て分かるのだから、そこまでしなくてもいいだろうに。
セイラはかなりの心配性のようだな。
一つ気になったのは、オレはガウン一枚でベッドで横になっていたことなんだが……
いやいや、まさか……ねぇ?
それはともかく、起きてからセイラに聞いた話によると、やはり町は大騒ぎになったそうだ。
町で一番大きな商会が一晩で消滅したのだから、まぁ無理もないだろう。
ただし、すぐに領主のほうからカミーリャン商会の主、ブロッシュについての様々な罪状が明らかにされ、処分が下ったと発表があったそうだ。
なお、ブロッシュはクロの言った通り、犯罪奴隷となったらしい。
だけど、クロは言っていたハズだ。確認をした上で、と。
だとしたら、あまりにも早すぎやしないだろうか?
さらに、その罪状の中には、オレはもちろん、セイラも知らないことがいくつも入っていたそうだ。
なんとなく腑に落ちないと考えていたのだが、セイラに「よくあること」と言われてしまった。
セイラの推測だが、領主も表向きはカミーリャン商会の悪事について調査を打ち切っていたが、裏では密かに続行されていたのではないかということだ。
悪い言い方をすれば、何かあればいつでもすぐに切り捨てられるように、と。
オレはその説明で納得した。
なんとも怖い話ではあるが。
でも、そういう駆け引きというか、化かし合いのようなことは、あちらの世界にもあることだ。
そういうところは、あちらの世界もこちらの世界も、たいして変わりないのかもしれないな。
もちろん今回の件では、オレのことは一切表に出てきていないし、オレが何らかの罪に問われることも無いようだ。その辺、クロとシロがうまくやってくれたみたいだ。本当に感謝している。
ファムとラヴィの出身である孤児院についても、資金提供は問題なくアスール商会が引き継いだらしい。既に孤児院の院長とも話し合いは行われ、全く問題なく合意し、しかも何人かは早速今日からアスール商会での仕事を始めているそうだ。
「……そうか。オレが眠っている間に、ホントにもう、全て片付いたと言った感じだな」
「それも、全てトーヤ様のおかげです。何とお礼を申し上げればよいか……」
「こっちも随分世話になったよ。こんな寝心地の良いベッドは久しぶりだったしな。おかげでぐっすりと眠らせてもらえたよ。ありがとう、セイラ。それと、心配かけて悪かったな」
「……いえ。いいえ。ご無事でいてくれて、本当に……本当に……」
セイラの瞳に涙が溢れてきている。
――やばっ。また泣かせてしまう。
何か別の話題は無いか? 何か……
「そ、そうだ。リオは? リオはどうしている?」
「あ、リオちゃんでしたら……」
「ボクならここだよ?」
声のした方に振り向くと、リオが窓枠に舞い降りてきた。
「おはよう、トーヤ。気分はどう?」
「ああ、良く寝たおかげですっきりしているよ。そっちは? 何か変わったことや問題は?」
「何も。平和、平穏。のんびりしたものさ」
「そいつはよかった」
リオの向こうに見えるのは澄み切った青い空。
窓から入って来るのは穏やかな光とさわやかな風。
隣にあるのは少女の驚いた顔。
そう。世の中平和が一番だよ。
……ん? あれ? 驚いた顔? 笑顔じゃなくて?
もう一度セイラの顔を見てみる。
彼女は両手で口をふさぎながら、目を大きく開いてリオを見ている。
――あっ!
リオとの会話は念話じゃなく、普通に声で交わしていたことにようやく気付いた。
まぁ、そりゃあ、びっくりするよなぁ。
セイラは今の今まで、リオを普通の鳥だと思っていたんだろうから。
オレは指で頬を掻きながら、リオに向かって声をかけた。
「リオ。改めて自己紹介したら?」
そうだ。いろいろとセイラに話さなきゃいけないことがあるよな。
リオのことも、オレが異世界から来たことも。
それに、預かった剣をいじったこともさ。
セイラはとても驚いた顔をしながらも、最後まで黙って聞いてくれていた。
「黙っていてすまなかったな」
「……いえ。でも、驚きました。同時に、なんだか色々なことに納得もいたしました。あ、剣については、よろしければそのままトーヤ様がお使いください」
「いいのか? 高価なものなのだろう?」
「ふふふ。トーヤ様は、普段はとても頼もしくて、勇敢で、大胆でもいらっしゃるのに、たまに変なところで律儀と言いますか、物怖じされると言いますか。もちろんそういうところも…………」
ん? だんだん声が小さくなって、後の方がよく聞こえなかった。
「セイラ、すまんが、よく聞こえ……」
「ゴ、ゴホン。いえ、なんでもございません」
セイラは背を伸ばし、姿勢を正して一回咳払いをした。
なんとなく頬が、ほのかに赤みをおびているような……
あれ?
