34. カミーリャン商会襲撃当日朝
※ 2017/08/20 主に改行位置など修正。内容自体に変更無し。
翌日、朝日が昇りきった頃、オレはファムとラヴィを起こした。
ファムは目を覚ましてすぐにオレ達に気付き警戒したが、ラヴィのほうは少し寝ぼけてたみたいだ。
ラヴィは朝に弱いのか?
「何故ワタシ達は生きているの?」
ファムの起き抜け第一声がそれだった。
「なんだ。生きてちゃまずかったか?」
「……そういう意味じゃない」
ファムがオレを睨み上げてくる。
さすがに、かなり警戒しているな。無理もないとは思うが。
ファムとラヴィの二人は、寝ている間に手と足を縛ってある。
逃げたり暴れたりさせないためだ。
しかし、それが余計に彼女たちを警戒させているのだろう。
「まあ、まずは話を聞け。決してお前たちにとって悪い話じゃない」
「……カミーリャン商会を裏切って、アスール商会の味方になれ?
それともアスール商会のスパイとなってカミーリャン商会に戻れとか?」
隣の寝ぼけ眼でふらふらしているラヴィに比べ、ファムは起き抜けだというのにずいぶんと頭の回転が早いな。
だが……
「ちょっと違うな。いいか、よく聞け。今からお前たちの縄を解く。そして《雷の宝珠》を渡す。そしたらそいつを持って、お前たちの主の元へ戻れ」
「なっ……どういうこと?」
「言った通りだ。それがお前たちの目的だったんだろう?」
「何を企んでいるのかを聞いているの」
素直に人の好意を受け取れんやつだ。
オレは、なんとはなしに、チラッとファムの尻尾を見た。
こういうとき、猫なら尻尾が立つかと思ったのだが、ファムの尻尾は特にそういうことはないようだ。
やはり猫とは違うのだろうか。
そんなことを思いながら、オレは立ち上がって、二人を見下ろした。
「お前たちを、助けてやる!」
オレはキッパリと言った。
オレを睨んでいたファムの顔が驚きに変わる。
だがすぐに首を横に振った。
「そんなの、信じられない!」
嘘を言っているつもりはないのだが……
どうやって信じてもらおうか。
オレがそう考えていたとき、なんと援護射撃はラヴィから出された。
「ファム。信じてみようよ。このお兄さんは、嘘を言っていないと思うな」
拘束されながらも、ラヴィは笑顔でそう言った。
ラヴィの両耳が、なんかワサワサと動いている。
こんなときに不謹慎だとは思うんだけど、なんかこう、胸の奥から来るものがあるよな。うん。
そんなラヴィの顔を、ファムは驚いた表情で見つめた。
ファムは少しの間考えて、それから小さくため息を付きながらも頷いた。
「分かったわ。あなたを信じてみる」
◇◇◇
「うん。間違いなくホンモノだよ」
ラヴィがウサ耳をワサワサしながらそう断言した。
二人の拘束を解いた後、オレはセイラから《雷の宝珠》を受け取り、それをファムに渡した。ファムが、受け取った宝珠をラヴィに見せると、ラヴィはそれをじっと見つめ、そう言ったのだ。
「……分かるのか? その、本物かどうかが」
そういえば、先日街道で出会ったときも、ラヴィはセイラの持つ宝珠を本物だと言い切っていた。
何か見分けるコツでもあるのだろうか?
