35. カミーリャン商会襲撃開始
ファムとラヴィが宝珠を持って去った後、オレとセイラはちょっと遅い朝食を取った。
一応二人にも「一緒にどうだ?」と誘ってみたのだが、ファムに「いい」とそっけなく返されてしまったよ。ラヴィが指をくわえていたのだが、残念ながらファムに耳を掴まれ連れていかれた。
朝食の後、火の始末を確認し、オレ達は馬に乗ってフルフの町へ出発した。
ここからなら、もう半日くらいで着くらしい。
長かったような、短かったような、そんな旅ももうすぐ終わる。
一日目は皆にドン引きされてボッチだった。
二日目は襲撃され、二人きりになってしまった。
三日目は二人で森を横断した。
四日目は再び戦闘になり、キアが実はセイラだと知った。
五日目はまた戦闘。だが、オレ達の敵がはっきりした。
そして六日目、今日旅が終わる。
こうして改めて思い返してみると、本当に怒涛のような旅だったと思う。
だが、旅は終わるが、まだ全てが終わるわけじゃない。
オレには、まだ今夜やることが残っている。
最後の、締めの大仕事だ。
『トーヤ?』
『うん? どうした?』
『いや、こっちの準備が終わったからさ。一応報告。これで、目一杯暴れても大丈夫だよ。ふふっ……うふふふ……』
なんだろう?
なんか、リオがちょっと怖い……
『あ、あの、リオさん? 準備って、何かな?』
オレの記憶が確かなら、リオはずっとセイラの肩に止まっていたはずだ。
それで何を準備したというのだろう。
『言ったじゃん。トーヤがどんなに暴れても捕まることのないようにしておくって。その準備だよ』
うん。確かにそう言っていたが、その準備とやらがセイラの肩に乗りながらできちゃうものなのか?
一体何をしたんだ?
まさか、ここからフルフの町の住民を全員眠らせたとか?
いや、そういうのは難しいとか以前言っていたし、違うか。
じゃ、なんだろう?
このチート鳥は、一体何をしてくれちゃったのだろう?
『なあリオ。一体何をしたんだよ』
『大したことじゃないよ。ちょっと昔の知り合いにね。念話で連絡取っただけ』
あ、なるほど。そういうことか。
納得したよ。
リオもこの世界で長く生きているようだし、二十年前には母さんと旅をしてたんだ。
もしかしたら、この国のちょっと偉い人に少しは顔が利くのかもしれない。
だから連絡を取ってくれて、事の委細を話し、理解を得てくれたという事か。
『これから悪者相手に暴れるから、口出し手出し一切無用だってね』
『――おいっ!』
なんだその端折り過ぎた上に、ものすごい上から目線の言い様は!
偉い人に連絡取ってくれたんじゃないのか?
『大丈夫だって』
『ホントかよ……』
『ホント、ホント』
うーん、信じていいんだろうか……
一抹の不安がないでもないような……
フルフの町までの残りの行程は、まさに平穏無事だった。
盗賊などはもちろん、獣一匹現れなかったよ。
牧歌的な風景の中、心地よい風に吹かれながら、少女と二人、馬に相乗りというのは、なんとも素敵な時間だった。
お尻はちょっと痛くなったけど。
オレ達は無事フルフの町に入り、すぐにアスール商会フルフ支部の館に向かった。
本当ならこの町のハンターギルドに行って、任務の報告をしなければいけないのだが、なにせオレ達二人以外は全員死亡という有様だ。事情説明やら何やらで、かなりの時間を拘束されてしまうことが目に見えている。
オレは今夜のために多少準備の時間が必要だし、なによりいつ終わるか分からない、解放される時間が読めないというのは、今夜の予定を考えるとかなり困ったことになる。
なので申し訳ないと思いつつも、それはセイラ一人に丸投げさせてもらうことにした。セイラは、オレの事は適当に言っておくと笑って承知してくれたよ。
館まで送り届けて、早々に立ち去ろうとするオレに、セイラは少々お待ちくださいと言って一旦中に引っ込んだ。
そして、すぐに走って戻って来たのだが、その手に持っているのは、剣だろうか?