これって?
もしかして?
いわゆる、フラグが立っている、とかいうやつだったりして?
いやいやいやいや……
それはないだろう。
どこかの三流ギャルゲーじゃあるまいし。
オレは引っかからないよ?
そんな勘違いなんかしないからね。うん。
これはむしろ、セイラの方が心配になってくるよな。
オレはアニメやラノベで、この手のいわゆる勘違い系ってやつをよく知っているから大丈夫だけどさ。
この調子じゃ、ホントに勘違いしてくる男が絶えないんじゃないのか?
「ともかく、その剣は元々トーヤ様に差し上げたつもりです。今さら返す、などとおっしゃらないでくださいませ」
「しかし……」
「一度差し上げたものを突き返される女の気持ちも、少しはお察しくださいませ。トーヤ様?」
そう言ってにっこりと微笑むセイラに、オレはもう反論できなかったよ。
というか、その笑顔の前でまだ反論できるという男は、絶対いないと思うな。うん。
それに何より、オレもこの剣を非常に気に入っているんだ。
ここは素直に、セイラの好意を受け取っておこうと思う。
「分かった。ありがとう、セイラ。有難く使わせてもらうよ」
「はい。トーヤ様」
そう言って見せるセイラの微笑みが、今まで見てきた中で一番華やかな笑顔だったと思う。
◇◇◇
「そこの角を曲がれば、西の門が見えてくるはずです」
「ああ」
オレはセイラと一緒にフルフの町の西門に向かって歩いていた。
リオはもちろんオレの肩の上だ。
さらに、オレはセイラが用意してくれた立派な馬を引いている。
馬の背には、セイラが預かってくれていたバッグを括り付けて。
「短い間だったが、いろいろと世話になったよ。ありがとう、セイラ」
「いいえ。お礼を申し上げるのはこちらの方です。本当にお世話になりました。ハンターであるトーヤ様に、無理や無茶はしないようにとは申しませんが、どうかせめてお気を付けてくださいませ。旅の御無事を心よりお祈りしております」
カミーリャン商会襲撃後、目覚めてから三日目の朝、オレはフルフの町を発つことになってしまった。
できればもう少しのんびりとこの町を散策してみたかったし、セイラも最初はゆっくりしていってくださいと言ってくれていたんだ。
でも、リオがクロとの約束のことを口にした途端、状況は一変してしまった。
より正確には、クロの主であるという、アダンという名前が出た途端に。
セイラはアダンを知っているそうだ。
というか、この国の人間であれば、ほとんどの人が知っている有名人なんだそうだ。
アダン・アンフィビオ。
この国、アンフィビオ王国の現国王の腹違いの実兄だそうだ。
なんでよりによってそんな大物が出てくるかなぁ……
母さんは、ホント、この国で一体何をしてくれちゃったんだろう?
リオもさ。もうちょっと穏便な相手はいなかったんだろうか?
ともかく、アダンがオレに会いたがっているなどと聞いたセイラは、一転してオレにすぐに出立すべきだと言いだしてしまったんだ。まぁ、なにせ相手は王族なんだから、それも仕方ないのかもしれない。
「あっ……」
角を曲がり、フルフの町の出入り口である門が見えた時、セイラが小さく声を上げた。
セイラの視線の先には、それぞれに馬を引いている二人の獣耳娘たちがいた。
「ファム、それにラヴィも」
二人ともマントを羽織り、馬の上には一目で旅支度と分かるような毛布や水筒などが載せられている。
彼女たちも、これから旅に出るのだろうか?
「どうした。その恰好は、どこかに遠出するのか?」
オレのその言葉に、セイラが少し呆れたような顔……をしている?
何故? なんか変なこと言ったか?
ファムはファムで、今あからさまにオレから視線を外さなかったか?
もしかして、嫌われている?
「……ちょっと、ね。これから旅に出るんです」
オレの問いに答えたのはウサ耳娘のラヴィだった。
「へぇ、どこへ行くんだ?」
もし二人の行先がオレと同じ方向なら、しばらく同行するというのもいいかもしれない。
そうすれば、ウサ耳娘とネコ耳娘の二人と一緒の旅!
