38. カミーリャン商会襲撃3
※ 本日三話目の投稿になります。
炎を纏いし岩が、いきおいよく飛ぶ。
派手な音と共に、手入れがされていたであろう花園が吹き飛び、炎が立ち昇る。
爆風でそこに咲いていた花が散り、燃えながら周囲に舞い上がった。
ブロッシュがバルコニーに手をかけたままその場にへたり込んだようだ。
もう声も無く、ただただ燃え盛る庭を見下ろしている。
周りにいた者たちもまた、みな悲鳴を上げながら逃げ出した。
「まだ、降参する気にならないか?」
オレは再度問う。
だが、ブロッシュの応答は無い。
ただ、目だけが燃え上がった庭からオレのほうに向けられた。
まだダメか?
さすがに親玉なんだから、そう簡単には降参しないか。
「そうか。ならば仕方ないな。お前を吹き飛ばしてから、ゆっくり宝珠を探すとしよう」
オレはブロッシュの耳にしっかり届くよう、大きな声で宣言し、そして今までとは比較にならないほど、ゆっくりと左手を上げていく。
さあ、どこまで耐えて見せる?
自分に向けられた死の恐怖ってやつに。
これが、今までお前がやってきたことだ。
やらせてきたことなんだぞ!
だが、ブロッシュはそれ程耐えてはくれなかったようだ。
「ま、待て、待ってくれ。たの……頼む。待ってくれ。何が望みだ。金か? 女か? 何でもやる。何でも好きなだけやるから。頼む。殺さないでくれ……」
――ちょっと、早くないか?
もっとぎりぎりまで耐えるかと思っていたんだが。
いや、自分の命がかかると、皆こんなものなのかもしれない。
オレは、ブロッシュを睨みつけたまま、同じ要求を繰り返した。
「降参して、《雷の宝珠》を渡せ」
「わ、分かった。今そっちに持っていくから」
「いいだろう。だがもし変な真似をしたり、逃げようなどとしたら……」
オレは一拍置いて、さらに強くブロッシュを睨みながら言った。
「殺すぞ」
ブロッシュは何度も頷き、そして四つん這いになって部屋の中に消えた。
それを見届けてからオレは周りを見渡したが、見事に誰もいなかった。
全員しっかり逃げてしまったようだ。
残られても厄介なだけだから、こちらとしてもそれで有難いんだけどな。
さて、そろそろ最後の仕上げだな。
『ところで、リオ? 例の件は?』
『大丈夫。もう全部当たりを付けてあるから。屋敷の中から全員追い出したら実行しちゃうよ』
どうやら抜かりはないようだ。
少しして、ブロッシュは宝珠を持って外に出てきた。
よく逃げ出さなかったと思ったよ。
実際、荷物でもまとめて裏口辺りから逃げ出すこともオレは想定していたんだ。
もちろん逃がすつもりはないので、リオにちゃんと確認はしてもらっていたが。
オレは宝珠を受け取ると、一応品定めをするように確認している素振りを見せた。
実際には、オレが見ても本物か偽物か分からないんだけど。
『大丈夫。本物だよ』
『そうか。ありがとう』
オレは一度頷き、そしてブロッシュのほうを見た。
「もう一つだ。今すぐ屋敷から全員を外に出せ。いいか、全員だぞ。一人も残すな」
「わ、分かりました」
そう言って彼は再び館の中に入っていった。
『リオ、館の中には何人くらいいる?』
『えっと、ブロッシュも入れて十二人だね』
少しすると、おどおどといった感じで人が出てき始めた。
最後に、ロロアと呼ばれていた、あの魔法を使った女とブロッシュが出てきて、屋敷の中は人がいなくなったようだ。もちろんちゃんとリオに確認してもらった。
「あ、あの……」
「そこにいろ。いいモノを見せてやる」
恐る恐る尋ねてきたブロッシュを一言で黙らせて、オレは《雷の宝珠》を左手で掲げた。
『いくぞ、リオ』
『オッケー』
オレは大きく息を吐いて、以前セイラが言っていた呪文を口にする。
ゆっくりと、力を込めるかのように。
「天の鉾となりて……」
オレの持つ《雷の宝珠》が、呪文に応じたかのように淡い光を放ち始める。
「ま、まさか……」
ブロッシュが大きく目を見開いて、信じられないといったふうにオレと《雷の宝珠》を見ている。
だが、オレはそれを無視して言葉を続ける。
「轟け……」
同時に、晴れていたはずの夜空がいつの間にか雲に覆われ、さらにはオレ達の頭上に集まるかのように渦巻き始める。