「お待たせいたしました。トーヤ様。どうぞこれをお使いください」
「……これは?」
「とある貴族が金策のために手放した剣と聞いております。私は剣のことは疎いのですが、聞くところによると、この剣はかなりの業物であるとか。トーヤ様の腕前ならば剣の良し悪しは関係ないのかもしれませんが」
オレはセイラから剣を受け取り、鞘から抜いてみた。
今まで使っていた剣と長さも重さも同じくらいだ。
セイラから少し離れて、何度か剣を振ってみる。
なんとなくこちらのほうが振り回しやすい気がする。
よくは分からないが、バランスがいいということなのだろうか?
「良い剣だと思う。でも、いいのか? これは、売り物じゃないのか?」
それに、貴族が持っていたんだから、それなりの高級品じゃ……
「そんなことはどうかお気になさらず。ですが、その代わりに一つだけ約束してください。必ず、無事に帰って来ると」
「もちろんそのつもりだよ」
オレは素直に受け取ることにして、今腰に差している剣と鞘ごと入れ替えた。
「本当ですよ? 今夜、必ず無事に私のところへ戻ってきてくださいませ。絶対、絶対、約束ですからね」
「ああ。分かった。約束する」
……ん?
セイラの約束に応えてから、オレはふとその言葉に疑問を持ってしまった。
私のところって、終わったらこの館に来いってことか?
ああ、そうか。ちゃんと無事な姿をすぐに見せろってことか。
「では、そのお荷物。私のほうでお預かりさせてください」
「ん? ああ、そうだな。頼む」
オレはそう言って、足元に置いていたバッグをセイラに渡した。
戦っている最中はリオの宝物庫に入れておけばいいので、別に預ける必要もないのだが、これを預けることで、セイラもちゃんとここに帰って来るのだと少しは安心できるかと思い、素直にセイラの申し出に応じた。
「じゃあ、行って来る」
「お早いお帰りを……」
――そ、そのセリフは!
某技術士官の女性が戦場に赴く恋人に掛けたのと同じ言葉に、オレはちょっとドキッとしてしまった。
まさか同じような立場で同じようなセリフを掛けてもらう日が来ようとは、人生分からないものだ。
もちろん、恋人というところは違うんだけど。
そうして、ちょっとした感動を胸に、オレはセイラの元を後にした。
まずは、森にでも行って、セイラから受け取った新しい剣を実際に試してみようと思う。さすがに慣れていない剣で、いきなり大勢を相手に実戦は、少し怖いからな。
オレはリオと一緒に町から一旦出て、近くの森へ行くことにした。
実際に使ってみると、やはりこちらの剣のほうが断然扱いやすいと思った。
うまく表現できないが、オレの力が素直に剣に伝わっていくような感覚、とでも言えばいいのだろうか。
あと切れ味も申し分ない。
それもこちらのほうが断然上だと思う。
オレはかなりこの剣が気に入っていたんだけど、そこへリオが一つの提案をしてきたんだ。
『トーヤ。その剣の切れ味をもう少し上げてみない?』
『ん? このままでも十分にいい切れ味だと思うけど?』
『そうかもしれないけどさ。じゃあ、例えばあそこに生えている太い木、一撃で斬り倒せる?』
リオの視線の先にある木は、オレの両手でも抱えきれないほどの太さがあった。
これを? 無茶言うなよ……
『いやいや、それは流石に無理だろう。どんな剣でもさ』
『だから、ちょっと切れ味を上げるのさ。あの木を一撃で倒せる程度に』
『どうやって?』
『ボクに任せてよ。ちょっと魔法で、その剣に付加価値を付けちゃえばいいんだ。トーヤ達の世界での、ヴィブロブレードとかいうやつ。トーヤが好きなアニメとかにも良く出てたでしょ? あれをちょっと試してみたいんだよ』
ヴィブ……なんだって?
聞いたことない……と思う。
オレが見てたアニメ作品の中に、そんな名前の剣があったっけ?
『……知らないな。その何とかブレードって、向こうの世界では実在するやつ?』
『いや、たぶんしてない。でもこっちの世界でなら、魔法でなんとかできると思うんだ』
うーん。魔法が付加された剣、ってやつなのか?