それは非常に魅力的だ。
もちろん、彼女たちが嫌がらなければ、の話だが。
でも、少女二人の旅は何かと危険だろうからボディガード……いや、彼女たちは十分に強いか。
でもでも、男手があったほうが何かと役立つかと……ね?
だけと、ラヴィの答えはあまりにも曖昧なものだった。
「さあ?」
さあって。おいおい。なんか他人事って感じだな。
もしかして、ファムがその辺のことを管理しているってことなのか?
確かにファムのほうがラヴィより真面目っぽい印象ではあるが。
「……なんだ? 行先のない旅ってやつか?」
「目的地なんかは聞いていないから」
そう言ってラヴィはファムのほうを見た。
どうやら本当に行先などはファムが決めるような雰囲気だ。
ファムのことを信じているというか、やっぱり仲が良いんだな、この二人は。
そう思っていた時、ふいにファムが爆弾を投下してくれた。
「ワタシ達は、あなたに付いていく」
…………はい?
ゴメン。今少しフリーズした。
付いていく? 付いていくだって?
誰が? 誰に?
二人が? オレに?
どうしてそんな嬉しい展開に……あ、いや、そうじゃなくてだな。
オレのポーカーフェイススキルは今日も絶好調で稼働中だ。
内心を一切表に出さず、ほぼ無表情のままファムに問いかけた。
「孤児院はどうするんだ?」
その質問は、オレに付いてくると言い出す前に、旅に出ると言った時点で言うべきだろうと、自分の中でツッコミが入ったが、他の人からは出て来なかったので、きっとセーフだ。
「孤児院は、セイラ・アスールのおかげで心配はなくなった。
そして、セイラ・アスールへの恩は、孤児院のみんなが返す。
だから、あなたへの恩は、ワタシ達が返す」
……何、この神展開。ありえるの? あっていいの?
それは、嬉しいよ。
すごく嬉しい。
滅茶苦茶嬉しいに決まってる。
ネコ耳娘とウサ耳娘、しかもアイドルでも通じそうな美少女二人が旅に同行だよ?
これをお断りするやつがいるか?
いや、いないでしょ!
しばらくそんな脳内狂喜乱舞に忙しくて、オレが何も言わずに間が開いてしまったことを違う意味に捉えたのか、ファムが自分で言葉をつなげた。
「もしダメだというのなら、今ここで、もう一度ワタシ達と勝負して」
「……勝負?」
「そう。ワタシ達が勝ったら、あなたに付いていく。文句は言わせない」
「オレが勝ったら?」
「……あなたの奴隷となり、一生あなたに付き従う」
……えーと、それって、結局どっちにしても付いてくるってことだよね?
嬉しい。はっきり言って嬉しい。すっごく嬉しい。
……嬉しいんだけど、なんだろう?
隣から冷たい風が流れ込んでくるような……
ふと、隣にいるセイラに視線を向ける……
今、ゾクッとした。
そう、背中に何か冷たいものを感じた気がする。
セイラは笑顔でオレを見ている。うん。表情は間違いなく笑顔。
なんだけど……でも、なんだろう?
目が笑っていない気がする。
な、なんか、やばい?
怖い。何故?
思わずオレはセイラから目を反らして、ラヴィを見た。
彼女は彼女で、なんかニヤニヤしている。
ウサ耳が、なんか楽しそうにわさわさしている。
間違いない! こいつはこの状況を楽しんでいる!
ダメだ。
この勝負は受けちゃいけない。
オレはそう確信した。
ど、どうする?
どうすればいい?
こ、ここを切り抜けるには……
そうだ。もうアレしかない!
「セイラ」
「……はい?」
「世話になった。達者でな!」
「……あっ」
オレはそれだけ言うと、急いで馬に飛び乗り、走り出した。
ファムとラヴィの脇を抜け、そのまま門を駆け抜け街道を西へ!
「させないっ!」
そんな声がファムから聞こえた気がする。うん。きっと気のせいだ。
「トーヤ様の、バカァーー」
セイラらしくないセイラの叫び声が後ろから聞こえた気もする。
うん。それもきっと気のせいだ。
『やれやれ。これだから準童貞は』
――うるさい!
リオの念話も、きっと気のせいに違いない。
オレは、全て気のせいということにして、西へ向かって馬を走らせた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
第二章、これで完結になります。
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