一拍置いて、オレは叫んだ。
「《雷光》」
激しい雷鳴と共に、文字通り雷光が屋敷へ落とされた。
ブロッシュが腰を抜かしたかのようにその場に座り込んだ。
他にも座り込んだ者もいたが、半分以上は悲鳴を上げながら逃げていった。
もちろんこれはリオの魔法だ。
《雷の宝珠》によるものではない。
だがブロッシュには、当然《雷の宝珠》によるものだと勘違いしているだろう。
『トーヤ。まだまだいけるよ。っていうか、せっかく出した雷雲なのに、雷一発だけなんて寂しいからさ。もう二、三発くらいいっておこうよ』
リオも案外貧乏性のようだ。
だが、オレも異存はない。
元よりそのつもりだしね。
オレは宝珠を、最初に《炎岩砲》を叩きこんだ方へ向け、再び叫んだ。
「《雷光》」
再び激しい爆音とまぶしい閃光が屋敷を襲う。
その後にも続けざまに放ち、結局五つの雷を屋敷へ落とした。
気付けばその場にはブロッシュしかいない。
あの愛人らしき女性もとうに逃げてしまったようだ。
そのブロッシュも両手で頭を抱えてうずくまってしまっている。
屋敷を見れば、いくつか火の手が上がり始め、煙も立ち込めてきている。
だが、思っていたほどじゃない。雷五発では屋敷を全壊させたり、一気に燃やし尽くすというのは、ちょっと無理があったのかもしれない。
『リオ。ちょっと作戦変更。もうブロッシュは眠らせてしまって、屋敷は魔法で直接燃やしてしまおう』
『そうだね。そろそろ飽きてきたから、こんなもんだね』
……飽きてって、おいおい。酷い言い様だな。
リオがオレの肩から離れ、一瞬ブロッシュに触れると、彼はすぐに眠りに付いてしまった。
『これでよし。じゃあ、燃やしちゃうよ』
『あ、その前に例の件は?』
『屋敷の中に人がいなくなった時点で実行済みさ。成果を聞きたい? ね、ね、聞きたい?』
なんか、非常に嬉しそうだ。
やったことを考えると、眩暈がしそうになるよ。
『……どうだった?』
『なんとね。金貨にして十万枚以上! その他、ちょっと価値のありそうな美術品、骨とう品なんかもぜーんぶ、軒並み没収しておいたよ。すごいね。カミーリャン商会ってやっぱ儲かってたんだねぇ』
そう、リオが提案してきていたのが、この相手の財産全没収作戦だ。
こちらの世界には銀行のようなお金を預けておくような機関はないらしい。
だから、お金は屋敷の中とか、自分のすぐ近くに保管しておくのが普通なんだそうだ。
あちらの世界には銀行があって、普通みんな全財産を家においておくなんてしない。
もちろん中にはそういう人もいるだろうが、稀な方だろう。
だから、オレにはそういう発想はなかった。
でも、普通そうだよね?
これじゃ、完全にこっちが強盗だもんな。
まあ、相手を再起不能にするには財産全部取り上げるのは、確かに有効だと思うけどさ。
例えブロッシュを殺したり犯罪奴隷にしても、後継者がいて資金もあったら、同じことを繰り返すかもしれないからとリオに言われた時は、そうかもしれないと同意したんだ。
でも、実際やってみると、ちょっとくらくら来てしまいそうになるオレは小心者なんだろうか?
そうこうしている内に、屋敷は完全に火に包まれていた。
明日の朝には全焼して焼け崩れた残骸しか残らないと思う。
ブロッシュはこのままここに放置だ。
明日の朝になって、目が覚めた時、全てが灰になって絶望する姿が見れないのは少し心残りかな。
眠らせる前に、何発か直接ぶん殴ってやればよかったかも。
でも、オレとしても、もう十分に溜飲は下がった。
だから、これで終わりだ。
これで、今回の一連の事件は全て終わったんだ。
そう思っていた。
「あれぇ? その男、殺さないの?」
突然背後から掛けられた声に、オレは心底驚いた。
だってここには、もうオレ達しかいなかったハズなんだ。
オレはすぐに反転して飛び下がった。だが……
――誰も、いない?
オレは思わず息を呑んだ。
「へぇえ、これがさっき青白い軌跡を描いていた剣?」
――なっ!?
振り向いたオレの目の前には、白銀の髪と獣耳を持つ少女がいた。
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