でも、これはセイラから預かったモノだしなぁ……
『見た目が変わったりは?』
『しないしない。切れ味がちょっと上がるだけ』
それなら、まあいいのかな。
まずければ後で外してもらえればいいだろう。
付けることができるなら、外すことだってできるだろうから。
『ふーん、なら、まあいいか。やってみようか』
『オッケー。ちょっと待ってね』
そういうと、リオのまわりにいくつか小さな魔法陣が出てきた。
それらのいくつかが、オレの持つ剣の中に吸い込まれていく。
ほお、こうやって物質に魔法が付加されるのか……
『はい。いいよ』
『もうできたのか』
『さ、さ、あの木で試し斬りしてみてよ』
オレはリオに言われるまま、先程見ていた木の前まで行った。
剣を上段に構える。
いくらリオが手を加えたとはいえ、こんな太い木が一撃で斬れるとは思えない。
だが、今更引くわけにも行かず、オレは剣を振り下ろした。
――あれ? 思ったより手ごたえが無いというか、楽に刃が通ったというか……
そう思ったとき、目の前の木が大きな音を立てて倒れてしまった。
「な、なんだ、これ……」
『やった! 成功だね。これならどんな鎧だって盾だって、全くの無意味にしちゃうね』
オレはしばらく呆然としてしまったよ。
後から聞いた話だと、ヴィブロブレードっていうのは、いわゆる高周波振動の剣やナイフのことらしい。
そう言ってくれれば、オレにもわかったよ。
確かにアニメなどでよく見る武器だ。
でも、凄すぎるだろう、このチート武器は……
『一応、高周波振動は持ち主がオンオフできるようにしておいたから。トーヤは好きな時に高周波振動をオンにして使ってね。ちなみに高周波振動は魔法で動くから、近くに魔法素粒子が無い、例えばあっちの世界だと使えないからね』
リオは、すごく満足げにそう言っていた。
◇◇◇
「ここか。やっぱり大きいんだな」
深夜になって、オレはカミーリャン商会の館の前に来ていた。
『良い子はもう寝る時間だというのに、まだ明かりがついているね。やっぱり、良い子じゃないからかなぁ。ふふふ……』
『リオ。なんかご機嫌?』
『そりゃ、楽しみだからさ。トーヤは違うの?』
『別にオレは楽しんではないよ?』
『そう? その剣の切れ味、たっぷりと確かめられるんだよ?』
もう既に十分森で試してきたよ。
その威力もよく分かったって。
むしろ気を付けないと、人もあっさり真っ二つにしてしまいそうで、ちょっと怖いよ、コレ。
そんなことを考えながらも、オレは館の壁を見上げた。
カミーリャン商会の館は、周囲を高い壁に囲まれたお屋敷という感じだ。
こんな高い壁に守られているなんて、いかにも悪いことをしているから敵が多いのです、と言っているように見えるのは偏見なんだろうか?
黒く頑丈そうな門は当然固く閉ざされている。
『そろそろ行くか』
オレは右手を剣にそえる。
……リオから返答が無い?
リオのほうを見ると、なんか左のほうを気にしている?
『リオ? どうした?』
『……ったくもう。あ、ごめんごめん。大丈夫だよ。じゃあ、行こうか』
……なんか気になるんだが。向こうに何かあるのか?
『何かあったのか?』
『ううん、ホントなんでもない。問題ないから。気にしなくていいよ。それより、さあ、行こう!』
うーん、気にはなるが、リオが問題ないというのなら、とりあえず置いとくか。
「じゃあ、行ってみようか」
『いつでもどうぞ~』
オレは右手で剣を抜き、続いて左腕を上げ、手を大きく開いた。
「《炎岩砲》」
セリフとともに、開いた手の上方に炎に包まれたサッカーボールくらいの岩が現れる。
この岩は一体どこから現れるんだか。
ちょっと苦笑してしまう。
これはオレが発動した魔法じゃない。実はリオの魔法だ。
事前に打ち合わせて、防御系や支援系、そして回復系の魔法はリオが必要に応じて対応してくれ、攻撃系の魔法はオレの合図に合わせて発動してくれることになっている。
これは、そのために用意した攻撃系魔法の一つだ。
ちなみに、魔法の名称は適当でいいよと言われたので、思い付きでつけてみた。
燃え盛る炎の明かりで館の門や壁が照らされている。
オレは一度大きく深呼吸をして、館を睨み、そして――
「ファイアァァーー」
掛け声と共に左手を門に向けて降ろした。
それに合わせて炎をまとった岩が勢いよく飛んでいく。
――さあ、戦争の時間だ。
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回、いつもよりほんのちょっとだけ長くなってしまったかな?
でも、楽しんでいただければ嬉しいです。
よろしければ感想など、ぜひぜひお聞かせください。
いよいよ第二章最後の戦いの始まりです!
この後の展開も、どうぞお見逃しなく!
次話は来週2/4(土)夕方投稿予定です。
引き続き、どうぞよろしく~