まさか、リオのように解析ができちゃうなんてことは、さすがにあるまい。
「はい。なんとなくですけど、本物か偽物かとか、その人がウソをついているかどうかとか。そういうのがなんとなく分かるんです」
ほお、そういうことか。
だからさっきも、オレがウソをついていないと断言したのか。
ずいぶんと勘がいいんだな。それとも観察眼がするどいというべきなのか。
そうオレは思っていたが、リオが別の意見を念話で漏らした。
『驚いたね。この子、兎人族の巫女なんだ』
『なんだそれは? 巫女?』
『昔から兎人族の極々一部の女性には不思議な力が宿ることがあるんだ。そういう女性を巫女と呼んでいるんだよ。この子がまさにそれだと思うよ』
そういえば、キアと入れ替わっていたセイラの事を見抜いていたのもラヴィだったと思う。
その巫女の不思議な力で、セイラの嘘を見抜いていたという事なのだろうか。
オレがちょっと感心してラヴィを見ると、彼女もオレを見ていた。
いや、違う。オレの左肩に止まっているリオをだ。
なんか、じぃっと見ている。
見られているほうのリオは、全く気にする風もなく、小鳥の真似か知らないが、首を傾げたりしながらラヴィを見つめ返している。
『……なぁ、リオ。もしかしてラヴィは……』
『うん。ボクが普通の鳥じゃないって巫女の力で見抜いているのかも』
『まずいか?』
『別に。構わないけどね』
なら、この件は放っておこう。
それよりも、言っておかなければいけないことがある。
「さて、一つ言っておくことがある」
「何?」
ファムがあからさまに警戒色を顔に出してきた。
気持ちは分かるが、少し落ち着いて欲しいな。
「そう警戒するな。一つだけお願いしたいことがあるんだ」
「……やっぱりワタシ達に何かをさせ……」
「違う。そうじゃない。オレは今夜、カミーリャン商会を襲撃する。その宝珠を奪い返すのも兼ねて、カミーリャン商会を、潰す。だから、できればお前たちにはそこにいて欲しくない。こっちは一人で乗り込むんだ。一切手加減ができないかもしれないからな」
そう、主にリオが、ね。
とはさすがに言わなかったが。
「襲撃……? 一人で? 無理よ。死にたいの?」
「そんなつもりは全くない」
セイラがまた少し心配そうな顔をしてしまったが、オレは大丈夫という思いを込めて、セイラに笑って見せた。
「今夜、カミーリャン商会は消滅する」
「そんなこと……」
「できないと思うか?」
オレは腕組みをして、ファムに向かってニヤッと笑ってやった。
「あなたが強いのは分かっているけど……
でも、相手は五十人以上、いえ今まともに動けるのは四十人もいないでしょうけど、それでも……」
「いいのか? オレにそんな情報を与えて」
ハッとするファムを、オレはちょっとからかうように見ていた。
そしてそんなオレに、左目をピクピクさせて、心底嫌そうにファムが睨んでくる。
ファムの頭の上の両耳も同様にピクピクしている。ちょっと可愛い。
こういうやり取りは結構楽しいものだ。
なんか、高校時代を思い出すよ。
「はあ……
とにかく、ワタシ達が今夜カミーリャン商会の屋敷にいなければいいのね?
どうせ孤児院で、今後のことについて相談が必要だと思っていたし」
「ん? ファム、相談って?」
ファムの話はラヴィには初耳だったらしい。
「孤児院の今後よ。このままカミーリャン商会に資金を頼っていたら、絶対にまた同様なことが起きるわ。夜逃げでもなんでもして、みんなで逃げることを考えないと……」
「だから、今夜カミーリャン商会は消滅するんだって」
オレのセリフに対して、ファムはキッと音がしたんじゃないかと思うくらい強くオレを睨みつけた。
「か、り、に、そうだとしたら、さらに事態は切迫するわ。孤児院への資金がぷっつりと途絶えるんだから」
仮に、をそんなに強調しなくてもいいと思うんだが……
絶対に信じていないな、これは。
「そのことですが……」
そこへ、今まで黙っていたセイラが話に加わってきた。
「カミーリャン商会が消滅した後、孤児院への資金提供などはアスール商会が引き継ぎますので、その点はご安心ください」
「「はぁあ?」」
ファムとラヴィの間の抜けた声がはもった。
オレはその二人の姿に思わず失笑してしまうところだったよ。
「細かい内容については後日正式に相談にうかがわせていただきますが、今までと概ね変わらない援助をすることをお約束します。また、十五歳になったとき、定職への斡旋についても同様です。ただし、アスール商会には《黒蜂》のような組織はありません。その点はご了承ください」
唖然とする二人に向かって、セイラは一気に説明すると、にっこりと微笑んだ。
「それって……」
「つ、つまりさ……えっと……」
二人はそれで黙り込んでしまった。
どうやら、その後の言葉が続かないようだ。
「少しは信じる気になったか?
言っただろう?
助けてやるって」
ファムがオレを見上げてくる。
そこには戸惑いの顔。
嬉しいけど、本当に喜んでいいのか。
信じたいけど、本当に信じていいのか。
きっとそういった葛藤が、彼女の中で渦巻いているのだろう。
やがて、ファムの瞳には涙が浮かんできた。
昨日、ファムとラヴィは文字通り命を懸けて戦った。
孤児院のために、大切な家族のために、自分たちの全てを懸けて戦った。
その時の強い感情が蘇って来ているのかもしれない。
戦いの前に、心に決めていた覚悟を。
全てを打ち砕かれてもなおも諦められず、むき出しになった大切な家族に対する想いを。
助けてと、声に出したあの想いを。
その全てが今、彼女の涙となって溢れてきている。
そんな気がした。
だから、オレは言ってやったんだ。
彼女が、ちゃんと助かるんだと実感できるように。
もう一度はっきりと。
「オレ達が、助けてやる」
ファムは俯いて、そしてしばらく、声に出さず泣いていた。
ラヴィもまた、ファムに抱きつき、大声で泣いていた。
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